コグリ南部の行政区に、『希望』の家はあった。
ここはギルト本部やポーション専門店等があり、治安はいいが法外な金額を請求されることで有名な地区だ。すでにこの地区に自宅を持つプレイヤーがいるとは思わず、賢者は素直に驚いていた。
「ここになります。どうぞー」
白を基調とした家の中は、落ち着いた雰囲気だった。
リビングを通過して希望の自室へと招かれた賢者は、初めての異性の部屋ということもあり落ち着かないでいた。
「どうされましたか?」
「……い、いえ。なんでも」
「……? そうですか。すみません、着替えますね」
ウィンドウを開き装備欄に移動すると、希望は一気に装備を解除する。
「なん……!?」
驚く賢者を他所に、希望は室内用にゆったりとした服に着替える。
「賢者さんも着替えてはどうですか? 私の観測であなたの性別なんてものは割れていますし、気にすることはないと思いますが」
「あ、ああ。そうだな」
「希望の権能が現実の肉体情報にまで及ばない」という情報を収穫したんだ……と言い訳をしながら、フードを取る。
白のブラウスに黒のロングスカート、白く長い髪は首元で結えてあり、青いシュシュが賢者の動きに対して左右に揺れる。
「あら……いえ、ごめんなさいね。結構可愛らしい服装だったもので」
「あ、ああ。勘違いしないでくれ。これは人形にされた服であって私の趣味ではない」
知り合いの——それも身バレしてしまったフレンドに、服飾屋を引き連れ回されたのはつい先日だ。
「そうですか。でも、とても似合っていますよ?」
「うん、そうだな……そう、な」
「なにか引っかかるんですか?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
お茶を淹れてきますね、と希望が部屋を出て行ったあと、賢者は部屋を見まわしたり意味もなくウィンドウを開いたりと、まあすなわち「やることが手につかないので時間経過を願っている」行動を取っていた。
ふと、ウィンドウから魔魂を取り出す。以前協会に持っていこうとしたまま忘れていたものだ。期限は確か明後日だ。
「パーティーにいれてもらっていますし、これくらいはやらないといけませんね」
青く光る結晶をのぞき込むと、解析を始める。
「青色とは珍しいものだ……青色の『花塊』の能力系統は『展開』。フィールドへの効果……? 花言葉なんてわからないぞ……」
試行錯誤しながら見つめ、一息つく頃。ふと周りを見ると、希望が笑顔でこちらを見ていた。
「なにか、わかりましたか?」
「あ、ああ。すまない。少し集中しすぎていたようだ」
完全に自分の世界に入っていたため、希望が戻て来たことに気づけなかった。カップに入った紅茶から湯気は出ているため、そこまで待たせていたわけではないらしい。
「いいんですよ。青色なんて珍しいのですから、慎重に見れる間に見ておくべきです。それで……なにかわかりました?」
「……まるで、私がこれを持っていることを知っていたかのようなセリフだな」
「ええ、もちろんですよ。先ほど視ましたので」
ああ、そうか。彼女には隠せないのか。苦笑いしながらそんなことを思い、解析結果を伝える。
「見ての通り、属性は青で『展開』。展開は『フィールドに大きな効果が働き、戦闘システムに効果あり』。下位悪魔からのドロップということもあって、おそらく花は——」
「——『悪意』、でしょうか」
波長合わねえ……そう思う賢者であった。
「『悪意』の花言葉といえば……ロベリアでしょうか。ちょうど色も青ですし」
「ああ、私も同じ考えだ。そしてこの花言葉は強すぎる。人間が取り込んでいいものではないだろう」
魔魂をそっとウィンドウにしまうと、今度は紙を出す。
「それで、話を戻そう。
「ええ、その通りです。そしてどちらも、権能を暴走させてはいけない」
私たちはきっと、この力があるからこそ弱者になったのだろう。攻撃力や生命力が上がる、非常に単調な花言葉であれば、気が楽だったのかもしれない。
「では、この情報について審議を問いたい。これは本当ですか?」
一枚の紙には『希望』の署名と、侵攻内容が書かれていた。
「この『ゲームクリアへの道のり』には、今年中のクリアとともに、世界中の全師団への協力要請が書かれている。たしか『希望』の能力は支持者の数によって強くなるんですよね?」
「ええ、そうです。それがなにか、問題でもありましたか?」
「……戦力が集まりすぎる、これはそのままの意味で均衡の崩壊。すぐに取り消してください」
停滞を望んでいるわけではない。今進んでしまえば、きっと今後、このゲーム内で一生を終えるだろう。
「いいですよ」
「……対価はなんですか」
「あら、先に聞いてくれるのはうれしい限りです。そういう物分かりがいい『賢者』さんは、好きですよ?」
「……なんですか。いえ、なんだ?」
「時々口調が変わりますよね。私の前では演じなくていいですよ?」
「早く言ってくれ」
「さっきのです」
想定内が故に、簡単すぎる回答だった。
「さきほどのロベリア、あれを私に譲ってください。もちろん、一千万ほどお渡ししますよ」
希望はウィンドウから小切手を取り出し、私の前に置く。八桁の数字が、囁いている。
「譲らない理由はないです。なぜなら貴方は一人だから。最大の隊員数を誇る私の師団には勝てません。言い方が悪いですが、利用させてもらえませんか?」
「な……を……」
「いえ、私は悪役を演じるつもりはありません。ただ世界を救いたいだけです」
ここから早急に立ち去ろうと、膝に手を当てる。
しかし、力が入らない。
「あれ、どうされましたか?」
彼女の目線の先は、私ではなく……
「盛ったか……希望……」
「ごめんなさい、あなたに動かれたら面倒な部分もあるので、穏便なやり方にさせていただきました」
意識を保てなくなってくる。
「おやすみなさい。次に目を覚ますころには、きっと世界は救われています」
*****
賢者が目を覚ました。ゲームであるが故に飢餓等はないが、毒を盛られたための頭痛が残留している。
「き……は……」
ここは、どこだ。
「そう……きぼ……へや、だ」
立ち上がると身体に違和感を感じる。下を見ると、緩やかな胸元の双丘に、肌色の四肢が伸びていた。
「服は……なに、これ……」
横にあるベッドのシーツを身体に巻き付け、ベランダに出る。
世界は夜に包まれていた。
ウィンドウを開く。灰色になっている部分が多くあったが、それは後回しにしてフレンドリストを見る。
フレンドはすべて、死んでいる。
フレンドリストの最下層、一番新しいフレンドを見る。
「あ、ああああああ……」
外にだれが、否、なにがいるかもわからないまま、叫ぶ。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
街に明かりがない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああぁああぁあああああああああぁああぁああああぁあぁぁぁぁぁぁああぁあああぁああぁあぁああああぁあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああぁああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁああああぁあぁぁぁぁぁぁああぁあああぁああぁあぁああああぁああぁぁああぁあぁああああぁあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあああぁあ!ああああぁああぁああああぁあぁぁぁぁぁぁああぁあああぁああぁあぁああああぁああぁぁああぁあぁああああぁあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁああああぁあぁぁぁぁぁぁああぁあああぁああぁあぁああああぁああぁぁああぁあぁああああぁあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあああぁあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
希望は、潰えていた。
悪意のある一千万の、効力を失った紙切れだけが、彼女に寄り添っていた。
disconnect