ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか   作:クノスペ

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77星:忘れるな、その罪を

 

「はぁ...はぁ...ユエ、大丈夫か?」

「......ベトベト...気持ち悪い」

 

 暫くの間、激流に身を任せていた俺とユエは、どうにか水面へ上がることができた。

 そこには白い砂浜と密林という海底だと忘れてしまいそうになる空間が広がっていた。

 

「とりあえず...あそこに行くか」

「......ん」

 

 魔物の気配もないため、そのまま泳いで上陸し空間庫から替えの服を取り出す。ユエも俺とハジメの物ほど容量は大きくないが空間庫を付与した指輪を渡されているため、同じく替えの服を取り出しお互いに見ない様に着替えた。

 

「......カオリ、大丈夫かな?」

「それは()()()()()()でだ?」

「......カオリ、ここに来てから元気なかった」

 

 どうやら、香織の変化に気づいていたらしく表情を暗くする。

 そんなユエに対して俺は頭を撫でてやりながら答えた。

 

「香織はきっと大丈夫だ。ユエも、仲間なら心配するんじゃなくて信じてやろうぜ」

「......ん、仲間だから信じる」

 

 激流に飲まれた時、一瞬であるがハジメが香織の下へ行っていたのを確認していた。シアもティオに合流して流されていたため孤立した奴はいないだろう。

 

「とりあえず行くか。もしかしたら近くにいるかもしれないからな」

「......ん!」

 

 こうして俺たちは合流するためにも攻略を再開した。

 密林を進んでいる中、蜘蛛やムカデといった虫がいたが魔石を持っておらず大した脅威にならなかった。

 

「こいつは...帆船、しかも戦艦か?」

「.......おっきぃ、しかも沢山ある」

 

 密林を超えた先は岩層地帯になっており、朽ち果てた帆船が大量に横たわっていた。そして帆船のことごとくが横腹に砲門が付いており、激しい戦闘痕が残っていた。

 

 そんな中、1つだけ離れた位置に雰囲気の異なる船があった。

 それには砲門が付いておらず、他の船に比べ装飾が豪華であり客船の様だ。

 船の状態もそこまで酷くなく、他の船の残骸から離れた位置にあるため俺とユエは客船の下へと歩いていく。

 

 そして船の墓場の中心部分まで行った瞬間、変化が起きた。

 

――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

「.......周りが!?」

「マジかよ...っ!?」

 

 突如、大勢の人間の叫び声が聞こえたと思った瞬間。周囲の景色が歪み始める。

 

 それと同時に、鈍い痛みと頭の中を覗かれる様な感覚が俺の頭を襲った。

 

「オリオン!?」

「だ、大丈夫だ!」

 

 痛みとその気持ち悪い感覚は一瞬で収まったため、心配そうに顔を覗き込んできたユエを安心させるため笑いかける。

 そして周囲を見渡すと、船の墓場など跡形もなく消滅しており。俺たちは大海原を渡る船の甲板に立っていた。

 

 突然の出来事に唖然としていると、1隻の船から大きな花火が上がり。その瞬間、何百隻もの船が一斉に動き始めた。

 そして俺たちが乗っている船の対面している船団も花火を上げ一斉に動き始めた。

 

 そして、戦争が始まった。

 

 砲撃、魔法、矢、あらゆるものが飛び交い船や乗っている者たちを傷つける。

 

 これがこの迷宮の試練なのかと考えていると、背後から炎弾が襲いかかって来たため、迎撃するため弓矢を取り出し放つ。

 しかし、寸分狂わず当たったはずの矢は炎弾を撃ち抜くことを焼き尽くされる事もなくすり抜けた。

 

「マジか!?」

「......『波城』」

 

 今度は炎弾を防ぐため、ユエが水の防壁を展開した。

 再びすり抜ける事を警戒して回避する様構えていたが、炎弾が防壁にぶつかった瞬間音を立てて鎮火したため杞憂に終わった。

 

「どういう事だ?」

「......魔法によるものなら問題ない?」

 

 ユエの言った仮説を確かめるため、蒼色の矢を取り出し番える。

 そして再び襲って来た炎弾に向けて放ち矢の銘を呼ぶ。

 

「『プリミラ』」

 

 その瞬間、鏃から水が放出され矢全体に纏う様に包み込み炎弾に吸い込まれていく。

 すると、今度はすり抜ける事なく衝突し炎が鎮火した。

 

「そうっぽいな」

「......それよりこれが試練?」

「となると...この迷宮のコンセプトは『戦争の激しさを体感しろ』辺りか?」

「......コンセプト?」

「ん?ああ、あの時ユエはいなかったな」

 

 これは、火山から脱出しアンカジへ向かっていた時ティオと建てた仮説の1つだ。

 七大迷宮は、反逆者たちが狂った神と戦う者たちへの【試練】として作られたものだ。

 

 【オルクス大迷宮】は魔物との戦いでの戦闘経験

 【ライセン大迷宮】は魔法を使わずあらゆる事への対応力

 【グリューエン大迷宮】は過酷な状況下での集中力と判断力

 

「といった感じに...ってどうした?」

「......オリオン、最近ティオとばっかり話してる」

「...そんなつもりは無いんだけどなぁ」

 

 どうやらやきもちを焼かせてしまった様だ。どうやって機嫌を直そうかと悩んでいると、敵の船団がかなりの数近づいて来ており目を血走らせ狂気じみた叫びを上げながら男たちが乗り込んできた。

 

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 

 そして、いつのまにか甲板に出ていた俺たちの乗っている船の兵士たちも同じ様に狂気じみた怒声と雄叫びを上げ戦い始める。

 1つ違うのは、お互いに叫んでいる神の名が異なっている事だ。

 

「ユエ!」

「......ん!」

 

 巻き込まれるのは面倒だと感じた俺は、ユエを抱き寄せ『空力』を使い上空へ駆け登る。

 そして、物見台にいる兵士を気絶させ着地するとユエと共に周囲を見渡す。

 下方の俺たちがいた場所にいた兵士達は、先ほどまで睨み合っていたのにも関わらず今はお互いに俺たちのことを狂気じみた瞳で睨みつけていた。

 

「ユエ、出口みたいなものは見つけたか?」

「......見てない」

「なら、クリアの条件はこいつらの殲滅か? 面倒くさ...って何だ?」

 

 何百隻もある船団の殲滅に億劫だと感じていると、突如景色や兵士たちにノイズの様なものが走り始め景色が再び歪み始める。

 

 そして、大海原でも、最初の岩層地帯でもなく、真っ暗な空間に景色を変えた。

 

「まるで意味がわからん...」

「......暗い」

 

 目を凝らしても先が見えない空間に、ユエは空間庫から明かりを取り出そうとするが、それより先に俺は『ある物』を見つけた。

 

「待てユエ、明かりがあった」

「......なにそれ?」

「こいつは魔石灯って言ってな。ここんところの撃鉄装置(スイッチ)を押すと...」

 

 この時、俺は気づくべきだった。

 なぜこの世界に『オラリオにあった物』があるのだと。

 

「お、ついたついた......えっ...?」

「......ここは?」

 

 魔石灯に光が灯った瞬間、その光源からはあり得ないほどの範囲が照らされ、天にそびえ立つ巨大な塔(バベル)が目に入った。

 

「な...なんで」

「......オリオン?」

 

 忘れるはずもない、この景色を、この街並みを。

 ここは、俺が前世過ごした世界の中心といわれた場所。

 【迷宮都市オラリオ】がそこにあった。

 


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