ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか   作:クノスペ

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28星:ハルツィナ樹海【下弦】

 

「なるほど...確かに、お前さんたちはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが...よかろう。ハウリアと共に来るがいい。私の名で滞在を許そう。」

 

 俺たちは、証拠としてオスカー・オルクスの住処にあった指輪を見せたことで一応は納得してもらい、アルフレリックは俺たちを案内しようとする。

 だが俺たちは直接大樹の元へと行くつもりだったため断ったのだが、大樹の周辺は一定の周期を除いて濃霧に覆われているため亜人族でも迷ってしまうらしい。そして、次の霧が薄くなる日は10日後らしい。

 

「おい...お前らどういうことだ?」

「..........あっ」

「忘れてたんかい...」

 

 そして忘れていた責任をシアにも押し付けようとするカム。それから逃げようとするシア。それとなく責任逃れしようとする兎人族の、実に醜い言い争いが始まった。

 

「ユエ」

「......ん」

「まっ、待ってください、ユエさん!やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「父様は黙っててください!ユ、ユミトさんからも何か言ってください!」

「すまん、流石に無理」

「そ...そんな〜!」

 

 ユエの『嵐帝』により、天高く舞い上がる兎人族に、敵対していた虎の亜人たちやアルフレリックと共にきた亜人族たちですら、彼らを何か可哀想なものを見る目で見ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か...」

 

 俺たちは、アルフレリックに案内された部屋でオスカー・オルクスが話した内容や、迷宮を攻略した際に神代魔法を手に入れたことについて話した。

 

 そして、彼からは長老に言い伝えられていたことを聞いた。

 それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

 どちらにしろ話を詰める必要があるため。情報のすり合わせをしていると、突如部屋の扉が蹴り破られた。

 

「アルフレリック!貴様...人間と兎人族を連れてくるとはどういうつもりだ!」

 

 熊の亜人がその顔を怒りに染め上げ、アルフレリックに詰め寄る。それに対して、アルフレリックはどこまでも淡々と返す。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 熊の亜人は信じられないものを見るように俺たちを睨みつける。そして、拳を振り上げて襲いかかってきた。

 

「ならば!この場で試してやろう!」

「ハジメ、俺がやる」

「やりすぎんなよ」

「安心しろ、お前じゃあるまいし」

 

 丸太のような太い剛腕が振るわれる。止めるよう叫ぶアルフレリックやハウリア以外の亜人族が悲鳴をあげる。

 

 熊の亜人の拳が、俺の胸部へ直撃した。

 

「で...満足か?」

「な!?」

「お前には悪いが、ちょっと寝ててくれ」

 

 ありえないものを見る熊の亜人の下顎を拳で掠める。すると、糸の切れた人形のように熊の亜人は崩れ落ちた。

 

「貴様!ジンに何をした!?」

「安心しろ、脳を揺らして気絶させた。しばらくしたら起きる」

「...で、他に来る相手はいるか?」

 

 ハジメの問いに、答えられるものは1人もいなかった。

 

 現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族のグゼ、そして森人族のアルフレリックが俺たちと向かい合うように席に着いている。熊の亜人のジンは、起きる気配がないため今回は参加していない。

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では1、2を争う手練だったジンが、一撃で沈んでいる場面を見たためだ。

 

「で?あんたたちは俺たちをどうしたいんだ?俺たちは大樹の下へ行きたいだけだ。邪魔しなければ敵対することもない...亜人族としての意思を統一してくれ」

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか...それで友好的になれるとでも?」

 

 グゼが俺を睨みつけながらそう呟いた。

 

「あいつがいたら話が進まないと思ってな。すまないとは思っている」

「き、貴様!ジンはな!いつも国のことを思って!」

「だからと言って問答無用で殺しにきて良い理由にはならない...相手が弓人で良かったな、俺が相手にしてたら再起不能にはしてたはずだ」

「そ、それは!しかし!」

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼らの言い分は正論だ」

 

 アルフレリックが諌め、グゼは音を立てて席へと座った。

 

「確かに、この少年たちは、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼らを口伝の資格者と認めるよ」

 

 狐人族のルアが認めたことを皮切りに、翼人族のマオ、虎人族のゼルも思うところがあるが、同意を示した。

 

「南雲ハジメ、三星弓人。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんたちを口伝の資格者として認める。故に、お前さんたちと敵対はしないように伝える...しかし...」

「絶対じゃない...か?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない者が多い。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。」

「つまり、さっき俺がやったみたいに手加減しろと?」

「そうだ。お前さんたちの実力なら可能だろう?」

「俺が弓人のようにやることは可能か不可能かで言えば可能だ...けど俺は殺してくる相手に手加減をするつもりはない」

「ならば我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

 ハジメの解答に異を唱えたのは、虎人族のゼルだった。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは既に長老会議で処刑処分が下っている」

「な!?...長老様方!どうか、どうか一族だけはご寛恕を!」

「シア!止めなさい! ハウリアのみんなで何度も話し合って決めたのだ、覚悟は出来ている。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

 

 瞳に涙を浮かべ、何度も懇願するシア。しかし、ゼルの解答は無慈悲なものであった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。というわけだ、これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだがどうする?運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

「お前、アホだろ?」

「な、なんだと!」

 

 ハジメの解答に、考えがわかっているユエと俺以外が驚愕の表情を浮かべる。

 そして、ハジメは泣いているシアの頭に手を乗せ言葉を続ける。

 

「俺は、お前らの事情なんて関係ないって言ったんだ。俺からこいつらを奪うってことは、結局、俺の行く道を阻んでいるのと変わらないだろうが。お前ら...そのつもりなら覚悟を決めろよ」

「ハ...ハジメさん...」

 

 アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光でハジメを射貫く。

 

「本気かね?」

「当然だ」

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

「何度も言わせるな。俺の案内人はハウリアだ」

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

「...約束...したからな、案内を条件に助かるって。それを途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ...」

 

 そう言ってハジメは、一度シアに顔を向ける。そして、どこか照れ臭そうに口にした。

 

「...格好悪いだろ」

 

 ハジメに引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。そして、妥協案...よりも屁理屈に近いものを提案した。

 

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。...既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック!それでは!」

「ゼル。わかっているだろう。この少年が引かないことを、ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか...長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「ぐっ...」

 

 アルフレリックの言葉に、反論することができずゼルは黙ってしまう。

 アルフレリックはハジメの方へと顔を向ける。

 

「というわけだ、口伝の資格者を歓迎できぬのは心苦しいが...」

「気にするな。正直無茶苦茶を言ってるのは自覚している...けど、全部譲れないんだ」

「んじゃ、邪魔者たちは退散させてもらうよ。行こうぜ、ユエ」

「......ん」

 

 こうして部屋から出て行こうとする俺たち、シアたちは状況を理解し切れていないのか呆然としている。

 

「おい、何時まで呆けているんだ?さっさと行くぞ」

「え...あ、はい!」

 

 ハジメの言葉に、ようやく我を取り戻したのか慌てて立ち上がり、さっさと出て行く俺たちを追うシア達。アルフレリック達も、俺たちを門まで送るようだ。

 

 シアが、困惑しながらハジメに尋ねた。

 

「あ、あの、私達...死ななくていいんですか?」

「さっきの話聞いてなかったのか?」

「い、いえ...聞いてはいましたが...その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか...信じられない状況といいますか...」

 

 周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが優しく話しかけた。

 

「......大丈夫」

「ユエさん?」

「......シアたちはハジメに救われた。だから喜べばいい」

「......」

「......よしよし」

 

 背伸びをしながら手を伸ばしシアの頭を撫でるユエ。シアは、ハジメに視線を向ける。ハジメは頬をかきながら明後日の方向を向く。

 

「まぁ...約束...だからな」

「ッ……ハジメさ~ん!ありがどうございまずぅ~!」

「うわぁ!だ...抱きつくなぁ!」

 

  喜びを爆発させハジメにじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 

 それを複雑そうな表情で見つめている長老衆。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

 

 俺はその全てを見ながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだとため息を吐いた。

 


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