ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか 作:クノスペ
俺たちはウルに到着した瞬間、バイクを投げ捨てる勢いで降り。米料理を出す『水精霊の宿』へ駆け込んだ。
そして従業員に案内を受けていると、突如部屋の仕切りとして使われているカーテンが勢いよく開けられた。
「三星君!南雲君!」
そこにいたのは、目を見開き余裕のない叫びを上げる畑山先生だった。
どうしたものか...素直に本人だというべきか、他人の空似だと言ってしらを切るか...
「...........先生?」
「あ、言っちゃったよこいつ」
ハジメの先生発言に、空似で誤魔化す方法は不可能になった。ハジメの方を見るとほぼ無意識に発言したらしく、今はしまったと言わんばかりの表情を浮かべている。
「君は...南雲君なんですよね?それに三星君...良かった......生きてて本当に」
「いえ、人違いです。それじゃあ」
「へ?」
まさかのゴリ押しで人違いにするつもりのようだ。瞳に涙を浮かべていた畑山先生はハジメの発言に涙が引っ込み呆然としている。そしてハジメはそれを好機だと言わんばかりにその場から離れようとする。
「待て、ハジメ。『先生』って言ってる時点でそれは無理がある」
「いや...あれは方言で『チッコイ』って意味......にならないかなぁ?」
「諦めろ。ただ失礼なこと言ってるだけだ」
「だよなぁ...えっと、久しぶりです。先生」
ハジメは申し訳なさそうに畑山先生の所へ戻り謝罪する。それによりハジメ本人だと完全に分かり畑山先生は再び涙を浮かべる。
「ごめんなさい...私がちゃんとしてたら...」
「あ〜、あれは先生のせいじゃないですよ。だから自分を責めないでくださいよ」
「三星君...」
「こうして俺とハジメは生きてる訳ですし、ね?」
「ありがとうございます...また慰められてしまいましたね」
すると、さっきまで静かだったユエが俺の腕に抱きついてきて畑山先生を睨み始めた。
「......ユミト、この女何?」
「女って...この人は俺とハジメが通ってた学校の教師だよ」
「......ふーん」
「えっと...あなたは?」
畑山先生が訪ねると、ユエはどこか自慢げな表情で畑山先生の質問に答えた
「......ユエ、ユミトの女」
「女じゃなくて仲間だろ? 勘違いされるぞ?」
「......むぅー!」
「いてて、なんで殴るんだよ?」
頬を膨らませ、ぽかぽかと殴ってくるユエ。ここにいるものたちがその微笑ましい場面にほんわかしているが、ユエの自己紹介以降が聞こえてなかった畑山先生は体をわなわなと震わせている。
「女...ですか?ではそちらの方は?」
「あ、はじめまして。シア・ハウリアと申します。えっと...ハジメの女ですかね」
シアの発言に、ここにいるものたちがハジメの方を見る。そして、ハジメは顔を真っ赤にしていた。
「はぁ!?シア...お前何言って」
「え〜、だって私のファーストキス奪ったじゃん」
「あ、あれは救命活動のためだって...それに俺たちはまだそんなんじゃ」
「そっか〜、『まだ』か〜」
「なぁ!?お、お前なぁ!」
「きゃー!」
どう見ても惚気ているようにしか見えない状況に、女子生徒たちは頬を赤くそめ、男子生徒たちは嫉妬の眼差しをハジメに向けていた。
そして、畑山先生は。
「ずっと心配してたのに...連絡もよこさず女遊びとはどういうことですか!お説教です!そこに座りなさい!南雲君に三星君!」
「え、俺も?」
暴走した畑山先生を俺たちは宥める羽目になった。
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「す、すみませんでした。暴走してしまって...」
「別に良いですよ。日本でも何度かありましたし...あ、すんませーん。ここからここまで1品ずつ下さい」
「よ、よく食べますね」
「いや〜、これを食うために半日ロクに食べずに来たもんで」
畑山先生を宥めた後、食事しながらでも良いなら話をするという条件で、護衛隊の騎士たちや、生徒を含めて全員が席についていた。そして、話の内容は奈落に落ちた後の俺たちへの質問になっていた。
Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A、頑張って這い上がった
Q、南雲はなぜ白髪なのか
A、魔物に襲われたことによるストレス
Q、南雲のその腕はどうしたのか
A、魔物に襲われて失った
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか
A、素で忘れてた
「忘れてた!?忘れてたってどういう意味ですか!」
「いやだって...その日を生きるだけでギリギリだったから...ってどうしたユエ?」
「......ユミト、このニルシッシルっていうの美味しい」
「そっかそっか、俺のも食うか?」
「......ん!おいひい」
「そんなに急がなくても料理は逃げないぞ。ほら、顔拭いてやるからこっち向け」
ハムスターのように頬張りながら幸せそうな表情を浮かべるユエと、甲斐甲斐しく世話する俺を見て、女子生徒たちは微笑ましい視線を向けており。
「はぁ...米うめぇ」
「へぇ〜、こんな感じなんだ......ハジメ、私のも食べる?」
「おぉ、一口くれ」
「じ、じゃあ....あ、あ〜ん」
「な!?」
「は、早く食べてよ!結構恥ずかしいんだから!」
「な、ならしなくていいだろ!」
人目を気にせず、イチャついているハジメとシアを見て、男子生徒たちはもはや怨嗟に近い視線を向けていた。
「おい、お前! 愛子が話しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
「デビットさん。私は気にしてないので...」
突如、護衛隊長のデビットがテーブルを拳で叩きながら怒り出す。畑山先生はデビットを宥めようとしているが
「愛子、止めないでくれ。そもそも薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせること自体俺は気に食わん。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
侮蔑を込めた視線で放たれた言葉に、場の空気は凍りつき、シアは気まずそうに視線を伏せる。よく見れば、デビット以外の騎士たちの表情も似たようなものだ。
その余りにも差別的な発言に、畑山先生は注意しようとするが。それよりも先にハジメが立ち上がりデビットの方へ近づいていく。
「な、なんだ貴様!何か文句でもあるグハァッ!」
「シアを泣かすんじゃねぇ!」
ハジメはデビットの顔面を右腕で殴り飛ばした。
後方に吹き飛んだデビットは一度床にバウンドすると、その勢いのまま壁に激突した。
「き、貴様!」
「我らに敵対する気か!」
騎士たちが剣を抜こうとした瞬間、俺はテーブルに勢いよく足を乗せる。その衝撃でテーブルが軋み、食器類が大きな音を立てる。それにより気を失ったデビット以外の者たちが俺の方を向く。
「先に喧嘩を売って来たのはあいつだろうが。親友の恋人を薄汚いやら耳を切り落とすやら...なんならここで殺ってもいいんだぞ?」
一触即発、その言葉が似合う空気に男子生徒たちは息を呑み、女子生徒たちは体を寄せ合って震わせている。そんな空気を壊したのは...
「......ユミト、行儀悪い」
「...ユエさん?ここは乗ってくれないと......」
「......言い訳、めっ!」
「あ、すんません。すぐ下ろします」
さっきまでの空気が一瞬で霧散し、ホッとした様子の生徒たち。俺は来ていた料理を全て食べ終わっていたのを確認して席を立つ。
「まぁ、どちらにしろ仲間を馬鹿にされて腹が立ってるのは本当だ、飯を食い終わったし俺たちは帰る」
「み、三星君!待ってください!デビットさんの事は謝りますので...」
俺たちを止めようとする畑山先生に向けて、俺は二つ折りした紙を投げ渡す。
「申し訳ないって思ってんなら、ここの支払いをしてくれや。それでチャラだ」
「ち、ちょっと三星!いくらなんでもそれは「分かりました」あ、愛ちゃん先生!?」
「三星くん...信じて良いんですね?」
「...何のことか分かりませんが、先生が信じたいならそれで良いと思いますよ」
こうして俺たちは、その場から離れた。
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「やっぱり...この耳は気持ち悪いんですかね...」
「......そんなことない、シアの耳は可愛い」
あの場から離れた後、未だに暗い表情を浮かべるシアを、ユエは必死に慰めている。
「ハジメは...どう思ってる?」
聞くのが怖いのか、恐る恐るハジメに尋ねると、ハジメは頬を掻きながら答える。
「気持ち悪くねぇよ...少なくとも俺は...........好きだ」
「..........ほんと?」
「こんな時に嘘はつかねぇよ」
「そっか......ありがとハジメ。大好き」
お互いに顔を真っ赤にして、顔を合わせないようにしている2人。
ふと、後方から視線を感じたためハジメが振り向くと、そこには面白いものを見る目を向けている弓人と、無表情なのに、どこか腹立つ顔をしているユエがいた。
「見たかユエ、あれでまだ付き合ってねぇんだってよ?」
「......2人はお似合い」
「だよなぁ、さっさと付き合えってんだよ」
「お前らなぁ!つーか弓人!『親友の恋人』ってどういう意味だ!」
「やっべバレた。逃げろ!」
「......お幸せに」
こうして顔を真っ赤にしたハジメに追いかけられる弓人とユエを見て、シアはさっきまでの表情が嘘みたいに朗らかに笑っていた。
「ちょっとハジメ〜!待ってよ〜!」
抱けーっ!抱けーっ!