ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか 作:クノスペ
「避けてえええええええええ!」
身体強化を使い、鬼気迫る表情で清水へと駆けるシア。そのせいでハジメは射線を遮られることとなりドンナーを打つことができなかった。
畑山先生に針を突き刺すことしか頭になかった清水は、突如シアが突っ込んできたことに驚き硬直してしまう。そしてシアが勢いのまま、畑山先生を突き飛ばすようにぶつかったことで、拘束が緩み畑山先生は清水から解放された。
その瞬間、蒼色の水流が、畑山先生の頭があった位置を清水の胸を貫きながら通過し、畑山先生を庇うように飛び出していたシアの肩を掠める。
「シア!」
「ユエ!ハジメと一緒に2人を頼む!」
「......ん!」
シアが傷ついた瞬間、ハジメは焦りの混じった声を上げシアの下へと駆け寄る。俺はユエに指示すると、彼女は即座に理解して2人の下へ走り出す。
俺は弓矢を取り出し水流が放たれた方角を見る。すると、遠くに黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、俺たちには見えていないと思っているのか、大型の鳥のような魔物に悠々と乗り込む姿が見えた。
「『放たれしは必中、我が矢の届かぬ獣はあらじ』」
「【オリオン・オルコス】」
一閃
『千里眼』によりはっきりと見えているため、速度を限界まで上げ男へと放つ。
狙うは、男が乗り込んだ魔物が飛び立った直後。
白く輝く矢が、男を射抜く瞬間。男は矢の存在に気づき回避行動をとる。だが、完全に避けることはできず男の片腕が吹き飛んだ。
それでも男は速度を落とさず逃走を続けたため、俺は深追いは危険だと判断してハジメたちの方へ行く。
「先生、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です、それよりシアさんが!」
先ほどまで人質になっていた畑山先生に聞くと、彼女は血相を変えてシアの方を見る。シアを見ると、水流による負傷だけではなく、清水の針も当たっていたようで顔を青白くして浅い呼吸を繰り返していた。
「シア、こいつを飲め!」
ハジメは大急ぎで神水を取り出すとシアの口元に流し込む。しかし、毒が余程強力なのか飲み込む力も残っておらず咳き込んでしまう。
「シア!」
「死なせるか!絶対に死なせるか!」
泣きそうな表情のユエを横に、ハジメは躊躇せず神水を口に含むとシアに口移しで流し込んだ。
そのお陰もあり、シアは無事飲み込むことができ解毒と治癒が完了する。
ハジメが口を離してしばらくすると、シアはゆっくりと目を開けた。
「シア!大丈夫か!」
「...これで、2回目だね」
「っ!馬鹿野郎!」
「わっ...ハジメ...ちょっと苦しい」
いつものように揶揄おうとするシアに、ハジメは泣きそうな声で怒り、シアを強く抱きしめる。
普段見せることのないハジメの姿に、シアは一瞬驚いた後とても優しく、まるで子供をあやすようにハジメの背中を撫でる。
「ごめんね、心配かけちゃって」
「良いんだ...お前が生きてるなら...良いんだ」
温かな雰囲気が周囲を包む中、男のうめき声で全員があいつを思い出してうめき声の出所を見る。
そこには、胸から大量の血を流し、今にも死にそうになっている清水がいた。
「清水くん!こんな...あぁ、ひどい」
「し、死にだくない...だ、だずけ...こんなはずじゃ...ウソだ...ありえない」
止血をしようと、必死に清水の胸を押さえ声をかける畑山先生。しかし、清水はこんなことになってまでまだ独り言を繰り返している。
畑山先生は、藁にもすがる思いでハジメに懇願した。
「南雲君!さっきの薬を!今ならまだ!お願いします!」
ハジメも予想ができていたようで、ため息を吐き若干清水を睨みながら質問した。
「助けたいんですか、先生?自分を殺そうとした相手を。いくら何でも『先生』の域を超えていると思いますけど」
「それでもなんです!私がそういう先生になりたいから...だからお願いします南雲くん!」
「仮に先生がそうだとしても、俺が『シアが死にかけた原因』を助けたいと思いますか?」
「けど!お願いします!」
どちらの気持ちもよくわかるが、このままだと平行線だと思い俺は神水の入った試験管を取り出してハジメの肩に手を置く。
「ハジメ、後は任せろ」
「弓人!...お前まさか」
「問題ない」
ハジメは気づいたようだが、俺は気にすることなく清水の下へ行く。畑山先生は清水が助かると思ったのか希望を見つけたような表情をして清水を励ます。
「三星くん、ありがとうございます!清水くん!大丈夫ですよ!これで助かります!」
「たす...かる?」
「清水、こいつが見えるか?こいつを飲めばお前は助かる」
清水に見せつけるように試験管を前に出すと、清水は笑みを浮かべ始めた。
「たのむ...それをくれ...ください」
「その前に質問だ...『お前はもう裏切らないか?』」
「あぁ...約束するよ。お、俺、どうかしてた...もう、しない...何でもする...助けてくれたら、あ、あんたの為に軍隊だって...作って...女だって洗脳して...ち、誓うよ...あんたに忠誠を誓う...何でもするから...助けて...」
「そうか、もういい」
俺は試験管をしまうと、腰につけていたナイフを取り出す。畑山先生は俺が何をするのか気づいたが、信じたくないのか声を震わせて尋ねる。
「三星...くん?なんで薬をしまうんですか?そんな...ナイフなんて出して危ないじゃないですか」
「清水、お前との付き合いはほとんどなかったが、お前のことは忘れないよ」
「そんな...ダメです。そんなことをしてはいけません....」
「好きなだけ俺を恨めば良い。お前には、その権利がある」
「ダメ...ってきゃあ!」
「愛ちゃん先生!」
俺は近づいてきて、宥めようとしてきた畑山先生の襟を掴み園部たちの方へ投げ飛ばす。園部は咄嗟にキャッチすることに成功したようだ。
そして俺は迷うことなく、清水の喉元へナイフを突き立てた。