ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか 作:クノスペ
前回言ってた幕間についてアンケートをとります
期間はキリが良く80話目投稿までです
本編です
「やはり愛子殿に話すべきだったのでは?」
車内にて、ウィルが弓人に先ほどのことを掘り返すように問いかけてきた。
「しつこい男は嫌われるぞ」
「ですが、それでは愛子殿と弓人殿にわだかまりが生まれてしまいます。せめて殺した理由を言うべきだったはず」
「理由はあの時言っただろ」
「ですがあれは『助けない』理由であって『殺す』理由にはならないはずです」
「...君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
ウィルが指摘してきたことは図星であったため、弓人はどこかで聞いたことのあるセリフを口にしていると。彼の膝に座っていたユエが口を開いた。
「.....センセへの気遣い?」
「...そんな殊勝なもんじゃねぇよ」
「なるほど、そういうことじゃったか」
ユエの言っていることが分からず、首を傾げているシアとウィルに、気づいたティオが2人へ説明のため質問する。
「あの闇術師は、なぜ敵の攻撃を受けたと思う?」
「えっと...標的のアイコさんを抱えてたからです」
「ですね、敵が彼ごと愛子殿を殺そうとしたため...」
その瞬間、ウィルとシアは気づいたのかハッとした表情を浮かべる。
「そう、あの攻撃は彼女を殺すために放たれたものじゃ。逆に言うと彼女が捕まっていなければ闇術師は攻撃を喰らわずに済んだかもしれぬ」
「なるほど...責任感の強い愛子殿のことです。もし自分が原因で生徒が死んでしまったと思ってしまったら...考えたくもないですね」
「だからユミトさんは自分が悪役になってまであのようなことを...」
そんな3人の会話は、弓人の耳には入っておらず。彼はナイフを持っていた自身の右手をぼんやりと見つめていた。
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この世界で人を殺したのは、これで2回目だ。
どんな理由はあれ、人を殺している。そんな俺が、どの面を下げて雫へ会いに行けば良いんだ。
こんな人殺しの手は、誰にも差し伸べてはいけない。
「.....大丈夫」
ユエは俺の右手を、指を絡ませるように握ってきた。すると、右手に残っていた嫌な感覚が薄まった気がした。
「......ユミトには、私がいる」
「...ありがとな」
俺は左手でユエの頭を撫でると、ユエは力を抜き、体を預けてきた。
「口の中が甘くなってきました...」
「なるほどのう、ユミト殿とユエ殿はそういう仲であったか」
「いえ...実はユエさんの一方通行です...」
「はっはっはっ、シア殿は冗談が好きじゃのう...え?マジで?」
「それどころかユミトさんは妹のように扱っている様子です...」
「えぇ...嘘じゃろ?」
何故か後ろから呆れられた視線を感じるが、俺は気にしないようにした。
そして俺たちを乗せた車は、フューレンへ走り続ける。
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ここは、弓人たちが去って3日経過したウル。
ここに残っている畑山は、心ここに在らずといった状態で淡々と仕事をこなしていた。
そんな彼女の頭の中を蝕んでいるのは、弓人が清水を殺した時の光景であった。
その日も、料理を機械的に口にして、話しかけてくる生徒たちやデビットにもろくに話を聞かず生返事するばかりであった。
あの時、清水ともっと話しておけば
あの時、人質にならなければ
あの時、弓人が殺そうとするのを止めれたら
何故、あんな簡単に人を殺せるのか
何故、あんな危険な奴が生きているのか
「っ駄目!」
自己嫌悪から、弓人に対しての黒い感情が芽生えかけ、それを止めるため思考を打ち止めして、再び自己嫌悪を始めるループに陥っていると。
「愛子様。一言よろしいですか?」
オーナーのフォスから、穏やかな口調でそう言われた。
「え...?」
「愛子様が何に悩まれているか分かりませんが、愛子様の信じたいことを信じてみてはいかがでしょう?」
いきなりのことで畑山が混乱していると、フォスは笑みを浮かべながら話を続ける。
「どうやら、愛子様の心は、今、大変な混乱の中にあるように見受けられます。考えるべき事も考えたくない事も多すぎて、何をどうすればいいのかわからない。何が最善か、自分がどうしたいのか、それもわからない。わからない事ばかりで、どうにかしなければと焦りばかりが募り、それがまた混乱に拍車をかける悪循環。違いますか?」
「ど、どうして...」
「伊達に長年お客様を見ておりませんので」
心の内を言い当てられ驚愕している畑山に、フォスは穏やかな笑みを絶やすことなく言葉を続ける。
「そういう時は、取り敢えず『信じたいものを信じてみる』というのも手の一つかと。よく、人は信じたいものだけ信じて真実を見逃すと、そう警告的に言われることがあります。それは確かにその通りなのでしょう。しかし、人の行動は信じるところから始まると私などは思うのです。ならば、『動けない』時には逆に『信じたいものを信じる』というのも悪くない手だと、そう思うのです」
「...信じたいことを信じる」
その言葉に、畑山が今一番信じたいことは何かを考える。そして、1つの『約束』を思い出した。
ー戦争だから無事にっていうのは難しいですがクラスメイト全員生きて日本に帰りましょう!
それは、王宮にて彼と交わした約束。その時の彼の表情は、決して偽りのものではなかった。
なら何故、殺したのか
彼は言っていた『一度裏切った奴は何度でも裏切る』と。それはつまり、清水を生かしたいなら、改心できると約束できる何かが畑山自身にはなかったからだ。そのせいで、あんなに弱っていた清水が殺されたのだ。
その瞬間、畑山の頭の中に引っかかるものがあった。
何故、わざわざトドメを刺したのか。
放っておけば、助けなければ、清水は時間の問題だったのに。
では何故、清水はあんなに弱ったのか。
「私の...せいだ」
そう、清水は『畑山を狙った攻撃』に巻き込まれて傷を負ったのだ。それなのに、あの場にいた者たち...狙われた畑山自身でさえ弓人が殺したと思い込んでいた。
そして思い出すのは、ハジメが去り際に言った言葉。
ー弓人を信じる気持ちがちょっとでも残ってるなら...折れないでください
おそらく、ハジメはこのことを危惧していたのだろう。畑山自身が気づき。そして心が折れてしまわないように。
「三星くんは...私のために清水くんを殺した?私が...私のせいで生徒を殺したと思わせないために...」
その瞬間、畑山は気づいた。
また助けられたと。
守るはずの生徒に、また守られてしまったと。
「弓人くん...あなたはなんで...そんなに優しいんですか?」