ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか   作:クノスペ

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65星:月と星

 

 私は、ユミトのことが好きだ。

 あの奈落の底で、私を救い出してくれた彼が大好きだ。

 

 笑っている、彼の顔が好きだ。

 あの笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなる。

 

 頭を撫でてくれる、彼の手が好きだ。

 あの大きな手で撫でられると、心が温かくなる。

 

 鈍感な彼は...嫌いだ。

 ティオの件といい、人の気持ちに全然気づいてくれない。

 

 けど、そんな所も含めて彼が大好きだ。

 いつか、けど必ずこの気持ちに気づいてもらう...そのつもりだった。

 

 

『雫、誰に泣かされた?』

 

 彼が血相を変えて助けに行った女性

 彼がその人の頭を撫でるのを見た時、胸に小さな痛みを感じた。

 

 最初は気のせいだと思ったが、その痛みは次第に強くなった。

 

 その人に、私の知らない笑顔をむけている。

 その女性の頭を撫でている。

 そして、2人がどこかに行くのを見てしまった。

 悪いことだとは思う、けど...胸騒ぎが止まらなかった。

 

「私、八重樫雫は三星弓人くん、あなたの事が好きです」

 

 聞いてしまった。

 彼はかっこいい、あの女性が好きになるのもよく分かる。

 けど鈍感な彼のことだ。どうせいつものように相手にしないと思ってた。

 

 けど実際は違った。

 その女のことを、意識するようになった。

 

 なんで?

 なんで私は意識してくれないの?

 そんな女より、私の方があなたが好きなのに

 

 次々と溢れてくる黒い感情

 醜い嫉妬だ、こんな考えをしているなんて彼に知られるわけにはいかない。

 知られたら、嫌われてしまうから

 

 私は逃げるようにその場から離れた。

 そして今、人の気配のない路地裏で蹲り、必死に抑え込んでいる。

 

 気持ち悪い

 こんな感情を、気づかれるわけにはいかない

 嫌われる、拒絶されたらと思うだけで目の前が真っ暗になる。

 

 けど

 それでも

 ユミトに来て欲しい

 

「こんなところにいたか」

「......ユミト?」

 

 思わず顔を上げると、そこには息を切らしたユミトがいた。

 汗もかいており、疲れも見える。

 

「はは、町中走り回ったぞ。ほら、みんなの所に帰んぞ」

「......こないで!」

 

 手を伸ばし近づいてくる彼を、私は拒絶してしまった。

 

「...そっか」

 

 あぁ、終わった

 気づかれてしまった。

 目の前が真っ暗になり、絶望に染まる。

 もう倒れてしまおうかと考えた時

 

 彼が、優しく抱きしめてくれた。

 

「ごめん、俺...ユエの気持ちを考えもしなかった」

「......え?」

「ユエがあの時言った『好き』って、()()()()()()なんだよな?」

「......ん」

「ありがとな、こんな俺のことを好きになってくれて」

 

 彼は優しく背中を撫でてくれる。

 私の中にある黒い感情が、どんどん小さくなっていく。

 

「......馬鹿」

「うん」

「.......鈍感」

「本当にな」

「......女たらし」

「...ハジメにも言われたが流石にそれは...すいません俺が悪かったので抓るのやめて」

 

 黒い感情がなくなったが、代わりに不安になってくる。

 あのシズクと言われていた人は、同性の私でも見惚れる黒くて長い髪、スタイルだって私より良い、そして何より

 

「......私は、今のユミトしか知らない」

「ユエ...」

 

 私は、昔のユミトを知らない。

 シズクは、今の彼を知らなくてもこれから知っていけば良い。

 それが、とても悔しい。

 

 そんな時だった。

 

()()()()

「......え?」

「オリオン、前世の俺の名前だ。ハジメにも...当然雫にも教えたことの無い俺の名前だ。」

「......なんで?」

 

 思わず尋ねてしまうと、彼は笑いながら答えてくれた。

 

「なんでだろうな?これだけは...ユエにだけ知って欲しかった」

「......私だけに?」

「ああ、ユエだけに」

 

 私だけに、それだけで嬉しくなる。

 私は、自分がこんなにもチョロいとは思わなかった。

 

「ユエ、俺はお前のことが好きだ」

「!」

「けどな...これが恋愛感情としての好きなのかはまだ分からないんだ」

「......ん」

「だから待っててくれ、この気持ちが何なのか...必ず答えを見つける」

「......ん、本当に()()()()はしょうがない」

「意地悪だなぁ...って」

「......2人きりの時だけ、その名前で呼ばせて」

「分かった、2人きりの時だけな」

 

 困ったように笑うユミト...オリオンを見て、黒い感情も不安もなくなった。

 私たちは立ち上がり、手を握りながらハジメたちの所へ戻る。

 やはり私は、オリオンの事が大好きだ。

 


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