ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか   作:クノスペ

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はい今回は、何故主人公が勇者を苗字呼びするのかの回です。



本編です


66.5星:三星と天之河【上弦】

 

 新たに香織を仲間に加え、弓人たちは【グリューエン大砂漠】へ車を走らせている。

 

 その車内にて、シアたちは先ほどの勇者たちの話をしていた。

 

「そういえばハジメ、あのアマノガワ?って人と同じ故郷なんだよね?」

「まぁな、けど同郷ってだけで親しい訳じゃねぇぞ」

「あれ?けどユミトさんはあの人のこと...」

 

 名前で呼んでいた。そう言おうとしながら振り向くと、ただぼんやりと景色を見ていた弓人と、どこか悲しそうな表情を浮かべる香織がいた。

 

「あの...もしかして聞かない方が良かったですか?」

「ううん...そうじゃないんだけど」

 

 香織は恐る恐ると言った感じに弓人を見る。

 何も反応しない事を肯定と取ったのかゆっくりと話し始めた。

 

「昔はね...弓人くんと光輝くんはこんな感じじゃなかったんだよ...それこそ、親友って言えるくらい仲が良かったんだ」

 

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 天之河光輝は、才能の塊だった。

 どんなスポーツでも、1教えられたら10を理解する。

 神童と言われても過言ではない、そのため挫折を知らなかった。

 

 あの日までは

 

「天之河だっけ?俺と試合しないか?」

「別に良いけど...僕が勝つよ?」

 

 当時、道場でもその才覚で負け知らずだった天之河に、弓人は話しかけた。

 彼にとっては、勝つことはあたりまえ。そのため無自覚に相手を煽ることが多かった。

 

「そんなもん、やってみないと分かんねぇよ」

「まぁ良いけど」

「じゃあやろうぜ!しはんだーい!」

 

 こうして天之河と弓人は試合することとなった。

 そしてその結果は、弓人が勝った。

 

「勝負あり!」

「よし!」

「なっ...」

 

 その結果は、ある意味当然であった。

 才能があるとはいえ、入ってまだ1ヶ月の天之河に対して、1年近く八重樫や師範代にしごかれている弓人だと、実力には大きな差があった。

 

「ぐす...うぅ...」

 

 天之河は知らなかった。

 敗北がこんなにも悔しいものだったと。

 

「天之河、お前すごいな!」

「え...なんで...」

「お前まだ1ヶ月なんだろ?俺負けるかと思ったぞ」

 

 お世辞でもなんでもない賞賛に、天之河は自身の腕で涙を乱暴に拭い。弓人に宣言する。

 

「次は絶対に勝つ!」

「馬鹿言うな、入ってすぐの奴に負けたら雫にぶっ飛ばされるわ」

 

 こうして天之河は、初めての挫折と親友(ライバル)ができた。

 

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「その後、私や龍太郎くんとも仲良くなって...どんな時でも一緒だった」

「そうなんですね〜...けど、なんであんな険悪?な感じに?」

 

 その質問に、香織は再び表情を暗くする。

 そして、言い淀んでいたが、再びゆっくりと語り始めた。

 

「2人がああなったのは...昔、雫ちゃんがいじめられてたのを知った時なんだ」

 

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 それは、みんなで帰ろうとしていた時八重樫がなかなか来ないと弓人が迎えに行った時だ。

 

 教室でいじめられてる八重樫を目撃して、激昂した弓人が追い払いみんなの所へ連れてきた。

 

「ぐす...ぐす...」

「ごめんね雫ちゃん...私雫ちゃんがそんな目に遭ってるなんて知らなかった...」

 

 泣いている八重樫を慰めていると、天之河は八重樫に対して言葉をかける。

 

「雫、もう大丈夫だ。後は俺がなんとかする」

「なんとかってどうやって?」

「その子たちと話し合う。みんないい子だから分かってくれるさ」

 

 坂上の質問に、天之河は当然と言わんばかりに答える。

 しかし、そんな解決策など不可能に近かった。

 

「いい子だったら、そもそもいじめなんてしねぇだろ」

「弓人、そんなはずない。みんな何かしらの理由があったんだ」

「光輝、お前本気で言ってんのか?」

 

 天之河は、性善説を信じており。そのことで何度か弓人と対立したことがある。

 そして今回も、苛立ち始めた弓人に気づかず、自身の考えを口にしてしまった。

 

「それに...もしかしたら雫にもいじめられる理由が....ぐあっ!」

「お前!もっぺん言ってみろ!」

「弓人やめろ!」

「ごめんなさい...ごめんなさい...」

 

 天之河の言葉に、今まで見せたことのないような怒りを見せた弓人が殴り飛ばした。

 そして天之河の胸ぐらを掴む彼を、坂上が羽交締めで抑える。

 そして香織はその剣幕に怯えてしまい、八重樫はただ泣いて謝るしかできなかった。

 

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「その後...どうなったんですか?」

「...先生が来てその場は抑えられた。その後雫ちゃんをいじめてた女子たちが有る事無い事言って、『弓人くんが雫ちゃんをいじめてて、光輝くんがそれを止めた』って...」

「な、なんですかそれ!?」

 

 香織の言葉に、シアは怒りの声をあげる。周りを見ると、ユエやティオも苛立ちを見せていた。

 

「ユミトさん全然悪くないじゃないですか!悪いのはあのアマノガワじゃないですか!ていうかなんですかあいつ!「もういいだろ」ユ、ユミトさん?」

 

 鬱憤を晴らすかの様に捲し立てるシアの言葉を、先ほどまで黙っていた弓人が遮る。

 

「そりが合わず仲違い、ガキの時ならよくあることだろ」

「弓人くん...」

「香織も、過ぎた事を引っ張るな」

「...ごめん」

 

 気まずい空気が漂うが、弓人はそれを無視して景色を見始めた。

 こうして少しの間、車内は静かになり【グリューエン大砂漠】へ進む。


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