ありふれない月の眷属がいるのは間違っているだろうか 作:クノスペ
主人公サイドだけなのもあれなので、勇者サイドも書いてから本編の続きに行こうと思います。
本編です
現在、王宮の訓練場にて
【オルクス大迷宮】から帰還した八重樫は、メルドとの模擬戦を行っている。
彼女の手には、先の戦いで折れた剣の代わりに弓人の持っていた物と同じ形状の刀が握られていた。
そして、彼の持っていた刀と違い、刃の部分が蒼色に光っていた。
「さぁ来い!」
「行きます!『車軸』」
その瞬間、鎺の部分から刃へ纏う様に水が吹き出した。
この武器の銘は『時雨』
ハジメが武器を製作している時、それに興味を示したティオと、全属性の魔法に適正のあるユエの3人で共同製作した物である。
刀の茎に水属性の魔法陣を書き込んでいるため『魔力操作』を持っていない八重樫でも問題なく使用できる。
因みに、刀の作成はハジメ、魔法の理論構成はユエ、魔法陣の作成はティオが担当した。
「はぁっ!」
「ぐっ...」
八重樫は刀を両手で持ち、突進する様に突きを放つ。
すると、纏っていた水が勢いを増し、八重樫の全身を包む様に広がった。
メルドは大剣の腹でガードするが、水流によって勢いの増した突きに思わずたたらを踏んだ。
「見事な攻撃だ...次はこちらから行くぞ!」
「『逆巻』」
八重樫から距離をとり、体勢を立て直したメルドは八重樫に斬りかかる。
それを見た八重樫は、下段に構え魔法を唱える。
すると、纏っていた水が今度は滝の様に流れ始めた。
それを確認した彼女は巻き上げる様に刀を振るい、水の壁を作り姿を隠す。
「それで防御したつもりか!」
普通であれば警戒して攻撃しないのだが、今回は模擬戦ということもありメルドは薙ぎ払う様に水の壁を切り裂いた。
大剣は水の壁を難なく切り裂いたが、先ほどまで対峙していた八重樫の姿がなかった。
「何!?」
「セイッ!」
八重樫は、水の壁で自身の姿を隠し身を屈めて回避していた。
それに気づいたメルドは距離を取ろうとするが、既に居合の構えをしていたため、その隙を見逃さず抜刀した。
「...降参だ」
「ありがとうございました」
メルドの首元に当てられた刀を仕舞い礼をする。
模擬戦が終わった後、メルドは嬉しさと悔しさが混ざった様な表情を向ける。
「参ったな、もう私じゃあ相手にならないか」
「い、いえ!今回の勝ちはこの刀によるものですし...」
「謙遜するな、その武器を使いこなしたお前の努力の結果だ」
「あ、ありがとうございます」
彼女の成長を、自分以上に喜ぶメルドを見て照れ臭くなる八重樫。
そしてメルドは、1つ気になった事を質問した。
「しかし、随分と堂に入っていたな。我流か?」
「うぇ!?えっと....書物に...書いてたもの?です」
「なるほど...王宮にそんなものあったか...?」
あの技術は、日本にいた頃。幼馴染に付き合わされアニメや漫画を見ていた際、ある漫画の日本刀を使う登場人物の技である。
その漫画を読んだ後、人目につかない場所で真似をしたという、彼女にとって誰にも知られるわけにはいかない『黒歴史』がある。
「まぁいいか」
「ほっ...」
「しかし...光輝の奴は...」
そう言って天之河の方を見ると、弓人に殴られた頬を抑えぼんやりと景色を見ている彼がいた。
天之河は、王宮に戻ってからあんな調子であり、訓練にも身が入っていなかった。
八重樫は、メルドに断りを入れ天之河の方へ近づく。
「光輝、あんたいつまでそうしてるつもり?」
「...雫」
声をかけられた天之河は、八重樫に視線を向けると呟く様に問いかけた。
「...僕は、また間違えたのか?」
「...そうね、香織は誰の物でもない。だから南雲くんの所に行くことは誰も止める権利は無いわ」
「...そうか」
聞きたくない事実に、天之河は顔を顰める。
何故南雲なんだ
あんな不真面目な奴なのに
あんな風に女の子を侍らせていたのに
そうだ、きっと何かしたに決まってる...
結論が出そうになった瞬間、彼に殴られた頬が痛む。
治療は済んだはずなのに、未だに痛む。
弓人、なんであんな目をするんだ。
僕は間違った事を言ってないだろ...
なんで...昔みたいに名前で呼んでくれないんだ...
「雫...僕はどうしたらいいんだ...」
「知らないわよ」
「っ...」
縋る様な問いかけを、彼女は一刀両断する。
しかし、八重樫は少し考えたのか言葉を続けた。
「...正確に言うと、私は知ってる」
「なら...」
「けどこれは、光輝自身で見つける答えだと思う。じゃないとあんたご都合解釈するでしょ」
「ご都合解釈なんて...」
「そこで誤魔化すのは、かっこ悪いわよ?」
「....,」
顔を顰め黙り込む天之河を見て、八重樫はため息をついてその場から離れようとする。
「...雫、君も離れていくのか?」
「...それは、どっちの意味で?」
「頼む、行かないでくれ」
懇願するような天之河の言葉、クラスメイトの女子や王国の令嬢が聞けば簡単に落ちそうなものだが、八重樫が見せた表情は『呆れ』だった。
「私はもう決めたの、強くなって...必ず『彼』の隣に立つって...そもそも縋るような男はお断りよ」
その言葉を残し離れていくのを見て、天之河はまたぼんやりと景色を見始めた。
『彼』その言葉に思い当たる男は1人だけだ。
天之河が変われるかどうかは、本人次第である。