その日の夜。仕事も終え、夕飯も食べ終えて部屋でゆっくりしていると突然の来訪者がやってきた。
「どうしたの五月?」
「そ、その…勉強教えてもらいたくて…」
「ふーん、いいよ入りなよ」
「ほんと!?ありがとう!」
そう言って五月は僕の部屋に入ってきて早速テーブルの前に座る。
「それでどこを聞きたいの?」
「えっと、ここなんだけど……」
「ふむふむ…じゃあ教えていこうか」
「よろしくね」
こうして僕は家庭教師としてのもう一つのお仕事を始めた。
「……そこはこうやって……うんそれで正解!」
「やったぁ♪」
五月はとても賢くなってきている。それでもまだまだ危なっかしいところはあるのだが。だけど彼女は教師を目指す目標を背に頑張っている。
そんな姿を見ると僕も頑張らなくちゃという気持ちになるのだ。
「和義君ってやっぱり教えるの上手だよね」
「いや、別にそんなことないと思うけど……」
「ううん!すごく分かりやすいし優しいから私好きだよ」
「っ……」
付き合いだしたとはいえ、面と向かって好きと言われるとさすがに恥ずかしくなる……
それに彼女の声がとても心地よくてドキドキしてしまう。
「あれ?顔赤いよ?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ……」
「もしかして照れてるのかな〜?」
「ち、違うよ!」
「ふーん、そうなんだ〜」
「もうこの話は終わり!次行こう!」
これ以上何か言われると色々とまずい気がしたので話を切り替えた。
「次はここを教えて欲しいな」
「ここはね……」
その後の勉強も順調に進んでいき、時間もいい感じだったので今日はここで終了することにした。
「じゃあ今日はここまでにしとこうか。夜も遅いしね」
「うん。ありがとう和義君」
「それじゃあお休み」
「あ…あのね…」
部屋に帰るであろう五月を出口で見送ろうと思った僕を呼び止めた。一体なんだろうか?
「どうしたの?」
「えっと……その……」
するとモジモジしながら上目遣いでこちらを見てくる。そして頬を赤らめながらこう言った。
「あの……一緒に寝たいなって思って……」
「へぇ………………はい!?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。今なんて言ったの?一緒に寝たいと聞こえたような気もするが聞き間違いだよな?そうだきっとそうに違いない。
「ごめんちょっと耳が悪くなったみたいだからもう一度言ってくれますか?」
「だ、だから!和義君の布団に入れて欲しいなって思ったの!」
聞き間違いではなかったようだ。まさか彼女からこんなことを言い出すとは思わなかった。でも何で急に?
「どうしてまた急にそんなこと言い出したの?」
「それは……最近二人の時間作れなくて寂しかったから……」
確かに夏休みになってから二人でという時間は作れていない。
「それに昨日は一花とお母さんと寝たでしょ?だったら次は私の番かなって…」
「いや、順番とか関係ないんじゃ……」
「だめ…?」
「うぅ……」
そんな捨てられた子犬のような瞳で見られると断りにくいじゃないか……
「わ、分かったよ……」
「やったぁ♪」
結局僕は折れてしまった。だってあんな表情されたら断れないよ。
「てか、最初からそのつもりで?」
「うん……皆にもそう言ってきてるよ」
五月にしては大胆な行動である。
「じゃあ寝よっか」
そう言って布団を敷く準備に取りかかる五月。そして五月が横になり空いたスペースに僕が入るという形をとった。
「ねぇ、手繋いでいい?」
「ああ……」
断る理由も無いので了承する。そして手を繋ぎそのまま眠りについた。
「ん……」
朝起きると目の前には五月の顔があった。どうやら抱きしめられているらしい。
「すー……すー……」
安心しきっちゃって。僕も男なんだけどね。
「ん……ふふ……」
そんなことを考えていると突然彼女が目を覚ました。
「おはよう和義君」
「お、おはよう……」
「よく眠れた?」
「まぁそれなりには……」
「そっか、よかった」
「それよりいつから起きてたの?」
「和義君が起きる少し前くらいかな。ほら今日仕事あるから早く行かないとでしょ?」
「そっか。起こしてくれるつもりだったんだ。ありがとね」
「いえいえ、これぐらい当然だよ」
そして僕達は支度をし、いつも通り仕事に向かうのだった。
~厨房の出入口付近~
今の時間は和義が厨房で料理の修行をしている。その和義の表情は真剣そのものである。
「「……」」
そんな和義の姿を遠くから見つめている者がいる。二乃と三玖である。
最近の二人は和義が料理をする時間になると、いつも決まって厨房へ赴いている。
そして今もこうして見守っているのだ。
「カズ君……やっぱりカッコイイわね」
「うん。あんなに真剣な顔してると特にそう思う」
「あーあ、ホントはもっと一緒にいたいんだけどなぁ」
「それは私も一緒。でも仕方ないよ。カズヨシはお仕事があるんだもん。それにあんな真剣な顔を見たら…」
「邪魔しちゃ悪いって思っちゃうわね?」
「うん……だから今は我慢するしかない」
「そうよね。今は……ね」
「「……」」
(早く終わらないかしら)(早く終わらないかな)
二人の心の声がシンクロした瞬間だった。
今日の料理の修行も佳境を向かえていた。
「よし!今日はこれくらいにしておこうか!」
「はい。ありがとうございました」
今日の修行が終わったので調理器具を洗う。するとそこに二乃と三玖が現れた。
「あれ?二人ともどうしたの?」
「んふふ〜♪」
「カズヨシの顔を見に来ただけだよ」
「えっ!?それだけのために来たの?」
「まあね。だって最近あんまり話せてなかったし」
「それにカズヨシは人気者。みんなに取られたくないよ」
「そっか。僕なんかの顔を見て楽しいならいつでも見ていいよ」
「やった!ありがとねカズヨシ!」
「それじゃあお言葉に甘えてこれから毎日見ることにするわ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。さすがにずっと見られてると恥ずかしいかな……」
「ふふっ。冗談よ。カズ君ったら可愛いんだから」
「えぇ~、もしかしてからかわれてる?」
「あはは!ごめんごめん」
「まぁ……良いんだけどね」
半ば諦めた感じで答える。
「ねえカズヨシ。この後予定ある?」
「ん?夕食の準備までだったら特に無いけどどうかしたの?」
「私たちと一緒に外に行かない」
「えぇ!?急だなぁ……でもこのあとまだ片付けとか残ってるんだよねぇ……」
「それなら大丈夫。手伝う」
「いや、それは流石に申し訳ないよ……」
「気にしないで。私たちが好きでやるだけだから」
「それにこれは貸しを作っておくチャンスでもあるわ」
「貸し?どういうこと?」
「後々役に立つかもしれないということよ」
「なるほど……わかったよ。それじゃあお願いしようかな」
「任せなさい!」
「じゃあ始めよ、カズヨシ」
こうして三人で片づけを済ませて出掛ける準備をした。
その後。僕と二乃と三玖の三人は近くの海岸に来ていた。この島だと遊びに行くところも限られてくる。
そこで比較的近いこの場所を選んだというわけだ。
「うーん…こうやって砂浜を歩くだけってのもたまにはいいわね」
「確かにそうだね」
「潮風があって少しだけ涼しい」
「まあ、本当だったら水着に着替えて泳ぎたかったけど」
「さすがにそこまでの時間はないからね」
最初は水着になる案も出てきた。けど、準備などでこうやって一緒にいる時間がなくなるだろうということでそのままの格好でここまで来たのだ。夕食の準備までそんなに多くの時間もないしね。
「まあいいわ。とりあえず何か飲み物買ってくるわね」
「あっ、僕も行くよ」
「ううん。二人はここで休んでて。すぐ戻ってくるから」
「分かった。お願い」
「うん。行ってくるわ」
そう言って二乃は自動販売機に向かって歩いて行った。
「ふぅ……」
僕は日陰を見つけてその場に座り込んだ。やはり結構疲労が溜まっているようだ。
うーん、もう少し体力つけないとかなぁ。
そう思いながら海を眺めていると隣に座っていた三玖が話しかけてきた。
「疲れてる?」
「うん。やっぱり慣れないことするとね」
「無理しないでね」
「分かってるよ。ところで…いつもより距離が近く感じるんだけど」
今僕たちは肩が触れ合うくらいの距離にいる。
「だってせっかく二人きりになれたんだもん。これくらいは許して」
「うっ……うん」
上目遣いは反則だと思う。しかも頬を赤く染めているし……
「それに……やっぱりこうやって二人っきりになるのは難しいし…」
「まあ、皆で付き合っているという奇妙な関係だしね…」
「うん。だから今はこうしてカズヨシと二人でいられて嬉しいんだ」
「そっか……」
なんだか照れくさいな。でも悪い気はしない。むしろとても心地よい気分だ。
「「……」」
二人の間に沈黙が流れる。波の音だけが静かに響いている。
「ねえカズヨシ……一つ聞いてもいい?」
「ん?どうしたの?」
「なんでカズヨシはおじいちゃんの旅館で働くことにしたの?」
「えっ?いきなりどうしたの?」
「前から聞きたいと思ってたの。カズヨシは料理人になりたいの?」
「うーん、別にそういうわけではないんだけどね」
「そうなの?ならどうして?」
「僕が働いている理由ねぇ。一つは自分の料理を食べてくれた人が喜んでくれる姿が見れるから、かな」
「それが理由なの?」
「うん。皆が僕の家に住むことになって、そこで僕の作った料理を食べることで笑顔になってくれたり、美味しいと言ってもらえることがすごく嬉しくてさ。それでもっと頑張ろうって思えるんだよね」
「ふふっ。カズヨシらしい」
「ありがと。それでもう一つは……」
「ただいまー」
ちょうどそこに二乃が帰ってきた。
「おかえり」
「お帰り。随分早かったね」
「近くに自販機があったからね。はい、カズ君。お茶で良かった?」
「うん。ありがとう」
二乃からペットボトルを受け取り蓋を開ける。そして喉を潤すために一口飲んだ。
「ぷはぁ!生き返るぅー」
「たしかに、まだ夏だもんね」
「そうね。まだまだ暑いわ」
「そうだね。でもこの暑さにももうじき終わりが来ると思うよ」
「え?どういう意味?」
「もうすぐ夏休みも終わるってことだね」
「あぁ、なるほど」
「そう考えるとちょっとだけ残念だわ」
「でも仕方ないよ。もう八月も終わっちゃうからね」
「うぅ……もっとカズヨシと一緒に過ごしたいのに……」
「気持ちはとても嬉しいんだけどね……」
「ならまた来年があるわ!」
「え?それってどういう……」
「実は私も思ってた」
「三玖も?それって……」
「うん。私たちはずっと一緒だよ」
「そうよ。離れることなんて絶対にないわ」
「……」
二人の真剣な眼差しが僕を捉える。その瞳は嘘偽りのない本心だということを物語っていた。
「……うん。そうだね」
僕は彼女たちの言葉に微笑みで返す。
「「……」」
「ん?どうかした?」
「カズヨシ、顔赤いよ」
「もしかして熱中症!?」
「ううん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
「うーん……本当かしら」
「無理しないでね」
「分かってるよ。ほら、そろそろ戻ろうか」
「それもそうね」
「うん」
こうして僕達は旅館へと戻った。
「やはり和義さんは人気者ですね」
「うまく君達と付き合えてるのか心配になってくるよ」
今日も今日とて僕の部屋には訪問者がいる。
今僕はその訪問者である桜に膝枕をしてもらい、さらに団扇で扇がれている。なんて至れり尽くせりな状況だろう。
こんな贅沢なことはなかなかできない。
そんな状況下で最近の出来事を桜に話していた。
「そんなことはありませんよ。皆さん、あなたに感謝しています」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「それにしても……ふふっ、あなたの寝顔を見ているだけで幸せです」
「ははっ。それは光栄だね」
「「……」」
お互いに無言の時間が続く。
こういう時間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「あの……少しお願いがあるのですが……」
「ん?何?」
「私の頭を撫でてくれませんか?」
「え……急にどうしたの?」
「いいではないですか……お願いします」
「分かったよ」
僕は彼女の要望通り優しく髪を撫でた。すると彼女はとても心地よさそうにしている。
「ふふっ、とても心地良いです」
「そりゃよかったよ」
「……ねえ、和義さん」
「ん?」
「……好き……大好き……愛してます……」
彼女が小さな声で呟く。しかしその声ははっきりと僕の耳に届いていた。
そして僕の心臓はドクンと大きく跳ね上がる。
「ど、どうしたの突然……」
「言いたくなったんです。それだけでは駄目ですか?」
「いや、全然問題はないけど……」
「ならもう一度言わせてください」
「うん……」
「私は……あなたを愛しています」
「……」
「……和義さん?」
返事がない僕を不思議に思ったのだろうか。彼女は僕の顔を覗き込んできた。
そんな彼女の顔に手を添え、キスをする。
「んっ……」
唇を重ねるだけの軽いものだったが、今の僕にはそれが精一杯だった。
数秒後、ゆっくりとお互いの口を離す。
「いきなりどうしたのですか?」
「僕も同じ気持ちだからこうしたかったんだ」
「嬉しい……本当に嬉しいです」
「僕も嬉しいよ」
「これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
そう言って僕たちは再び口づけを交わした。
「「……」」
二人の間に沈黙が流れる。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
おそらくそれほど長い時間ではなかったはずだ。
だが、今の僕たちにとってはこの静寂さえも心地よく感じていた。
「和義さん……」
先に言葉を発したのは彼女からだった。
「なに?」
「好きです……」
「僕もだよ」
「……強く抱きしめてほしいです」
「わかった」
僕は起き上がり、言われた通り彼女を力いっぱい抱き締める。
「ふふっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ずっとこのままでいられたらいいのに……」
「そうだね……」
「ずっと……一緒にいたい」
「うん」
「「……」」
「あぁ……幸せすぎてどうにかなりそうです」
「そうだね。僕も一緒だ」
「「……」」
「……あの、もう一度キス、してもいいですか?」
「ああ」
僕は彼女の願いを聞き入れ口付けを交わす。
今度は先程よりも長く、深く、甘い口づけだ。
「んぅ……かずよしさん……」
「ん?どうかした?」
「だいすき……」
「僕も君のことが大好きだよ」
「うれしい……」
「「……」」
「そろそろ寝ましょうか」
「そうだね」
そして二人、同じ布団で眠ることにした。
「お休みなさい」
「うん。お休み」
こうして二人の夜は更けていった。
大変長らくお待たせして申し訳ありません。最新話の投稿です。
前々から言っていた五月と桜のパートを書かせていただきました。
こうして書いてるとやはり四葉や風太郎、らいはといった他のメンバーが出しにくいですねぇ。
次回以降は登場させることが出来ればと思っております。
では、また次回も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。