「来ちゃった」
新学期も始まったある週末。夕飯を零奈と二人で食べていると、そんな言葉と共にうちに来客があった。
「来ちゃったって…」
「はぁぁ…一花、仕事はどうしたのです?」
「んー?もちろん終わらせてきたよ。ここにはタクシーで来たから」
呆れながら零奈が質問するもあっけらかんに一花は答えた。
「こちらに来るくらいなら自分の家に帰れば良いではないですか…」
「えぇ~、だってカズヨシ君に会いたかったんだもん」
そんな風に言いながら僕の腕に抱きついてくる一花。
自由な娘だ。
「それにカズヨシ君と約束したからね……勉強教えてね」
「!」
「ほぉー、それは殊勝な心がけですね」
一花の言葉にニヤリと笑みを浮かべる零奈。
そっか、ちゃんと考えてくれてたんだ。
「そういう事なら協力するよ。夕飯食べちゃうからちょっと待っててね」
「はーい」
いい返事も返ってきてるし今日ははかどるかな。
そんな風に考えていたのだが……
「こら一花、寝ない。まだ、今日のノルマ残ってるんだから」
「ひぃ~~、もう勘弁してよ~~。日中のロケでくたくたなんだよ~~」
ある程度勉強を進めていくと一花からギブアップが上がった。
「まったく。このままでは、兄さんや姉妹、風太郎さんと一緒に卒業出来ませんよ?」
お茶を一花の前に置きながら零奈が言う。
「それは分かってるんだけどさぁ...こんな疲れた状態じゃ、頭に入んないよぉ~~」
「まったく…最初の意気込みはどうしたのさ」
「いや~、いけると思ったんだけどね」
「仕方ない。明日も仕事だし今日はここまでにしとこうか」
「やったぁぁ…」
僕の言葉に机に突っ伏す一花。
「もう、兄さんは甘いのですから…」
「まあまあ。それで?これから家まで送ってく?」
「ん~~、今日は泊まってく。明日の朝仕事場まで送ってくれると助かるかな」
「仕方ありませんね。こんな時間だとバイクの運転も危ないですし。一花、客間に布団を敷くのを手伝ってください」
「やったぁ。ねえねえ、どうせだからまた三人で寝ようよ」
このお嬢さんはまたとんでもないこと言い出したね。
「また突拍子もない事を…」
「えぇ~、お母さんは反対?」
「わ、私は兄さんを困らせたくないので」
零奈はそう言いながらもチラチラとこちらを見ている。
まったく素直じゃないんだから。
「分かったよ。今日は三人で寝よう」
「やっぱりカズヨシ君は話が分かるぅ」
「に、兄さんがそう言うのであれば反対はしません」
一花の喜びは見て分かるのだが、零奈も言葉とは裏腹に口元が緩んでいる。
「それでは一花はお風呂にいったらどうです?布団は私と兄さんで敷いておきますので」
「はーい。いやぁ、着替えを少しでも置いてて良かったよ」
「まったくだよ。まさか、こんなにも早く役立つなんてね」
一花達と付き合うことになってからこんな風に泊まりに来るのではないかとは予想はしていた。ホント、こんなに早く来るとは思わなかったけどね。
そんな感じで、一花のお風呂が終わった後は僕を中心に三人川の字で眠ることにした。
「カズヨシ君、まだ起きてる?」
「起きてるよ。どうしたの?」
「んーん、何でもない。お母さんは?もう寝ちゃった?」
一花とは反対側を見てみると、僕の腕を抱き枕のように抱きしめてスヤスヤと眠っている零奈の姿があった。
「うん。ぐっすりだよ」
その顔は幸せそうな寝顔だった。
「良かったね、お母さん……」
そう言う一花の口調もどこか優しく感じる。
「ねぇカズヨシ君……こっち向いてくれる?」
一花に言われ、僕は彼女を見た。すると突然キスをされた。
「ん……ちゅ……」
彼女の舌が口の中に入ってくる。そしてしばらくした後唇同士が離れた。
「えへへ……しちゃった……」
照れ臭そうにはにかむ彼女に見惚れてしまう。
「私は皆と違ってこうやって一緒にいられる時間は少ないから…だから甘えられるときに甘えさせてもらえると嬉しいな」
「そっか……じゃぁもっとしていいんだよ」
今度はこちらからキスをする。最初は触れるだけの軽いものだったけど次第にお互いを求め合うように激しくなっていく。
「ふぅ……はぁ……」
息継ぎのために一度口を離す。その時唾液が糸を引いた。それが恥ずかしかったのか彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
「もう一回する?」
コクっと小さく彼女がうなずき再び唇を重ねる。
「ん……ちゅ……はぁぁ……なんか凄くドキドキしてきた……」
「僕もだよ……」
嬉しさを抑えきれないといった様子の一花は更に強くギュッと腕に抱きついてくる。
「そういえば他のみんなとはキスした?」
「いきなりだな……一花も見てたでしょ。みんなとしてるよ」
「その日以降だよ。私みたいに二人っきりになってしたとかないの?」
「………三玖と桜とはしたよ」
「おーー、三玖と桜ちゃんかぁ。積極的だぁ~。あれ?五月ちゃんは、まあ分からなくもないけど、二乃とはしてないんだ?」
「そうだね。二人っきりになることも少ないのもあるけど、意外にないね」
「ふ~ん。まあ二乃もああ見えて純情なところもあるしね。逆に三玖は気にしなくなったらガンガンいくとこあるし…ほら、姉妹間では結構言うときは言うでしょ?」
「確かに」
「五月ちゃんは真面目だからね。あの時はみんながしたのを見たのと、自分の気持ちに正直になったところもあったから。大丈夫だって思ってるけど、二人のこともちゃんと愛してあげてね?」
「分かってるよ」
こうして僕らの夜は更けていった。
「♪~~♪~」
朝から鼻唄混じりに一花は朝食を食べている。
「……一花。朝からご機嫌ですが何かあったのですか?」
「んー…?何もないよ。いつも通りだって♪」
「どこがですが、まったく…」
「そういうお母さんだってちょっとご機嫌なんじゃない?カズヨシ君と一緒に眠れたからかなぁ~?」
「な、何を!?」
朝から賑わっている二人である。本当に仲が良い。
「ほらほら早く食べないと仕事遅れるよ」
「おっと、そうだった。そうだ、今日ってカズヨシ君は一日時間空いてるの?」
「僕?うーん、午後から家庭教師があるくらいかな…」
「私は今日らいはさんと約束があるので上杉家に行ってますね」
「え、風太郎の家に?」
「ええ。駄目でしたか?」
「いや、駄目ってことはないよ。楽しんできな」
「はい!」
らいはちゃんも中学生に上がったのに、たまにこうやって零奈と遊んでくれるのはありがたい。
「じゃあさ。午前中だけでも私にカズヨシ君の時間くれないかな?」
「へ?」
「おはようございます。私、一花さんのマネージャーをしている者です」
「はじめまして。すみません突然お邪魔して…」
「いえ、社長からも前もって聞いていましたので。それではこちらを首から下げておいてください」
マネージャーと名乗る女性の方に『関係者』と書かれた吊り下げ名札を渡された。
そう、ここは一花の撮影現場。見学という形でお邪魔しているのだ。
自分が何かするわけではないのに緊張してきた。現場の雰囲気がそうさせているのかもしれない。
「撮影の準備ができるまで少々時間がかかりますので……そちらに座ってお待ちください」
「はい、ありがとうございます!」
案内された椅子に座りながら周りを見渡すと、カメラや照明など本格的な機材が置かれている。そして大勢のスタッフさんたちが慌ただしく動き回っている様子は映画撮影を思わせるものだった。
「ふぅ……」
僕は小さく深呼吸をして気持ちを整える。今日ここに来た目的はただ一つ、一花の晴れ舞台を見ることだ。余計なことを考えずに集中しよう。
しばらくすると監督らしき男性が現れ、そのすぐ後ろに一花の姿があった。
「よしっ!じゃあ始めるぞー!」
監督の掛け声と共に撮影は始まった。どうやらこのシーンはワンカットで撮るようだ。
「はい、カーット!!」
監督が声を上げた瞬間、張り詰めていた空気が一気に和らぎ周りの人たちから安堵の声が上がる。
「今までテレビや映画で一花さんの演技を見てきましたけど、やっぱり生は違いますね」
「ふふふ、生で見ると演技している雰囲気とか感じられますからね。それにしても今日は集中できているというか、一花さんは良い演技ができていますね」
「そうなんですね」
確かに今日の一花はいつもより表情豊かに見えるし、セリフにも感情が込められているように感じる。きっとそれは一花の努力の成果なんだろう。
「もしかしたらあなたが見ているから、かもしれませんね」
「え?」
「冗談ですよ。でもあの子にとって良い刺激になっていることは確かでしょう」
「……そうですか」
僕がここにいるだけで一花の力になれているなら嬉しい限りだ。
その後順調に撮影は進んでいたのだが、僕は午後の家庭教師のために帰ることにした。
休憩時間だからと、バイクの停めている駐輪場まで一花は来てくれた。
「今日は私の無理に付き合ってくれてありがと」
「いや、僕も今日来れて良かったって思ってる。一花の今までの努力が垣間見ることが出来たから」
「そっか…今の私を見せれたらって思ったから、そう感じてくれたならよかった」
「うん。それじゃ、マネージャーさんも今日はありがとうございました」
「いえ、道中お気をつけて」
二人に見送られながらバイクを中野家に向けて走らせるのだった。
「ごめん、遅くなった」
なるべく急ぎで来たものの少しだけ遅れてしまった。
「別に構わんさ。ちょうど今始めたところだからな」
「和義君が遅れて来るなんて珍しいですね」
「あれ、ヘルメット持ってるってことは…カズヨシ、バイクで来たの?」
「ん?ああ、ちょっと午前中は別の用が出来てね」
うーーん。一花とのこと言って良いものか迷うなぁ。
「ほら、突っ立ってないで早くこっちに来なさいよ」
「あ、ああ。そうだね」
二乃に促されながら、二乃の隣に座った。
「一花がいないのは残念だけど、ここまでみんなが揃うのって久しぶりだね!」
「そうですね。学校が始まってからはみんなアルバイトも始まりましたし」
「カズ君はREVIVAL辞めないわよね?」
「ああ。出勤日数は減るかもだけど卒業まで続けるよ。もちろん塾の方もね」
僕の言葉にふぅーと安心する二乃と五月。
「あー…でも、学園祭……日の出祭が開催されてる間は休ませてもらうつもりだよ」
「そういえばそんなもんあったな」
「風太郎らしいね…」
「うちのクラスはまだ何も決めてないですよね?」
「まあ、まだまだ先だしね。文化部やライブとかパフォーマンスする人達はもう準備に取りかかってるみたいだけどね」
「去年は転入してすぐだったから準備から参加できるのは嬉しい」
「でも、なんでカズ君はバイト休むことになるの?」
「多分、学級長が中心になって準備に取りかかったりするからね。それでだよ」
「なるほど!じゃあ私も頑張らないとですね!」
そんな風に息巻いている四葉。無理しそうで心配ではある。
「ほどほどにしときなさいよ。あんたはすぐ無理するんだから」
「はぁーい」
「お前ら、そろそろ駄弁ってないで勉強に集中しろ」
風太郎のそんな注意もあり、各々が自分の勉強に集中を始めた。三玖には今日も社会を見てもらっている。
そして今日の家庭教師も終わりを迎えた。
「さて、帰りますか」
「お前らちゃんと課題しとけよ」
「分かってるわよ」
「今日もありがとうございました!」
「気をつけて帰ってくださいね」
「また学校で…」
四人の見送りを受けながら中野家を後にする。
帰りは風太郎を後ろに乗せて送ってあげることにした。
「なあ、時間あるならちょっとどこかに寄っていかないか?」
「りょーかい」
後ろから風太郎のそんな提案もあり、上杉家に近い公園に立ち寄る事にした。
自販機で二人分の飲み物を買い、それを持ってベンチに座る風太郎のところに向かう。
「ほら、奢りだよ」
「悪いな」
飲み物を風太郎に渡した後、お互いに飲み物で口を潤した。そしてそのまま僕は風太郎の横に座った。
「んで?どうした?」
「…………お前たちはあれからうまく付き合えているのか?」
「また、風太郎の口から出るとは思えない言葉だね」
「うるさい」
本当にどうしたのだろうか。
「うーん……どうだろ?とくにケンカとかしてるわけでもないしなぁ、そういう面ではうまく付き合えてるんじゃない。ただ、付き合う前と変わらないところもあるから、そういう面ではうまくいってないのか?でも、毎日が楽しいよ。彼女達の色々な顔を見ることも出来てるしね。僕達のペースでやれてるさ」
「そうか…」
「ホントどうしたのさ。こんなこと聞いてくるなんてらしくない」
「……俺は……四葉の気持ちに応えようと思っている」
「ぶふっ…げほっ、けほっ……へ?」
ちょうど飲み物を飲んでいる時に衝撃的な言葉を聞いたので吹き出してしまった。
「なんだ?何かおかしな事を俺は言ったか?」
「いやいやいや。え、何?四葉と付き合うの?」
僕の言葉に風太郎は答えることはせず、僕とは目を合わせず前髪を弄っている。その顔はどこか赤くなっているようだ。
「……あいつは俺がつまづいたりする時にいつも手を差しのべてくれた。もちろんお前だってそうだ。だが、なんて言うか…安心すんだよ」
「安心?」
「ああ。お前といる時みたいにな。あいつは俺の支えであり、俺はあいつの支えでありたいと思っている。だから……あいつがたまに見せる寂しそうな顔が無性に心にくるんだよ」
飲みかけのペットボトルを握りしめながら風太郎は答える。
「四葉以外の姉妹はお前と付き合ってるだろ?お前が悪いってわけじゃないんだが、お前らが笑っているときに一瞬寂しそうな顔をあいつはしてるんだ。羨ましそうにな…」
「……」
「支えてやりたいやつがそんな顔してたら、動かないわけにはいかねぇだろ」
そこで風太郎はぐいっと残りを飲み干した。
「へぇ~、それでどんな風に四葉に伝えれば良いのか相談ってこと?」
「あ、ああ…そういえば、お前はどんな風に伝えたんだ?」
「あー…僕のは参考にならないよ。もう無茶苦茶だったから……」
参考にはならないと思ったが、とりあえず僕達が付き合い出した馴れ初めは伝えた。
一花が僕が迷っていることに相談に乗ってくれたこと。そして、朝早くから僕の部屋に五人で押し掛けてきて付き合うことになったことを。
「はぁぁ…無茶苦茶だな」
「だから始めに言ったじゃん」
呆れ気味に言ってくる風太郎にツッコミ返した。
一花が僕と風太郎で迷ってたのは言わないでおこう。
「まあ、ありきたりだけど放課後あたりに屋上とかに呼び出してで良いんじゃない?後は……お出掛けに誘って伝えるとか」
「そうか…」
「なんにせよ、大事なのはシチュエーションとかじゃなくて風太郎自身の口から風太郎の気持ちを伝えることなんだから、難しく考えなくて良いんじゃない?」
「そうだな」
難しそうな顔をしていたので追加で伝える。少しは役に立てれば良いのだが。
「サンキュー。後は俺自身で考えてみるよ」
「そっか。健闘を祈ってるよ」
「ああ」
立ち上がった風太郎に向けて拳を突き上げると、風太郎も僕の拳に向かって拳を付きだしてきた。
多分大丈夫だと思うが、良い結果になってくれることを祈るのみだ。
今回のお話しはちょっと一花がメインになってしまいました…
次回以降はきちんと皆のお話しを書ければと思ってます。書けるかなぁ……
では、また次回の投稿も読んでいただければと思います。よろしくお願いいたします。