「無堂仁之介、かぁ…」
無堂仁之介。
部屋のベッドで寝っ転がりながら
「やっぱ偶然だよなぁ…」
自分の娘がいる塾にピンポイントで来るわけないしなぁ。今まで誰とも連絡をしていなかったのに、まず塾に通ってることすら分かんないだろぉし。桜の事に関してはもしかしたら調べてきた可能性はあるか。
一応楓さんには事の経緯を話しておいたが…
「人の圧って電話越しでも感じられるんだなぁ…」
経緯を聞いた瞬間の楓さんの『そうですか』っていう声、まじで怖かったからなぁ。中野さんやお祖父さんといい五つ子の周りは凄い人が多いんだよな。まあそれだけあの娘達が愛されてるってことだよね。僕だって桜に嫌な思いをさせた事を許せそうにないしな。
コンコン…
「はーい」
『兄さん?入りますね』
パジャマ姿の零奈がドアを開けて入ってきた。お風呂上がりなのだろうか色艶の良い顔でいる。
「お風呂はあと兄さんだけですので入っていいですよ…て、私には気にするなと言っておいて自分が気にしているではないですか」
僕の手にあるプリントが目に入った零奈はそう苦言を呈した。
「ああ、ごめんね。桜に接触があったみたいだからちょっと気になって…零奈や五月への接触ももちろんないように気にはしてるけど、桜も僕の彼女だし。彼女が嫌な気持ちになったならやっぱ気になってきてさ」
「…っ!桜さんに接触があったのですか?」
ベッドに腰かけている僕の横に座ると零奈は驚いた表情で聞いてきた。
「桜が言うにはよくあるそうだよ。楓さんに近づく大人達から声をかけられることは」
「そうですか…名家の生まれというものは、そういったしがらみがあって大変なのですね」
「本人は、確かに嫌な気持ちにはなったけどこれから…高校を卒業した辺りからもっと増えるだろうから頑張ります、て自分を鼓舞してたけどね」
「桜さんらしいですね」
「さて…!」
ベッドから立ち上がった僕は持っていたプリントを机の上に置いた。
「じゃあお風呂に入ってくるよ。零奈ももう寝るでしょ?」
「ええ……ちょうどいいので、今日はここで寝させていただきます」
「は?…まあいいけど、無理に起きてなくていいからね?」
「はい」
そう言って零奈は布団を被り目を閉じた。
体はまだまだ小学生。戻ってきた頃には熟睡してるだろう。そんな風に考えながらお風呂に向かうのだった。
~院長室~
週も空けたある日。院長室には、娘から届いた招待状を笑みを浮かべながら見ているマルオの姿があった。
「おーおー、良い部屋だな院長先生。こんな部屋が用意されてんじゃ、家に帰りたくなくなる気持ちもわかるぜ」
そこにノックもせずに勇也が院長室に入ってきた。
「......お前の入室を許可した覚えはない。すぐさま出ていけ上杉」
「おいおい、随分水臭ぇじゃねーか。いい情報知らせに来てやったのによぉ」
「?」
「来てるぜ、十数年ぶりだ。同窓会しようぜ」
「意味がわからない、つまみ出してくれ」
「あ!てめっ!」
院長室からマルオは勇也をつまみ出そうとするも、勇也は従おうとしない。
「はぁぁ...主語を言え、主語を」
「んあ?」
「誰が来てるんだ?」
「ああ、忘れてたぜ。これだ」
そう言って勇也はあるプリントをマルオに見せた。
「!!」
「どうするよ?」
「その事はもう知っている」
「え、知ってたのかよ。誰に聞いたんだ?やっぱ下田か?」
そこでマルオはこの事を知った経緯を思い出していた。
マルオはこの日も夜まで院長室で仕事をしていた。
トゥルルル…
そこにマルオのスマホに着信が入った。
(直江和義…なぜ彼が…)
「はい…」
『あ、夜にすみません。直江ですけど、今ってお話大丈夫ですか?』
「別に構わないよ。ちょうどキリも良かったからね」
『キリが良いって…相変わらずお仕事がお忙しいんですね。ちゃんと帰れてるんですか?』
「君にそんな事を言われる筋合いはないよ」
『まったく、素直になれば良いんですよ』
「……そんなつまらない話なら切らせてもらうよ」
『わぁーー!待ってください!本当に大事な話があるんですよ!』
「はぁぁ…それで?話とは何だい?」
マルオはため息をつきながら席を立ち、窓際で外を見ながら和義に話の続きを促した。
「無堂仁之介という男をご存じですよね?」
「何っ?」
(なぜ彼の口からあの男の名前が…)
「どこでその名前を知った?」
一旦自分を落ち着かせるためか、マルオは窓際からデスクに戻り椅子に座った。
『僕と五月にさんが通っている塾。そこで今度大学受験対策として特別教室が開かれるんです。その講師を務めるのが無堂先生です』
「……」
(なんということだ。よりにもよって五月君の通う塾にあの男が!)
マルオは自身の感情が表に出ないように努めた。
『僕は元々この人の事を知りませんでした。それで下田さんからどんな人か聞いたんです』
「なるほど下田君から…どんな人か聞いた、と言っていたがどこまで聞いているんだい?」
『大体は。五つ子の彼女達の母親である
「そうか…そこまで…」
『あー…でも、旦那さんの話を聞いたのは五月からですね。下田さんからはその旦那さんが無堂さんだと聞かされただけです』
「…っ!驚きだね。五月君からその話を聞くなんて。君はどうやら彼女から相当気に入られているみたいだね」
『だと良いんですけどね』
そこでマルオは考えた。今はまだ五月にあの男を会わせるのは危険なのではないかと。
(塾を辞めさせる?いや、自らの意思で勉強をしているのだ。何か理由を考えなければ…)
『ああ、そうだ。五月さんはこの特別教室には参加しませんので。勝手ながら僕と下田さんで話し合って近づかせない方が良いって判断しました。なので、この特別教室が開催される間は塾に近づかせません』
マルオが色々と考えているところに、和義から思いがけない言葉を聞かされた。
「そうか…なるほど、それで例の合宿なのかね?」
『そうですね。すみません、変な事になってしまい…』
「構わないよ。娘たちからは前もって連絡はあったからね。直江先生や綾先生の許可もあったのだろう?」
『まあ…どちらかと言うと母の方がノリノリで…』
「ふっ…綾先生らしい………時にレイナ君は元気にしているかね?季節の変わり目だ体調を崩したりしていないかね?」
『え?あ、ああ。零奈は元気ですよ。気にかけていただいてありがとうございます』
「いや。高校生と小学生だけで色々と大変だろう。困ったことがあれば頼ってくれて構わないよ」
非科学的な事だとは分かっている。だが、マルオは直江零奈からはかつての恩師で唯一愛した女性、
だからこそ、彼女の事をもっと知りたいと思う気持ちが先行してしまっている。
『ありがとうございます。その時は是非。零奈にも伝えておきますよ。じゃあ、お話ししたいことは以上ですので。お仕事中に失礼しました』
そこで和義からの電話が切られる。
マルオはスマホを机の上に置き椅子の背もたれにもたれながら天井を見上げた。
(塾の方は彼の行動でなんとかなった。五月君は塾に近づかせないとも言っていたことだ。こちらは問題ないだろう。だが、果たしてあの男が何も起こさずにいてくれるだろうか…)
マルオは目線を天井から机の上に置いてあるカレンダーに移した。
(たしか来月だったか…)
マルオは、無堂が娘達に接触してくるであろうもう一つのイベントに思いをよせていた。
「直江和義君だ」
「和義!?たしかに下田は和義のやつにも教えたって言ってたけどよぉ。お前らそんな話をするような仲だったのかよ」
そこでマルオは笑みを浮かべた。
「マルオ?」
「彼は利発的な子だからね。報連相をしっかりとしているだけだよ。すでに五月君を塾に近づかせないように手配をしたことの報告があった。そこでも下田君と連携してるみたいだがね」
「ひゅ~♪あいかわらずやるねぇ、あいつは」
「だからこそ、既に自身の両親である直江先生と綾先生にも情報が行き渡り、あの二人が動こうとするだろう」
「じゃあ俺らは何もなしかよ」
「いや。それでも現場にいる僕達で出来ることをしておくのも悪くないだろう」
「へっ、そうこなくっちゃな!」
マルオの言葉に勇也は満足そうな顔をするのだった。
~上杉家~
今日も風太郎はバイトに励んでいた。
そして家に帰る途中、父である勇也と合流をした。
「風太郎。お前も今帰りか?」
「
「ま、昔のダチとな。らいはが待ってるだろうし、早く帰ろうぜ」
「はいはい」
そして家に到着した風太郎は予期せぬ人物が自分の家にいたことに驚いていた。
「……お前がなんでここにいるんだよ、四葉」
「おかえりなさい上杉さん」
そう中野家四女で風太郎の彼女でもある四葉である。
「お兄ちゃん、お父さんお帰りー」
「四葉ちゃん、来てたのか」
「上杉さんのお父さん!お邪魔してます!」
「どうしたんだ?勉強会してるんじゃないのかよ」
四葉の隣に座りながら風太郎は確認をする。
「えっと、直江さんに頼まれ事がありまして、これです」
四葉はカバンから招待状を出して風太郎に差し出した。
「直江さんが上杉さんに渡した覚えがないと言っていましたよ。あと…上杉さんに会う口実になるだろって…」
「あんのやろー」
四葉が勇也とらいはに聞こえないように風太郎の耳元でそう伝えたのだが、風太郎は顔を赤くして和義に向かって文句を言っている。
「なんだなんだ?二人して顔を赤くしてぇー。いいねぇ、付き合いだした二人は初々しくてぇ」
「からかうんじゃねえよ
勇也の言葉に風太郎は反発するが、四葉はさらに恥ずかしくなったのか顔を赤くして下を向いてしまった。
「へっ…それで?四葉ちゃんそれはなんだい?」
ある程度からかった勇也は四葉に風太郎に渡した物が何なのか尋ねた。
「学園祭の招待状です。中に、出し物の無料券や割引券が入ってて便利なんですよ」
「へぇ~、こりゃ助かるぜ。サンキューな」
「お兄ちゃん、なんでこんな大切なもの忘れてたの。四葉さんにお礼を言って」
「……サンキューな、四葉」
「いえいえ」
恥ずかしさもなくなってきたのかいつも通りに四葉と風太郎は接していた。
「学祭、俺達も楽しみにしてるからよ......外はもう
「はーい、カレーできましたよー」
「わぁー!いただきます!」
夕飯のカレーをご馳走になった四葉は風太郎と一緒に直江家に向かっていた。
「それでどうなんだよ和義の家での勉強会は?少しは身に入ってるか?」
「はい!桜ちゃんにも教えてもらってで大変助かってますよ」
「桜って……一年生に教わってんじゃねぇよ…」
四葉の言葉に片手で顔を覆うようにして悩む風太郎。四葉はそれを申し訳なさそうに見ていた。
「ほ、ほら!一年生の復習も時には大事なんですよ!」
「調子良いことを…お前らには大学に入ってもらわなきゃ困るんだからな。これで落ちたら、俺のやってきたことが無意味になっちまう」
そんな風太郎の言葉に四葉は目を丸くした。
「それは違いますよ」
「!」
「女優を目指した一花だったり、調理師を目指した三玖との時間は無意味でしたか?」
「!そうは...思いたくないな」
風太郎の回答に満足気な顔をする四葉。
「私たちの関係は、もう家庭教師と生徒っていう枠だけじゃ何も言えません。まあ、実際私たちってお付き合いしちゃってるんですけどねぇ…」
「......」
苦笑いをしながら話す四葉に恥ずかしそうに前髪をいじる風太郎。
「......みんなもきっと思ってるはずです。たとえこの先どんな失敗が待ち受けていたとしても、この学校に来なかったら、上杉さんや直江さんと会わなければ、なんて後悔することはないんだって」
少し頬を赤くしながらもまっすぐ風太郎を見て笑顔で自分の気持ちを伝える四葉。
(やってきたことは無意味じゃなかった、か...)
夜空に輝く月を眺めながら、風太郎はそう心に留めた。
(ふっ…まさか四葉にそんな風に言われるとはな…)
そこで不意に風太郎は四葉の手を握る。
「う、上杉さん!?」
「……俺たちは付き合ってるんだ。これくらいいいだろ…」
「……はい!」
そしてその後は、二人手を繋いだまま、他愛もない話をしながら直江家に向かうのだった。
今回のお話で日の出祭の冒頭までいこうと思っていたのですが、キリも良いので次回から入ろうと思ってます。
そして、本来であれば五月が届けに来るはずだった招待状を四葉に届けさせてみました。もう付き合ってる訳ですし五月が行くよりも四葉が行った方が自然かなって思いまして。なので、原作で五月が言ったセリフを四葉風に書き換えてます。
では、次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。