「五月!」
「え?か、和義君?」
「ん?」
食堂まで五月を迎えに来たのだが、その五月の傍には思いもよらなかった人物がいたので、つい大声で五月を呼んでしまった。
突然の僕の登場と大声の二つで驚きの顔をしている五月。そしてもう一人、無堂先生もこちらに振り返っていた。
「どうしたのですか?大きな声を出して」
「ごめんごめん、知らない人と話してたからちょっと焦っちゃって」
そんな風に話しながら五月と無堂先生の間に入る形をとった。
「なんだね君は?」
「別に貴方に名乗ることではないと思うのですが、無堂先生」
「ほう…僕のことを知っているのかね」
「まあ色々と。五月、もう集合時間だから片付けちゃって」
「は、はい」
体は無堂先生の方に向いたまま、顔だけを後ろの五月に向けて机の上の勉強道具を片付けるように指示を出した。
「ふむ…随分と警戒されてるようだね。別に何かしようとは考えていないよ」
「ただの塾の特別講師の人間が
「さてね…」
そこまで興味を持っていないように無堂先生は答えた。
「僕は貴方が特別講師として行かれた塾でアルバイトをしているんです。講師として」
「ほう。であれば君かね?稀代の天才だと言われているのは」
そんな風に言われてるのか。下田さん辺りから噂が流れてそうだな。まあ今はいいか。
「どのように言われてるのかは知りませんが、僕はそこで下田さんと懇意にしていただいてるんです。だから
「むぅ…」
さすがの無堂先生も下田さんの名前が出てきたことで表情が変わった。とは言え、ここで押し問答をするつもりはないさっさとここから離れよう。
「行こう五月」
「えっ…」
鞄に勉強道具を入れたのを確認した僕は、五月の手首を掴み引っ張ってここから離れようとした。そんな僕達に無堂先生はすれ違いざまに話しかけてきた。
「五月ちゃん。悩んでいるのならいつでも相談にのるよ。きっと君に合った道は他にもあるはずだ」
何のことだ?
無堂先生の言葉で立ち止まってしまった五月。
「五月?」
「いえ。行きましょう」
五月は無堂先生に何か伝えるのかと思ったが何も告げずその場を後にした。
そのまま食堂から出るわけではなく、周りから見られない隅にまで来て五月の手首を離した。そして五月の両肩に手を置き話しかけた。
「大丈夫だった?何か変なこと言われたりしなかった?」
「え…あ…大丈夫だよ。勉強を頑張っているところを誉められただけだから」
「本当に?」
「ふふふっ…そこまで心配しなくても大丈夫だよ。ごめんね、塾の先生だってことで話し込んじゃった」
申し訳なさそうな顔でこちらを見る五月。そんな五月をガバッとその場で抱きしめた。
「ちょっ…和義君!?」
「僕は一人の女性を愛し選べないような情けない人間だ。けど、これだけは信じてほしい。そんな僕でも君の事を大切に想っていると」
「うん…大丈夫。そこは疑ったことはないよ」
五月は自身の手を僕の背中に回し、そのまま二人抱きしめ合った。
「やっぱり和義君の腕の中は落ち着くなぁ。ずっとこうしていたいくらい」
「僕もだよ」
それからしばらくしてお互いに少し離れたのだが、五月が目を閉じてこちらに顔を向けてきたのでそのまま唇にキスをした。
「ん……」
僕は軽くキスをするつもりだったのだが、五月が僕の首の後ろに腕を回してきたため離れることが出来なかった。
「んっ……」
五月っ!?
しかもその五月から舌を絡ませてきたのだ。
「んっ……ちゅっ……ちゅる……和義くん……ちゅっ……」
もう五月のなすがままに僕は受け入れた。
「はぁ……んむ……ぷはっ……はぁ……」
満足したのか、五月がようやく首の後ろに回した腕を緩めながら口を離した。お互い口を離すと銀色の糸を引いていた。
「どうしたの?五月にしては激しく求めてきたけど」
「うん…もっと和義君と触れ合いたいって思っちゃったらつい。嫌だった?」
「嫌なもんか。五月のしたいようにすればいいさ」
「ありがとう」
そう返事をした五月はそのまま僕に抱きついてきた。
「ほら、もう集合時間になっちゃう。行くよ?」
「うん」
返事をしながら離れてくれた五月の唇に軽くキスをしてから、五月と二人で集合場所である教室に向かうのだった。
ガラッ
「よう、来たな」
「五月おっつー!」
少しだけ集合時間を過ぎて指定された教室に入ると、すでに全員が揃っていた。
「悪い、遅れたね」
「すみません」
「遅いっ遅刻よ。二人でいったい何してたのかしら?」
「べべっ…別にっ、普通に遅れただけです」
顔を赤くしてどもって言う五月。多分さっきのキスの事を思い出してるんだろうけど分かりやすすぎる。
「ホントあんたって隠し事が下手よね。分かりやすすぎよ」
「おやおや。五月ちゃんも隅に置けませんなぁ」
「何があったかは後で追及するとして」
「はい。これで皆さん揃いましたね」
桜が笑顔で全員が揃ったことを告げる。若干桜の笑顔が怖いのは気のせいだろうか…
「それにしても、やっぱこうやってみんなが揃った状況って落ち着くよね」
「そういえばフータロー君を交えての集合なんて何気に久しぶりだよね」
「そうね。私たちは合宿でカズ君の家に泊まってたし」
「フータローもたまに来てたけどその時は一花がいなかった」
「一花も仕事で忙しい身ですからね」
「とりあえず食べませんか?四葉さんと上杉先輩とでたくさん買ってきたんですよ」
全員が集合したことにやはり嬉しさを隠しきれないでいる女性陣。そんなところに桜が屋台で買ってきたものを
「私ずっと我慢してたんです!」
「はいはい。いっぱいあるから慌てないでね五月ちゃん」
五月は今にも取り出しそうな勢いである。
僕と風太郎はそんな彼女達の様子を少しだけ離れたところで見ていた。
「やっぱ良いよね、この光景は」
「…そうだな。この八人でずっと、このままの関係でいられたらと願ってる」
「そっか…そうなると僕も頑張らないとね。五人の
「ふっ…喧嘩しても勝ち目ねえもんな。なんせ5対1だからな」
「やっぱそうなるよねぇ…」
「ぷっ…」
「「あはははは…」」
そこで二人で笑ってしまった。
「ちょっと二人とも、そんなところで二人で笑ってないでこっちおいでよ。乾杯しよ」
一花に声をかけられたので風太郎と皆のところに合流して飲み物を手に取った。
「私オレンジ!」
「抹茶ソーダは...」
「ないわよ」
それぞれが好きな飲み物を手に取ったところで一花が乾杯の音頭をとるためコップを掲げた。
「それじゃ、学園祭初日無事終了と今後も頑張っていきましょう、ということで...」
「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」
その後は、それぞれが用意した飲み物や食べ物をみんな好きに飲み食いしている。
「しかし随分と用意したもんだね」
「八人分ですからね。上杉さんにも頑張って荷物持ちしてもらいました」
「まあ、このくらいの量なら問題なく消化されるだろ。ほら」
「はむっ…」
風太郎に促されながらある方向を見る。そこには大量の食べ物を口に入れて一心不乱に食べている五月の姿があった。
「「「「「「「......」」」」」」」
「す、すみません。断食の反動で...」
「断食って...そこまで無理するほどでもなかったでしょ」
「そう...ですよね」
「?」
「まぁ...誘惑に負けず頑張ったんならいいじゃねぇか。まさかあれだけの量を、この時間までに終わらせちまうとはな」
どんだけの量を勉強したんだろ。日の出祭が始まる前に、そこまで根を詰めなくて良いって言ったんだけどなぁ。さっきの食堂での無堂先生の言葉といい何か悩んでるのだろうか。
「それより五月ぃー」
「なんです?はむ…」
「さっきの続き。カズヨシと何かあった?」
「うっ…ゴホッゴホッ…」
「ほら五月、飲み物」
「あ、ありがとうございます」
僕から受け取った飲み物で五月は喉に詰まったものを流し込んだ。
「い…言わないと駄目でしょうか……」
「あんたの隠し事の下手さを恨むのね」
「あんなあからさまに態度を出されれば誰だって気になります」
桜もやたら興奮した態度で五月に詰め寄っている。
「うーー………だ…抱きしめられて、それで…キ…キス…してきました…」
五月は恥ずかしさで顔を両手で覆い皆に白状した。
「わお!」
「はわぁー…」
一花は淡白な驚き方で、対する四葉は五月同様恥ずかしそうにしている。
「お前は何をしてるんだ?」
「いやぁ、その場の雰囲気で」
「周りには誰もいなかったんだろうな?」
「それはちゃんと確認したから大丈夫」
しかしこうやって皆の前で話されると恥ずかしいな。
「むー…」
「羨ましいです」
三玖と桜がこっちを見てくるがここではしないからね。
「ふふっ…五月ちゃんも積極的になってきたようでなによりだよ」
「はぁぁ…ところで二乃ってなんでステージパフォーマンスなんて引き受けたの?」
「…っ!」
前から少し気になってた事をちょうど隣にいた二乃に聞いてみた。他の皆は今は五月をからかってるからかこちらを見ていない。風太郎も四葉と話している。
「もちろん元々その仕事を四葉がやる予定だったのを無理させないためにってことで代わりに引き受けたってのは知ってるけど、それだけじゃないよね?」
「あーあ…やっぱカズ君には悟られちゃったか……舞台の上からなら客席が見渡せると思ったのよ」
客席をってまさか…
「もしかして中野さんを探してたの?」
「まあね…」
「そっか…」
「影も形もなかったわ。ま、ダメ元で元々気にしてなかったけどね」
どう見ても気にしてないって顔じゃないでしょ。
理由を話してくれた二乃は悲しげな表情で下を向いてしまっている。
「この後は一花を送ろうかと思ってたから、その後に少し探してみようか。朝からじゃなくて昼からとかに来てるかもだしさ」
「うん......ありがと、カズ君」
この後も楽しく八人での時間を過ごすのだった。
「あー、楽しかったなぁー」
僕の横では腕を上に向かって伸びをしている一花がいる。今はタクシーが来る校外の道路沿いに一花を見送りのために来ているところだ。三玖と五月と桜はそれぞれのクラスに戻っており、四葉は演劇部に呼ばれてるとかでそっちに行っている。二乃と風太郎は二人で中野さんを探してるので後で合流するつもりだ。
「久しぶりの休みを満喫できたようで良かったよ」
「うん!あ、でもカズヨシ君とはもう少し仲良くしたかったかな」
「時間もなかったからね、仕方ないさ。今度お互いに休みが取れたら二人でバイク使って遠出するのも良いかもね。それくらいだったら皆も承諾してくれるでしょ」
「本当に!?今更なしはダメだよ?」
ニコッとこちらを見てそんなことを言ってくる一花。この笑顔を見られるならバイクで遠出くらいどうってことないな。そんな風に思っていると。
「この学校って中野一花がいるじゃん」
「ああ、この間ドラマに出てた。可愛いよなぁ」
校外の学生だろう二人組が一花の話をしながら僕達の後ろを通りすぎていった。まさか、目の前にいたとは夢にも思うまい。当の一花はばれまいと帽子を深く被って顔が見えないようにしている。
「大丈夫だよ。そのウィッグを被ってる限りばれないでしょ」
「そうかもしれないけど、注意するに越したことはないでしょ?」
「そりゃそうだ。そういえば、さっきの二人が言ってたドラマ観たけどまさかキスシーンがあるとは思わなかったなぁ」
「ふふっ、まあ女の子となんだけどね。どう?ドキッとした?」
悪戯っぽい顔で一花は僕を見上げてきた。
「そうだね。何て言うか、例え相手が女性であっても一花のキスを第三者の目から見ると変な感じはしたかな。相手が男じゃなくて良かったって心の底から思ったよ」
「ふふっ…そっかそっか。でも大丈夫だよ。男の人とのキスはNGのつもりだから。男の人とのキスはカズヨシ君だけ」
「そっか…」
「あーでも、やっぱり二乃と五月ちゃんが羨ましかったかな」
ストレッチのように腕を前に伸ばしながら一花は答えた。しかし二乃?
「えっと、五月はまだ分かるけどなんで二乃?」
「え?だって二乃とも今日キスしたでしょ?」
何故に知っている。
「五月ちゃんのキスの話になった時に二乃ってば羨ましがってなかったでしょ。だから、二乃もしてたんだなって思ったわけ。まあ、あの場で言っちゃうと三玖と桜ちゃんが暴走するかもって思って言わなかったけど、違った?」
この
そう思いながら頭を抱えてしまった。
「はぁ…当たってるよ。オープニングセレモニーの後で二人っきりになる時があってね」
「やっぱそっかぁ…言っとくけど私だって羨ましいって思ってるんだからね」
ビシッと指をこちらにさしながら一花は言ってきた。
「分かってるよ。また二人っきりになった時にね。今は…」
そこで自分の指を唇に当て、それをそのまま一花の唇に当てた。
「これで我慢して」
「……っ!」
ちょうどそこでタクシーも来たので一花の唇から指を離した。
「なーんか子供扱いされてる気がするぅ」
「仕方ないでしょ。こんなところで本当にキスするわけにはいかないんだから。ほら、タクシー来たから乗んな」
「はーい。次に二人っきりになった時は覚悟しててね」
「はいはい。仕事頑張って」
「うん!」
一花の返事のタイミングでタクシーのドアが閉められ行ってしまった。遠ざかっていくタクシーをじっと見ながらふっと笑みをこぼした。
じゃあ、中野さんを探しながら二人に合流しますか。
そしてストレッチのように腕を上に伸ばしながら、まだ行われている日の出祭の会場に向けて足を進めた。
和義と無堂が接触しましたが、ここでは特に何かあるわけでもなくすぐに別れました。ある程度のことは知ってるぞ、と和義から牽制はしていましたけどね。
本当はこのお話で日の出祭の初日が終わる予定だったのですが、すみませんもう少々続きます。
では次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。