「いってきます」
「おう。いってらっしゃい」
「気をつけてね」
翌朝。五月がうちの両親に見送られながら学校に出発した。
朝食を食べている時も問題ないように感じた。目に宿る力も強くなっているようにも思える。食べる量もいつも通りで父さんを驚かせてはいたが…
朝からあれだけ食べれば初めての人間は驚くのも無理はない。
「昨日とは打って変わって元気になったみたいね」
玄関まで見送りに行っていた母さんがリビングまで戻ってきてそんな言葉を口にした。母さんもいつもの態度だが心配はしていたのだろう。
僕は朝食の片付けで皿洗いをしながら聞いていた。零奈も僕の手伝いでこちらにいる。
「あんなに元気になって…もう、和義ったら五月ちゃんに何したのよ?」
「何もしてないよ。零奈と二人で話を聞いてあげただけ。今朝話したでしょ」
「えー!ほら、もっとこうなかったの?気持ちが落ち込んでいる五月ちゃんをそっと抱きしめて…みたいな」
「ないよ。何期待してるかなこの人は…」
「はぁぁ…」
うちの母さんは今日も朝から絶好調である。隣の零奈も呆れてため息ついてるし。まあ、実際は五月の方から抱きついてきたわけだが、これは言わない方がいいな。
「和義。それでお前はどうするんだ?今日は五月ちゃんたちに付いててやるのか?」
昨日五月と話したことは今朝早くに父さんと母さんに話しておいた。とはいえ、伝えたのは五月が無堂と決着をつけるということだけだが。
「いや。彼女達の事を信じてるよ。それに父さん達は行くんでしょ?」
「ああ」
「なら何も問題なし。二乃や三玖も抜けるだろうし、僕は屋台で頑張ってるよ」
それにあの人も動くだろうし、僕はそっちに行こうかと考えている。
「それより零奈は学校行かなくていいのかい?」
「私も父さんと母さんと一緒にいたいんです。中々会うことも出来ませんし…駄目…ですか?」
父さんが零奈に学校に行かなくてもいいのか確認すると、零奈は父さんに向かって上目遣いで日の出祭に同行することをお願いしている。
あー…これは落ちたな。
「いや、問題ないさ。零奈だったら学校を一日休んでも影響ないだろ。今日は父さんたちと楽しもうな」
ニッコリ笑顔で父さんは話している。一応教育関係の仕事をしているのだが大丈夫なのだろうか。当の父さんは楽しそうに零奈の手を握っていて、今にも踊りだしそうである。
「本当に
「さてね。どちらかと言えば母さん達の影響の方が大きい気がするんだけどね。じゃあ僕も行くよ」
父さんと零奈から離れたところで母さんとそんな会話をした僕は、五月に遅れて学校に向かって出発するのだった。
~五つ子side~
「こんにちは無堂先生。五月です」
日の出祭三日目の午後。ベンチに座りドーナツを食べていた無堂に五月は話しかけた。
「やぁ。まさか五月ちゃんの方から来てくれるとはね。僕の言葉に耳を傾けてくれるようになった…ということでいいかな?」
話しかけられた無堂はベンチから立ち上がり五月と向き合った。そんな無堂に五月は話を進めた。
「もう一度聞かせてください。学校の先生になりたいという夢が間違っているのだとしたら、私はどうしたらいいのですか?」
「五月ちゃんが五月ちゃんらしくあってほしい、その手助けがしたいんだ。君は今もお母さんの幻影に取り憑かれている。学校の先生でなければなんでもいいんだよ。お母さんと同じ間違った道を歩まないでくれ」
「なぜ急に私の前に現れたのですか?」
「離れていた時もずっと気にしていたさ。罪の意識に苦しみながらね。それがどうだい。まさか、こうして父親らしいことをしてやれる日が来るとはね。この血が引き合わせてくれたんだ。愛する娘への挽回のチャンスを…」
「ガハハ、父親だって?笑わせんな!」
無堂の言葉に笑いながら乱入してきた者達がいた。
「君たちは…」
勇也と下田である。
「うーっす、先生ご無沙汰」
「つっても、用があるのはうちらじゃないんだけど」
「無堂先生、お元気そうで」
「だな。何年振りだ?」
「「………」」
そして、勇也と下田の後ろからはマルオと和義以外の直江一家がいた。綾と零奈は手を繋ぎ黙って見守っている。
「皆さん…なんでここに…」
「和義に聞いてな。家族でケリ着けるならこいつが必要だろ?」
勇也はマルオを親指でさしながら答えた。そのマルオは五月の方をチラッと見ると、ふっと口元が上がった。
「直江先生たちは……まあオマケだ」
「誰がオマケだ!」
「中野君…それに、直江に樋口」
「今は私も直江ですので悪しからず」
綾が旧姓である樋口と呼ばれたことに訂正を入れた。
「そう…だったね……中野君。君にも謝るきっかけができて良かった。君には苦労かけたからね。思い返せば、君は人一倍
「いえ、あなたには感謝しています。あなたの無責任な行いが、僕と娘たちを引き合わせてくれた」
「どうだろう。こと責任に関しては君も果たせていないように見える。だから五月ちゃん自らここに来た。頼りない君でなく、僕の所にね」
「五月君が...ここに...?」
マルオは無堂の近くにいる五月を見ながら疑問の声を投げかけた。
ほとんど黙って話を聞いていた綾も無堂の近くにいる五月を見るが、その姿に若干の違和感を感じていた。
「なるほど」
「?」
その綾と手を繋いでいる零奈は一人納得した言葉を口にした。その言葉に綾はさらに混乱するのだった。
「ああ、心中察するよ。親失格の烙印を押されたようなものだ。よければ僕が教えてあげようか、本当の父親のあり方を...」
「何を言ってるのですか」
ここぞとばかりに言葉を畳みかける無堂。
しかし、マルオは冷静に言葉を返しながら五月に近づいた。
「よく見てください。ここに五月君はいない」
「何?」
「私はこちらです」
五月の近くまで行ったマルオの言葉に、無堂は疑問の言葉が出たが、それに反応するかのように、少し離れた柱から本物の五月の姿が現れた。
そう。無堂の前にいる五月はただ星形のヘアピンをつけただけの三玖であった。五つ子の事をしっかりと見ていれば気付く程にずさんな変装である。
それを見た綾は違和感の正体にようやく気づいた。
「なるほどね...なーんか髪型に違和感はあったのよねぇ。私もまだまだだわ」
「いえ、少しでも違和感を感じたのであれば上等かと」
「ありがと」
見抜けなかった無堂本人はというと何が何だか分かっていなかった。ちなみに、他の大人達も五月の登場に驚いていた。なにせ、三玖に気づいていたのは零奈とマルオだけ。まさに家族だからこそ成せる事なのだろう。
「......なんのつもりだい?」
「騙してしまいすみません。ですが、こうなることはわかってました」
話しながら五月は柱からさらに前に出てくる。一花、二乃、四葉も五月の後ろに続く。
「それがどうした。ただ間違えていただけで...」
「愛があれば私たちを見分けられる。母の言葉です」
「また彼女の言葉か!いい加減にしろ!そんないい加減な妄言!いつまで信じてるんだ!」
興奮したように話す無堂の言葉をただただ聞いている零奈は、自然と綾と繋いでいる手に力が籠ってきた。
そんな零奈に綾が語りかけた。
「大丈夫よ。あなたの子どもを信じなさい」
「綾さん...」
その時の綾はいつもの明るい綾だったので、零奈も安心することができた。
「今すぐ忘れなさい。お母さんだってそう言うはずだよ。思い出してごらん。お母さんがなんて言ってたか」
「お母さんが後悔を口にしていたことは覚えています」
「そうだ。君のお母さんは間違った!君はそうなるな!」
「五月...」
小さく零奈は五月の事を呼ぶ。それは近くにいた綾ですら聞き漏らすほどに。
しかし、何故かは分からないが五月には届いたのか、その瞬間ニッコリと笑みを五月は零奈に向かって零した。
「私は、そうは思いません」
「君がどう思おうが関係ない
「ええ関係ありません。たとえ本当にお母さんが自分の人生を否定しても、私がそれを否定します。いいですよね。私はお母さんじゃないのですから。ちゃんと見てきましたから。全てをなげうって尽くしてくれた母の姿を。あんなに優しい人の人生が間違っていたはずがありません」
「五月...」
「うんきっとそうだよ」
五月の言葉に驚き言葉を漏らす四葉と、五月の言葉に同調する一花。そして、
「うっ...うっ...」
「零奈ちゃん...」
とうとう泣き出し口を押さえる零奈を綾は優しく抱きしめていた。
状況を理解できていない景はあたふたするしかなかったが。
「子供が知ったような口を...」
自分の手を強く握りしめ無堂は口にする。
「あなたこそ知ったような口ぶりで話すのですね」
「......どういうことだ中野君」
「恩師に憧れ同じ教師になった彼女の想いが、裏切られ見捨てられ傷ついていたのは事実。しかし、そこで逃げ出したあなたが知っているのもそこまでだ。その後の彼女が子供たちにどれほどの希望を見出したのかをあなたは知らない。あなたに彼女を語る資格はない」
無堂を睨みながら自身の言葉を伝えるマルオ。普段自身の感情を面に出さないマルオがここまで感情をむき出しにするのだ。相当怒り心頭なのだろう。
「お父さん」
「マルオ君...」
そんなマルオの姿に言葉を漏らす二乃と零奈。
「五月君。僕もまだ何かを言える資格を持ち合わせていないが...君が君の信じた方へ進むことを望む。きっとお母さんも同じ想いだろう」
「...はい」
五月を見ながらそう伝えるマルオは、誰にも気づかれずチラッと零奈の方を見た。
「無堂先生、最後まであなたからお母さんへの謝罪の言葉はありませんでしたね。私はあなたを許さない。罪滅ぼしの駒にはなりません。あなたがお母さんから解放される日は来ないでしょう」
「......っ」
五月の言葉に悔しそうに顔を歪めている無堂。
「僕がせっかく...」
「見苦しいですよ。無堂先生」
勇也が何か話そうとするところを零奈が言葉を発し一歩前に出た。
「零奈ちゃん」
「五月さんがおっしゃった通りです。あなたはその罪を一生背負わなければならない」
「零奈、お前...」
驚きの目で綾と景が零奈を見る。零奈はその事にも気づいているが、それを気にせずさらに前に出る。
「あなたは逃げた事にずっと罪悪感を持っていたのでしょう。そして、今回の五月さんへの行動はその罪悪感を少しでも軽くして解放されるため。五つ子のどなたかに娘のために何かした、という実績を得ることで解放される。そこで、唯一自分でも悩みを解消できそうな五月さんに接近した、というわけです。違いますか?」
「くぅっ...」
「
そんな零奈の姿を目にしたマルオはそう呟いた。
「はぁー!?お前何言ってんだ?」
「いや上杉...中野の言わんとしてることも分からんでもないさ。あの立ち振る舞い、
勇也のマルオへのツッコミに対して、下田も零奈が
「そう。あくまでも罪悪感を軽くするため、つまり自分のため。だからすでにいない自分の元奥さんへの謝罪などが出てこなかった。いない人に謝っても罪悪感は軽くならないですからね。そんな人がこれ以上この子たちに近づかないでください!」
「お前ぇ...」
「はっ。小学二年生の女の子にここまで言われて見苦しいったらないぜ、おっさん」
「チッ」
「べー、です」
これ以上何を言っても分が悪いと悟った無堂は舌打ちをして、その場を去っていった。それをあっかんべーと五月が向けた。
そして無堂がいなくなった瞬間。
どんっ
五月の周りに姉妹が集まってきたのだ。
「わっ」
「あんたやるじゃない」
「もーハラハラしたよ...」
「良かった!」
「五月かっこよかった」
「あはは...皆がいてくれたおかげです。下田さんに上杉君のお父様、そして和義くんのご両親もありがとうございます」
「立派だったぜ」
「うんうん」
五月のお礼にサムズアップで下田が感想を伝えると、綾もそれに同調した。
「お父さん。ありがとうございます」
「......」
マルオは五月の感謝の言葉には振り向かずその場から立ち去る。それに勇也と下田も続く。しかしマルオの顔はどこか嬉しそうな表情であった。
「そして...」
バッ
「おっと...」
「レイナちゃん...ありがとうございます...」
「よく、頑張りました...」
「...うん!」
零奈に抱きついた五月は少し涙が流れた。
そんな五月の頭を撫でながら、零奈は親が子どもにするように優しく褒めてあげるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は無堂との対峙を中心に書かせていただきました。
ほとんどが一花ルートである本編と同じ内容にはなっておりますが、多少の訂正は入れさせていただいております。
いよいよ日の出祭編も終わりが見えてきました。予定では後2話で終わるようにしております。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。