「お風呂ありがとうございました」
夕食の準備も終わろうかとしていた時に、僕の用意した服を着た五月が零奈と一緒にリビングに入ってきた。
五月の姿を見て思った。たしかに零奈の言った通りに僕の服を用意して良かったと。
手が隠れるくらいに腕の部分は長いようだが、ある場所がそれを補うように、ちょうど良いサイズのように着こなしている。
その場所を見ていたからか零奈から指摘を受けてしまった。
「に、い、さ、ん?どこを見てるのですか?」
零奈の指摘で五月は恥ずかしくなったのか、顔を赤くして下を向いてしまった。
「わ、悪い五月!」
「い、いえ…」
僕だって健全たる男子である。目がそちらに行くのは少しくらい勘弁してほしいものだ。
「それじゃ、夕食の準備もちょうどできてることだし、いただきますか!ほら、五月も座った座った。今日はカレーだよ」
適当な量を皿に盛って、テーブルに人数分並べていく。
そんな中、零奈の横に五月は座った。
「では、いただきます!」
「「いただきます」」
それぞれがカレーを口に運んでいく。
「お、美味しい…二乃やらいはちゃんの作ったカレーも美味しかったですが、これは今までに食べたことがない美味しさです。後を引かない辛さと言いますか。確かに辛いのですが、本当に食べやすい辛さです!」
「美味しいですよね、兄さんのカレーは。ちなみに、このカレーは市販のルーを使ってないのですよ」
「え!?」
零奈の言葉にビックリしたのか、こちらを見てくる五月。
「ふっふっふ、これは僕が自分で調合したカレー粉から作ってるカレーなんだよ!いやー、ここまでの味まで持っていくのは大変だったよ」
「カレー粉…しかもブレンドなのですか!?信じられません…」
そう言う五月ではあるのだがカレーを食べる手は止まらない。
そして、やはり。
「お代わりいいでしょうか?」
想像していたセリフが発せられた。
その後も五月は、先ほどまでの暗い顔はどこえやら、幸せそうな顔でカレーを食べていた。
「本当に美味しそうに食べるね」
「美味しそうに、ではありません。美味しいのです!」
「はは、そっかありがとう。そんな顔で食べてくれるなら、料理人として腕を振るった甲斐があるってもんだ。うん、やっぱりご飯を美味しそうに食べている五月の顔は好きだな」
「すっ...!」
「あぁ、兄さんのこれは天然ですので、気にしない方がいいですよ」
「ちょっと酷いことを言ってません、零奈さん?」
「事実です」
一蹴されてしまった。まぁいつものことなのだが。
「まぁいいや。そんじゃ、片付けちゃいますか」
「ごちそうさまでした。片付けまでしていただいてありがとうございます」
「いいって、いいって。ゆっくりしときなよ」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
「あぁそうだ。今日はうちに泊まっていきなよ。制服や鞄もまだ乾ききってないしね。ちなみにもう三玖にも連絡してて、その話で進めてるよ」
「私が言うのも変ですが、ここまで甘えていいのでしょうか?」
「いいって。友人に頼られるってのは嬉しいものだしね」
そう答えたが、なぜか五月と零奈はお互いの顔を見て笑っていた。
えらく仲良くなったものだ。
片付けも終えて、食後のお茶の用意をしていると五月からお願いをされた。
「あ、あの。お願いがありまして、これから勉強を教えてくれないでしょうか?」
「う~ん、今日はやめておこうか」
「え?しかし、中間試験までもう1週間しかないんですよ」
「少しは落ち着いてきたみたいだけど、今の状況で勉強をしても身にならないよ。今日はゆっくり休みな」
「まったく、私達の家庭教師は正反対の事を言うのですね。分かりました、今日はこのまま休みます」
「では、今日は私と寝ませんか?」
「レイナちゃんがいいのであれば、私は構いません」
「まったくいつの間に仲良くなったんだか。それじゃ、僕は雨も止んだみたいだし、ちょっと散歩でも行ってこようかな」
「こんな時間にですか?」
「まぁね。ちょっと僕も頭冷やしたいことがあってさ」
「そういえば、先ほど兄さんの叫び声が聞こえていたような」
「そういうこと。途中コンビニ寄るかもだけど何かいる?」
「いえ私は大丈夫です」
「私もです。気をつけて行ってきてくださいね、兄さん」
見送ってもらった僕は外に出てすぐに電話をした。
「風太郎?今からそっちに行くからちょっと話さない?」
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風太郎の家まで行くと、風太郎が外で待っていた。
「よ!悪いねこんな時間に呼び出して」
「別にいいさ。俺もお前と話しておきたいことがあったんだ」
「家庭教師を続けるためのハードルのこと?」
「やはりお前のところにも連絡がきていたか」
「場所変えようか。ちょっと座って話そう」
そう言って、近くの公園に風太郎と二人で移動した。
「しっかし、全員の赤点回避とはあの父親も無茶なことを言ってくるもんだね」
「.....」
「ほら、飲みなよ僕の奢りだよ」
そう言って、先ほど買ったお茶を風太郎に渡した。
「サンキュ」
「あ、ちなみに今五月は僕の家にいるから」
「な!?」
お茶のプルタブを開けようとした時に風太郎に打ち明けた。
「あ、やっぱりビビった?いいねその顔」
「お、お前...」
「うちに来たとき、五月は泣いてたよ。最初はビビったけど、中野父から電話があって何となく想像ができたよ」
「そうか...」
「想像はできたけど、はっきりは分かってない。だから話してくれないか」
その後風太郎から聞かされた。五月から中野父からの電話があったことと、そこでの家庭教師存続について聞かされたこと。そして、その後に五月との口論があったことも。
「しかし、『黙って俺の言うことを聞けばいいんだ』、はないでしょ、さすがに」
「そ、それは俺も言いすぎたと自負している」
「しかもその後に?『仕事でなければお前のようなきかん坊の世話などするか』、とも言ったと」
「う...」
「そういえば、どこの誰かさんとは言いませんが、同じようなきかん坊に勉強を教えたなぁ。その時にはお金とか見返り貰ってないんだけどなぁ」
「それをここで言うのは卑怯だぞ!」
「ま、ちゃんとやり過ぎているっていうことを自覚しているのであれば大丈夫だよ。今すぐにっていうのは難しいかもだけど、折を見てちゃんと言いすぎたと謝っときな」
「分かっている」
「まぁ、五月の方も最初の出会いをずっと引きずってるみたいだしね。でも、少しずつお前のことを知ろうとしている姿は見ていて分かる。風太郎だって、多少は気づいてるでしょ」
「あぁ」
「ならいいさ。この話はここまで。後は風太郎自身で何とかするんだね。後は、家庭教師存続についてだけど、今協力的な一花と三玖と四葉にしろ、赤点回避は100%無理だ」
「お前でも難しいか」
「あぁ。どんなに優秀な家庭教師や教師であってもだ。風太郎、中野さんを怒らせるようなことでもした?」
「身に覚えもないんだが」
「まぁ、無自覚で怒らせるようなことをする風太郎に聞いても分かんないか」
「今日のお前は色々と言ってくるな」
「それでも見捨てたりしてないんだ。こんな親友がいてありがたく思うんだね」
そう言いながら、飲み終わったお茶の缶を近くのゴミ箱に向かって投げた。
投げられた缶は弧を描くように、ゴミ箱の中に吸い込まれていった。
「ナイスシュート!あ、風太郎は絶対外すから真似しないでね」
「一々言われなくても分かっている」
風太郎はそう言いながらゴミ箱の近くまで行って、飲み終わった缶を捨てた。
「今ここで考えても時間の無駄だ。今後については、考えていきながら今できることを精一杯やっていこう。とりあえず、明日の家庭教師についてだけど、今家に居る4人のことは風太郎に任せとくね。まぁ、二乃は協力しないだろうけどさ」
「分かった」
「僕は、五月のことを見ているよ。風太郎と向き合う気持ちの整理が付くまではね」
「すまん」
「いいって。それじゃ、あんまり遅くなると零奈が心配するから僕は帰るね。また明日、お互いの状況を報告しながらやっていこう」
そう言って、僕は自分の家に帰るのであった。
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~風太郎視点~
和義と別れた後、自分の家に向かった。すると、家の前に知っている者が居た。
「よっ!もう話は済んだのか?」
「親父...」
「しっかし、あれだなぁ。良い友達じゃねぇか。大事にしろよ」
この言い方だと、さっきの会話を近くで聞いていたな。まったく、親父の行動力にはいつも驚かされるものだ。今回の家庭教師の話だってそうだ。
「あぁ、俺にはもったいない奴だがな。それに、あいつは親友であり、今でも俺にとっての家庭教師だ!」
「そうか」
俺の言葉に満足したのか、親父は先に家に向かった。
せっかく親父が持ってきてくれた家庭教師の仕事だ。中途半端には終わらせねぇ。
それに、和義だってまだ諦めてねぇんだ。それなのに俺が諦めてどうする。
今は何をすればいいかは確かに分からない。でも、今の俺にできることはあいつらに勉強を教えてやること。それに五月に謝ること。
親友であり俺の家庭教師でもある和義の思いに応えるためにも、俺にできることを全力でやる!ただそれだけだ。
そう胸に誓いながら俺も家に向かった。