47.暴走とバイト
『そうか。君の意志も固いようだね』
期末試験が終了した日の夜、うちに中野さんから電話が掛かってきた。
もちろん内容は家庭教師継続の件についてだ。
期末試験の日の朝、風太郎は家庭教師を辞める事を中野さんに伝えている。
僕は風太郎の補佐をするために家庭教師を始めたのだから、風太郎が辞めるのであれば僕も辞める事を決めていた。
今日の電話はその意志確認だろうと思っていた。
「申し訳ありません。ご期待に添える事ができませんでした」
『別に構わないさ。しかし、君は彼と違って物分りが良く利口であると思っていたが...』
「ふふっ...」
『何かおかしなことを言ったかね?』
「いえ、気に障ったのであれば申し訳ありません。確かに、風太郎は利口な男ではないと思いまして。ずっと近くにいたので彼の生き方に引き寄せられたのかもしれませんね」
『...』
「彼はこんな私の事を親友であると同時に未だに先生と思ってくれてます。であれば、彼の意志もなるべく尊重したいと思います。まあ、本当に間違った選択をした時は全力で止めますが」
『今回の選択は間違っていないと?」
「ええ」
『...そうか。このまま話していても平行線となりそうだ。私は忙しくて時間がそんなになくてね』
「でしょうね。家に帰ることも出来ないほどお忙しいようですから」
『......上杉君にも伝えているが、君にも伝えておこう。家庭教師を辞めるにあたってあのマンションへの立ち入りを一切禁ずる。いいね』
「分かりました」
『では...』
そこで通話が切れた。言いたいことは、あの日風太郎が大体言ってくれたから最後に皮肉を言ってやった。
受話器を置くと零奈が近づいてきた。
「兄さん、今の電話は...」
「ああ、さっきも話したけど五つ子達の家庭教師を辞めることになったからね。その確認の電話だよ。家庭教師を辞めるのであれば家に来ないようにって最後に釘を刺されたよ」
「何故そこまで...」
「まぁ、大事な娘に変な虫が付かないようにだろうね」
「...」
零奈は難しい顔をして考え込んでいる。
「別に零奈がそこまで考え込まなくても良いよ。中野さんが言ったのはあくまでもマンションの家に近づくなってことだから。学校では普通に話すし。もし、まだ続ける意志が二乃にあるなら、週末にはここに来るだろうしね」
「そう、ですね...」
零奈はあまり納得が出来ていないようではあるが、この話はここまでにすることにした。
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期末試験の結果が発表された週末。それは、恐らく僕達が家庭教師を辞めた事を五つ子達が知ったであろう週末である。
期末試験前にあった家出騒動の時、試験が終わったら週末お出かけに付き合って欲しい、と三玖に言われていたが結局その話はなくなった。三玖から、
『ごめん、ちょっと忙しくて。また今度付き合って欲しい』
と連絡があったからだ。
さらに、
『悪いわね。今週は忙しくて、あんたのところ行けそうにないわ』
と二乃からの連絡も来ていた。
そして、週末明けの学校では今までが嘘みたいに中野姉妹と話す機会がなくなった。
三玖とは席が隣ということもあり、軽く挨拶をする程度には話せているが、休憩時間になる毎にどこかに行っているためそんなに話せていない。
家庭教師を勝手に辞めた事に対して何か言ってくるかと思ったのだが、それもなかった。
終業式がある週末まで、中野姉妹が転校してくる前の状態になっていた。
クリスマスも近いことから、女子から色々とお誘いが多かったがそれを全て断り。昼休みは風太郎と一緒に飯を食べ。そして、家に帰れば自分の勉強をして、の繰り返しだ。
そして、そんな毎日を過ごしているうちに冬休みに突入したのだった。
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冬休み初日の晩。母さんから連絡があった。
「そっか…年末年始は帰って来れないんだね」
『そうなのよ。少しでも帰れたら良かったのだけど、お父さんの仕事が忙しくて帰れそうにないのよ…』
「まぁ仕事だったら仕方ないよ。僕達の事は気にしないで、しっかりと仕事に励むよう父さんに言っといて」
『分かったわ。それより、中野さんところの家庭教師辞めたんだって?』
「あぁ。やっぱりそっちにも連絡あったんだね」
『当たり前でしょ。私達は貴方の保護者なのだから』
「ははっ…ごめんね、勝手な事をして」
『別にいいわよ。それで、辞めた後もちゃんと中野さん達とは話せてるの?』
「あー…何か忙しそうで、ほとんど話せてないんだよね…今回の事があったから、もしかしたら避けられてるのかもしれないね。だから、彼女達が転校してくる前の日常に戻った感じかな」
『ふ~ん、寂しい?』
「ぐっ…まあそうだね、寂しくは思ってるよ。それだけ彼女達と過ごした日々は濃密なものだったってことかな…」
『そっかー。そんな寂しい思いをしている和義にクリスマスプレゼントを送っといたから。多分、明日のイブに届くと思うわよ』
「へぇ、母さんにしては気が利くね。ありがとう」
『む~…一言余計よ。でも、とっても喜ぶと思うから期待してて』
「はいはい…っと明日も早いからもう切るよ」
『ん?何かあるの?』
「ああ。風太郎がバイトで行ってるケーキ専門の喫茶店なんだけど、明日は書き入れ時ってことでヘルプ頼まれたんだよ。昼過ぎまでなんだけど朝が早くて…」
『そうなのね。分かったわ、今日はこれくらいにしといてあげる』
「ははっ、じゃあ父さんにもよろしく伝えといて」
『は~い』
そこで電話が終わった。さてと、風太郎の紹介で行くんだし、しっかりと働かないとね。
この後はすぐに休むことにした。
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~綾side~
和義との電話が終わった綾はニヤニヤしていた。
「そっかぁ、あの子も寂しがってるのね。これはグループでメッセージ送ってあげなきゃ。私の勘では2、3人は和義に惹かれてると思うのよねぇ。きっとその娘達も喜ぶわぁ」
そして、ウキウキしながらメッセージを打ち込んでいった。
「和義。貴方の恋、私は応援してあげるからね!」
ここに和義本人や零奈がいれば、『余計な事しない!』、と怒られていたであろう。
しかし、そのストッパーはここにはいない。
この後の暴走は必須であった。
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~中野家~
中野家では、今姉妹総出で片付けをしていた。
「やっと終わったよぅ…」
「普段から片付けてないからこんな事になったのよ」
「ぶぅ~、それは言わないでよぅ。四葉、手伝ってくれてありがとね」
「それはいいんだけど、二乃の意見には賛成かな。普段から片付ける努力しようよ、一花」
「うぅ~、四葉までぇ」
片付けに疲れてぐったりとしている一花に対して厳しい意見を言っている二乃と四葉。
彼女達の言っている事には間違いはないので誰も味方になってくれなかった。
「いよいよ明日ですね」
「うん…」
「今さらだけど。五月、あんた本当に良かったの?こういう事にはいつも反対してたけど、今回はすぐに賛成してたからビックリだわ」
「私にも考えるところがありましたので…」
そんな時、全員の携帯にメッセージの着信があった。
「おや、綾さんからだね」
「ええ、グループで来てるみたいね」
「何だろう?」
「こ、これって…」
「~~~っ!」
綾からのメッセージに五月は赤面していた。
『みんなに朗報だよ!さっき和義と電話で話してたんだけど、みんなと話せないのが寂しいんだって♪今の和義だったら迫っちゃえばイチコロかもよ。お義母さん応援してるね!』
「これはこれは…」
「相変わらず凄いわね…て言うか、お義母さんって…」
「……迫る…」
「はわわっ…」
「不純です!」
「まぁまぁ、五月ちゃん落ち着いて」
顔を真っ赤にして立ち上がった五月を何とか宥めようとしている一花。だが、
『そうそう、孫の顔は早めに見たいかな♪』
「ゲホッゲホッ…」
「……カズヨシとの子どもっ…」
「「はぅ~~~…」」
「わぁ-!四葉、五月ちゃん大丈夫!?ちょっ、ちょっと綾さん暴走しすぎじゃないかなぁ!」
綾の爆弾発言に対して、二乃は咳き込み、三玖は妄想の世界へ。四葉と五月はショートしたロボットのようになっており、そんな二人を一花が介抱している。
「全く、何考えてるのよあの人は!て言うか三玖、戻ってきなさい!」
「はっ…!?」
「あははは…もう四葉と五月ちゃんはノックダウンだね…」
この後、一花と二乃で何とか綾を抑える事が出来たが二人共疲れ果ててしまった。
この時、二人は同じことを思っていた。『レイナちゃん助けて!』と。
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次の日の朝、バイトに向かうため玄関で零奈の見送りを受けていた。
「ありがとね、休みなのにこんな朝早くからお見送りしてくれて」
「この程度どうと言うことはありません。いってらっしゃい、兄さん」
「ああ、いってくるよ。夕方前には帰ると思うから」
そう言ってバイト先に向かうことにした。
「えっと…バイト先の店名は確か『REVIVAL』だっけ…」
風太郎に教えてもらった店名を携帯で予め検索して場所は調べてたけど、実際に行くのは初めてだからなぁ。
暫く歩いてると、お目当てのお店が見えてきた。
「へぇ~、外観は結構良い感じだね。ではでは頑張っていきますか!」
そう意気込みお店の中に入っていった。
「おはようございます!本日、上杉風太郎の紹介で来た直江和義です!」
「ああ、君が上杉君の。聞いてるよ、何でも料理が得意みたいじゃないか。とりあえず、どんなものか見せてもらってもいいかな?」
「はい!よろしくお願いします!」
キッチン用の制服に着替え、店長から指示された工程を進めていき、一つのホールケーキが出来上がった。
「凄いね君は!こういうバイトの経験は?」
「ありません。料理は家で良くやってるので。後、ケーキも妹に作ってあげてます。しかし、やはりこういう厨房だと器具が揃っていて、料理がしやすいですね。それに店長の教え方がお上手でやりやすかったです」
「味、見た目文句なしだよ!うん、上杉君の友人だと聞いた時はどうなんだと思ったけど、彼の評価も上げてあげないとだね。では、今から伝えるケーキの種類と個数を作ってくれたまえ。分からない事があれば何でも聞いて良いからね」
「分かりました!」
渡された量は相当な物だけどやれないことはないか。
そう思いながら作業に没頭した。
そして、暫く調理をしているとようやく慣れてきた。
「すみません、こちら味見をお願いします」
「え、もう……うん、問題ないですね。次に進んでください」
僕の他に調理をしている先輩の人に味見をしてもらいながら工程を進めている。慣れてくると、どういう風にすれば作業工程の効率が良くなるかを考えながら進めれるので楽しくなってきた。もちろん、作業を疎かにはしない。それも考えながらだから尚更楽しい。
「て、店長。彼は何者何ですか?吸収力が物凄いです。どんどん作り終えています。もちろん味や見た目に変動はなくです。むしろ良くなっています。しかも、あろうことかタイマーが鳴った瞬間には、タイマーを止めきちんと次の作業に取りかかっています」
「う~む、上杉君はとんでもない逸材を連れてきたのかもしれないね」
調理に集中していた僕は、そんな会話が繰り広げられている事に全然気付かなかったのだった。
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決められたノルマを作り終えたので休憩室で休憩していると。
「おはようございます!」
「お、風太郎。おはよう-!」
「ん?何だ、サボりか?」
「何でだよ。自分のノルマが終わったから休んでんの!作りすぎも良くないしね~」
「は?まだ昼前だぞ」
「そりゃあ、僕は開店前から作業してたし…」
「おや、おはよう上杉君」
「おはようございます、店長!」
「店長、何かお手伝いする事ありますか?」
「おー、直江君。君に作ってもらったケーキが完売してしまってね。申し訳ないが、追加でお願いしてもいいかな?」
「もちろんです!」
「上杉君も、ホールが大変でね。早速働いてもらうと助かるんだが」
「分かりました」
「そうだ。店長、さっきの休憩中にアイディアが浮かんだのですが、味見をお願いしても良いでしょうか?」
「もちろんだ!早速取り掛かろう」
「はい!」
そして、またケーキ作りに戻ることになった。
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その後、予定の時間を若干過ぎたがバイトから解放された。
その際、今後もうちで働かないか、と店長にお願いされたが考えさせてほしいと返事をした。
帰りが遅くなると零奈の事が心配だし、土日は…
「はぁ~…僕の生活リズムは、いつの間にか彼女達が中心になってしまったね」
そう呟きながら、自分で作ったケーキを片手に家に帰る。
でも、彼女達中心の生活リズムも嫌ではなかった。
ただ、彼女達がそれを望まないのであればそれは仕方がないだろう。その時は店長に土日だけお願いしてみるかな。
まさか僕に、こんな考えをする日が来るなんてね。
「さて、このケーキを流石に零奈と二人で食べるには多いな。う~ん、らいはちゃんでも呼ぶかな」
そう言えば、母さんがプレゼントを送ってるって言ってたっけ。しかも今日届くとか何とか。
僕が喜ぶものって言ってたけど何を送ってくれたのかな。
少し楽しみにしながら帰路を急ぐのであった。
新章スタートです!
この新章では原作を削る部分が多々あると思われます。
そこは読んでいただけれはすぐに分かると思いますが。
そしてREVIVALの店長登場です!
個人的には、このキャラは好きなのでどんどん出したいとは思ってるのですが、まだまだ検討の段階です。
いよいよ次回から大きく動き出します。
ここまで読んでいただいてる皆さま本当にありがとうございます!
今後もお付き合いいただければ幸いです。