~五つ子&零奈side~
「ししし、それっ!」
「ひやっ、やめてくださいよぉ」
「…まだ冷たい」
五つ子と零奈は今海まで来ていた。
三玖と四葉、それに五月は波打ち際で水で戯れている。
「あの子達ははしゃいじゃって…」
「まだ少し肌寒いんだから、風邪引かないようにね!」
少し離れた所で一花と二乃、そして零奈は三人が戯れているのを眺めていた。
ちなみに和義と風太郎はおじいちゃんと防波堤で釣りをしている。
「それにしてもあの三人はいつの間に仲良くなったのよ」
「本当だね。お!カズヨシ君の竿が引いてるみたいだね。フータロー君が網持って手伝ってる。やっぱり良いコンビだね」
「お二人ともお互いを信じ合っていますからね。たまに妬いてしまいます」
「あはは…学校でもクラスが違うのに一緒にいることが多いもんね」
和義と風太郎。二人の仲が良いのは五つ子全員が知っているし、ずっと近くにいた零奈はさらに熟知している。それぞれ二人の事を好きな者は、一番のライバルは和義と風太郎ではないかとも思っている。
「ねぇお母さん?」
「何でしょう?」
「キスってどんな感じ?」
「ぶっ…に、二乃!?」
二乃の突然の質問に一花は吹いてしまった。
「まったく…何ですか突然…」
「だって経験者はお母さんくらいでしょ?あ、もしかして一花はもうキスシーンとかあった?」
「な…ないよ!」
「なーんだ。で、どうなの?」
「はぁ……そうですね。好きな人とのキスはより一層相手を愛おしく思えてくるのではないでしょうか」
「ふ~ん…なるほどね」
「まさかとは思いますが…二乃、兄さんにしようと思っていないでしょうね?」
「へ?」
零奈の質問に一花は固まってしまった。
「あら。お母さんだって、ほっぺだけどしてるんだから良いじゃない」
「そ…それは…」
「それに。あいつに意識してもらうにはこれくらいしないと…恋は責めてこそ、でしょ?」
「二乃…」
「まったくあなたという子は…あまりやり過ぎて嫌われないようにしなさい」
「うっ…分かってるわよ」
そんな話をしていると、波打ち際にいた他の三人が近づいてきた。
「三人ともー。そろそろおじいちゃんの所行かない?」
そんな四葉の提案もあり、全員で防波堤に向かうことになるのであった。
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「今水をかけたのが四葉。かけられたのが五月。その横で水を掬ってるのが三玖」
今、僕と風太郎はおじいさんと防波堤で釣りをしながら、どれが誰かをおじいさんに教えてもらっていた。
「少し離れていて、手前から一花と二乃」
「全然わからん」
「むしろここから見えてるって、おじいさん視力良すぎですよ」
何故おじいさんから見分け方を教えてもらっているかと言うと、五つ子ゲームの後に風太郎がおじいさんに直接教えを乞いに行っていたのだ。
見分けて、風太郎に家庭教師を辞めるように促した相手を見つけるためだそうだ。
多分それだけじゃないと僕は思っている。
「直江先生の子は見分けたと聞いたが?」
「あれは見分けたとは言えないです。五月かそうでないかを判断しただけですので。それに他の姉妹も五月を当てた時の反応で気づけただけです…」
「ふむ…お前さんらと孫達が会ってどれくらい経つ?」
「え?そうですね…彼女達が転校してきたのが9月でしたから、今月で半年ですかね…」
「半年……であれば十分だと儂は思うがね」
「そうでしょうか…」
「現にこいつは全然見分けられておらんだろ」
そう言って親指で僕が釣り上げた魚を網で掬っている風太郎を指差している。
指差された風太郎は事実なため何も言い返せないでいた。
「わぁ、たくさん釣れてますね」
「ほとんど爺さんと和義の手柄だがな」
五つ子達がこちらに来たようだ。零奈も一緒だ。
そこで海に来る前の出来事を思い出していた。
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大騒動の朝食の後。皆で海に行こうということになったが、部屋で少しゆっくりする時間ができた。
その時だ。
コンコン
「はい!」
「すみません。少しお話良いでしょうか?」
「えっと……」
瞬時に判別できなかった為固まっていると、後ろから零奈が声をかけた。
「あら、四葉ではないですか?どうしたのですか?」
四葉だったか…
「ちょっとご相談がありまして…」
「ここじゃ何だし上がりなよ」
「ありがとうございます」
相談があるという四葉を部屋に上がらせてお茶を用意してあげた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕からお茶を受け取った四葉はそのままお茶を飲みだした。
「それで?どうしたの?」
「はい……あの…最近一花と五月の様子がおかしくて」
「一花と五月ですか…」
「おかしいって具体的には?」
「その…ふとした瞬間に二人とも何か考え事をしている時が増えてまして…何かあったのか聞いても、大丈夫としか返事をもらえないんです…」
「ふ~む…」
確かに最近の五月はどこかよそよそしい感じがする。
だからさっきの積極的な行動に驚きを感じていた。
「………」
「お母さん?」
「少し心当たりがあります。私が五月と話しますので、兄さんは一花と話してみてください」
「は?」
「は?ではありません。良いですね?」
「はい!」
「あはは…直江さんも大変ですね…」
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零奈にああ言われたけど何を話せば良いんだろう?
しかも今目の前にいる五月の中でどれが一花か分かんないし…
「これは何て魚ですか?」
一人の五月に種類を聞かれたので答えてあげた。
「それはクロダイだね。和食にイタリアン、フレンチにも使えるね」
「おー、美味しそうです!じゃあこれは?」
なるほどこの娘は四葉か。
「それはアイナメで、新鮮なうちに刺身やカルパッチョにするのが良いかもね」
「うーん、それも美味しそうです!これは?」
「そっちはメバルだね。メバルはやっぱり煮付けかな。でも南蛮漬けとかも良いかもね」
僕が料理の話ばかりしていたからかお腹をさすっている娘がいる。さっきご飯食べたばっかりだよ五月。
「なるほどなるほど。ではこれは何でしょうか?」
「ああ、それはキスだね」
「へっ!?」
「ん?だからキスだって。天ぷらにすると美味しいよ…ってどうしたの四葉?」
何故か顔を赤くしている四葉。そこに一人の五月が迫ってきた。
「え?何、どうしたの?」
まだ誰かは判断できないけど何かえらい顔が近いんだけど。
その娘は顔の近くでピタッと止まると離れてくれた。
「今じゃないわね」
この話し方は二乃かな?何も話さないと本当に判別できない。で、今じゃないって何が?
「五月の姿だったらあの子に効果が行っちゃうかもだし…」
何か意味不明な事を言って離れていった。何がしたかったんだろう。
「ねえカズヨシ?」
「ん?どうしたの三玖?」
「…っ!えっと…今言ってた料理で私にも出来るのないかなって…」
「三玖にもか…まず魚を捌くのが大変だからなぁ…おじいさん少しいいですか?」
「何だ?」
「これらの魚、僕が料理しても良いですか?」
「ほう…別に構わんよ。昼飯に使うといい。厨房も貸そう」
「本当ですか!?ありがとうございます。てことで、僕が今回は調理しながら教えるよ。それでも良いかな?」
「うん!ありがとう」
何かいつにも増してご機嫌だなぁ。何かあったのだろうか。
料理を教えるのなんていつもの事だし。
その後、おじいさんが大物を釣り上げたのを機に旅館に帰りお昼にすることにした。
今回はどれも新鮮だったため、お刺身がメインである。
僕が調理している横でメモを取りながら聞き、途中では僕の指示で料理をする三玖。姿が五月なので違和感があったが無事にお昼ごはんが出来た。
「お待たせー」
「うわぁー、どれも美味しそうです!」
「うんうん。お皿とかが旅館のだからか普通にお店の料理みたいだよね。さすがカズヨシ君!」
「さっき直江さんが言ってた料理ですよね!」
「ああ。ただ、今回は和風で揃えてみたよ」
「……」
「?どうかされましたか?」
いい機会だからと一緒におじいさんも食べることになったが、そのおじいさんがじっと料理を見ている。ちなみに中野さんもいるが、勇也さんとらいはちゃんは観光に出掛けている。
「これを全部お前さんが作ったのか?」
「ええ。三玖にも手伝ってもらいましたが。ちょっと不恰好なのが三玖の作った料理ですよ」
「不恰好は余計…」
「ごめん」
ちなみに、その三玖が作った料理は中野さんの席の近くに置いてある。味は問題ないし、僕の料理より娘の作った料理の方が食べたいだろうしね。
「そうか…ではいただこう」
おじいさんの合図でお昼ごはんが始まった。
「うーん。やはり和義君の料理は美味しいですね!」
「あんた、また腕上げたんじゃないの?」
「そうかな?まあ、最近は美味しく食べてくれる人が増えたし、一緒に料理をする人も増えたしだったからかも」
「この煮魚、家で食べているのと少し味付けが違いますね」
「さすが零奈。昨日の夕飯で出た料理を参考に作ってみたんだ。どう?」
「ええ。とても美味しいですよ」
「そっか…とりあえずひと安心かな」
笑顔で零奈が答えてくれたので合格ってことにしとこう。
「あ…あの…お父さん、どうかな?」
自分の作った料理を食べている中野さんに三玖は感想を聞いているようだ。
「ああ…美味しいよ。今後も精進するといい」
無表情ながらも箸を止めずに食べているし問題ないだろう。
三玖も嬉しそうな顔をしている。
「なあ四葉?」
「んー?どうしたんですか?」
今日はたまたま横に座っている四葉に話しかけた。四葉が隣だと平和だから助かるけど、風太郎の横じゃなくて良かったのだろうか。
「こうやって見ると、一花も五月も普通に見えるんだけど」
「うーん…そうですね…今はいつも通りですかね…」
当の一花と五月は零奈を挟んで並んで食べている。ちなみに僕たちの向かいだ。
今は三人仲良く話しているので、僕たちの話は聞こえていないようだ。
零奈にも言われたからどこかで一花と話してみないとね。
そんな感じで昼ごはんも皆完食してくれた。おじいさんも食欲があって何よりだ。
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~五月&零奈side~
お昼ごはんの後、零奈は五月を散歩に誘った。
「ふふふ。お母さんと散歩なんて嬉しいです」
「喜んでもらえて何よりです」
二人は手を繋いで歩いている。その事が五月をさらにご機嫌にさせた。
「ところで、どこに向かっているんですか?」
「着けば分かりますよ」
そして幾分か歩いてようやく零奈の目的の場所に到着した。
「ここって…」
「ええ。誓いの鐘です」
この島随一の観光スポット誓いの鐘。そこまで二人は歩いてきたのだ。
「五月。あなたはこの鐘の意味を知っていますか?」
「ええ。四葉が説明してくれたので…この鐘を二人で鳴らすと、その男女は永遠に結ばれるという伝説があるとか…」
「そうです。そして、私は兄さんと旅行の初日に鐘を鳴らしました」
「えっ…」
五月の言葉を書き消すかのように風が吹き荒れた。
「どうですか?ショックですか?」
「えっと…」
「今あなたが思っている感情が、あなた自身の感情そのものです」
「…っ!」
「安心してください。兄さんが私を選んだ、ということではありませんから。今は兄妹として、ずっと長く仲良くしていけるように、そういった願いを込めて鐘を鳴らしました。私は兄さん…和義さんを困らせたくないですから」
零奈の言葉に安堵したのか、五月が息を吐いた。
「今、安堵しましたね?」
「そ…それは…」
「良いんですよ。私だってあなたと同じ状況であれば安堵したでしょうから」
「……」
少しの沈黙が二人を包んでいた。そんな時だ。
「五月…私のために身を引こうと考えているのではないですか?」
「えっ…」
遠くの景色を見ていた零奈が五月の方を見てそう問いかけた。
予想もしていなかった事を聞かれた五月は目を見開いて驚いていた。正に今自分が葛藤していることであるからだ。
「な…何で…」
「あなたの様子がおかしかったので色々と考えていました。そして、おかしくなったのはいつ頃からだろうかとも。それは、私があなた達に自分の気持ちを伝えた後からでしたね」
「お母さんには敵いませんね…」
「女性に対して鈍感な兄さんでも気付いていましたよ」
「そうですか…和義君も…」
「それで?私の予想は合っていましたか?」
「……はい…」
消え入りそうな声で五月は答えた。
「はぁ…大方次の人生は好きな人と結ばれて幸せになってほしいとか考えたのでしよ?」
「それは…本当のお父さんはお腹の中が五つ子だと知った途端に姿を消しました。今のお父さんと結婚できたかと思えば死んでしまい…そんなのってあんまりです…」
「あなた達がいましたから…幸せではないと思ったことはありませんでしたよ」
「それでもっ!」
「っ!」
零奈の言葉に少し強めに五月が反発したため、零奈は少し驚いてしまった。
「それでも…好きな人と過ごすことはとても良いことです。私は…和義君と過ごしてそう思えました。この人と一緒にこれからも歩んでいけたらどんなに幸せだろうと…」
「……」
「だから…今度こそお母さんにはその幸せな気持ちを持って過ごしてほしいと…そう…思ったんです…」
「はぁ…あなたという子は…」
「でも…」
「?」
「中々諦めることができませんでした…例えお母さんであっても、和義君と一緒に楽しく過ごしているのを想像すると、とても胸が苦しくなって…ごめんなさい、こんな嫌な娘で…」
そこで五月は泣いてしまった。五月の中では色々な感情が絡まり、自分でもどうしたらいいのか分からない状態であった。
その五月の事を、この小さな体では抱きしめることができない無念さが今零奈の中で渦巻いている。
「五月、顔を上げなさい」
「ひっく…」
零奈の言葉に泣きながらも顔を上げる五月。
自分も泣きたい。こんな風にしてしまったのは自分なのだから。それでも微笑みながら零奈は答えた。
「全然嫌な娘じゃないですよ。むしろ誇れるほどです。あなたのような子を持って嬉しく思います」
「そんなこと…」
「あります。それに私はどんなことがあろうとも和義さんの妹であることは変わりません。万が一私が選ばれなかったとしても、和義さんが許す限りどこまでも付いていきますから」
「え?」
零奈の言葉に五月が固まってしまった。
「えっと…お母さん。それはどうなのでしょうか…」
「大丈夫です。もし和義さんが許さなければ付いてはいきませんから」
五月はこの時思ってしまった。絶対に和義が先に音を上げるであろうと。
「ぷっ。それは和義君も大変ですね」
「笑顔が戻って良かったです。しかし、一つ聞き捨てならない事があります」
「え?」
「五月の言葉からは私が五月に負けるとも聞こえますね。私、負けたつもりないのですが」
「そんなことは…!」
「だってそうではありませんか?『このままでは私が和義君と付き合うことになる。でもそれだとお母さんが可哀想だ』と言ってるようなものですよ」
「確かにそう聞こえてしまったかもしれませんが。少しも思っていませんよ」
零奈の言葉にあたふたしだした五月。零奈はそれが可笑しくて仕方がなかった。
「ふふっ。まあ良いでしょう」
そこで零奈は五月に指を差した。
「五月。私はあなたに負ける気はありません。もちろん他の姉妹にもです。あなたはあなたの気持ちに正直になってかかってきなさい!」
零奈の宣戦布告に五月はニヤリと笑った。
「ふふっ。お母さんがその気なら私だって本気を出します。この事を後悔するかもしれませんよ?」
「それはないですよ。和義さんの心を掴むのは私ですから」
そこでお互いが笑いあった。
そして、五月の心はスーッと晴れやかになったのだった。
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結局一花と話せず夜になってしまった。
その事で零奈に無言の圧を食らってしまっている。
だって仕方がないのだ。隙あらば二乃と三玖、後五月までもが話しかけてくるのだから、とてもじゃないが一花と話す余裕なんてない。五月は零奈と話してから雰囲気変わったなぁ。
喉も渇いたのでロビーの自販機に飲み物を買おうと部屋を出た。今日も天気が良く月も綺麗に見えている。
ふと、玄関の方を見ると屋根の上に誰かがいた。五月のウィッグを外して座り遠くを見ている。
僕は自販機でその娘の分の飲み物を買い、屋根の上へ向かった。
「お隣良いですかお嬢さん?」
「え?」
何やら考え事をしていたのか、近くに行き声をかけるまで気付かなかったようだ。
「ど…どうぞ」
「ありがとね。はい、一花の分」
「気が利くねぇ。さすがだ」
一花は僕から受け取った紅茶をさっそく飲み始めた。
「はぁ~、暖かいなぁ」
「まだ寒いんだし。こんなところにいると風邪引くよ?」
「うん…でも考えたいことがあって…一人になりたかったんだ」
「おっと。それは邪魔したね」
「あはは。そんなこと思ってないくせに」
「えー酷くない?」
そこでお互いプッと吹き出した。やっぱり一花といると風太郎と一緒にいるみたいで落ち着くかも。それが一花のコミュニケーション力かもしれないけどね。
「それで?」
「んー?」
「何に悩んでんの?お兄さんに話してみなさいな」
「それ、私の使ってるセリフだよ」
「ははは、前にも言ったけど君たち姉妹は妹みたいな感じだしね」
「酷いんだー…………やっぱりこの関係って良いよね。カズヨシ君といると何か落ち着く」
「それはそれは、恐悦至極」
「何それ!はぁ…だから困ってるんじゃん」
「ん?意味が分からないんだけど」
「……私ねフータロー君の事好きだよ」
「何を今さら…」
「うん…でもね、たまに思うんだこの気持ちは本物なのかって」
「は?」
とんでもないことを言い出したねこのお嬢さんは。
「フータロー君にあげたマフラー。いつも身に付けてくれて嬉しかった。バレンタインのお返しの手作りプリンも美味しくって凄く嬉しかった。それに、期末試験だって姉妹で一番の成績を誉めてくれた。頑張って良かったって思ったよ」
「良かったじゃん。嬉しかったり、頑張って良かったって思えてるならそういう事だと思うよ。ごめん、ちゃんとした回答じゃなくて」
「ううん。大丈夫だよ、私もそう思ってるから…」
「ならっ…」
「でもね。そういう風に思う相手がフータロー君だけじゃないんだ」
体操座りで座っている一花が、膝に自分の頭を乗せじっとこちらを見ている。
「いやいや。それは違うでしょ!」
「何で?」
「何でって…」
「私があげたブックカバー、今でも使ってくれてるよね?」
「ああ」
「それ嬉しいよ。それにバレンタインのお返しも凄く嬉しかった。二乃や三玖、五月ちゃんだけじゃなくて、私や四葉にも同じのをくれた」
「…」
「試験勉強だって。私のために深夜に勉強を見てもらったのも本当に嬉しかった。あの時間がもっと続けば良いのにって思ったぐらいなんだ」
「一花…」
「ほらね…もう自分でも分かんないよ」
そこで一花は自分の頭を膝と膝の間に入れふさぎ込んでしまった。
これは思った以上に難解かもしれない。
「はぁ...ねえ一花?恋愛にさあ、マニュアルや常識ってあるのかなぁ?」
「へ?」
「いや、二人の人を好きになってはいけないってルールはないでしょ?」
「それは...そうかもだけど...でも、二人の人を好きになっちゃうなんて薄情だよ...!」
「別に二人と付き合いたいって思ってる訳じゃないんでしょ?」
「それは...そうだよ」
「なら良いじゃん。一花は今二人の事を好きになって苦しんでいる。それで十分薄情じゃないさ」
夜空を見上げて一花に僕の気持ちを伝える。
うん。やっぱり今日は月が綺麗に輝いている。
「好きって感情はまだ良く分からないけど、好きになることって多分理屈じゃないんだよ。人を好きになるのって人間にとって自然な感情なんだと思う。だって、あれだけ自分の家から追い出そうとしていた二乃が、今では僕の事を好きでいてくれてるんだよ?こんな自分の気持ちをはっきり持つこともできない奴のことを...」
「っ...!そんな事ない!カズヨシ君はしっかりと私たちと向き合おうとしてるよ。だからあの五つ子ゲームで見分けることができたんだよ」
「ありがとね。なら一花もそうでしょ?ちゃんと僕と風太郎。二人と向き合おうとしているからそうやって苦しんでいるんだ。だから自分のことを責める必要ないさ」
一花の目を見てしっかりと、でも優しい顔でそう伝えた。
「いいのかな?...ひっく...君とフータロー君二人の事...好きでいてもいいのかな...?」
「ああ...でもいつか決めないといけないよ。僕か風太郎か、それとも...」
「うんっ!分かってる。まずは自分の気持ちをはっきりしないと」
「そっか...一花は強いね」
「そんな事ないよ。私が弱いからフータロー君にもあんな酷いこと言っちゃったんだ...」
「ん?もしかして風太郎に家庭教師を辞めるように促したのって一花?」
「うん...だってこんな私がこのまま一緒にいちゃいけないと思って...」
「なぁーんだ。じゃあ今は撤回で良いのかな?」
「うん...ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
「なら良いさ。風太郎にはそれとなく伝えておくよ。風太郎の奴犯人見つけるんだって躍起になってるからね。それで、見分けるためおじいさんに弟子入りしてたぐらいだし」
「ふふっ、何それ…」
「でも、きっとそれだけじゃないさ。風太郎は風太郎なりに君たち姉妹と向き合おうとしてる。それだけは分かってほしい…」
「うん。知ってる」
「そっか…さすが惚れた男の事は分かってるねぇ」
「もうー、からかわないでっ!」
「ははは、ごめんごめん。さてとっ…」
そう言いながら立ち上がる。少し長居をしてしまったようだ。
「ほら。そろそろ戻らないと。中野さんが心配してるかもだよ」
そう言って一花に手を差し伸べると、その手を一花が掴み立ち上がった。
「ありがとっ。それと...」
掴んだ手をそのまま引っ張られ、
チュッ
「へ!?」
「ふふふ。これは相談に乗ってくれたお礼だよ。それじゃおやすみっ!」
僕の頬にキスをした一花はそのまま部屋に戻っていった。
僕は何が起きたのか分からずそのまましばらく固まってしまっていた。
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~女湯~
翌朝。今日で帰る事になったので五つ子達はらいはと零奈と一緒に朝風呂に来ていた。
「らいはちゃん」
「なーに?五月さん」
「今日で旅行も終わりですがどうでしたか?」
「うん、すっごく楽しかったよ。昨日はお父さんとたくさん遊びに行ったんだー。お兄ちゃんがいなかったのは残念だったけど...凄いところにブランコがあってね。この旅館も最初は驚いちゃったけど...とってもいいとこだったって、学校が始まったら友達に言うんだ」
「そうですか...」
「そういえば...一花さんと四葉さんはどこ?」
「二人はサウナに行っていたような」
「へー!そんなのあったんだ」
「でもちょっと長い気がする...」
一花と四葉はサウナに向かっていたが、三玖の言っているように確かに長い時間入っているようだ。
「一花ぁ...話があるみたいだけど、どうしたのぉ...?」
「おや、もう限界かな四葉は?」
「結構長い時間入ってるよぉ...」
「...四葉はフータロー君と進展進めなくて良かったの?」
「っ...!」
「ほら、年末に言ってたでしょ?負けないからって」
「あはは...そんな事も言ってたね...」
「私ね、この旅行で吹っ切れた事があったんだ。だから、早くしないと取られちゃうぞ?」
「そっか...うん!私だって行動あるのみだよ!」
「限界だったら降参して出て行っていいんだよ?」
「うーん...なんだか負けたくなくなっちゃた」
「「ぷっ、あははは...」」
サウナの中では一つの戦いが行われていた。
「む~...」
「二乃どうしたの?」
「結局この旅行で和義と急接近することができなかったわ」
「それは私も一緒...」
「やっぱりネックはお母さんね」
「うん。常に一緒にいるから、カズヨシと二人っきりになるのが難しい...学校が始まってもクラス替えがあるから一緒のクラスになれないかもしれないし...」
「あら?どうしたのですか?」
「いけしゃあしゃあと」
「レイナちゃんがいつもカズヨシと一緒にいるから二人っきりになれない...」
「ふふふ、言ったはずですよ。負ける気はない、と」
ゴゴゴゴ...
二乃、三玖、零奈が静かに闘志を燃やしていた。
「なんだかこの温泉、入った時より熱くなった気がする!」
「そうでしょうか...」
らいはが熱く感じているのは、サウナでは一花と四葉が、温泉では二乃と三玖と零奈がそれぞれ闘志を燃やしているせいかもしれない。唯一五月だけはらいはの近くにいたので闘志を燃やさず、『あはは...』と乾いた笑い声を零していた。
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皆が温泉に向かっている時、僕はおじいさんに呼び出されて仏壇のある部屋に来ていた。
「どうされたのですか?」
「...お前さんの妹の事だ。あれは
「...っ!」
「やはりそうか...」
「なぜ...」
「ふん。儂を甘く見るでない。愛があれば見分けられる。お前さんも聞いたことがあるだろ?」
「ええ、五つ子達から」
「生前の
「おじいさん...」
「孫たちは最後の希望だった。
「え...」
「おちおち死んでもおれんな。もう少し長生きしたいものだ」
「何言ってるんですか。昨日の食欲を見てたらそう見えませんよ」
「ふん...まあいい。孫たちに伝えてくれ。自分らしくあれと」
「ええ、必ず」
「それともう一つお前さんに伝えたいことがある......」
・
・
・
「!?それは...」
「なーに、強制はせん。心の片隅にでも置いておけ」
「はい!お世話になりました」
そこでおじいさんに頭を下げるのだった。
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「それでは撮りますよ。はい、チーズ」
カシャ
旅館を出て、例の鐘の前で中野家と上杉家、直江家で写真を撮った。撮ってくれたのは中野さんの運転手の江端さんだ。
「よかったー。みんなで撮っておきたかったんだ!」
「この姿のままで良かったのでしょうか...?」
「これはこれで記念だね」
「いやぁ、じっくり見ても誰が誰だかわかんねーな」
勇也さんが言っている通り、集合写真では姉妹全員五月の恰好をしているのだ。もう旅館から出たのだからいつもの恰好に戻ればいいものを。
賑やかにみんなで下山しようとしていると風太郎が何やら真剣な表情で景色を見ていた。
「風太郎!置いてくよ!」
「おう!すぐに行く!」
何かを考えているようだし先に行きますか。零奈の手を握り下山していると前から誰かが走って風太郎の方に向かっていった。
「え?誰?」
「...それは自分で考えてください」
「えー...」
そんな事言ってもあんな一瞬で分かるわけないじゃん。えっと、風太郎のところに行ったってことは一花か四葉なのか?
そんな風に考えていると後ろから...
ゴーン...ゴーン...
鐘の音が聞こえた。
「え!?」
「おやおや」
零奈を抱え風太郎のところに急いで戻ると、また五月の恰好をした娘とすれ違った。
「マジで誰だよ!」
「あそこで風太郎さんが座ってますよ」
零奈が指差したのは鐘の下。あいつはあいつで何してんだ?
「風太郎どうしたの?」
近くまで行き風太郎に声をかけるも呆然としている。
「?おーい、風太郎やーい」
「はっ!あいつは誰だ?」
「いや、一瞬だったから僕でも分かんなかったよ。零奈は...」
「...」
黙秘ですか。
「それで何があったの?」
「そ...それが。鐘の下で景色を見ながら考え事をしていたら、あいつが走ってきて。それでいきなり顔を近づけてきたんだ。何がしたかったのか分からなかったが、よろけて転ばないように手で鐘の紐を引っ張たら鐘が鳴って。そして結局転んだんだが、その拍子に...キ...キスをされた」
「はぁー!?」
「ほう...」
まったく最後まで何かやらかす男だね。
結局あれが誰だったかは分からず(多分零奈は分かっている)、そのまま風太郎と零奈三人で下山した。
春休み開けの新学年。波乱が待っていそうである。
今回のお話では二人の心の葛藤を中心に書かせていただきました。
自分の事よりも母親を優先する五月。
二人の男子に心揺れる一花。
この二次創作作品ではあり得そうだなと思って書かせていただきましたが、もし不快に思わせてしまいましたらこの場を借りてお詫び申し上げます。
ギリギリ年内にもう一話間に合いました!
次回の投稿は年明けになりますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。