マギアと呼ばれた男の物語   作:ちょう☆こーが

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魔女とおチビ Ⅱ

 

 

 

 ディアの声の変化にハッとして、レギナは顔を上げた。たちまち霊気が押し寄せ、こめかみで血液がどくどくと脈打つのを感じた。思わず声を上げそうになったが、のみこんだ。いま声を出したら、目の前の現象を中断させ、邪魔をしてしまうかもしれない。

 「ありふれた塚 ー 」ディアの声は、ますます不気味で、現実離れした、冷たく金属質になった。「いずれ、イラクサに覆われる土の山。死は青く冷たい目を持ち、オベリスクの高さにも、刻まれた碑文にも意味はない。おまえ以上にそれを知る者がどこにいるというのだ、レギナ・バルバーリス ー 〈丘の十四番目の者〉 ー よ?

 レギナは凍りついた。ディアは両手で馬のたてがみを掴んでいる。

 「おまえはグダンの丘で死んだ、レギナ・バルバーリス」見知らぬ邪悪な目が、ふたたび語りだした。「なぜここに来た? 戻れ、いますぐに。この子を ー 古き血脈の子を連れて。この子をいるべき場所へ戻すのだ。さあ、〈丘の十四番目の者〉よ。そうしなければ、おまえはふたたび死ぬことになるだろう。丘がおまえを求める日がやってくる。巨大な墓が ー おまえの名が刻まれたオベリスクが ー おまえの命を奪いに来るだろう

 馬が頭をのけぞらせ大きくいななき、ディアはビクッと身震いした。

 「どうしたの?」レギナは動揺を隠してたずねた。

 ディアは咳こみ、両手で髪をかき上げて顔をこすった。

 「な………何も………」おずおずと呟いた。「疲れたみたい。だから………つい眠りこんで………あたし、走らなきゃ………」

 霊気が消え、レギナの全身を冷たい波が駆け抜けた。防御の魔法が消えつつあるせいだと言い聞かせたが、そうではないのはわかっていた。レギナは城の石垣と崩れかけた銃眼の黒い空洞を見上げ、誰かに見られているような気がして身震いした。

 蹄鉄が中庭の厚板にあたって音を立てた。レギナはすばやく鞍から降り、ディアに手を差し出した。手が触れた瞬間、レギナはそっと魔法の衝撃(インパルス)を出し、驚いた。何も感じない。反応も、応答も、抵抗も。たった今あんなに強い霊気を出していた少女の中には、魔法の痕跡がまったくなかった。今のディアは、ざんばら髪の、みすぼらしい服を着せられた普通の少女だ。

 でも一瞬前は、まったく普通ではなかった。

 奇妙なできごとに思いを巡らす間もなく、ふたりは装甲扉の格子の前まで来た。古びた城門の奥に暗い通路が続いている。レギナは毛皮のケープを払いのけてキツネ皮の帽子を脱ぎ、さっと頭を振って髪を振りほどいた。金色の光沢のある鮮やかな朱色の長い巻き毛はレギナの誇りであり、レギナがレギナである証だ。

 ディアがうっとりとため息をついた。レギナはディアの反応を見て、満足そうに微笑んだ。美しい髪を長く垂らした女はめったにいない。髪は女性の立場や地位を表す。長い髪は自立した自由な女性の象徴であり、普通の女性ではないという印だ。普通(・・)の娘は髪を三つ編みにし、普通(・・)の既婚女性はヘアネットやフードで髪を隠す。女王や王女を始めとする高貴な女性は髪を巻いて流行の髪型にし、女戦士は短く切る。長い髪を自然に垂らし、自立と自由を強調するのは、ドルイドと魔法使い ー それから娼婦くらいだ。

 いつものように、魔法剣士たちは音を立てず、どこからともなくレギナの前に現れた。みな背が高く、筋肉質ながらも細身で、腕を組み、体重を左足にかけている ー とっさの攻撃に備えた姿勢だ。魔法剣士たちはみな無意識のうちにこの姿勢をとるようにすり込まれている。ディアも同じような姿勢で男たちの隣に立った。おかしな服を着てポーズを取る姿は、ひどく滑稽だ。

 「ネィワ・シュテンへようこそ、レギナ」

 「こんにちは、ロベルト」

 ロベルトは変わった。歳をとった。生物学的にはありえない。もちろん魔法剣士も歳をとるにはとるが、普通の人間やレギナのような若い魔法使いに比べれば、その速度ははるかに遅く、大抵は気付かない。だが、レギナは一目でわかった ー 突然変異によって肉体的老化を遅らせることはできても、内面の老化は止められない。顔に深く刻まれたしわが何よりの証拠だ。深い哀れみが押し寄せ、レギナはロベルトの目から視線をそらした。あまりにも多くを見てきた目。その目に、レギナが見たかったものは全くなかった。

 「ようこそ。よく来てくれた」

 ロベルトの隣にゼンベルが立っていた。髪の色と頬の細長い傷を除けば、〈白獅子〉ロベルトと兄弟のようにそっくりだ。その横に、ネィワ・シュテンでもっとも若い魔法剣士のベルナートがいつものように陰険で子ばかにしたような表情で立っていた。ヴェッセルの姿はまだない。

 「ようこそ。さあ、なかへ」と、ゼンベル。「今日は誰かが首つりでもしたかのように寒くて風が強い。ディア、何をしている? お前を呼んだ覚えはないぞ。雲に隠れていてもまだ太陽は高い。訓練は続けられるはずだ」

 「ちょっと待って」レギナが髪を揺らした。「魔法剣士の城では礼儀が軽んじられているようね。ディアは最初にわたしを出迎え、ここまで案内してくれたのよ。少しくらい客の相手をしても ー 」

 「ディアは修行中の身なんだ、バルバーリス」ベルナートがゆがんだ笑みを浮かべた。ベルナートはいつもレギナを名前ではなく ー 敬称もつけず ー “バルバーリス”と呼ぶ。レギナはムッとした。「ディアは訓練生だ。召使頭じゃない。いくら大事な客だとしても、それを出迎えるのはディアの仕事じゃない。行くぞ、ディア」

 レギナは小さく肩をすくめ、ロベルトとゼンベルの困惑した表情に気付かないふりをした。言い返すのはよそう。これ以上ふたりを困らせたくない。ベルナートとはどうしても馬が合わないが、かといってふたりに迷惑をかけたくない。何より、ディアに興味があることを知られたくなかった。

 「馬を預かろう」ロベルトが手綱に手を伸ばすと、レギナはわざと触れるように手を動かした。ふたりの目が合った。 

 「いっしょに行くわ」さらりとした口調だ。「鞍袋から出したいものがあるから」

 「死んだんじゃないかと思ってた。きみは死んだと、そう噂されてた」馬小屋に入ると同時にロベルトが呟いた。「この目できみの立派な墓石を見た。グダンの戦いでの英雄的な死をたたえるオベリスクだ。つい最近になって、あれが間違いだと知った。間違いにしてはひどすぎる。」

 「長い話よ。そのうち話すわ。嫌な思いさせてごめんなさい」

 「あやまることはない。最近は嬉しいこともあまりないが、きみが生きていると知ったときは別だ。あれより嬉しかったのは、今日こうしてきみの姿を見れたことくらいだ」

 レギナの中で何かがはじけた。この城に来るまでの旅の間ずっと、ロベルトに会うのが怖い気持ちと、もういちど会いたいという気持ちとがせめぎ合っていた。だが、あの疲れはてやつれた顔と、すべてを見てきたかのようなうれいを秘めた冷たい目を ー 冷たくて隙きがなく、不自然なほど冷静なのに、激しい感情を秘めた目を見た途端………。

 気がつくとレギナはロベルトの首に腕をまわしていた。ロベルトの手を取り、自分のうなじに当てた途端、背筋に衝撃が走り、歓びが全身を貫いた。思わず声をもらしそうになり、レギナは唇をロベルトの唇に押しつけていた。強く唇を合わせるたびに震えが走り、高まる興奮にレギナはわれを忘れた。

 だが、ロベルトは違った。

 「レギナ………やめてくれ」

 「ああ、ロベルト………こんなに………」

 「レギナ」ロベルトはそっと身体を離した。「もうすぐ………誰か来てる」

 レギナは入口を見た。しばらくして他の者たちの影が近づき、ようやく足音が微かに聞こえてきた。さすがは魔法剣士だ。耳の鋭い魔法使いも、魔法剣士の聴覚には敵わない。

 「おお、かわいい子よ!」

 「ゼンベル!」

 ゼンベルは本物の老人だ。ここの魔法剣士の中では最年長者、ひょっとしたらネィワ・シュテンの古城よりも年上かもしれない。だが、足取りはきびきびと快活で、手の力も強く、握力も未だに衰えていなかった。

 「会えて嬉しいわ、ゼンベル!」

 「キスしておくれ。手にじゃないぞ。それは儂が棺に入るときにしてくれ。それも、もうじきだ。おお、トリス、待っておったぞ………お前の他に誰が儂を治してくれる?」

 「治すですって? 何を治すの? その子供っぽい行儀? 背中の手を退けなさい、おじいちゃん、その灰色のひげに火をつけるわよ!」

 「すまん、すまん。お前がもうすっかり大人だってことを忘れておった。もう膝に乗せて頭を撫でてやる歳じゃないんだな。だが、身体の方は………レギナ、歳の話は冗談じゃないぞ。最近は呻きたくなるほど、節々が痛くてたまらん。あわれな老人を助けておくれ」

 「いいわよ」レギナはクマのような抱擁から身をほどき、ゼンベルの隣りにいる魔法剣士に目をやった。ベルナートと同じくらいの若さで、黒く短いあごひげの下に、酷い疱瘡のあとが見える。めずらしい ー 魔法剣士は普通、伝染病にも強いはずなのに……。

 「レギナ・バルバーリスだ、リリエン」と、ロベルト。「リリエンがここで冬越しをするのは、これが初めてだ。リリエンはここよりもさらに北の方から来た。ポヴィスの出身だ」

 リリエンが頭を下げた。赤く充血した白目と異常に淡い琥珀色の虹彩が、変異の困難さと苦しみを物語っている。

 「さあ、行こう」ゼンベルがレギナの背中を押した。「馬小屋は客人を迎える場所じゃないが、待ちきれなかった」

 中庭の風よけの壁の奥で、ディアがベルナートに付いて訓練をしていた。鎖で吊るした丸太の上で器用にバランスを取って、革ひもで縛って人体に見立てた革袋を相手に剣を構えている。レギナは立ち止まって見つめた。

 「違う!」と、ベルナート。「また近すぎる! やみくもに切りかかるな! 言っただろ ー 人を相手にするときは剣先で頸動脈を狙え! 人間の頸動脈はどこだ? 頭のてっぺんか? どうした? 集中しろ、ディア!」

 なるほど ー あれは伝説ではなく本当だったのね。あの子が例の………。思ったとおりだわ。

 

 

 

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