マギアと呼ばれた男の物語   作:ちょう☆こーが

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《友好の座》

 

 

 

 「ディアは溺れ死んだヨランタの娘だ」と、赤毛の男。「つまり、ヨアンナ女王の孫娘だ。ディアは王女じゃないが、シェロナの王女の娘であるのは間違いない。ディアこそ魔法剣士ロベルトに運命づけられた《驚きの子》だ。マクシミリアンが歌ったとおり、ヨアンナ女王はディアが生まれる前に、ロベルトに託すと誓った。だが、ロベルトはディアを保護することも、見つけることもできなかった。ここだけが事実と違うところだ」

 「たしかに事実とは違う」筋骨たくましい若者が口を挟んだ。傑作を作り、親方の試験に合格する前に旅をしている職人といった風情だ。「魔法剣士ロベルトの運命は誓どおりにはならなかった。ディアはシェロナが包囲されたときに殺された。ヨアンナ女王は塔から身を投げる前、その手で孫娘を殺した。 ー 生きてプウォジューフの餌食になるよりましだと考えて」

 「違う、でたらめだ!」と、赤毛の男。「王女の娘は虐殺の街から逃げようとして、殺されたんだ」

 「いずれせよロベルトはディアを救えなかった!」と、鍛冶屋のノーム。「詩人は嘘つきだ!」

 「でも、美しい嘘ね」縁なし帽のエルフが、背の高い金髪のエルフにすり寄った。

 「詩の話じゃない。事実かどうかの問題だ!」と若い職人。「王女の娘は祖母の手にかかって死んだんだ。シェロナに行ったことがある者は、誰だって知ってる!」

 「だから、王女の娘は脱出する途中で殺されたと言ってるじゃないか!」と、赤毛の男。「俺はシェロナの出じゃないが、戦時中はシェロナを援助したクアレッジ諸島の軍にいた。知ってのとおり、シェロナの国王エンハンスト・ジェルーチカはクアレッジ諸島の出身で、クアレッジの軍司令官の叔父に当たる。俺は司令官直属の部隊にいてトルラダムとシェロナで戦い、敗北したあとはグダンで ー 」

 「ここにも退役軍人か」ズルットスが周囲のドワーフたちに向かって歯を剥き出した。

 「ここは英雄と戦士だらけだな。おい、一人くらい、トルラダムとグダンで戦わなかった者はいないのか?」

 「そんな皮肉は通用しないぞ、ズルットス」長身のエルフが〃お前たちに手出しはさせない〃とでも言うように、帽子の美女の腰に腕をまわした。「グダンで戦ったのはきみたちだけではない。私も参戦した」

 「どちら側で戦ったものやら」リシャルド男爵がわざと聞こえるような声でスダニワフに囁いたが、エルフは気にする素振りもない。

 「周知のとおり」エルフはリシャルド男爵とスダニワフには目もくれずに言った。「二度目のグダンの丘の戦いでは十万人の兵士が戦場に立ち、少なくとも三万人が負傷もしくは死亡した。この有名かつ悲惨の戦いをバラッドにし歌い、不滅のものにしたマクシミリアンの功績は賞賛されるべきだ。わたしはこの歌詞と旋律から、戦争讃美ではなく、警鐘を聞き取った。改めて、この作品を生んだマクシミリアンに賞賛と永久なる名声を捧げたい。この歌は、必ずや将来、グダンの戦いのような残酷で無用な悲劇の再来を防ぐだろう」

 「なるほど、貴君はバラッドから非常に興味深いメッセージを読み取られたようだな、エルフ殿」リシャルド男爵が挑むようにエルフを見た。「無用な戦い、だと? 悲劇の再来を防ぐ、だと? すると何か ー 再びプウォジューフが攻撃してきたら降伏しろっていうことか? プウォジューフの支配を黙って受け入れろと?」

 「命はかけがえのないものだ。なんとしても守らなければならない」長身のエルフが冷ややかに答えた。「大量殺戮と人命の犠牲を正当化するものは何もない。グダンにおける二度の戦いは ー 勝ち戦も負け戦も ー 殺戮と犠牲を伴った。いずれの戦いでも何千という人命が奪われた。それによって、あなた方は想像できないほど多くの潜在的 ー 」

 「エルフのほら話か!」ズルットスが歯を剥き出した。「くだらん! あの戦いは、民衆が平和にまっとうに暮らすために払わなければならなかった代償だ。それとも何か ー 民衆が鎖につながれ、目を潰され、塩鉱や硫黄鉱で強制労働させられた方が良かったと言うのか? 英雄的な死を遂げた者たちは、自分たちの家で守ることの大切さを教えてくれた。マクシミリアンのおかげで、英雄たちは儂らの記憶の中で永遠に行き続ける。歌ってくれ、マクシミリアン、みんなにバラッドをもっと聴かせてやってくれ。あんたの教訓は無駄にはならん。いつかきっと役に立つ。いいか、よく聞け。プウォジューフはもう一度襲ってくる。今日ではないにしても、明日はわからん! 今はまだ傷口を舐めているが、黒マントと羽つき兜が再び現れるのは時間の問題だ!」

 「目的はなんだい?」と、カタジェンハヴォナ。「どうしてあたしたちを虐げようとする? どうして平和な暮らしをぶち壊そうとする? プウォジューフ人は何が欲しいんだ?」

 「我々の血に決まってる」と、リシャルド男爵。

 「いいや、俺たちの土地だ!」とひとりの農民が叫んだ。

 「そして儂らの女だ!」ズルットスがすごみのある声で唸った。

 何人かが ー 静かに、こっそりと ー 笑い始めた。ドワーフ以外に誰が不細工なドワーフ女を欲しがるだろう? 考えるとおかしくてたまらないが、それをネタにからかったり、ふざけたりするのは危険だ ー 特に、腰帯の斧と短剣を一瞬で握る、背が低くてがっちりしたひげ面の種族の目の前でやるべきではない。しかも連中は、どういうわけかドワーフ以外の全種族が自分たちの妻や娘を狙っていると思っており、この話題になるとすぐにカッとなる。

 「いつかは起こることだった」白髪にドルイドが言った。「起こるべくして起こったことだ。我々は世界にいるのが自分たちだけではないことを ー 全ての創造物が我々のまわりだけで回転しているのではないこと忘れてしまった。淀んだ池に棲む、怠惰で愚かな太ったヒメハヤのように、我々はカワカマスがいないと信じ込んだ。我々は世界が池のようにどろりと淀み、ぬかるむにまかせてしまった。まわりを見るがいい ー 罪と悪が蔓延り、強欲と利潤の追求、争いと不和で溢れかえっている。古き伝統は失われ、価値あるものへの敬意は消えつつある。我々は自然にならった生き方をやめ、自然を破壊し始めた。その結果はどうだ? 溶鉱炉が吐き出す悪臭で空気は毒され、河や小川は食肉処理場となめし革工場からの排水で汚れ、森の木々はやみくもに切り倒されている……… 見ろ! 聖なるブレオブへリスの生きた樹皮にさえ ー ちょうどマクシミリアンの頭上だ ー 卑猥な単語が刃物で刻みつけられている。しかも、つづりが間違っているところを見ると、どこかの野蛮人の仕業に違いない。何を驚いておる? こんなひどいことになったのは ー 」

 「そのとおり!」太った司祭が賛同の声を上げた。「目覚めよ、汝、罪人たちよ ー 手遅れにならぬうちに。神々の怒りと復讐は汝らの頭上にある! イスリンのお告げを忘れたか? 罪に汚れた種族にどのような天罰が下るかを! 〃屈辱のときが来て木々は葉を失い、つぼみは萎れ、果実は腐れ、種は苦くなり、峡谷には水ならぬ氷が流れる。白冷のあとに白光が訪れ、世界は雪風の下で朽ち果てる〃。予言者イスリンはしかと語った!そしてそのときがが来る前には目に見える予兆があり、疫病が世界をむしばむのだ。忘れることなかれ! プウォジューフは我々に対する神々からの罰だ! プウォジューフは神々から汝ら罪人に与えたもうた鞭だ。それゆえ汝らは ー 」 

 「黙れ、聖人気取りのもうろくじじい!」ズルットスが重いブーツを踏み鳴らした。「あんたの迷信めいた戯言には反吐が出る! はらわたがひっくり返りそうだ ー 」

 「言葉に気をつけろ、ズルットス」長身のエルフが笑みを浮かべて言葉を遮った。

 「他人の信教をからかうものではない。不快で礼儀知らずのばかり………危険だ」

 「からかっちゃいない」と、ズルットス。「儂だって神の存在を疑っちゃいない。だが、神を現実世界に持ち込み、どこかの狂ったエルフの予言を利用して目をくらまそうとするのは我慢ならねえ。プウォジューフ人が神々の手先だと? くだらん! 遠い昔の記憶を探ってみろ ー 伝説の国王デズモンド、ランヴィルマン、サルバクルの時代を………ナグリッドと《古き樫》の時代を! 覚えちゃいないだろうな。あんたらの命は短い ー まるでカゲロウだ。だが、儂は覚えてる。あんたたちの祖先がヤダニル川の河口からポーター国の三角州に乗り上げ、小舟から降り立ったあとのことを教えてやろう。海岸についた4艘の小舟から三つの王国が生まれた。強国は弱小国を吸収して発展し、力を強めていった。他人の縄張りを侵略・制圧し、領土を拡大し、ますます強大になった。今プウォジューフが同じことをやっている。それは、プウォジューフが結束の固い、団結した、統制のとれた強国だからだ。あんたらも結束しないと ー 賢いドルイドの言葉どおり ー カワカマスがヒメハヤを呑み込むようにプウォジューフに呑み込まれるぞ」

 「やれるものならやってみろ!」トロイのドミニクが獅子の紋がついた胸を膨らませ、鞘に入った剣を振った。「我々はグダンの丘でやつらを完膚なきまで打ちのめした。もう一度やれないことはない!」

 「たいした自惚れ屋だな」と、ズルットス。「忘れているようだがな、騎士殿、グダンの丘の戦いの前に、プウォジューフは鉄ローラーのようにあんたたちの土地を蹂躙し、あんたのような勇敢なやつらの死体をトルラダムとヴェルデラのあいだにこれでもかと撒き散らした。プウォジューフ兵を食い止めたのは、あんたのような大口叩きの自惚れ屋じゃない。ツォメリク、レダニツァ、グディーニク、コシャウェン各国による連合軍だ。協力と団結が敵を食い止めたんだ!」

 「それだけではない」魔法使いのスダニワフがよく通る冷ややかな声で言った。「忘れれてもらっては困る、ズルットス」

 ズルットスは大きく咳払いして鼻をかみ、もぞもぞと足を動かしてから、スダニワフに小さく頭を下げた。 

 「あんた方の協力を忘れちゃいない。グダンの丘における魔法使いたちの英雄的団結を認めない物は、とんだ罰当たりだ。彼らは勇敢に陣地に立ち、共有の目的のために血を流し大いに勝利に貢献した。マクシミリアンもバラッドで歌ってる。忘れてはならない。[四王国]の戦士がレダニツァ国のヴォスミル王の命令に従ったように、魔法使いたちは従った。だが、残念ながら、結束と協力が続いたのは戦時中だけだ。平和が訪れると、さっそく分裂が始まった。ヴォスミル王とジグムント王は関税と貿易法を巡って首を絞め合い、グディーニクのパマヴェン王とコシャウェンのセンクルト王は[北境界域]を巡って争い始めた。北方のヘンフォレス同盟とコヴィリのシッセン王朝は相手にもしていないがな。聞けば、魔法使いたちにも、かつての協調精神は無いらしい。つまり、儂らには結束力も規律も団結力もないってことだ。だが、プウォジューフにはそれがある!」

 「プウォジューフの皇帝エヴォミルは、鞭と首つり縄と斧で服従を強いる独裁者だ!」と、リシャルド男爵。「何が言いたいのかね、ドワーフ殿? どうやって団結せよと言うのだ? プウォジューフと同じような独裁政治を行えと? きみの意見に従うとして、どの国の王が、どの国に従属するのか? 誰が笏と革鞭を持つと言うんだ?」 

 「知ったことか」ズルットスは肩をすくめた。「それは人間の問題だ。誰を王に選ぼうと、ドワーフが選ばれるはずはないからな」

 「それを言うなら、エルフもハーフエルフも選ばれない」長身のエルフが帽子の美女の腰を抱いたまま言った。「人間たちはクォーターエルフでさえ人間よりも劣っている種族だとみなし ー 」

 「しっぽが出たな!」リシャルド男爵が笑い声を上げた。「君の言うことはプウォジューフ人と同じだ。やつらも平等を掲げ、我々を服従してこの土地から追い出し、古い秩序を取り戻すと宣言している。君たちが夢に見、語り、ふれまわる〃団結と平等〃と同じではないか!プウォジューフはその実現のために、きみたちを買収している! 親密なのも無理はない。なにせプウォジューフ人にはエルフの血が流れ ー 」

 「バカな」エルフが冷ややかに言った。「まったくの戯言だ、男爵殿。どうやら人間優位主義に目がくらんでおられるようだな。プウォジューフ人はあなた方と同じ人間だ」

 「何を言うか! プウォジューフ人は黒いエルフの末裔だ。誰だって知っている! やつらの身体にはエルフの血が流れているのだ! エルフの血が!」

 「では、あなた方の身体には何が流れている?」エルフはあざけるような笑みを浮かべた。「人間とエルフは何世代も、何世紀にもわたって ー よかったのか悪かったのかは分からないが ー 非常に上手く混じり合ってきた。ところが、二十五年ほど前から人間は混血を禁じ始めた。皮肉なことに、こちらは上手くいっていないようだ。もし、シーデ・イチェル ー 古代種族の血 ー が一滴も混じらない人間がいるなら、今ここに連れてきてもらおう」

 リシャルド男爵の顔がみるみる赤くなった。レヤ・カタジェンハヴォナも顔を赤らめ、スダニワフは俯き、咳をした。なぜか帽子のエルフの美女までもが顔を赤らめている。

 「我々はみな母なる大地の子だ」白髪のドルイドの声が静寂の中に朗々と響きわたった。「我らは母なる自然の子だ。我々が敬意を忘れ、悩ませ、痛みを与えても、母は我らを愛す。我ら全てを愛す。《友好の座》に集まりし者たちよ、思い出そうではないか。誰が最初に来たかは問題ではない。ひとつのドングリが海から打ち上げられ、そこから最古の樫である偉大なるブレオブへリスが育った。我々は、その木の下に広がる原始の根の間に立っている。我々が同じ根から生まれた同胞であることを思い出そう。これからの根を生み出した大地のことを思い出そう、そして、大詩人マクシミリアンの歌詞を思い出し ー 」

 「そのとおり!」と、カタジェンハヴォナ。「ところでマクシミリアン親方は?」

 「行っちまったよ」シュルティアン・ズルットスは樫の下のぽっかり空いた場所を見つめた。

 「カネだけ持って、別れの挨拶もなしに行っちまった。実にエルフ流だ!」

 「ドワーフ流だろ!」と、鉄器売りのノーム。

 「いや、人間流だ」長身のエルフが言うと、帽子の美女が男の肩に頭をもたせかけた。

 

 

 




 

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