皐月賞、東京優駿、菊花賞。
6戦6勝、全て大逃げで無敗の三冠を成し遂げたサイレンススズカ。
ジャパンカップ、有マ記念への出走がどうなるか注目される彼女は今――――休養のためトレセン学園を離れていた。
大分マスコミも騒いでいるし、休養のために温泉に行くのは一般的なのですんなりと許可してもらえた。
「……えっと、次の駅で乗り換えですね」
「はいよ」
二人で荷物を抱え、スズカが自分で頑張って調べたルートを確認しながら電車で向かう。
車でも良かったのだが、何故か電車にしようと提案されたので受け入れた次第である。
『お兄さん、温泉ですけど……行き方とか、私が調べてみてもいいですか?』
『……頼むから、走っていくとか言わないでくれよ?』
『ウソでしょ……お兄さん、いくら私でもお兄さんにそんな無茶させませんから』
そんなウキウキで耳も楽し気なスズカを、穏やかな気持ちで見守る。いやもう、かつてないほど穏やかである。
温泉――――うまぴょい温泉とも呼ばれるそこは、本来であればURAファイナルズを制した豪運トレーナーと愛バがたどり着く到達点。
そこで見られるのは何処視点なのか謎の、バスタオルでお風呂に入るウマ娘。あとキャラごとの絆を感じるエピソードである。
普通に考えて混浴はしていない。
が、ワキちゃんのことなので添い寝は間違いなく要求される。無敗の三冠を取れば公序良俗に反しない要求には応えると言った俺は――――あらかじめ徹底的に煩悩を吐き出しておいた。
別にワキちゃんもうまぴょい(動詞)したいわけではないので、何も憚ることはない。
もうなんか行く前から疲れ切っているような気もするが。
「お兄さん、なんだか疲れてないですか…?」
「えっ。……やり切った感があるから、かな」
「お兄さんは、もう勝ってほしいレースはないんですか?」
「………あるぞ? ジャパンカップ、有マ記念、ドバイ、凱旋門、BCとか」
やっぱり日本だけじゃなく、世界レベルだというのを見せつけて欲しい。タイキシャトル、シーキングザパールとちょうど97世代は海外で飛躍していた。アメリカで活躍するサイレンススズカというのは、一つの大きな夢だ。
「アメリカ……なんとなく、楽しそうですね」
やっぱりウマソウルの関係なのだろうか、アメリカには心惹かれるものがあるらしい。
かのサンデーサイレンスがアメリカのダート覇者であったので、多分アメリカのダートなら走れないことはないと思われる。
「世界は広い。……ジャパンカップでそれを感じてみてもいいのかもな」
スズカ世代のジャパンカップは――――ヤツか!?
女帝エアグルーヴすらも圧倒した、アレとか走りとかブツとか……一言でいえば、うまだっち。ウマ娘だとどうなるんだ…?
もしかしなくてもワキちゃんの教育によろしくない存在の可能性が……。
「あっ、お兄さん。着きますよ。乗り換えましょう」
「おっけ」
………
……
…
到着したのは、なんというか立派な旅館だった。
スズカは凄まじい額の賞金を稼いでいるし、俺もトレーナーとして特別手当が出ているが二人して走ることばかりであまりお金を使うタイミングがなかったりする。
「それじゃあ、チェックインですね」
「チケット持ってる?」
「大丈夫ですよ」
若干挙動不審になりながら(あまり人と話すのが得意でない)受付するワキちゃんを見て成長を感じる。以前なら絶対俺に任せきりだったのに……。
……なんだろうか。嬉しいハズなのに、寂しく感じる。
そうだ。俺はこうして、ワキちゃんが独り立ちするのを望んでいた。けどもしかすると、それと同時にいつも隣にいることを疑っていなかったのかもしれない。
「では、お部屋にご案内いたします。お荷物、お持ちしますね」
「はい、お願いします」
ウマ娘の従業員さんが軽々と荷物を持ち上げ、案内されたのは上の階でも奥の部屋。これはもしかしなくてもかなりいい部屋では。十二分な広さと、何故か部屋の奥に温泉が見えていたりする。
「では、何かあればお申し付け下さい」
「はい、ありがとうございます」
そうして従業員さんは去っていき。
……あれ。
「……そういえば、同じ部屋だな」
「お兄さん、ペアチケットですよ…?」
いやまあ確かにペアチケットで二部屋も取れたら意味不明だが。
ちょっと待て、この空気感で一緒の…?
「一緒に寝ろと…?」
「はい」
いい笑顔だった。可愛い。
い、いやまだだ。こんな時のために煩悩退散してきたのだ。多分座禅と精神統一をして過ごせば、なんとでもなるはずだ!
「じゃあお兄さん、温泉に入りましょう」
「うん?」
そんなことを考えている間に事態はさらに進んでいて。
するりとスカートを脱ごうとするワキちゃんの手を掴んで阻止。
「……あの、お兄さん?」
「ちょっと待て。なんでここで脱ぐ」
「だって、温泉が」
「部屋の温泉使うならあっちで脱げ! その間にトイレに籠ってるから!」
ダッシュで逃げようと試みるが、ウマ娘からは逃げられない。
細い指のどこにそんな力があるのかというくらいにがっちりと手を掴まれ、拗ねた顔のワキちゃんと至近距離で見つめ合う。
「――――お兄さん、私、無敗の三冠ウマ娘ですよね?」
「いや待て。ちょっと待て」
「混浴って、公序良俗に反するんですか? そういう仕組みなのに」
「待って、頼むから待って」
耳は絞るどころか萎れているが、それが逆に怖い。
もし泣かれでもしたら全面降伏するしかなくなる。
「分かった、入る。入るからバスタオルは巻いてくれ」
「………はいっ」
よかった……急に大人になったような気がしたが、中身はワキちゃんだった。
仕方がないのでワキちゃんに背を向けてさっさと脱いで先に入ってしまおう。要は甘えたいだけなので、お風呂でどうこうではないはず。
「エアグルーヴとも話して、可愛い下着を選んだんですよ」
「何の話!?」
「タイキが、好きな人と旅行するなら下着もちゃんと選ばないとダメデースって」
「そ、そうか。で、なんでエアグルーヴ?」
エアグルーヴと可愛い下着が謎のチョイスすぎる。
なんとなく聞いていいのか謎だが、気にはなる。
「最初はタイキと話してたんですけど……胸が大きいと可愛い下着がないらしいんです」
「お、おう?」
「だから、とりあえず近くにいたフクキタルにも聞いたんです」
「フクキタルの扱い雑だな……」
いつも通りとも言う。
「そうしたらフクキタルが、『可愛い下着で大切な人との関係が深まります』って……」
「ちょっと待って。今ヤツのトレーナーにアイアンクローを依頼しとくから」
『お前の担当が人の担当に下着で誘惑するようにアドバイスしたんだが』っと。
あ、すぐに返信が返ってきた。
『処しとくから許して。あと終わったら飯でも奢る』
『じゃあいつもの店』
これでよし。
と、メールを打つのに夢中になっていた俺は、背後から近づく担当ウマ娘に気づかなかった。
「……お兄さん、可愛いですか?」
勝負服カラーであった。
いや、うん。全く恥じらっていない相手を見ると自分もちょっと落ち着くかもしれない。
「可愛いよ。でもなんでエアグルーヴ?」
「フクキタルの言う可愛さが良くわからなかったので……」
あっ、はい。
招き猫柄のパンツとか穿いていそうな偏見がある。
「お兄さんにどうしたら可愛いって思ってもらえるかなって」
「お、おう?」
まあエアグルーヴなら詳しそうかな……。
「―――同じ無敗の三冠ウマ娘のシンボリルドルフ会長に相談してみたんです」
「何してんの!?」
突然押しかけて来た無敗の三冠ウマ娘(後輩)がトレーナーを誘惑できる下着について相談しにきた時の皇帝の心情…。
いや、前ダジャレを言い始めたきっかけは親しみやすくなりたいとかそんな感じだったから、もしかすると女子トークができて喜んでる可能性が……それにしても内容エグいな!?
「それに、シンボリルドルフ会長はお兄さんと仲が良さそうでしたし……」
「いや確かにエアグルーヴよりは仲いいけど」
ダジャレ的な意味でだが。
そしてそれ絶対おハナさんにも筒抜けになるヤツ!
「そ、それでルドルフはなんて…?」
もはや怖いもの見たさだが、ワキちゃんは軽く頷いてから言った。
「『一撃必殺の覚悟で立ち向かうのであれば、トレーナー君に選ばせろ』って…」
「殺意が高すぎる…っ!?」
確実に仕留めるための作戦か何かでは。
なるほど、それでエアグルーヴが仲裁してくれたというわけか。
「えっと『あのたわけなら察して逃げるでしょうから、今回はスズカらしい色でいいのでは』って」
「あ、うん。そうだね逃げるね」
今回は…?
なんか不穏だが、とりあえず――――。
「スズカ、身体が冷えるからそろそろ風呂に――――」
「はいっ」
寒いからとばかりにひしっと抱き着いてきたスズカに、無言で温泉に向かう。
そのまま全速力で服を脱ぎ捨てると、かけ湯だけしてお湯に滑り込んだ。
「あっ、お兄さん!?」
「ああいい湯だなー!?」
「待ってください、ズルいですよ!?」
「ズルくな――――ぶっはっ!?」
すぽぽーん、と下着を脱ぎ捨ててそのまま突入してくるワキちゃんに咄嗟に視線を逸らし。そのまま抱き着かれてお湯に沈む。
くっ、こいつ完全に昔の感覚でいやがる…。
人の気も知らないで、と若干の怒りを覚えつつも、仕方ないので持っていたバスタオルを押し付けた。
「ほら巻け。お前には羞恥心が足りない」
「……えー」
「モロ見えよりチラ見えの方が好きだ」
「……」
黙ってタオルを巻き始めた。ちょろい。
と、スズカは突然言った。
「お兄さんもおっぱい好きなんですか」
「何!? 急に何!? フクキタルか!?」
おのれフクキタル、この借りは必ず返す。
と、思っていたが。
「ドーベルが、男はみんな変態だから胸が好きなんだって。トレーナーさんも時々チラチラみてるらしいです」
「いやそれ暗黙の了解というか、なんというか……」
教えはどうなってんだ、教えは!?
なんで女子トークがそんなエグいんだよ。男のバカ話の方がバカなだけで平和な説あるぞ。
「……私、なんというか……子どもっぽいんでしょうか」
「えっ、あ、うん」
裸で突撃してくるヤツは子ども認定でいいんじゃないだろうか。
そう言うと拗ねてお湯に顔を鎮めてブクブクし始めるワキちゃんだが、夏ごろからか少し身長も伸びてきている。
「恥ずかしさを覚えたら大人なんじゃないか」
「……別に、はずかしくないわけじゃ、ないです」
振り返ると、お湯から顔だけ出したワキちゃんの耳は恥ずかしいからか萎れていて。仄かに赤く染まった頬と、潤んだ瞳が何故か普段よりも綺麗に見えた。
「………ただ、私がお兄さんと近くにいたらうれしいから。少しでも触れていたいから。同じようにお兄さんも、喜んでくれるのかなって」
「……」
――――ああ、もう。
嬉しくないはずがない。それだけ想われて。
ただ、あまりにも一緒にいすぎたから。独りでも歩けるようになって、別の選択肢も選べるようになってほしいと思う。
この娘の可能性を縛り付けるような真似はしたくない。
だから、もう少し。もう少しだけこのまま―――。
………
……
…
「はい、お兄さん」
「お、おう?」
お兄さんはあんまりお酒が好きではない。
弱いから飲みたくない、とのことだが――――商店街のおばさん曰くトレーナーさんにお酒を飲ませると本音が聞けるのだという。
飲みやすいお酒を教えて貰ったので、それをお兄さんに注いであげる。
……可愛い女の子に注がれたら飲むしかないと肉屋のおじさんが言っていたのだが、どうなんだろう。
……なんとなくお兄さんの視線が浴衣の襟とか脚とかに向いているので、多分酔っている。
「スズカ、ちょっと―――」
「はい、お兄さん。これが皐月賞の分です」
「うっ」
「はい、ダービー」
「ちょっ、待っ」
「菊花賞です」
「………」
「メイクデビューの時の」
「………ひっく」
「無敗の三冠の時の」
「無敗の三冠、良かったですよね」
「そう、だなー。あのスズカが、長距離だもんな……」
「お兄さん、私のこと……嫌いですか?」
「……好きだから困ってるんだろー?」
「………そう、なんですね」
「当たり前だろーが。何を今更……うっぷ」
顔を真っ赤にしてお水を飲むお兄さんは、なんだか可愛い。
そんなこんなで食事を終えて部屋に戻る。千鳥足のお兄さんを支えながら部屋に戻ると、布団が敷いてあった。
うん、聞けて良かった。
満足したのでもうお兄さんも寝かせてあげよう。
が。気が付くと私は布団に寝かされていて、その上からお兄さんが―――。
「あ、お、お兄さん…?」
ウマ娘なら押し退けることも難しくはないが、おもむろに抱きしめられるとそんな気持ちもどこかに消えてしまう。
「………あの?」
「無自覚に誘惑しやがってー……。………俺だってなー、抱き枕にしてーんだよぉ……」
「お兄さん…?」
「俺だってうまぴょいしてぇよぉ……」
これは……酔っ払い!
お酒くさい!
自分がガバガバ飲ませたせいなので文句は言えないのだけれど。お兄さんの手が変なところまでまさぐってくると、くすぐったさに負ける。
「お、お兄さんっ!? くすぐったいですよ!?」
「……すやぁ」
「寝てる……え。ウソでしょ……もしかしてこのまま……?」
結論、お酒を飲ませすぎてはいけない。
でもなんだかんだと久しぶりに密着して寝れたので大満足なのであった。