『―――無敗の三冠、サイレンススズカ!』
『ジャパンカップ、圧勝! サイレンススズカが欧州の雄ピルサドスキーに勝利』
『有マ記念出走回避!? ジャパンカップ激走のサイレンススズカ』
新聞も、雑誌も、ニュースでさえもサイレンススズカが独占していた。既に国内に敵なしとされ、海外遠征を明言されたことに誇らしさと同時に悔しさを感じずにはいられない。
骨折した左足が治るまで、徹底的に下肢の筋力を鍛えなおした。
持久力を鍛えるため、肺活量測定用のマスク(息苦しい)と機械を使って自転車を漕ぎ続け、サイレンススズカの超ハイペースに対抗するためのトレーニングを積んできた。
トレーナーもあのハイペースの化け物に勝つための資料集めからトレーニングメニュー、作戦までひたすらに考え抜いてくれた。
「そもそもハイペースに対応できないと勝負の土台にも立てない。サニーが勝つには、最低でもあのペースで潰されずにロングスパートをかけてハナを奪い続けて気持ち良く走らせないしかない」
「普通に考えれば共倒れがイイトコだけど」
「普通にやって勝てる相手じゃないからな。徹底的にマークして、嫌がることをやりぬいてようやく勝ちの目が無くはないくらいだ」
「まあ、そうだよね」
問題はそこまでやって消耗したところをまとめて差し切りそうなエアグルーヴやマーベラスサンデーがいることだ。……いや、マーベラスサンデーはサイレンススズカとの対戦歴がないのでもしかすると力を出し切れないかもしれないが……期待するべきではないだろう。後はマチカネフクキタルが菊花賞の時の好調を維持していれば最大のライバルになり得る。
「マチカネフクキタルは脚を痛めて多少は末脚が落ちてるみたいだが、骨折してる俺たちがこうして以前よりタイムを縮めていることを考えれば甘く見れる相手じゃない」
「エアグルーヴもスズカとの対戦経験ありになったしね」
結局、あの度し難いハイペースは実際に走ってみないと分からない。
必死に走る自分よりも速く、涼しい顔で走っていく栗毛。なんとか詰め寄ったかと思えば後方で脚を溜めていたかのような末脚。あれに対抗できるのは、ハイペースに適応できる純粋に速いウマ娘だけだろう。
慣れていなければ何もできずに置いていかれる。実際、皐月賞からダービーまで必死に鍛えてなんとかハナを奪う事だけはできた。
が、付け焼刃であの走りを模倣しきれるわけもなく、息が切れた自分と平然としているスズカではっきりと明暗が分かれた。
「まあ、菊花賞であの走りの謎は一つ解けた。長距離を走り抜けるスタミナと、息の入れ方。あの速さは天性のものだろうが、やったのはアイツだろうなぁ……」
今でも覚えている。
選抜レースを大差で勝利したサイレンススズカ。同時出走した相手どころか、見ていたウマ娘の心もへし折った怪物。
が、規則で一度は出走しろと言われただけで本人は幼馴染のトレーナー以外選ぶつもりはないという。トレーナーも最初は運がいいだけの奴だと思っていたそうだが。
「マイペースが速いからってそもそも大逃げさせるのが意味わからんが、そのハイペースで脚を溜める才能を持っているのを見抜いたのが一番の謎だ。そしてそれで長距離走るスタミナを乗せて無敵にしてやろうというのは……本当にただの新人か? 先行策ならもっと強い、という奴もいるが駆け引きのいらないアレは実力差のある相手には必殺の策だ」
普通、もっと速さだけを追求するとかパワーを上げるとか、見た目に分かりやすいとか確実に勝てるところを狙いに行くハズなのだ。スタミナとサイレンススズカの才能さえあれば全て磨り潰せる、などと地味ながら嫌らしすぎる考えにどうして至ったのか。
あるいは素人考えだからこそだったのかもしれないが、幼少期からトレーニングを見ていたらしいことは月刊トゥインクルのインタビューにも出ていた。
「でも、今回のジャパンカップで弱点は見えた」
「ああ。やはり日本ダービーの時が一番勝利には近かった。ハナを奪い―――サイレンススズカ以上のスタミナと根性で磨り潰す」
問題は、幼少期から長距離を想定してトレーニングしていたらしいサイレンススズカのスタミナの底が未知数なことだ。菊花賞のレコードでも、ジャパンカップの激走の時でさえ、上がり3ハロンのタイムは全く遜色ない。
つまり何も考えずに引き離しているようにしか見えないサイレンススズカだが、実は普通の脚質と同じである程度の可変性があるのかもしれない。詰め寄ったウマ娘はいるが、追い詰めたウマ娘はいないかもしれない。
もちろん、既に限界一杯で隠し玉なんて無いかもしれないが。
「あれでまだ全力じゃないとか、考えたくないケド……」
「後はジャパンカップのスタートが良すぎることだな。毎回アレをやられたんじゃ、スタートが得意なスプリンターでも連れてこなきゃハナを奪うのは不可能だ」
以前ならスプリンターならハナを奪える、と思っていたのだが。
欧州のラビット対策でスタートを鍛えている可能性もある。そうであれば次善の策。
「そしたら徹底的にマークして死ぬ気でついてく」
「独りで走りたい性質みたいだからな、多少は影響あると思うが」
何分、これまで練習はともかく本番でマークされた経験は皆無。
こちらが怪我している間、向こうがどう鍛えてきたのかは分からない。ただ、スズカに勝つためだけに死にもの狂いで鍛えてきた。
菊花賞時点でスズカに次ぐ走りを見せていたフクキタルより、ティアラ路線のドーベルより、何を考えているのか分かりにくいブライトより、短距離からマイルの覇者になっているタイキシャトルより、誰より危機感を持っていたのは自分だという自負がある。
「……ま、問題は出走してくるかどうかだけど」
「来なかったらどうしよっか」
できればそっちの方が楽だけど、と二人で目を見合わせて苦笑いした。
二人とも隠し切れない闘志を目に宿しながら。
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『さあ、いよいよ始まりますジュニア王者を決める朝日杯FS! 注目はやはりこのウマ娘でしょう! ここまで無敗、栗毛の怪物グラスワンダー!』
『実力は間違いなく抜きん出ています。懸念はスタートが得意ではないことくらいでしょうか』
『二番人気はこの娘、フィーロ』
『ここまで2戦2勝、グラスワンダーに対抗できるとすればこの娘ではないでしょうか。前回の走りはそんな才気を感じさせました』
『三番人気、アグネスワールド』
『同じく2戦2勝、注目のウマ娘です。既にGⅢ、函館ジュニアステークスに勝利している点も注目です』
『また、ハイペースな逃げで2連勝中の5番人気、マウントアラシにも注目です!』
『サイレンススズカと違って通常の大逃げに近いですが、今後にも期待できるでしょうか』
阪神レース場では観客席にリギルの面々(引率組と未デビュー組が中心)も集まっている。おハナさん曰く、応援以外に遠征に慣れるためだと言うが。……実は応援したいだけなのでは? わざわざそこそこのメンバーをここまで連れてくるおハナさんツンデレ説。
「ふむ。トレーナー君、どう思う?」
「グラスに匹敵するクラスの相手はいないな。後はスタートをどうこなすか……」
「確かにな。出遅ればかりは手遅れだ」
「このあたりスズカは天才肌だから役に立たないし」
スタートの悪い大逃げもツインターボとかがいるが、サイレンススズカはスタートから良い。が、本人は反射でやっているだけなので有用なアドバイスは出てこない。
左隣からぐりぐりと頭を擦りつけてくるスズカは適当に頭だけ撫でてスルーし、なんとなく退屈そうなトウカイテイオーを見る。
「テイオー、暇そうだな」
「それトレーナーが言う!? ボクだって早くデビューして走りたいんだけど!?」
だって本格化(?)しないとデビューできないし…。
メタ的に言えば2期にならないと。とはいえ1期でデビューだけはしていた気がするので、クラシック級に上がるまでに謎の空白期がある感じだが。
「まあ今のテイオーじゃルドルフにもスズカにも勝てないし」
「ムッカー!? カイチョーはともかくスズカには負けないもんね!」
挑発するとあっさりやる気になったテイオーが真剣な目をゲートに向ける。
ついでに褒められた(と思った)スズカの密着度が更にアップし、尻尾も腕に絡みついてきたが。
「というか、見た目アレだけど大丈夫…?」
「大丈夫じゃないが!?」
なんか最近密着度高い…!
なんか匂い嗅がれている気もするし、まさか悪化しているのか…? い、いやそんな。布団を犠牲に独り寝にある程度慣れさせたんだ、悪化するはずは…。
はあ、とため息吐きながらテイオーがスズカに言った。
「ねぇ、スズカ。トレーナー困ってるよ」
「………困ってますか?」
ちらり、と寂しそうな目で見られると「そんなことない」と言いたくなるが、心を鬼にして―――。
「ほら、手つないでやるから。レースに集中しような」
「はいっ」
「うわぁ……」
ダメだこりゃ、とばかりに呆れた目で見られているがお前の大好きなカイチョーもあの大先輩の前じゃルナちゃんだぞ。
『さあ、ゲートに入って体勢完了しました。GⅠ、朝日杯FS――――今、スタートです!』
そうこうしている間にレースが始まる。慌てて観戦スタイルになり、ビデオも回すとゲートが開いた。
グラスも問題なくスタートを切り、中団につける。
この時点で9割がた勝利を確信するが、逃げウマ娘のマウントアラシがハイペースの逃げに持ち込んだところでテイオーと顔を見合わせる。
それが、なんとなくスズカのペースに似ていたことで散々併走でぺしゃんこにされたグラスの闘争心を煽ってしまったのである。
どことなくオーラを纏った気がするグラスが一段ギアを上げる。
『さあ、前半800を通過しようというところ――――タイムが45秒台! やっぱり早い、早いこのペースがどんな効果を発揮するのか―――――』
『グラスワンダー早めに上がってきた! 上がってきたグラスワンダー! インコースにはアグネスワールド! さあ最終コーナーに入ってグラスワンダーが早くも2番手まで上がってきている!』
伊達にスズカやタイキと併走していない、とばかりにハイペースにも関わらず素晴らしい抜け出しを見せたグラスワンダーはマウントアラシの背後につけると、そのまま一閃。一瞬で抜き去って置き去りにしていく。
『ここからどこまで千切るんだグラスワンダー!? 行った、グラスワンダー完全に抜け出した! 1バ身、2バ身とリードを開いた! これは完全に決まった――――グラスワンダーだ! グラスワンダー、圧勝で今ゴール! 勝ちタイムはなんと……1分33秒1! なんという凄まじいタイム! 文句なしレコードです!』
「うわっ、強っ」
ちょっとテイオーの顔が引きつるくらいには完璧な抜き出し。
実際、史実でパーマーヘリオスの爆逃げコンビのハイペースに割と散々な目に遭わされている気がしないでもないテイオーにはまだないものだ。が、トウカイテイオー最後の有馬記念からしてパーマーのハイペースから、ビワハヤヒデの完璧にすら思える抜き出しを更に抜き去るだけのポテンシャルはある。
ので、スズカと併走させて強制的に慣れてもらうが。
「そうだ、帰ったらスズカとルドルフに併走してもらうか」
「え゛っ」
「ふむ、確かに私もテイオーの今の走りには興味があるな」
「走っていいんですか?」
走るのを制限されているスズカもこれにはご満悦である。
「……カイチョーに情けないところ見せられないからね! そう簡単には負けないから!」
「ほう」
「はい」
「……いやその、やっぱり手加減して欲しいカナーって」
やる気満々の二人にたじたじになりつつも、テイオーなら必ず敗北でも糧にできるだろう。むしろ今のうちに徹底的に打ちのめしておいて分からせたほうがいい気がする。
「スズカ、ルドルフに勝ったらご褒美な」
「……! 絶対勝ちます」
「ほう、そう簡単には勝たせるつもりはないよ」
意識がテイオーの実力を見ることから、無敗の三冠対決になりギアが一段上がる。まだジャパンカップ激走後、ルドルフもウインタードリームトロフィーがあるので二人とも本気は出さないというか出させないが。
と、レースから戻ってきた勝負服のグラスも乱入してくる。
「では、私も参加させて頂きたく」
「ダメ。レース走ったからプールな。そうだな、走る元気があるならいつもより3セット増やすか」
一応、歩容に乱れはない。
骨は今のところ平気そうだが、レース直後に走りたがるのはスズカだけでお腹いっぱいである。
「………」
「できるよな?」
「で、できますよ…?」
グラスが思わず無言になるくらいにはガチできついプールメニュー(もとはスズカ用)、ちょっと笑顔が引きつっているグラスだが、ロングスパートをかけられるくらいにはスタミナも向上しているので良いだろう。
ちなみにスズカとルドルフの決戦はほぼ互角で最終直線に入り、デッドヒートになりそうなところで強制的に中止になるのだった。
有マ記念に…
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出走する
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回避
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スズカに任せる