年明けの話 / 初詣
年末は大掃除したり、デートに行って和服とふわもこパジャマを買ったり、あまりの可愛さに抱きしめて愛でまくったらトレセン学園でも流行の兆しがあるとのこと。
そして、年越しそばを皆で啜って、年末特別番組で今年のレースの振り返りを見たり、年越しした後二人で寝たり。そんな翌朝。
つまるところ、新年である。
「お兄さん―――どうですか?」
和服が……似合う…。
緑の振袖姿のスズカは、なんというか大和撫子のようであった。頭サイレンススズカなのに。
もともと細くて綺麗なボディラインが更に強調され、折れそうな儚さと凛々しさが共存。抱きしめたら折れてしまいそうな、でも抱きしめたくなるこの感覚。
綺麗だ、とか。可愛い、とか。
色々な感想が湧いては消えていく。つい抱きしめるように上げてしまった腕を見て、笑顔で飛び込んでくるスズカの重みと、ほんのり甘く感じる香り。
「……その、なんだ。すごく似合ってる」
「お兄さんも。やっぱり似合います。……カッコイイ、ですよ?」
スズカとのデートで寄った和服店で振袖を買うと同時に、スズカに着て欲しいと言われた袴である。少し照れたように言うスズカに、知らず知らずのうちに腕の力が強くなり。
「お兄さん、ちょっと苦しいです」
「うっ、ごめん」
そう言いながらも、耳が満足そうなスズカである。
というかスズカの力の方が強いので、下手すると内臓が飛び出そうだが。顔を擦り付けてくるいつもの甘え癖と合わさるとなんとなく心地よいような気もしないでもない。
「さ、さて。そろそろ行くか」
「……このまま行きますか?」
ちょっと悪戯っぽい顔でそんなことを言うスズカ。
くっ、なんか知らぬ間に手ごわくなって…。
「いきません」
「残念です」
するりと自然に腕に絡みついてくるスズカに何か言う気にもなれず、とはいえいつもと違う履物で歩きにくいスズカに合わせて少し歩調を緩めて歩く。
「……私がお兄さんに合わせてもらうの、なんだか新鮮です」
「いつも走ってくスズカに合わせて俺も走ってるイメージしかないけどな」
ワキちゃん、というかスズカが俺に合わせてくれたことあったか…?
スズカもちょっと思案顔になった後、ちょっと唇を尖らせて言った。
「いつも、お兄さんと走る時は手加減してますよ?」
「……そうだったな」
どれだけだって速く走れる、そんなスズカが一緒にいるのは、やっぱりそういうことなんだろう。腕が強く引かれ、不安げに揺れるスズカの瞳は、それでも綺麗だった。
「お兄さんと、一緒に走りたいんです。一緒に歩きたいんです。一緒に立ち止まって、星を眺めたり……眠る時も一緒がいいんです。貴方と、ずっと一緒に景色を見ていたい―――――わたし、我儘ですか?」
「本当に、寂しがりだな」
スズカの、スズカだけが見せてくれる走り。その景色を、俺もいつまでも見ていたいから。今は、まだ。
「だから――――見に行こう。一緒に、最高の景色をさ」
世界だろうが、凱旋門だろうが、アメリカだろうが。
サイレンススズカの夢の走りが、全てを叶えたその時には――――。
「……お兄さん」
「ん?」
「むぅ~~~~っ!」
「何だよ」
本当は分かっている。
スズカも、俺も。俺が今、その気持ちに応えられないことも―――スズカにとって、困らせない範囲での精一杯の告白だったことも。
顔を真っ赤にしてぐりぐり頭を擦りつけてくるスズカだが、尻尾は絡んでくるし耳は機嫌よく動いているので怒ってはいないらしい。
「……俺の夢は、お前しかいないよ」
「じゃあ、チューしてください」
「油断も隙も無いな!?」
なんでこの流れでチュー!?
「だってお兄さん、グラスともテイオーとも仲がいいですし……桐生院さんとデートしてましたし」
「まだ根に持ってたのか…」
あの時はスズカはもっとお子様だったし、仲良くなった桐生院さんとカラオケとしゃれこんだのだが、電話で練習は休みと伝えたのに、家から急に電話が掛かってきたと思ったら一人で泣きながら練習していたスズカ。
「――――最近教えて貰ったんです、男の人には『責任を取る』というのがあるって」
「あ、うん」
それ多分、これ以上何もしなくてもかなりあられもない姿を見ている俺には適用されてる気がする。言わないけど。
「チューするか、うまぴょい?するかだそうなので――――チューしてください」
「ダメ」
「じゃあうまぴょい?でもいいです」
「もっとダメ」
こんなんだからキスもできないんだよなー、という呆れた目を向けてやると、なんとなく通じるものがあったのか少し怯んだスズカだが。
「お兄さん、私に勉強教えてくれたことありましたよね」
「うん、まぁ……」
「うまぴょいも教えて―――」
「ダメ」
「………ケチ」
「阿呆」
もう俺頑張ったよ……。
コイツが卒業する前に、夜のお店に行って発散してきてもいいのでは? この阿呆に手を出すよりはよっぽど良心的かつ道徳的な気がする。
「……チュー…、したいですー……うまぴょい……」
「さーて、そろそろ神社が近いから静かにしろよー」
「……はい」
「さて、まずは参拝してからかな……」
朝早い時間、普段のランニングの時間なので比較的人は(正月の割には)少ない。
それでもそこそこいる人たちから視線を集めまくるスズカ(とついでに俺)は、応援の声を掛けられたり冷やかされたり(なおスズカが冷やかしに気づいた様子はない)しながら参拝の順番になり。
(……スズカが怪我無く走り切れますように)
とりあえず500円玉を放り込んで真剣に祈る。
後は一番よさげな健康祈願のお守りも買うとして――――隣で万札を賽銭箱に入れるスズカを思わず二度見した。
「……お兄さんがお嫁さんにしてくれますように」
「お前……何祈ったの?」
「……ダメです。教えません」
つーん、と珍しくそっぽを向いたスズカ。
まあレース関係ではないんだろうな、というのは察しがついたので触らぬ神に祟りなし。そのまま健康祈願のお守りを何個か購入し、ウキウキで恋愛成就のお守りを買っているスズカに押し付ける。
「持っとけ」
「はい」
そのままおみくじを引き――――俺は吉、スズカは大吉だった。のだが。
「お兄さん……恋愛運が『待たされる』って書いてあります…!? ウソでしょ……大吉なのに!?」
「あ、俺は『好意多し』って」
他の事は大体良いことが書いてあるのに、恋愛だけアレなのはなんとなく面白い。
「……も、もう一回」
「大吉なんだしいいだろ。ほらここ、『夢かなう』って」
パアッと顔が明るくなるスズカと頷き合う。
(レースもばっちりだな!)
(お兄さんと……!)
SNSでスズカは御神籤の結果を投稿し。
何故か俺が『待たせるな』とかなんとか煽られることになるのだった。
………
……
…
「――――仕事が終わらん」
なんでこんなに仕事が? と疑問を抱くが、要は冬期休暇中のトレーニングメニューだったり、予算の関係だったり、年明けのレースの出走申請だったり、海外遠征のために必要な書類だったりする。後はスズカへの取材依頼とか、CM依頼とか。
休養も大事なのでトレーニングが休みの日に、スズカのストレスと相談しながら予定を立てる。
とはいえ、CMについては出たいのがあるかスズカの意志を尊重するが……ブライダル系のはあらかじめ省かせてもらうがな!
それでもGⅠ開催期間なら割と自重してくれている依頼も年末年始ならいいだろ! 休暇中だろ! とばかりに押し寄せてきやがったのである。あのルドルフ会長ですら「すまないが支障のない範囲で出てくれると助かる」と頼んでくる始末。
まあトレーニングは一般人で週に2~3回、アスリートでも週に5回程度でいいとされている。よって2日は休みがある。
スズカとは主に月曜:芝 火曜:プール 水曜:休み 木曜:ダート 金曜:プール 土曜:休み 日曜:坂路/半休 というようなスケジュールにしている。他に筋トレとか、ストレッチとか、ラジオ波(要は電気で筋肉を温める)とかを織り交ぜるわけなのだが。
休みの前日がプールで死ぬほど身体を酷使することになっているので、流石のスズカでもあんまり激しい運動はできない。というかさせない。
筋肉痛でベッドの上でビクビクしているスぺちゃんの映像を心配そうなスズカが送ってきたときには笑ってしまったが。
『トレーナーさん…! スぺちゃんが変なんです……!』
『………ぅぎぎぎ……うごけません……っ』
「筋肉痛だよ」
最近ではすっかり「ちょっと痛いかも」みたいな感じになってるスズカも、最初は「うごけないからおぶって(又は抱っこ)!」と大騒ぎだったのだが、すっかり忘れているらしい。
「タキオンと開発中の“塗るロイヤルビター湿布”ならあるけど」
『なんだか名前からして嫌な予感しかしません…っ!?』
『お兄さん、スぺちゃんが可哀そうなので分けてもらっても…?』
とりあえず身体にいいものを全部詰め込んだ結果、異臭を放つという年頃の少女にとっては致命的すぎる副作用があるのだが、筋肉痛には抜群に効く。これと普通のロイヤルビタージュースで身体の内と外から魔改造するのが主な目的になる。
なお俺のアイデアで、使用者の好きな匂い(例:マンハッタンカフェはコーヒー)に調整して近づけることで使用者の不快感を抑える効果はできたのだが――――周囲にヤバい顔をされたカフェがキレ、タキオンは『お友達』に粛清された。
スズカに使ってない理由は、一緒にいる俺が辛いからが一つ。
あとそこまでスズカを消耗させてないからがもう一つ。
というわけで、一応俺の手元にも使っていない『塗るロイヤルビター湿布(スズカ用)』はある。正直、スズカと同室のスぺちゃんに使うならこれしかないんじゃなかろうか。スズカに迷惑だろうし。まあ今のスズカは新学期までウチから送迎してるのであんまり気にしなくていいのだが。
「まあ、新学期じゃないからチームメンバーにドン引きされる程度だよ」
『ひええええ!?』
『でもスぺちゃんは今日も練習があるって……』
だから休みの前日にしとけって言ったのに…。
というわけでスズカ用のそれをスズカに速達してもらい。
使用法が分からないということで、裸に剥かれたスぺちゃんが映らないように調整したスマホ通話状態で塗ることになった。何のプレイだこれ。
『あっ、なんだかお兄さんの匂い……?』
『お兄さんこんな激臭じゃないですよね!?』
「なんか深刻な風評被害を感じる…」
よく考えたらそうなるよなぁ!?
ターフかいちご大福の香りかな、とか考えていた俺が甘かった。
しかし電話越しのスズカはうっきうきである。
『じゃあスぺちゃん、塗るわね!』
『なんでスズカさん楽しそうなんですか――――ふぎゃぁああ!?』
「あ、言い忘れてたけどめっちゃ沁みるから」
……でもその臭い、スぺちゃんが付けてたらヤバイのでは?
『ひいいいっ!? 沁みる、沁みます! スズカさん、そこまで塗らなくていいですからぁ!?』
『お兄さんのー、においー』
「おーい、スズカー?」
『ひぎぃ!? なんだか感じたことないくらいスースーしますぅ!?』
『はい?』
「あのな、筋肉痛で痛いところだけ塗ればいいぞ」
場所によっては悶絶するほど沁みると思うので。
『痛いところ……脚と、あとは、お尻……?』
『待って下さいスズカさん! そこはいいです、いいですからぁ!?』
「スズカ、粘膜には塗らないようにな。いや本当に」
『……ねんまく?』
「お尻の穴とかの、皮膚が薄い場所な」
『あっ』
「えっ」
『~~~~~~ッ!!???』
結局、スぺちゃんは練習を休んだ。
次の日、「なんだか釈然としないくらい体調がいいんです……体も軽いですし」と微妙な顔で語ってくれたが。
でもなんか普段よりスキンシップが濃密なスズカに構ってもらえたので割と満更でもないような様子だった。