異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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睦月の再起 / 弥生賞

 

 

 

 

 

 

――――ドバイシーマクラシック。

 

 

 芝2410m、本来はまだ国際GⅡにすらなっていないレースであるが―――この世界においては、既に国際GⅠ競走かつ芝のレースとしては世界最高額の賞金となっている。

 故に、本来であれば出走していない昨年のBCターフの覇者、チーフベルハートも出走を表明。

 

 

 

 日本の無敗五冠ウマ娘サイレンススズカ、米国の芝の覇者にしてカナダ二冠ウマ娘のチーフベルハート、実質芝の世界最強決定戦と盛り上がりを見せる世間には関わらず、スズカは落ち着いていた。

 いつもの通りに走って、流して、休む。タイムも落ち着いているし、捻挫も軽傷だったお陰でフォームへの影響もない。いい具合に調整できていた。

 

 

 

「え。タイキもですか?」

「おハナさんから連絡があってな。ドバイターフも獲ってこいって」

 

 

 

 最早国内に敵なしの最強マイラー、タイキシャトルと最強ステイヤー(?)のサイレンススズカ。二人で蹂躙してこいとのお達し…というのは半分冗談である。タイキがやる気があること、あと帯同者がいれば少しは負担も減るだろうという事情もあった。

 そして普通に勝ちそうなタイキシャトルである。こわい。

 

 

 

 

「そうですか」

 

 

 

 

 

 一応、チーフベルハートについても調べてある。脚質は差し、BCターフでは4コーナーで早めに先団につけるとそのまま粘る前を差し切って勝利していた。

 タイムはなんと前年のピルサドスキーの2分30秒2を6秒以上縮めた2分23秒92。現時点でのBCターフのレコード保持者である。

 

 

 ちなみにスズカはレース場こそ違えどもジャパンカップで2分20秒6と頭サイレンススズカな記録を打ち立てており、ちょっと意味不明である。

 

 後方脚質である以上は逃げウマ娘によってペースは左右されるわけで、一概にスズカが上とは言えないわけなのだが。それでも1秒違えば5~6バ身ほどの差になると思われるので、大差ということにはなる。

 

 

 

 

「お兄さん。実質的な芝の世界最強決定戦、だそうですね」

「ん、ああ」

 

 

 

 

 意外だ。全く気にしているようには見えなかったのだが――――と、ご機嫌に耳と尻尾を動かすスズカは言った。

 

 

 

「つまり、ご褒美も最強(唇にキス)―――ですね」

「無いよ」

 

 

 

「うそでしょ…」

「だってお前、まだ凱旋門賞とBCがあるからな」

 

 

 

 

 ドバイでキスしてたら、その次は……なんだろ。ディープキスとうまぴょい? いやそれこっちのご褒美だし、何か考えないといけないが。

 

 

 

 

「むぅ……じゃあ、えっと………何ならしてくれますか?」

「えー」

 

 

 

 別にお子様じゃないのでチューくらいなら別にいいのだが、それ以上になると流石に不味い。けど間違いなくエスカレートするだろうし…。むぐぐ。

 

 

 

 

「……じゃあ、怪我無く勝ったらチューな」

「―――――いいんですかっ!?」

 

 

 

 

 ぱぁっ、と顔を輝かせて喜ぶスズカになんとなく気恥ずかしくなる。そんなに喜ばれるとなんというか、調子が狂う…。むしろこっちが大喜びしそうなご褒美なのだが、手は出せないので拷問としてはパワーアップしている。

 

 

 

 

「とにかく、理事長の厚意でドバイ風の芝も用意してくれてる。しっかり練習して慣れて、レースに備えるぞ」

「……………」

 

 

 

 なぜだろう。返事が無い。

 

 

 

「……スズカ―?」

「――――お兄さん、チューって好きな人にしかしませんよね…?」

 

 

 

 

 それは何か、「私のこと好きですか?」と聞いておられる?

 かつてなく真剣な顔だった。

 碧く澄んだ瞳に映った自分の顔が、この子にはどう見えているのだろう――――そんな埒も無いことを考えて、嘆息した。

 

 

 

 

「どうだろうなー」

「……お兄さんがおっぱい大きい方が好きなのは知ってますけど。でも、私だって無いわけじゃ……」

 

 

 

 いや、手で強調されても普通に困るから…。

 まあ好きだけども。それはそれとして、スズカのおっぱいも好きかと言われたら―――。

 

 

 

 そんなの言えるわけがないだろう。

 もちろんぶっちぎりでウチの担当が一番可愛いのだが! だが!

 

 

 

 

「ちゃんと言ってやるから、絶対無事に勝ってこい」

「……約束、ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「そうだ、スぺ! そのまま一気にいけ!」

「―――根性ぉぉぉっ!」

 

 

 

 弥生賞、そしてその先の皐月賞を想定し、坂路を中心にメニューをこなすスペシャルウィークだが、ここで一つ問題があった――――。

 

 

 

「流石の気迫ですわね」

「そだなー。ま、皐月賞は内を抉ればなんとかなるんじゃねー?」

 

 

「そんな適当なことを言うのは貴女くらいですわよ……」

「言うだけじゃなくて、やって見せるぜゴルシちゃん!」

 

 

 

「これは負けていられないわね……」

「俺たちも早くデビューしてーよなー」

 

 

 

 

――――そう、本格化しているウマ娘がスペシャルウィークしかいないのである。軽いランニングくらいなら良いが、実践的な併走となると少し無理がある。

 

 本当なら、アイツ(スズカトレーナー)とも話した通り、キングヘイローやセイウンスカイを中心に対策を立てておきたい。特に強い逃げウマ娘との対戦経験は是が非でも欲しいものだが―――。

 

 

 

 

 頭に浮かぶのは、スぺのルームメイトでもあるサイレンススズカ。

 が、アレを逃げウマ娘と呼ぶのはかなり問題があるし、ドバイに向けて練習している別チームの、国内最強と言っていいウマ娘に頼むのは流石に―――おハナさん、というかリギルも他に逃げが得意なウマ娘は特にいないしな…いや、マルゼンスキーもいるが、サイレンススズカと同じで技巧系の逃げではない。

 

 

 

「というわけでお前ら、本格化してる逃げウマ娘の知り合いとかいるか?」

 

 

 

 顔を見合わせるスピカメンバーたちは、徐に口を開いた。

 

 

 

「「「「スズカ(さん)(先輩)…?」」」」

「それがちょっと無茶だから悩んでるんだが……」

 

 

 

 

 一体どこに弥生賞のために無敗の五冠ウマ娘を引っ張ってくるヤツがいるというのか。せめて凱旋門賞とかのためなら分からないでもないが。

 

 

 

 

「うっし、ゴルシちゃんに任せときな!」

「とりあえずその頭陀袋はしまってくれ。頼むから」

 

 

 

「ちぇー、仕方ねぇな」

 

 

 

 

 万が一怪我でもしたらバッシングどころの騒ぎじゃないからな。

 ゴルシも本気じゃないのか応じてくれたところで、扉があいた。

 

 

 

 

「……あの、呼びましたか?」

「お邪魔しまーす」

 

 

 

 噂をすればなんとやら。

 ジャージ姿のサイレンススズカと、そのトレーナーが何やら重そうなものを持ってきていた。

 

 

 

 

「おっ、なんだよオメーら。ちょうどいいタイミングで手助けに来るとはやるじゃねぇか」

「別に手助けに来たわけじゃ……無くも無いけど」

 

 

 

 

 わざわざウォーターサーバー?を手に持つトレーナー(スズカが持ちたそうにしている)がそれを机の上に置き、中から怪しげな緑の液体を紙コップに出す。

 

 

 

「というわけで、試供品の『バイタル20』です。濃度20%ロイヤルビタージュース配合、そんなに臭くないしそんなに不味くない、栄養ドリンク風の仕上がりなのでぜひ」

「ぜひ」

 

 

 

 

 ニコニコ顔で勧めてくる二人だが、ロイヤルビタージュースと聞いた瞬間にほぼ全員そっぽを向く勢いである。

 

 

 

「うわあ」

「うっ」

「あっ、急に用事を思い出しましたわ~」

「おっと、ゴルシちゃんカツオ釣り漁船に乗る予定が」

 

 

 

 

 

「はい、スぺちゃん」

「ス、スズカさん………これ、苦いですか…?」

 

 

 

 

 憧れの先輩に笑顔で差し出され、拒否もできずに受け取ってしまったスぺに哀れみの籠った視線が集まる。

 が、スズカは笑顔のまま自分の分をコップに入れると、そのまま呷った。

 

 

 

「青汁みたいな感じかしら…?」

「……わかりました。飲みます!」

 

 

「「「おお」」」

 

 

 ぐいっ、と勢いよくいったスぺに思わず感嘆の声が出る面々。

 スぺは難しい顔で少し悩んだ後、静かにコップを置いた。

 

 

 

「確かに……あんまり苦くないですし、あんまり不味くないですね……。あ、なんとなく元気が出るようなそうでもないような……」

 

「やっぱり効果も2割くらいなのがな…」

「これ以上だと、ちょっと辛いですからね」

 

 

 

 

 なんでこの二人はそんな実験じみたことまでしているのだろうか。

 と、そんな疑問が顔に出ていたのか後輩は自分でも一杯飲みながら言った。

 

 

 

「まあ、怪我予防のためにアグネスタキオンと協力してまして…。医食同源、スズカの骨を食べるものから丈夫にする作戦です」

 

 

 

 どうやら走るためだったらしい。

 納得というか、なんというか……。こいつ、スズカのためなら割となんでもやるな。そのうちタキオンに変なもん飲まされて七色に光り出しそうである。

 

 

 

 

「ちなみに骨に重要なのはカルシウムとビタミンD,Kだからドンキー〇ングは骨が丈夫って覚えるといいぞ」

 

「な、なるほどー」

「お兄さん、栄養学の授業はやらないですよ…?」

 

 

 

 

 

 

 いや、そういうことなら――――。

 

 

 

「なら、協力する代わりにちょっと併走に付き合ってほしいんだが」

 

「「はああっ!?」」

「俺たちを売る気かよ!?」

「酷いわよ、トレーナー!?」

 

 

 

 案の定、非難囂々という感じだったが。

 

 

 

「お前らな、スぺのために一肌脱ぐくらいの心意気はないのか?」

 

「うっ」

「そうは言われても……」

「仕方ねぇな、ゴルシちゃんに任せな」

「……わ、私だって負けませんわよ!」

 

 

 

 

 と、なんやかんや仲間想いのスピカメンバーの協力もあり――――。

 普通にスズカが乗り気だったので、併走することになった。

 

 

 

 

 

 

――――の、だが。

 先頭を取って、超スローペースに持ち込んだスズカに合わせてしまい。

 

 

 

「――――こ、根性ぉぉぉ~~?」

「スぺちゃん、それだと追いつけないわよ」

 

 

 

 

 イマイチ不完全燃焼、という顔で戻ってきたスぺに、まさかの普通の逃げを打ったスズカ。啞然としていると、後輩はちょっと微妙な顔で言った。

 

 

 

 

「まあその、俺に合わせて走るために手加減してくれるようになりまして……絶っ対に追い抜かせてはくれないんですが」

 

「お前それ普通の逃げもできるだろ……」

 

 

 

「スズカが楽しくないのでダメです」

「あ、そう……」

 

 

 

 曰く「お兄さんに追いかけてもらうのは楽しいです」とのこと。

 その後、ペース配分で遊ぶスズカに時間いっぱい翻弄され、ついでにバイタル20もたっぷり摂取させられたスぺなのであった。

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

『―――さあ、今年も始まります! GⅡ弥生賞! 皐月賞に向けて、今年も期待のウマ娘たちが集います! 注目は何といってもスペシャルウィークでしょうか!』

『そうですね、あのサイレンススズカも注目している期待のホープです。前走のきさらぎ賞では見事な勝利を飾っています』

 

 

 

 

 春の中山レース場――――昨年はスズカが寝ぼけてゲート潜りをした、割と因縁のあるレースでもある。

 そんなレースに出場するスペシャルウィークを応援しに、俺とスズカは控室を訪れていた。

 

 

 

 

「う、うう……緊張しますー!?」

「スぺ、お前な……重賞ならこの前勝っただろ?」

 

 

 

 これには沖野さんも呆れ顔である。

 なんできさらぎ賞で結構な勝ち方をしているのにこんな緊張してるのか。

 

 

 

「だ、だって今回はセイちゃんとキングちゃんもいますし…! スズカさんも勝ったレースですから、絶対勝ちたいんです!」

 

「スぺちゃん、私はその……あんまり自慢できる感じじゃないというか……」

 

 

 

 まあゲート潜るウマ娘なんて普通いないからな…。

 馬ならまあいないこともないみたいだが。

 

 

 

「スぺ、真似してゲート潜るなよ…?」

「流石に潜りませんよ!? ……あっ」

 

 

 

 微妙な顔になったスズカは、先輩モードを投げ捨ててぐりぐりと頭を擦り付けて甘えてくる。つい可愛さのあまり頭を撫でてしまうのだが、急に止めるとスズカが拗ねるのでこれは仕方ないのである。仕方ない……。

 

 

 

 

「はー、それくらい懐かれるとトモの確認とかも楽そうだよなー」

「まあ触りますが…。先輩は許可取らずに触るのが問題なのでは?」

 

 

 

 

 張りの確認とか、熱感を見たりとか、触診は基本ではある。あんないやらしい触り方はしないが。

 

 いきなり背後から触ったら多分俺でも蹴られる……蹴られるよね?

 視界に入っていれば蹴られはしないと思うが、それはそれとしてセクハラである。話してから触る分にはトレーナーとしての処置だが。

 

 

 

 

「お兄さんなら触ってもいいですよ?」

 

 

 と、尻尾をふりふりと誘うように振るスズカだが、お前がそれをやるとちょっと色気があるので本当にやめて欲しい。

 

 

 

 

「よし、スズカがよろしくない行動を取るたびにポイントを溜めて、5ポイントになったら俺は夜のお店に行くからな」

「ウソでしょ……」

 

 

 

 

 だってお前、最近本当に調子に乗りすぎだからな…!

 俺だって辛いんだよ、マジで!

 

 

 

「ちなみに夜のお店って…?」

「めっちゃ女の子とベタベタする店だな」

 

 

 

 と、店に行ったことありそう(偏見)な沖野さんの割とマイルドにしてくれたコメントである。

 

 

 

 

「……? お兄さん、私がいくらでもベタベタしてあげますよ…?」

「はい1ポイントォ!」

 

「ウソでしょ……」

 

 

 

 確かに普段から割と過激なことしてるけども。

 

 

 

「ふふふ……スズカさんもお兄さんも、いつも通りですね」

 

「そうかぁ…?」

「そうかしら…?」

 

 

 

 

 

 と、スぺちゃんは笑ってくれるが。

 スズカはちょっとアバラがミシミシいってるのでちょっと手加減してほしい。

 

 

 

 

「頑張ってきてね、スぺちゃん」

「―――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ四コーナーを回ってセイウンスカイ先頭、差が3バ身、4バ身と開いた! 内からキングヘイロー、外からはスペシャルウィークが追う!』

 

 

「このまま――――貰った!」

「くっ、追いつけない!?」

 

 

 

 

 

 最終コーナーを回って、セイウンスカイはスローペースで溜めていた脚で一気にキングヘイローを突き放し―――――瞬間、猛烈な勢いで背後に迫る足音を聞いた。

 

 

 

 

「――――根性ォォォッ!」

「っ!?」

 

 

 

 

 

(そんな、十分ペースは落とした。これでここまで詰め寄ってくるなんて)

 

 

 

 

 作戦は十分に機能していた。

 実のところ、スローペース対策で早めの仕掛けを練習した成果もあるのだが―――それを正面から打ち破ってくるスペシャルウィークの末脚は脅威としか言いようがない。セイウンスカイが自分に足りていないと思っている才能―――実のところ、クラシック二冠を取れるレベルを才能が無いと言ったら世のウマ娘たちが憤死しかねないが―――を、輝かしいばかりに持っているように思える。

 

 

 

『セイウンスカイ先頭! 一気にスペシャルウィーク! スペシャルウィーク来た! 差がまだ3バ身!』

 

 

 

(でも、そう簡単には――――負けないよ!)

(勝つんだ! 勝って、私もスズカさんと同じように――――日本一のウマ娘に!)

 

 

 

 

 

 

『2バ身、1バ身、半バ身、一気に交わした! スペシャルウィーク差し切ってゴール!』

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――嫌になるなぁ、ホント)

 

 

 

 

 少しの落ち込みと、溢れんばかりの悔しさ。

 それを胸に、セイウンスカイは空を見上げた。

 

 

 

 

 

(………皐月賞は、勝たせてもらうからね。スぺちゃん)

 

 

 

 

 

 

 予想よりも、ずっと強いライバル。

 けれど、二度負けるようじゃ、頭脳派の名が廃る。

 

 

 

 

 

 

 






チーフベアハートについて調べてたら全然分からなかったので止まってました…。
BCターフの勝ち方くらいしか参考にならないですねこれは。




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