「惜しかったなぁー、もうちょっとで勝てたんですけど……でも、日本一になるためには落ち込んでなんかいられませんよね!」
「スぺちゃん…」
皐月賞の後。
無理に強がっている感じのするスぺちゃんに、けれど掛けてあげられる言葉が見つからなくて。お兄さんにメールを送ると、快く承諾の返答が返ってきたので今日はスぺちゃんと過ごすことにしたのだが――――。
『お兄さん、スぺちゃんを励ます方法ないですか?』
『悔しい時は泣いた方が良いと思うが。とはいえお前はスぺちゃんの憧れだからな、そういう場合だと吐き出しにくいもんだ』
『そうなんですか?』
『テイオーがルドルフに弱音を吐くようなもんだ』
『それは確かに……じゃあどうしたらいいでしょうか』
『頑張れ』
『お兄さん!? こんな時までいじわるしないで下さい』
『俺に乙女心が分かると思うか?』
『私が大好きなんですから、大丈夫です。もうちょっと自信を持ってください』
『じゃあ俺が大好きなお前も大丈夫だから自信持て』
ちょっぴり背伸びして送ったメッセージに返ってきたお兄さんからの言葉に、心臓が跳ねた。
「うぅ~~~っ」
なんなんですか、最近のお兄さんは……!
嬉しくて、でも恥ずかしくて、きゅぅっと切なくなるような、チューして抱きしめてほしいような……。
『お兄さん、チューしたいです』
『スぺちゃんはいいのか?』
『チューしに来てください』
『女子寮には入れないからダメ』
『じゃあ明日いっぱいしてください』
『……お前さ、頼むから俺以外にそういうの言うなよ』
『お兄さん以外としないですよ?』
『とりあえず応援してる』
……? お兄さん、もしかして恥ずかしいんでしょうか。
ふふふ……ちょっぴりいじわるしちゃいましょうか。
『お兄さんとしかチューしないので、寂しがらないで下さいね?』
『スズカのぱかプチめっちゃ可愛い。抱き心地最高』
「お兄さん…っ!?」
写真付きで送られてきたのは、お兄さんに抱きしめられて笑顔の私――――じゃなくて、ぱかプチ。うそでしょ……浮気!?
即座に電話。幸いにもお兄さんはすぐに出た。
「お兄さんっ!」
『あー、よしよしスズカは可愛いなー。えっ、チュー? 仕方ないなー』
「お~に~い~さ~ん~っ!」
バシバシバシ、と枕をベッドに打ち付けて激情を少しでも発散しようとするけれど、壊れないように気を遣うのであんまり意味も無く。
そんな優しい感じでチューしてくれるなんて、私には無いのに!
「だ、大丈夫ですかスズカさん…?」
「スぺちゃん、お兄さんが酷いの! 私のぱかプチに浮気してる!」
「それ浮気なんですか…?」
「私の方がぎゅーってしてほしいのに! お兄さんのばか!」
ふんす、とスマホの通話を切って。
ちょっと苦笑しているけれど、さっきよりは元気そうなスぺちゃんを見てなんとなくむず痒い気分になる。
お兄さんは本当に。頼りになるけど、いじわるで…。
「スぺちゃん、慰めて」
「もう、スズカさんったら……」
むぎゅーっとスぺちゃんと抱き合うと、存在感のある胸になんとなく触れてみる。
むむむ…。ふにゅふにゅしている……。
「これが、お兄さんの好きなおっぱい…!」
「スズカさん!? ちょっ、ダメですよ!?」
自分の胸を触る。
……まあ、無くはない。やわら……か……かた………。
「あ、あのースズカさん…」
「ぬいぐるみの方が、やわらかい………?」
「いやスズカさん、そんなこと無いですから! 大丈夫ですよ、男の人はおっぱい大好きってお母ちゃんも言ってました…!」
「おっきいおっぱいが大好き…?」
「言ってないです!」
「スぺちゃん、おっぱい頂戴…?」
「あげられません!?」
二人でわーきゃーと騒いで。
ちょっぴりすっきりした顔のスぺちゃんが、でもやっぱり門限の少し前に抜け出すのを寝たフリをしたまま見送る。
………やっぱり、私にトレーナーさんが必要なように、スぺちゃんもトレーナーさんとじゃなきゃダメなことがあるのかな……。
――――――――――――――――
――――俺の指導不足だぁあああっ!
皆が叫びたいことを叫ぶ大樹のウロ。
トレーナーさんと二人で涙を流し、ダービーでの再起を誓って。
そうして話し合ったのは、“領域”のこと。
どうしてもセイちゃんに勝ちたくて、追いつけそうになくて――――いつも、スズカさんを追いかけている時に感じる”熱“に身を任せた結果、突入できた領域。
「まあスズカの――――スペの言ってた領域の複数発動…? は意味不明だが、ダービーでもあの感覚を使いこなすのは最低条件になるだろうな」
「……な、なるほど! それで、どうすれば使いこなせますか!?」
「――――分からん!」
「がくぅ!?」
「だが結局のところ、領域ってのは最大のパフォーマンスを発揮するのためのルーティーンらしい。――――状況からして、セイウンスカイの領域は最終コーナーで抜く、あるいは先頭に立つことのどちらか―――逃げウマ娘、あと本人の気質から後者と考えるのが妥当だ」
「……はえー。トレーナーさんがまるでトレーナーみたい」
「トレーナーだからな!?」
でもトレーナーさんのイメージって、勝手に脚を触ってくる人ですし…。
「ま、考えるにその領域にもウマ娘それぞれの“想い”があるんだろうな。スズカの場合、『誰よりも先に行きたい、先頭は譲らない』とか。スぺの場合は、日本一に―――スズカに追いつけるように、とか」
「……」
日本一のウマ娘に、一番近い人―――。
ずうっと前にいるスズカさんに追いつくには、途中にいる
「……トレーナーさん、私、なんとなく分かってきた気がします」
だから、後はタイミング。私の力が一番発揮できるタイミングで、ライバルを抜き去る。
ダービーに出てくる誰にも負けない、そんな私なりの輝きをスズカさんにも見てもらいたいから。
――――――――――――――――――
「で、スズカ」
「……なんですか」
「動けない」
「………」
せっかくのスズカぱかプチだったのだが、スズカの逆鱗に触れたぱかプチは没収かつスぺちゃんにプレゼントされそうになり。説得の末、スズカがいないときだけ可愛がっても良いという妥協点?でなんとか赦されたのだが。
ぱかプチに嫉妬したスズカを宥めるべく、膝の上でがっちり抱き着いてくるスズカにされるがままになっていた。
「お兄さん」
「はい」
「……どうして私より、ぱかプチに優しいんですか?」
「だってほら、恥ずかしいし……」
ぬいぐるみはアレだ、スズカへの意地悪という大義名分があったからやったのであって、普段からやったりはしないのだ。ということを懇々と説明して。納得はしてないけど理解はしたくらいの感じである。
「……むぅー」
「あ、そうだ。次の出走だけど……宝塚でいい?」
「春の天皇賞とかは出ないんですか?」
「お前、脚の負担考えろ」
流石に3200はスタミナが良くても脚の消耗が心配すぎる。
なんとなく二人で見つめ合い、それからスズカは少し考えてから、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「じゃあ――――たっぷり甘やかしてくれたらいいですよ?」
「……よし、分かった」
まずスズカのイヤーキャップを外す。
その時点で嫌な予感がしたのか、逃げようとするスズカの尻尾を掴んで引き止めると、耳を引っ掻いて擽る。
「あっ、あっ………くひゅ……お、おにいひゃ……やめ……ふへぅ」
「ほらほらここが良いのか…? ここだな」
「きもちいいですけど、くすぐった…………………ぁふ」
腰砕けになって腑抜けた顔のスズカは可愛いのだが、それはそれとしてたっぷり甘やかしてほしいらしいので全力で応えねば。馬は耳をけっこうゴシゴシしてあげると気持ちいいらしいことは知っている。
「ひぅぅぅぅ………あっ、あっ、そこ………きもちいい……」
「耳かき持ってこようか?」
「……お兄さんの、爪の方がすきですー…」
「よしじゃあとりあえず30分な」
「――――~~!? お、お兄さん、ちょっと急用が――――トイ――――ふひゃぁ!?」
「たっぷり甘やかして欲しいんだろ?」
ふははは、後悔してももう遅い!
この機会に無防備に甘えてくるとどうなるか思い知らせてやる…!
………
……
…
「………んゅー」
最早人をダメにするソファに寝そべった馬状態のスズカだったのだが、不意に顔を上げた。
「…………お兄さん、トイレ」
「え。じゃあ行ってこい」
よろよろと立ち上がったスズカは、真っ赤な顔で振り返り――――気が付くと先ほどまでと逆の姿勢でスズカに捕まっていた。
「……………ふふふ。お兄さん、覚悟は良いですか?」
「いや、あの、スズカ? ちょっと待とう?」
「………止めてって、言いましたよね」
「もしかして、ちょっと漏れ――――くはっ!?」
瞬間、耳に息を吹きかけてきたスズカに強制的に中断させられる。
完全に絞られた耳、バシバシと打ち付けられる尻尾。どうみてもキレてるスズカに、とりあえず――――。
「……何でもするから許して?」
「お兄さんもお漏らしすれば、なかったことになる……と思いませんか?」
「思わないよ!?」
「お兄さんも恥ずかしい思いをすればいいんです…!」
何その抑止力的な考え。
この後めちゃくちゃ擽られた。
が、結局のところいつものじゃれ合いになるのだった。
―――――――――――――――
『――――エルコンドルパサー先頭! エルコンドルパサー早くも先頭に立つ、残り400! 間からシンコウエドワウ、だが外から――――外からグラスワンダー! 凄まじい末脚!』
『だがエルコンドルパサーもここで更に加速した! 残り200を切ってリードが3バ身、2バ身―――1バ身、並ぶか!? エルコンドルパサーここまでか! ――――並んで今、ゴール!』
『皐月賞に続いて、このNHKマイルカップでも写真判定です!』
『結果は―――――エルコンドルパサーだ! エルコンドルパサー優勝! 二着は惜しくもグラスワンダーです!』
敗因は明らかだった――――出遅れである。
グラスワンダーの明確な弱点。そこはとりあえず置いておいて、長所である末脚の強化に集中したのだが――――今回ばかりは裏目だったかもしれない。
マイルという短めの距離で、相手がエルコンドルパサー。出遅れによる差は致命的なものになり、それでもハナ差まで詰め寄れたのは一重にグラスの才能のおかげ。
「申し訳ございません、トレーナーさん」
「いや、出遅れに関して手を打たなかったのは俺のミスでもある。次までに合わせるぞ――――で、問題はダービーに出るか、あるいは―――安田記念か」
中距離かマイルか。
グラスの適性から言えば安田記念の方が適しているが、タイキシャトルが出走する可能性がある。
「………個人的には、ダービーでエルやスぺちゃんたちに勝ちたいです」
「そっか。じゃあそうしよう」
「……いいんですか? そんなに軽く」
ちょっと不安そうなグラスだが、結局のところトレーナーとは生徒の夢の後押しをする存在である。あれやこれやと押し付けても仕方ないし、何よりダービーは夢の舞台だ。
エルコンドルパサーに勝つには、出遅れ癖をなんとかするか、あるいは―――。