異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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今更ですが、アプリのそれと同様に史実勝ち馬が敗北することがあります。

 


皐月賞

 

 

 

 

 

 

「――――で、なんとかなりそう?」

「思ったんですが」

 

 

 

 ウイニングライブを終えて、車で爆睡しているスズカの抱き着きからジャケットを犠牲にして脱出。気を使って運転してくれているおハナさんに感謝しつつ満足気に寝ているスズカを見て、昔実家にいた犬を思い出す。

 

 

 

「もしかして匂いのついたものがあれば安心して眠れるのではないかな、と……」

「………大型犬か何かかしら」

 

 

 

 スズカの寂しがり屋がウマソウル由来なら可能性はあると思うのだが。おハナさんには胡乱な表情をされつつも、ジャケットを抱えてご満悦なスズカに二人で目を見合わせる。

 

 

 

「……ともかく、次はクラシック一冠目――――まあ、本人的にはそう思い入れはないみたいだけれど」

 

「そうですね。まあ将来を考えたら勝たせてやりたいですが……」

 

 

 

 

 クラシックで勝ったウマ娘ともなれば再就職とかにも有利だし、多分だがこのスズカは長距離適性もある……気がする。三冠……それも無敗ともなればそれこそゲームでしかお目にかかれないくらいの夢だ。

 

 それが、今のサイレンススズカなら十分な可能性がある。

 正直、欲が無いとはいえない。スズカが三冠を取れたのなら、俺もいる意味が……スズカにとって居てもいい存在になれるのではないかと。

 

 

 

 

「それで無理するようなら出るべきじゃないわ。まあ、言うまでもなさそうだけれど」

「安全第一、本人の希望が第二、本人の為になることが第三、くらいでいいですか?」

 

 

 

「二と三は逆ね。……まあ、そう簡単に割り切れはしないからそのままでも良いけど」

 

 

 

 

 そう、本当は分かっている。回避するべきは秋の天皇賞の怪我で、アメリカに送り出しさえすればスズカはきっと世界でも活躍できる。

 

 

 

 

「そういえば、ちゃんとスズカの希望を聞いたことなかったですね…」

「はぁ。ちゃんと聞いておきなさいよ、私はもうリギルの入部の時に聞いてるから」

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

『―――――目標、ですか?』

『そうね。貴女の走りならダービーでも天皇賞でも、海外だって目指せるでしょう。まあクラシックでもティアラ路線でもなんでもいいわ』

 

 

 

『……その、私は走るのが好きなだけで。目標とかは、あまり……』

『そう。なら欲しいものでもいいわよ、賞金でも、名誉でも、強敵とのレースでも』

 

 

 

 

 困ったように眉根を下げるサイレンススズカは、走っている時と違って覇気がないというか、そういう印象だった。けれど、どこか遠くを見るように目線を上げたサイレンススズカに感じたのは、シンボリルドルフと向き合った時に感じるような底知れない何かで。

 

 

 

 

『――――景色が、見たいんです。誰もいない、私だけの景色。静かで、どこまでも続いていて………笑顔のお兄さんが待ってる、そんな景色を』

 

 

 

 

 つまり二人きりでイチャイチャしたいということだろうか。おハナさんはちょっと頭が痛くなった。

 

 

 いやまあ、真面目に考えれば強敵相手でもぶっちぎって勝利したい。追いつかれるどころか迫られるのも嫌。でもゴールにお兄さんはいないと嫌。ということだろう。

 

 レースのローテーションが本当に悩ましい。

 とりあえず強敵と戦いたいのならクラシック三冠路線にするとして。適正によっては海外挑戦した方がいいのかもしれない。

 

 

 

『本当に好きなのね。幼馴染、だったかしら』

『はいっ。……勝つための走りじゃなく、私のための走りでいい……そう、言ってくれたんです』

 

 

 

 

 管理主義、正攻法で戦うおハナさんからすればスズカの大逃げは常識外としか言いようがないのだが―――それと同時に、あの大逃げに秘められたペース配分などは新人トレーナーが考えたとは思えない運命的な『何か』を感じる。

 

 それを引き出す指導。脳裏に腐れ縁のバカの顔が浮かび、何やら活動を再開したらしいという噂を思い出してわずかに頬が緩む。

 

 

 

 

(ま、いいわ。あのバカと違って指導そのものは突飛じゃない。本人の雰囲気も真面目だから生徒たちの受け入れも悪くない。――――さしずめ管理主義の皮をかぶった放任主義ってところかしら)

 

 

 

 生半可な策なら却下する気だったが、誰も歯が立たないあの走りを前にしては何も言えない。ただ、本当に通用するかどうかは――――。

 

 

 

(――――勝負に、絶対はない)

 

 

 

 あのルドルフですら負けた。

 ナリタブライアンでさえ、無敗の三冠には届かなかった。

 

 

 

 異次元とも言える走りは、本当に世代最強に届くのか――――答えは皐月賞で出る。

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

 

 朝起きると、布団を被ったまま洗面台で顔を洗う。

 そのままパンを焼いて飲み物を準備し、ベーコンと卵を適当に火にかける―――前に、流石に布団を名残惜しくもベッドに戻した。

 

 

 

『スズカ、何か一つ持っていっていいからそれで寝るように』

 

 

 

 弥生賞の次の日、お兄さんはなんと久しぶりに部屋に入れてくれて。

 重賞制覇記念に何か持ち物をくれるという。……匂いで落ち着くんじゃないか、とのことである。ウソでしょ……動物扱いされてる。

 

 

 

 

 と、思ったのだが。すごくよかった。

 容赦なくお兄さんのお気に入りの布団を奪い、流石に止めようとするお兄さんに前にお揃いで買った緑の布団(自分が使っていたやつ)を押し付けた。

 

 

 

 すると、なんということだろう。

 ――――お兄さんの匂いがするから抱きしめられているような気分で寝れるし、お兄さんからは自分の匂いがするのである。とてもいい。

 

 

 羨ましがるタイキにちょっぴり優越感というものを知った。

 もう寝不足どころか二度寝の心配が必要なくらいで、左旋回する代わりにお布団にくるまってゴロゴロしていれば満足だった。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

「――――というわけで、次は枕を下さい」

「何がというわけでだ!? 嫌だよ!」

 

 

「代わりに私の枕をあげますから」

「俺が落ち着かないの! スズカの枕とか絶対いい匂いするだろ頼むから止めてくれ」

 

 

 

 年下の幼馴染の枕で寝るとかどういうシチュエーションなのか。今の布団交換だけでも相当に意味不明かつ悶々とした夜を過ごしているのに。

 

 

「皐月賞……ご褒美……」

「お前クラシックをなんだと思ってるんだ……」

 

 

 

 泣くぞ。これまでにクラシックで負けたウマ娘たちとやっとの思いで勝てたウマ娘が。

 完全にご褒美をもぎ取るチャンスとしか思ってないだろ。

 

 

 

 

「そういえばお兄さん、サイレンススズカが弥生賞で勝つのは凄いって……」

「お前、あんなに眠そうだったのによく覚えてるな」

 

 

 

「皐月賞は凄くないんですか?」

「……いや、凄いよ。すごいけどさ」

 

 

 

 そもそもサイレンススズカは皐月賞には出なかった。

 そしてダービーに出て、サニーブライアンの逃げ宣言を受けて控えて負けた。

 

 

 

 皐月賞バ、サイレンススズカ。

 それはなんというか、すごくいい響きだ。

 

 そのためなら枕も差し出せ―――――いや、うん。

 

 

 

 

「……わかったよ。じゃあクラシック一冠で枕な」

「……! じゃあお兄さん、走りに行きましょう!」

 

 

 

「今は仕事中だからトレーナーな」

「トレーナーさん、走りに行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 運命の、皐月賞当日。

 

 

 

 

 一番人気は要らない。ただ一着だけが欲しい。

 生涯で一度しか得られない栄光。ここで勝つためだけに力を蓄えてきた。弥生賞で手ごたえを得た。

 

 

 勝てる、とは言えない。

 けれど勝つために必要なものを用意できたと思う。

 

 

 

(――――けど、それは)

 

 

 

 最大の障害になる、と思わされるウマ娘。サイレンススズカ。

 小柄な体躯と、レースでの苛烈なまでの闘志。ゲートを潜る幼さを見せたかと思えば既に異次元とまで言われる走りで弥生賞を制覇し、何人かのウマ娘が絶望するほどの差をつけられた。

 

 

 本当は逃げ宣言をして、サイレンススズカが控えなければ退くくらいのつもりだった。けれど、それで本当に“アレ”が倒せるかというと怪しい。

 

 

 

 

 必死の雰囲気を漂わせる他のウマ娘を尻目に、腑抜けた顔でトレーナーにべたべたしている。それがなんとなくこちらを嘲笑っているように思えてしまって。

 

 

 

 

「……今日は、私も逃げます。負けないから」

 

 

 

 

 返ってきたのは、猛烈なまでの戦意。

 大人しそうな顔はどこへやら。気性難としか言いようのないその気配に、びりびりと背筋が震えるような気さえする。なんでこのトレーナーは、こんな猛獣のようなウマ娘を子ども扱いできているのか。

 

 

 

 

「――――先頭は、誰にも譲りません」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『――――さあファンファーレが鳴り響いて、ゲート入りが始まります! 注目の一番人気は弥生賞で異次元の逃げを見せたサイレンススズカ! 対抗するように逃げ宣言をしたサニーブライアンがいますがやはり大逃げを見せるのか!? 二番人気はメジロブライト! 三番人気はランナーゲイルとなっております!』

 

 

 

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整い――――皐月賞、スタートしました!』

 

 

 

 

『各ウマ娘まずまずのスタート! やはり行った、サイレンススズカ! 大外から一気にサニーブライアンも加速する! メジロブライトは後方からか!?』

 

 

 

 猛烈な向かい風の中、それをものともせずサニーブライアンが一気に加速する。

 大外の不利を差し引いても自分より前に出た、しかも悠々とした余裕さえ感じさせるサイレンススズカに、根性で食らいつく。

 

 

 

 

『さあ一気に後方を引き離そうというサイレンススズカ――――だが食らいついていくサニーブライアン! その後ろから来たテイエムオーキング! 一気に前に出ようというところですが――――サイレンススズカとの差がじわじわと広がっている! メジロブライトは最後方だ!』

 

 

 

 前に来たウマ娘をこれ幸いと風除けにし、末脚を溜める。

 結果的に二人がかりと言ってもいいかもしれないが――――勝ちたい。泥臭くても、力勝負では勝てなくても。それでも、根性で負けているとは思わない。

 

 

 

 

 

「くっ、これでも追いつかない……なんてっ!」

「(―――――貰っていく!)」

 

 

 

 

 スリップストリーム。オーキングを交わして四コーナーに向かう。

 超ハイペースに付き合わされこそしたものの、それでもサイレンススズカより有利な条件で走れている。

 

 小柄な背中は、妙に遠いようにも思えるが届かない距離ではない。

 

 

 

 

『さあ第四コーナーを回って――――サイレンススズカが先頭! だが詰め寄ってくるのはサニーブライアン! サニーブライアンだ! メジロブライトは間に合うのか!?』

 

 

 

『これはもう前二人の争いになるのか!? サイレンススズカの後方一バ身、二バ身ほどにサニーブライアンがまだ食らいついている! 直線に入って最後の争い! 中山の直線は短いぞ!』

 

 

 

 

 

(届く! 届け――――届けぇッ!)

 

 

 

 

 先頭を奪い取って、そのまま粘り勝つ。

 もう肺が破れそうなくらいに息が苦しくて、酸素の足りない脳はガンガンと警報のように痛みを発する。

 

 中山はこんなに直線が長かっただろうか。

 でも、これなら届く。あと一バ身まで栗毛に詰め寄ったその時、“ソレ”は見えた。

 

 

 

 

 

 

 どこまでも続く草原――――そこを軽やかに走っていく、栗毛のウマ娘と四本足の影。

 速さと、孤独を感じる景色。そんな未知の現象を前に、それでも諦めずに首を上げて。

 前にいるそのウマ娘が獰猛な、心底楽しそうな笑みを浮かべているのを、見るでもなく感じ取った。

 

 

 

 

 

 

「―――――これが、私だけの――――景色っ!」

 

 

 

 

 

 

 

『加速した! サイレンススズカ、更に加速! 超ハイペースとは思えない末脚! サニーブライアンとの差が開く! これは決まったか! メジロブライトは大外から上がってくるが三着争い―――――』

 

 

 

 

 

『――――サイレンススズカだ! 着差以上の実力を見せた、見事な勝利です! 2着はサイレンススズカの逃げに見事に食らいついたサニーブライアン。メジロブライトは4着!』

 

 

 

 

 

 

 

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