レースは気持ち良く走って景色が見られて、ご褒美まで貰える。
ライブはあまり好きではなかったのだけれど――――お兄さんが衣装を可愛いって言ってくれるし、とても褒めてくれるので最近はちょっと好きかもしれない。
「おかえり、スズカ」
「――――はいっ。ただいま、お兄さん」
レースから控室に戻ると、迎えてくれるお兄さん。勢いのまま抱き着くと、「危なっ」と言いつつも受け止めてくれる。
となればもちろんチューである。
「お兄さん、お兄さんっ! 約束ですし、チューして下さい」
「はいはい。怪我はないよな? 脚の違和感は? その後はシャワー浴びてライブの準備しろよ」
「はいっ。大丈夫です」
目を瞑って顔を上向けると、そのまま抱きしめられて。
お兄さんのぬくもりと匂いを感じながら唇が触れる。少しカサついていて、それでも不思議と尻尾が震えるようなゾクゾクしたものと、正反対の安らぎをどちらも感じる。
手が耳元を優しく撫でて、少しだけあった緊張が抜けたところで舌が口に入ってくる。
なんとなくお兄さんのいいようにされているのがちょっぴり悔しいような、嬉しいような。それでも自分の舌をお兄さんので撫でられると、誰より近くでお兄さんを感じられるようで。
耳元も弄られると力が抜けて、身を任せつつも舌でちょっとやり返してみたり。二人でじゃれあっていると呼吸が苦しくなってきたところで口が離れた。
「…………はふ……お兄さん、もっと……」
「ライブは遅れちゃダメだからな、スズカ」
約束は約束として、ライブはちゃんとしなさい。
そんな言葉に背中を押されて、仕方なくシャワーに向かう。
「――――ライブの前もチューして下さいね?」
「化粧直すんだからダメだろ」
確かに。
じゃあもう一回くらい……とターンしようとして、パソコンを取り出してさっきのレース映像を確認し始めたお兄さんに仕方なくシャワーに向かうことに。
昔みたいにお兄さんに洗ってもらいたいな、そんな考えが頭を過るけれど、流石に恥ずかしい。でも洗ってほしい。そんな自分の気持ちに少し困惑しつつ、それならお兄さんに決めて貰えばいいかな、なんて考えてみたり。
下着もいつかのアドバイスの通り、可愛いのを選んでいる。
部屋に居る時とか、たまにお兄さんの視線がスカートの中とかに向いているのでなるほど確かに大切なんだなーと思ったり。
恥ずかしいけれど、それはそれとしてなんとなくお兄さんが見とれているのは満足感がある。恥ずかしいけど。
……やっぱり、覗き見するようなお兄さんはお詫びとしてチューしてくれるべきなのでは?
今度言ってみよう、と思いつつも用意されているステージ衣装に着替えて、ドライヤーを持ってお兄さんのところへ。
「お兄さん、お願いします」
「はいはい」
係の人にも頼めるけれど、やっぱりお兄さんがいい。
時々耳を擽ってくるのはちょっと嫌なような、嬉しいような。でも大体レースの後は優しい。
そんなこんなで後はお化粧だけ。
なんとなく目線でチューをねだってみるが、黙ってイヤーキャップを付けられたので後でたっぷりしてもらうことにする。
宝塚記念はSpecial Record! がライブ曲なので、特に不安もない。……有マでは結局歌わなかったけれど、一応ジャパンカップでも歌っているし。
ライブが終わったら、一日中ずっとチュー。
なんて素敵な響きだろうか。必然的にお兄さんも一緒にいてくれるわけだし、頭も撫でて欲しいし耳も撫でて欲しい。尻尾も嫌じゃないし…。
そんなわけで、顔がふにゃふにゃにならないようにだけ気を付けつつも、ライブでは声が弾むのを抑えられなかったり。客席にいるお兄さんに、ちょっと恥ずかしいけれど投げキッスしてみたり(こっそりしたつもりだったけれど、歓声が凄かったのでスぺちゃんや客席の奥にいたフクキタルのあたりにもして誤魔化しておいた)。
………
……
…
で、ライブが終わるとそのまま車に。
チューは? と目で訴えるけれど、控え室にずっといるわけにはいかないと言われれば頷くしかない。外でするのは流石に恥ずかしいし。
赤信号の時とかいいんじゃないかと思うけれど、スルーされたので後でたっぷりしてもらうので許してあげることにする。
「スズカ、寮に帰――――」
「外泊届、出しておきました」
お兄さんの家は実質自分の家のようなものなので、実家に帰るということになっているけれどお母さんの許可もある。婚約者であることもフジ先輩は知っているので「ちゃんと気を付けるように」とのお言葉を貰ってはいるけれど外泊していいことになっている。……何に気を付けるのか知らないけれど、お兄さんが気を付けてくれているはず。
お兄さんもなんだかんだでそこは諦めているのか、そのまま家に。
勝手知ったる(実質)自分の家。広くはない玄関に、お兄さんの普段用の靴と私のランニングシューズ、お出かけ靴、ローファーが並んでいるので私の靴の方が多い。
「スズカ、タイマーでお風呂沸かしておいたぞ」
「………チューは?」
「汗くさいぞ」
「………入ってきます」
うそでしょ……お兄さん、デリカシーなさすぎます。
尻尾でお兄さんを何回か叩いて怒ってますアピールするが、お兄さんは無視してご飯の用意をしていた。………確かにお腹も空いてますけど。
ライブでもやっぱり汗はかくので、今度はお風呂。
ちゃんと脇や背中、尻尾の付け根から足の指まで洗って、以前貰った尻尾リンスをしっかりつけて、すすいで。お湯に髪を浸けないように気を付けながら入ると、お風呂を出るころにはご飯も完成しかかっていた。
流石に火を使っている時はチューをねだると怒られるので、代わりにお兄さんの布団に潜り込んで枕に頬擦りしているとご飯ができた。
お兄さんが好きで、かつカロリーに対してタンパク質も豊富な鳥のささみ肉を中心にヘルシーだけど量はある料理。立派なにんじんハンバーグも。
「……お兄さん、おっきいですね。にんじん」
「それなんかルドルフにお勧めされたヤツでな。七冠バっていうブランドだって」
お兄さん曰く、超高級で一万円くらいするんだとか。
トレセン学園の伝手で買えたらしい。
「お兄さんのにんじんの方が好きですけど……」
「え? ………あー、庭で育ててたやつ」
?
なんだかちょっとお兄さんが焦ったような。
なんでだろう、とちょっと疑いの目を向けるとお兄さんはハンバーグにナイフを入れると、フォークで突き刺して。
「ほらスズカ、あーん」
「!? ……ぁ、ぁーん」
「よしよし、いい子だなスズカは」
「………もうっ、そんな歳じゃないですよ?」
なんて言いつつも、撫でてくれるのは心地よいので勝手に頭がお兄さんの方に寄ってしまう。……はっ、これはチューできるのでは?
ちょっと期待の目を向けると、笑顔でハンバーグ二口目をくれた。
「美味い?」
「…………(こくり)」
そうじゃないですけど、でも味は美味しい。
お兄さんも一口ハンバーグを食べて、口に入るのをなんとなく眺めていると次をくれた。
……やっぱりご飯食べている時はちゃんとしないとですね。お兄さんの手料理ですし。
そんなわけで、ちょっとお兄さんに頭を擦りつけたり勝手に膝の上に座ったりはしたものの、概ね普通にご飯を食べて。
そしてお兄さんは歯磨きしてお風呂に行った。
チューは……?
とはいえ、確かに歯磨きは大事だしお風呂に入らないと思う存分チューできない。
そのためにご飯もあるので着ていた部屋着から、寝るとき用のパジャマ(ネグリジェ)に着替えてお兄さんのベッドで待機。
(お兄さんと~、チュ~♪)
さっきチューしてもらった唇に触れて、ふにゃふにゃになった顔を隠すように枕に顔を埋めて。なんとなくジタバタとベッドの上で暴れてみる。
前なら寂しくて寂しくて、お兄さんのお風呂に突撃してみたり外から話しかけたりしていたけれど、この後の楽しみを思うと嬉しいような、声を出して左旋回したいような。
とりあえず優しくハグしてもらって、耳も撫でてもらって。
チューしたら私からも舌でしてみようかな、なんて思って顔を熱くしてみたり。尻尾も撫でて欲しいし、ギューっと思い切り抱きしめてもらうのもいい。
(まだかな、お兄さん)
なかなか来てくれない。
どうしてお兄さんは時々お風呂がすごく長いのだろう……そんなことを思いつつ冷蔵庫にあったスポーツドリンクを飲んで、歯を磨いて、トイレにも行って、スマホでニュースを軽く流し読みして、スぺちゃん達からのSNSでのお祝いメッセージに返事をしたりして。
お兄さんがお風呂を上がる音に、耳がピクリと反応する。
なんとなくベッドの上で女の子座りになり、枕を抱きしめて半分顔を埋め。お兄さんの匂いを堪能しつつ待った。
「…………お兄さんっ、ご褒美くださいっ」
「お茶だけ飲ませて……」
確かにお兄さんの喉が乾いているのは大変。
飛び起きて冷蔵庫から麦茶を出し、お兄さんが棚から出したコップに注いであげる。
「ありがと」
「はい」
「スズカ、ちょっとそのまま立ってて」
「? はい」
ちょっと屈んだお兄さんの腕が私の脚、膝のあたりと背中に回されて。ひょいと持ち上げられる感覚に声にならない声をあげた。
「~~~!? お、お兄さんっ!?」
これは……お姫様だっこ!?
ドキドキしながら間近になったお兄さんの顔を見つめていると、ベッドに降ろされて。
目を瞑るとお兄さんの唇が優しく触れる。
そのまま優しく頭を撫でられて、落ち着かせるようにポンポンと叩かれる。
「………へふ」
「スズカ、今日もよく頑張ったな。偉いぞ」
「お兄さん……」
嬉しくて、胸がポカポカする感じに身を任せてお兄さんの胸に顔を擦りつける。
そのままリズムよく優しく頭を叩かれながら耳元を軽く引っかかれると、途端に力が抜けて瞼が重くなってきた。
「ぉにーさ………ちゅー……」
「おやすみ、スズカ」
ほっぺに触れた優しい感触、レースとライブの後の心地よい気怠さに身を任せると、そのまま意識は闇に沈んで―――――。
………
……
…
目が覚めると、お兄さんと抱き合っていた。
いつも通りといえばそうだし、大体私の方が朝は早い。でも今日は、チューしてもいいんじゃないだろうか。
お兄さんは寝てるから、あの大人のチューはできないけれど、いくらでもチューしていいんだし。
「ぇへへ、お兄さん……ちゅー……」
「ふんっ」
「へぅっ」
尻尾を引っ張られ、心臓が飛び跳ねそうなくらいびっくりすると。いつの間にか目を開け、何故か笑顔のお兄さん。
「お兄さん、チュー……」
「スズカ、俺が昨日なんて言ったか覚えてるか?」
「? 好きなだけチューしてくれるんですよね?」
「『“今日は”好きなだけチューしてやる』って言ったよな」
と、スマホを出して今日の日付を――――え?
うそでしょ、まさか……!?
「も、もしかして……もうチュー終わりですか!?」
「うん」
「うそでしょ……」
「ホント」
うそでしょ……大人のチューは一回だけ、普通のチューも一回だけ、ほっぺにチューも一回だけ――――。
真っ白になった頭に、熱が宿る。
流石にこれはひどいんじゃないでしょうか。お兄さん、ウソつきじゃ?
耳がかつてなく絞られるのを感じつつ、ベッドを破壊しないように荒ぶる想いに突き動かされる脚を辛うじて抑える。
「………お兄さん、チューしてくれないんですか……?」
「約束は約束だからな」
瞬間、何かがキレた。
「――――おーにーいーさん」
「え。ちょっ、ちょっと待てワキちゃん」
身体を起こしてドヤ顔していたお兄さんを布団の中に引きずり込み、逃げられないように抑え込んでから―――――脇腹を擽る。
「くはっ、ちょっ、やめ――――!?」
「チューの恨みです…!」
その後、お兄さんが降参して謝るまで擽った。
チューで許してあげた。