異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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夏合宿 / 決戦の地

 

 

 

 

 

 

「――――合宿の予定、ですか?」

 

 

 

 去年も行った夏合宿、何か特別な変更でも――――そんな思いでおハナさんを見返すと、おハナさんは若干不安そうな雰囲気を出しつつも頷いた。

 

 

 

「そう、理事長の計らいで向こう(フランス)のトレセン学園にお邪魔できることになったわ。……なったんだけど」

 

「………ぇへー」

 

 

 

 人の胸元に顔を擦り付けてご満悦なスズカを見る。

 いやもうなんというか完全に腑抜けてるし、馬の方のメイショウドトウか何かだろうか。幸せそうな顔で抱き着いてるスズカは話を聞いてないみたいなので、おハナさんと顔を見合わせる。

 

 

 

「コレはちょっと他所様にお見せできないですね」

「なんとかして頂戴」

 

 

 

 無茶ぶり!?

 

 今朝のチュー以来、何かやばいものでもキメてそうな感じにハッピーなスズカは、果たして合宿中はチュー無しに耐えられるのか……こっそりやるにしても、チューしたらこんな感じになるし。

 

 

 

 

「お兄さん、すきー……チューも好き…」

「なんか言われてるわよ」

「マルゼンスキーの親戚か何かですかね」

 

 

 

 すりすり、すーはー、と授業中分の充電を済ませたらしいスズカは、一応しゃっきりとした顔を取り繕って起き上がった。

 

 

 

「――――お兄さんと新婚旅行…!」

 

「あ、聞いてたのね。じゃあ話は早いわ」

 

 

 

 

 いやおハナさん、諦めないで!?

 まず新婚じゃないし、旅行でもない。合宿だから!

 

 

 

「スズカ、俺はいつもくらいのスズカが好きなんだが……」

「――――はい」

 

 

 

 今度こそぴしっと目を覚ましたスズカ。おハナさんに最初からやれ、という目で見られるが……だって好きとか真顔で言うのはちょっと。

 

 

 

 ………待てよ。俺、もしかしてスズカに滅多に気持ちを伝えてない?

 好きって言ったのも2回くらいなのでは…?

 

 

 

 なんとなく、ぴしっとした顔のスズカと目が合う。

 少ししてへにょりと幸せそうに笑ったスズカの可愛さにやられつつも、ちゃんと気持ちは伝えるようにしないといけないなと思いなおす。

 

 

 

 

「とりあえずフランスでの合宿ですね。向こうの芝にスズカを慣れさせるのは必須だと思いますし、俺は賛成です」

「はい」

 

 

 

「分かってるとは思うけど、節度は守るように」

 

 

 

 逆にフランスの方が慣れない場所で落ち着かないので大人しくなる可能性が。

 スズカはやっぱり受け身というか、なんでもオッケーなところがあるので合宿にも異存はないらしい。

 

 

 

 

「とりあえず期間は8月最初の土曜から2週間の予定ね」

 

「けっこうありますね」

 

 

 

 馬で言うなら短すぎるくらいかもしれないが、ウマ娘としての2週間は大分しっかりした合宿に思える。

 

 

 

 

「無敗の七冠、遂にシンボリルドルフに並んだ日本最強のウマ娘だもの。国の威信もあるし、短いくらいでしょう」

 

「あー」

「……?」

 

 

 

 そういえばコイツ、既に10戦10勝、GⅠも7勝してる化け物だった。

 普段の行いを見ていると全くルドルフに並んだ、超えたかもしれないという実感はないが。一応歴史的に、というか未来ではフランケルが14戦14勝、うちGⅠ10勝というエグイ記録を達成するのだが。

 

 凱旋門のためにフォワ賞で叩いて、BC、有マに勝てたとすれば全く同じ成績になる……フランケルやばいな。

 

 

 

 

 

「スズカは凄いなって話な」

「……ホントですか?」

 

 

 

 耳が嬉しそうなスズカを撫でてやりつつ、とりあえずおハナさんと予定を詰める。

 グラスとテイオーの面倒はしばらく見てもらい、スズカに集中すること。向こうで体調を崩さないようにある程度の食料は送りつけること。そこに追加で、不良バ場の練習のために水撒きしても大丈夫な芝も借りるようお願いしておく。

 

 

 

 

「……田んぼ、あんまり気持ち良くないですよね」

「だろうな」

 

 

 

 よく重バ場は田んぼに例えられるので、余った田んぼを借りてスズカの重バ場トレーニングに使っていたりしたのだが。やっぱり良バ場の方が気持ち良く走れるスズカである。能力的には十分に重いバ場でも対応できるのだが。

 

 欧州の芝で水を撒いたら、一応はそれを想定して練習を積み上げてきている流石のスズカでも苦戦するかもしれない。

 

 

 

 凱旋門賞が凄い重いバ場になるのは確かエルコンドルパサーが挑戦した、今からみて来年のはずだが、覚えていないだけで重バ場になる可能性も十分にある。

 

 まあスズカの領域が芝じゃなく雪景色なあたり、本来よりパワーはありそうなイメージだが。正直、まだBCでアメリカのダートの方がマシなんじゃないかという気すらする。あのサイレンススズカ(馬)の父はあのアメリカダート二冠にしてBCクラシックを勝ったサンデーサイレンスだし全く適性がないとは思えない。

 

 

 

「ともかく、凱旋門賞に集中だな」

 

 

 

「凱旋門賞のご褒美…!」

「まだフォワ賞があるからな」

 

 

 

 今年のフォワ賞は9月13日。凱旋門賞は10月4日。どちらもフォルスストレートで有名なパリのロンシャンレース場、芝2400で行われる。

 

 言うまでもないかもしれないが、同じ距離の同じレース場なのでステップレースとして最適というわけだ。

 

 

 

 とりあえず腑抜けモードから戻ったスズカを引きはがして(謎の愁嘆場みたいな空気にされた)、仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 で。フランスにいる間の仕事をなるべく片づけたり、スズカと一緒に荷物を詰めたり、身長が伸びたからと水着を選ばせようとしてくるスズカに露出が少ないやつを選んだり、色々としている間にすぐ合宿の日は訪れ―――。

 

 

 

「フランスのお土産、楽しみにしてるからねー」

「トレーナーさんもスズカさんも、怪我や病気には気を付けてくださいね」

 

「できるだけ多くのものを掴めるように頑張ってきなさい」

 

 

 

 

 おハナさんやテイオー、グラスたちリギルの面々、あとスズカを見送りに来たスぺちゃんやスズカの同期たちに見送られて飛行機へ。

 

 

「スズカさーん、向こうについたら電話くださいねー!」

「スズカさんの運勢は向こうでも大大吉です! 頑張ってください!」

「私が勝つまで負けないでね」

「頑張って。応援、してるから」

「スズカのレース、楽しみにしてマース!」

 

 

 

 

 

 そんなこんなでちょっと寂しそうなスズカ。

 

 ファーストクラスの席なので、なんと座席も仕切り付き。スズカと別れる――――と見せかけて、手を引いて俺の席―――なんかベッドみたいに広い―――に連れ込んだ。

 

 

 

「あ、あの……お兄さん?」

「スズカ、ちょっとこっち。あと耳貸して」

 

 

 

「…?」

 

 

 

 されるがままに座席に座らされるが、コイツ無防備すぎでは…。

 とりあえず、他にウマ娘がいても聞こえないくらいの小声で耳元に囁いてみる。

 

 

 

 

「婚前旅行、楽しみだな」

「――――っ! はいっ」

 

 

 

 

 現金なもので、即座にやる気と元気がマックスになったスズカに苦笑しつつ、離れ――――られない。がしっ、と四肢で張り付いてくるスズカに顔を向けると、頬を緩めて目を瞑りキス待ちの顔。

 

 

 

「スズカ……一応公共の場だからな?」

「………はーい」

 

 

 

 べしゃっ、と脱力したスズカはふて寝の構え。リクライニングも勝手にかける。

 そこ俺の席なんだけど、と思いつつもまだ離陸までに時間はある。

 

 そんなヤバイ客にも自然な笑顔のCAさんと目が合い。

 

 

 

 

「お飲み物はいかがですか?」

 

 

 

 メニューを差し出してくれたので、とりあえず自分用にコーヒー、スズカには……バナナジュースでいいだろ。どっかの頭が大きいウマ娘ほどではないが、実はバナナ好きなスズカである。

 

 ウマ娘用ににんじん、バナナ、りんごといった定番どころは網羅されてるらしい。さすがにサービスがいい。後は紅茶に角砂糖もつけられるらしい。

 

 

 

 

「……お兄さん、バナナ」

「はいはい、頼んでおいたから起きろ。俺が座れないだろ」

 

 

 

「私の上でもいいですよ?」

「万が一があったら怖いからほんとに止めて」

 

 

 

 

 仮に膝枕だとしても、脚が細すぎて心配になる。

 ダイワスカーレットとかならアレだが、サラブレッドの脚は基本的に硝子の脚だし。せめて逆にスズカが乗るならまあ。

 

 

 

 

「じゃあお兄さんに座ります」

「離陸前には戻れよ」

 

 

 

 

 わざわざ一度抱き着いてから向きを直して座り直し。とてもいい笑顔のCAさんと目が合ったスズカはゆっくり振り返って「どうしましょう」という顔で見てきた。

 いやお前、割と最初から手遅れだったし……原因俺だけど。

 

 

 

「どうぞ。バナナジュースとコーヒーです」

 

 

 

 頼んだ砂糖もくれたので、一つ投入してかき混ぜる。

 スズカは耳をピクピクと動かして気配を探ってから小声で言った。

 

 

 

「お兄さん、お兄さん。もしかしてもう人前でぎゅーってしてもいいんですか?」

「ダメ」

 

 

 

「ダメなんですね……」

 

 

 

 いや、この後離陸したら気圧の変動とかもあるし、スズカが飛行機嫌いにならないように少しサービスはするけど……

 

 

 

 人の気配がないのを確認してから、後ろから強めに抱きしめてやると幸せそうにバナナジュースを飲み始めるスズカである。

 その後、結局シートベルトが外せない時間以外は密着していたのでスズカは終始ご機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

とあるフランスのウマ娘

 

 

 

 

――――日本から無敗の七冠ウマ娘が来る、と聞いた時には流石にどんなウマ娘なのか気になった。

 

 

 けれど、大逃げだけで勝っているとかレコードを更新し続けているとか、情報を聞くたびに「ああ、またか」という気分になる。

 

 レースの本場は欧州、近代レースは(腹立たしいことに)イギリス発祥とされているが欧州であることに異存のあるウマ娘はいないだろう。

 伝統的な芝、レース場、レース。積み重ねて来たからこその栄光が欧州にはあり、それに真っ向から反するのがアメリカなどの高速バ場であった。

 

 

 

 別にレースは全て欧州の芝であるべき、なんていう風に思っているわけではない。けれど、他所の芝で勝てたからと自信満々に殴り込んでくるのを見ると「そんなに甘くはない」と冷めた目で見るだけ。

 

 

 

 

 

 

 だからだろう。

 その小柄な栗毛のウマ娘を見た時も、さして脅威は感じなかった。

 

 さぞ走りやすい芝を走ってきたのだろう細い脚、お行儀の良い日本のウマ娘らしい覇気のない雰囲気。トレーナーにべったり甘えるところは……まあ羨ましく思わなくもないけれど。それでもいつまでその余裕が続くかと思っていた。

 

 

 

『良ければ併走……いや、模擬レースをしてもらえないかな』

 

 

 

 だからそのトレーナーが片言のフランス語で私のトレーナーに頼んできたときも、まあ厳しさを教えてやるくらいの気持ちでいた。

 もし万が一負けたとしても、実際のレースでは大逃げなんてタネの割れた手品みたいなものだ。ラビットが競りかけ、ペースを崩せば勝手に沈む。

 

 

 

『じゃあ彼女に、僕の担当に決めてもらうよ。どうする?』

 

『いいよ、やってやろうじゃん』

『ありがとう、助かる』

 

 

 

 トレーナーの目は、担当ウマ娘を信じ切っているようだった。

 まあそのあたり、悪いコンビではないのだろう。これで傲慢なヤツなら盛大にあざ笑ってやるところだが、慰めの言葉くらいは考えてやらないことも無い。

 

 

 

 

 だから――――。

 

 

 

 

 

『――――何!?』

 

 

 

 

 スタート直後、感じたのは得体の知れない寒気。

 領域――――GⅠレースの、それも勝敗を分けるような競り合いで見るようなものをポンと出された時に感じた衝撃。

 

 スプリンターのようにカッ飛んでいくその栗毛を見た時に、普段のペースでは勝てないと直感させられる。

 

 

 

 

 

(欧州の、本場の芝だぞ。アメリカのような軽いものじゃない。それでその加速……本当に持たせる気か!?)

 

 

 

 

 大逃げだ、ペースを崩すだけだ――――だが、ヤツはそれでGⅠを7つも制覇した。その事実が、脚を、ペースを速めさせる。

 

 

 だが、気づく。

 十二分に速いと思ったペースが一歩一歩修正されていく。

 

  

 

 

 

「スズカ、もっとだ! 蹴りだし弱いぞ!」

 

 

 

 

 

 領域を発動しているわけでもないのに、寒気がした。

 コイツは、本当にまだ欧州の芝に慣れて“いない”。だが恐ろしい速度で修正してきている。

 

 

 一歩踏み込むたびに蹴りだす力が強くなる。

 1ハロン進む間に余分な力が抜ける。

 1コーナー曲がる間にフォームが補正される。

 

 

 1レース走る間に、少なくとも並のスプリンターに匹敵するくらいの加速力を得て。

 

 

 

 

 

 そして――――私は負けた。

 

 

 

 

 

「雨が降った後の裏山の草にちょっと似てますね……」

「スズカのどこでも走りたい癖が役に立つなんてな」

 

 

 

 

 

 

 何やら真剣な顔で二人で日本語で話していたが、意味は分からない。けれど、それが勝つための会話であることは最早疑ってもいない。

 

 

 大差でこそなかったが、はっきりとした敗北だった。

 バ場状態が良好だったとか、1対1だったとか、あれほどのハイペースが未体験だったとか、考えられる敗因はいくらでもある。

 

 雨が降れば、ラビットがいれば、本番なら、色々と言い訳も思いつく。

 だがもし、本当の意味でコイツが芝に“適応”してのけたのなら。最悪の逃亡者が生まれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 その時初めて、異国からの無謀な挑戦者ではなく――――欧州が迎え撃つべき本物の“化け物”であることを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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