凱旋門賞のウイニングライブは、しっとりしたラブソングだった。元々社交の側面の強い欧州のレースならではだろうか。ちょくちょくこっちを見ながら微笑むのはほんとに心臓に悪いのでやめて欲しいのだが。
そんなわけでライブも無事に?終えて戻ってきたスズカだが。
「……おにぃーさんー……つかれたー」
溶けた。
いや本当に溶けたわけではないのだが。べちゃー、と凭れ掛かってきて、そのまま力尽きた。
「チュー……おにぃーさん、チュー……。だっこもー……」
「いやお前……大丈夫か?」
もしかしなくても、レース中領域出しっぱなしだったのは勘違いじゃなかったらしい。スズカのテンションを上げれば発動時間が延びるかな、くらいには思っていたが。
欧州の芝に慣れたスプリンターに競りかけられた苦肉の策だったのだろうが、消耗しすぎて終盤伸びなかった原因になった気がする。
とはいえ、ぶっつけでそれをやり切るあたり天賦の才というか、走ることに関しては本当に素晴らしい才能と身体と勘を持っていると言っていいだろう。まさに最速の機能美。
「だいじょーぶじゃないのー! チューしてー!」
「幼児退行してるじゃねぇか」
仕方ないので抱きしめてお望み通りにチューをしてやると、なんかもう理性が弾けているのかスズカの方からも抱き着いて舌を絡めてきた。こちらも人の事は言えないけど技術なんて無くて、でも想いだけはひしひしと感じる。
長距離でも走り切るスズカの息が切れるくらいには熱烈なキスを味わって、満足気に息を吐いたスズカは、一応幼児退行は収まったのだが。
こちらの胸に頭を擦り付けて甘えつつ言った。
「お兄さん、わたし頑張ったんです……だから、いっぱい褒めてください」
「うん、そうだな。偉いぞ、スズカ。お前が世界で一番だ」
どれだけ褒めても足りないくらいの偉業をやり遂げた。
もう俺の理性を言い訳にご褒美を出し渋るのも良くないだろう。実際、こんなに疲れ切るまで頑張ってくれているのだし。
ただ甘えているだけに見えて脚にもロクに力が入っていないし、今にも寝てしまいそうなくらいには消耗している。
「――――ありがとう、スズカ。大好きだ」
「私も、大好きです。お兄さん」
笑顔のまま力尽きて、遊び尽くした子どものように眠りだしたスズカを抱え上げる。姫抱きは正直重いので、おんぶで。
まあ実際、レースのエンジョイ具合を見ると遊び尽くした子どもと同じかもしれないが。
「あ、こいつ指輪つけたままライブしやがった…………まぁいいか」
もうなんかバレるとかそういう問題じゃなくなってしまったし。
それでも卒業するまでは耐えるだけの話……たとえコイツが毎日フレンチキスしてきても、一緒に寝た状態で抱き着いてキスしてきても、スケスケのネグリジェでちょっと恥ずかしそうにしてても………。
もう
いやダメだが。
幸い?にも借りてるホテルは当然のように同室なのでスズカが寝ていても困りはしない。ライブ衣装を脱がせて、座らせた状態で上着を着せて……ワキちゃん時代は楽だったのだが、流石に身長が近くなってくると着替えさせるのも骨である。ちなみにベッドがあれば寝た状態で寝返りを繰り返しさせながら少しずつ着せるのが楽。
流石に下着を替えるのはアレなので、汗ばんでても諦めて貰おう。
さて、ホテルに帰るために車まで運ばねば……。と、同じくライブに出ていて着替えを終えたらしいタイキに出会った。
「オゥ、お兄さん大丈夫デスか?」
「タイキ。フォレ賞での優勝おめでとう」
割と僅差ではあったのだが、それでも王道の先行抜け出しで勝ったタイキシャトルの無敵っぷりよ。スズカの消耗を見ると良くわかるその化け物ぶり……は失礼か。
「ありがとうございマース! ケド、ちょっぴりスズカが羨ましいデス――――走ること、勝つこと、楽しむこと―――それに加えて、Loveもばっちりデスね」
「……そうかな。俺からすると、まあ……一応トレーナーとして思うところもあるんだけど」
「ノー、スズカにとってはトレーナーさんである前に、大切な人デスよ?」
「………まあ、そうだな」
だからこそ入学当初のスズカがあれだけ不機嫌だったんだろうし…。
俺だってスズカに距離を置かれて平静を保つのは無理だったし。
「ちゃんとLove、伝えてくださいネ?」
「………ああ」
流石にこの流れでスズカを運ぶのを手伝ってもらうわけにもいかないので、背中にスズカの重さと柔らかさを感じつつもホテルの部屋へ。
で。
果たして汗かいたまま寝かせておいていいものか。
「スズカ、起きろ。シャワーだけでも浴びろ」
「………んぅー…ぬがせてー」
……はぁ。
というわけで容赦なく服を脱がせて、下着に手をかける。
「スズカー、脱がすぞー」
「………………んへぅ」
ここでようやく半目を開けたスズカ。
「おにいさん……すーすーします……」
「そりゃ下着姿だからな」
たっぷり数秒の沈黙の後、スズカは寝ぼけ眼でこちらを見てふにゃりと微笑み。それからようやく事態に気がついた。
「――――うそでしょ…!? お、おおおお兄さんっ!? 何で服着てないんですか、私!?」
「だから、シャワーくらい浴びろって」
はい、とバスタオルを渡すと、スズカはタオルを抱きかかえて真っ赤な顔で頬を膨らませた後、風呂場に逃走。そのままスズカの尻尾を見送ると、顔だけ出したスズカが言った。
「……お兄さん、エッチです」
エッチじゃない男とかそっちの方が問題なのでは?
などと心の中で言い訳しつつ、これでちょっとは危機感も芽生えるかな、などと思ってみたり。
さて……とりあえず日本のニュースでも、と携帯を取り出すとおハナさんや沖野先輩たち学園関係者からのお祝いメッセージと、母親からは『指輪見たわよ。結婚式まだ?』との催促が。うん、まあ仕方ないか。と思いつつ今度こそニュースサイトを開いて。
「うわぁ…」
流石トゥインクルシリーズが娯楽を席巻しているだけあって、大々的にスズカの凱旋門賞制覇、タイキシャトルのフォレ賞制覇が取り上げられている。
ついでに急上昇ワードも『凱旋門賞制覇』『サイレンススズカ』『無敗の八冠』『婚約指輪』『フォレ賞制覇』とかになってるし。
ニュースでも特番が組まれたらしいが、そもそも凱旋門賞の解説にシンボリルドルフを呼ぶくらいのガチっぷりだった。全く気付いてなかったけどURA本気出してたな…。
これで無傷の12戦12勝、敵なしとしか言えないスズカだが一応引退まであと多くて2戦の予定。
婚約がついに公になったので手っ取り早く世論を見るが、まあ割と好意的で一息つく。婚約しただけなので犯罪者扱いはされない……と思いたかったのだが、この前のスズカのドキュメンタリーの効果もあったのかセーフのようである。
と、なんとなく目についた記事を開いてみて。
【サイレンススズカ、勝利の秘訣は強い絆!?(敬称略)
ついに日本悲願の凱旋門賞を制覇したサイレンススズカだが、以前からのファンには広く知られているようにトレーナーとの深い絆がある。幼い頃からの幼馴染であり、互いにトレセン学園やレースに関わる前から家族同然に支え合ってきた二人は距離を置こうとして体調を崩すことすらあり(リギルのチーフトレーナー談)、サイレンススズカにインタビューした際は『お兄さんとレースどちらかと言われたらお兄さんが好きです』と笑顔を見せたほどであった(中略)】
チーフトレーナーって、おハナさん!? なんで!? いやこれ裏切りとかじゃなく世論を味方につけるためにやってくれた……んだよな多分。
あとスズカ、それ普通に『認めてくれないなら走りません』って脅しなのでは。いや実のところだいぶ前に好きなものを聞かれて『お兄さんとレース』と答えたところで強いて言うならどっちが好きかと問われた答えだが。
【無敗の三冠という偉業から、前人未踏の無敗クラシック五冠、海外GⅠ制覇と立て続けの偉業を成し遂げた背景には公私ともに支え合うトレーナーとの深い絆があるのだろう、と同じく無敗の三冠バであり、トレセン学園の現生徒会長であるシンボリルドルフは語る。『我々は、トレーナーと一蓮托生で支え合ってこそ勇往邁進―――実力以上の力を発揮できることがあると考えています。それはとても困難で、そんな出会いができるのは盲亀浮木、ひどく幸運なことです』】
………スズカのために、今までずっと頑張ってきた。
けどそれは、あくまでもスズカのため。あの子が楽しんでくれて、叶うのならあの子にとって、ワキちゃんにとって最高の走りが見てみたい、そんな風に思っているだけだった。
三冠を取ったのはワキちゃんの、サイレンススズカの才能と少しばかりの知識のズル。
無敗の五冠はサイレンススズカ自身の力で。
せいぜい自分を誇れるとすれば、スズカが楽しそうに走れていることくらいだろうか。最終的にはスズカも自分の走りを見つけられるけれど、そこまでの最短距離を創れた。
たったそれだけ。
でもいつの間にかスズカは日本最強のウマ娘になり、世界最強に手が届き、皆の夢になって。いつの間にか多くの人に支えられて、応援してもらっていた。
「お兄さん、泣いてるんですか?」
いつの間にか風呂を上がっていたスズカに抱きしめられる。
「………その、泣かないで下さい」
「嬉し泣きだからな。今日くらい泣かせてくれ」
どうにも涙が止まりそうに無くて、実際問題スズカと一緒にいていいのかという悩みがあったことに今更気づかされる。
ワキちゃんならまだしも、サイレンススズカだ。異次元の逃亡者とまで言われ、その夢が大きく広がる直前で儚く散ったというプレッシャー。更にトレーナーとして、担当ウマ娘に手を出すのも言語道断。スズカに惹かれていることに罪悪感があった。
スズカもお子様だからただの親愛じゃないか、という疑念もあるし。
「……お兄さん、いつもありがとうございます……だから、その……ご褒美、になるといいんですけど」
スズカの胸に抱き寄せられ、頬にささやかな柔らかさと心臓の鼓動を感じる。
こうして生きてくれているのが何よりのご褒美だよ、なんて言うのは流石に恥ずかしくて。
「スズカ、結婚の方も発表とか……してもいいかな」
「………いいですよ?」
「結婚式、いつにしようか」
「………有マ記念が終わったら、そのまま……とか?」
それはけっこうな強行軍なのでは?
そんな考えが顔に出たのか、スズカはちょっと悪戯っぽい顔で言った。
「私らしいですよね?」
大逃げ、最初から全力全開で突っ走って逃げ切る。
それに加えて、長距離だって走れる無尽蔵のスタミナもある。
「……お兄さんのこと、誰にも譲りませんから」
笑顔でそんなことを言うスズカが可愛くて。
キスした勢いでベッドの上を転がって、どちらからともなく笑いあった。
「お兄さん、お背中流しましょうか?」
「それなら俺は脇とか足裏とか洗ってやるぞ」
「じゃあ嫌です」
「えー、残念だなー」
とりあえず風呂でしっかりと精神を落ち着けて。
ついでに温まったところで部屋に戻ると。スズカもスマホで何やらメッセージを送っていて。こちらに気づくとスマホを置いて両手を広げた。
「じゃあお兄さん、今日はチューしてぎゅっとして寝てください」
「……はいはい」
疲れているからか、すぐに満足したスズカはふと思い出したように言った。
「お兄さん……その……お兄さんにも、ご褒美……なんでも言っていいんですよ?」
「そうだな……」
「じゃあ、BCでもスズカの最高の走りを見せてくれ」
「……………はい」
なんでちょっと残念そうなんだ…。