異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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聖蹄祭

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 いつかの日の夢を。お母さんが何度目かの入院をして、寂しがる私のために、お兄さんが景色の良い草原まで連れて行ってくれた時の夢。

 

 あの頃からお兄さんはなんでもできる人というイメージだったけれど、よくよく考えてみると今の私よりもあの時のお兄さんの方が年下で。

 

 同じことができるかと思うと少し不安になる。同じこと、するかどうかは分からないけれど……できたらいいな、とは思う。

 

 

 

 

―――――目が覚めて、見知った匂いとぬくもりがあることに安堵する。

 

 

 

 お母さんは急に入院しちゃうし、お兄さんはトレセン学園に入ったら一人で寝なさいなんて意地悪を言うし。お兄さんは私がどれだけお兄さんを大好きか分かってない。

 

 今思えばお母さんにあまり負担を掛けたくなかったので、何でもお兄さんにやってもらっていたし。年上で、優しくて、なんでもできて、走るのを助けてくれるお兄さんは私にとって自慢だった。

 

 

 

 

 

 一人で寂しい時に、いつでも一緒にいてくれた。

 

 走ることくらいしか趣味も、特技もない。

 その走ることもペース配分ができなくて、もっと控えろとか、抑えろとか言われるのが常で。お兄さんが信じてくれたからこそ自分の走りを貫けたわけだけれど。

 

 

 

 

 でもその走りも、今では世界一なんて言われているわけで。

 そんな称号に拘りはないけれど、他の誰の<領域(景色)>よりも私とお兄さんの景色が勝ったことも、勝利の瞬間の景色も、その後のお兄さんのチューもこれまでのどの勝利よりも特別で。

 

 

 今までずうっと私のために頑張ってくれたお兄さんに、お返しができたのではないかと思う。………私ばっかりチューしたいって言うの、少し複雑ですけど。

 

 

 

 

 

 というわけで、胸いっぱいにお兄さんの匂いを吸い込んで。

 甘える時の癖で顔を擦り付けると、一番お兄さんを感じられる。抱きつきながらやるととてもいい。お兄さんが私のものになったみたいで、すごく幸せな気持ちになれる。

 

 

 

 

(……お兄さん、チューしたくないんでしょうか)

 

 

 

 

 その割にはいざチューすると好き放題してくるし、チューした後は手つきとかも優しいのでお兄さんも好きだと思うんですけど。

 

 

 

 そんなことを考えているとチューしたくなってきた。

 

 

 

(……どうしましょう)

 

 

 

 勝手にチューするのも……うーん。

 あ、そうだ。

 

 お兄さんに張り付いたまま、床頭台から指輪を取り。

 口元が緩むのを感じつつ、右手の薬指に装着。指輪をしているということはお兄さんのお嫁さんということである…! つまりチューしてもいい。

 

 

 

 

 とりあえずお兄さんのほっぺにチュー。

 唇にもチュー。おでこにもチューして、それでも目を覚まさないお兄さんにちょっぴり不満。

 

 

 

 

「お兄さん?」

 

 

 

 

 

 ……返事はない。

 むぅ……。お兄さん、大人のチューを毎日してくれる約束なのに…。

 

 

 

 

 八つ当たり気味にお兄さんの首筋に強めにチュー。

 ………起きない。

 

 

 

 

「………ぅぅー」

 

 

 

 

 と、チューしたところに赤い痕がついているのに気づいた。

 なんとなくチューした証みたいで、とってもいい。赤くなってるので、痛くないかは心配だけれど。チューだから赤?

 

 

 

 

「お兄さん、痛くはないですか?」

「……んー……スズカ、どうした? トイレか……?」

 

 

 

「チューしたんですけど、痛くないですか?」

「ふぁ………無いけど……もうちょっと寝させて……」

 

 

 

 …………お兄さんが起きるまでチューしてよう。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きると、スズカが全身で抱き着いてきていた。

 まあいつも通りと言えばそうなのだが…。こちらの目が覚めたのに気づくとフレンチキスをかましてくるのは………うん。けっこう困る。

 

 

 ついでに朝だと男は生理現象でアレがうまだっちするわけで。姿勢的にモロにスズカの太ももあたりに押しつぶされるわけなのである。

 

 

 

 

「………おはようございます、お兄さんっ」

「おはよう…」

 

 

 

 何か言おうと思ったのだが、幸せそうなスズカを見てやっぱりやめる。説明するのも面倒すぎるので耳元を撫でておいた。

 

 

 気持ちよさそうに脱力したスズカを放っておいて、とりあえず顔洗おう……。

 だが。鏡を見たら、首元にキスマークが付きまくっていた。…………いやあの、スズカさん? この後飛行機で日本に帰るんですが? 多分出迎えすごいと思うんだが。

 

 

 

 

「スズカぁ……これは何かな?」

「? ……あ。お兄さんにチューしたらそれがついて……なんだか嬉しくなって」

 

 

 ははぁ。

 本能的に独占欲が満たされたので、いっぱいつけてみたと。

 

 

 

 

「スズカ、これがあるとチューされたのがバレるわけなんだが……?」

「……? はい!」

 

 

 

 

 こいつ……無敵か?

 この恥ずかしさが分からないとは。仕方ないのでスズカにやり返して――――いや、待てよ。コイツそれが狙いか。

 

 耳をピコピコさせて、期待たっぷりの目で見つめてくるスズカ。

 キスマークを付けたが最後、「お兄さんにチューしてもらいました!」とか言って見せびらかす可能性が否定できない。

 

 

 

 

 普通、うまぴょいした時に付けるんだよこれは!

 

 しかしそんなのを言ったが最後、うまぴょいって何ですか? え、愛し合うためのもの…!? お兄さん、うまぴょいしてください! という流れが見える……。

 

 

 

 

 

「……スズカ、そのへんの人にハダカを見せたりしないよな? 恥ずかしいから」

「えっと……はい」

 

 

 

「このキスマークも恥ずかしいから見せないものなんだよ…」

「……!?」

 

 

 

 

 

 愕然としたスズカだが、慌てて抱き着いてくると、キスマークを消そうとゴシゴシしてくる。いやこれうっ血だから擦っても消えないし…。

 

 

 

「こ、このままだとお兄さんが恥ずかしいことに…!」

 

 

 

 そうだね。間違いなく「あいつ学生うまぴょいしたんだ!」「早速いちゃつきやがって」とかいう目で見られるんだろうな…。

 まあでも、涙目で必死なスズカを見ると許したくなってしまうわけだが。

 

 

 

 

「仕方ない、服でなんとか隠すから落ち着け」

「………ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 ずーん、と落ち込む姿はなんというかキノコでも生えそうである。

 仕方ないので頭を撫でてやると一応落ち着くが。やっぱりキスマークが多すぎる。

 

 

 どんだけキスしたんだコイツ。

 それで首筋が何かのアレルギーみたいにぽつぽつ赤くなってたのか。しかしスズカはこちらの呆れた目線にも気づいていないのか言った。

 

 

 

 

 

「なんだかお兄さんが私のものになったみたいで………嬉しいです」

 

 

 

 くっ、コイツは本当に…。

 

 

 

 

 

 

 やっぱり無敵かコイツ。恥ずかしがるどころか嬉しそうに腕を絡めてくるあたり、ワキちゃん時代の遠慮のなさを感じる……スズカ、一応自重してくれてたんだな。

 とりあえずスズカ用に持ってきていた寒さ対策の緑のスカーフを自分の首に巻いておく。スーツにスカーフは微妙すぎるが、こうすればスズカのプレゼントを気に入ってつけてるバカップルに見えなくもない。

 

 

 

 

 そんなわけで周囲から不思議そうな視線をときどき感じつつ、タイキシャトルと合流して朝ごはんを食べてチェックアウト。日本への帰路に就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――というわけで、聖蹄祭が近い」

 

 

 

 一応、リギルとしても準備はしている。

 アニメで言うと、リギル執事喫茶がそれに当たるのだが。世界一に輝いたばかりのスズカに接客させると大騒ぎになりかねないため、BCへの調整を理由に免除されている。代わりにミニライブをやることになったが。

 

 

 

 

「テイオーはルドルフと一緒に執事」

「うんっ! カイチョー、すごいカッコよかった!」

 

 

「グラスは和服でお茶を点てる」

「そうですね、執事よりはやりやすいかと~」

 

 

 

 本当はスズカにメイド服を着せたかったので執事以外のコスプレもOKにしてもらったのだが。よくよく考えると貴重なメイドスズカを大公開せずに済んだと思うべきか。

 執事タイキシャトルとか似合うのだろうか…? エアグルーヴ、ナリタブライアン、オペラオーあたりは似合いそうだが。

 

 

 

「スズカは……何歌う?」

 

 

 

 スズカのソロだと、七色の景色とかSilent starとかだろうか。

 あるいは二人に協力してもらってmake debut! とか、グロウアップ・シャインとか…。

 

 

 

「……そうですね。うまぴょい伝説、とか……」

「マジで?」

 

 

 

 誰だこんなトンチキなスズカに育てたのは!? 俺だ!

 

 

 

「お兄さん、コーレスお願いしますね?」

「お前それ俺の愛バがって言ってほしいだけだろ」

 

 

 

「……ど、どうして分かったんですか…!?」

「何故か分かっちゃったんだよ」

 

 

 

 分かりやすすぎるんだよなぁ…。

 とりあえずスズカが俺から好意を示してほしいのは察しなくもないのだが、レースのご褒美だけで勘弁してほしい。

 

 

 

 

「俺が聴きたいから七色の景色な」

「はいっ」

 

 

 

 いいのか。

 まあワキちゃん、割と俺からの希望を聞きたいみたいなところがあるからな……。逆にそれであんまり頼まなくなったような気もするけど。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 そんなわけで聖蹄祭。

 俺は執事喫茶で裏方として必死こいて働いていた。

 

 俺、トレーナーのはずなんだけど。文化祭なら生徒が頑張るんじゃないの?

 とは思うが、グラスに応援要請されるとちょっと断れない。テイオーはルドルフに夢中だし、スズカを表に出すとファンが殺到すると思われるので。

 

 このリギル人気はなんなんだ……いやそりゃ人気にもなるか。

 

 

 

 なおあらかじめスズカはライブ以外に出ないと発表しているのだが、割と探されている模様。

 

 

 

 

 

 残念だったな、スズカだったら俺の隣でコーヒー作ってるぞ。

 ……いねぇ!?

 

 

 と、反対側からくいっと袖を引かれる。

 振り返ると、古式ゆかしいロングスカートのメイド服に身を包んだスズカがちょっと恥ずかしそうにしつつも、褒めて欲しそうに立っていた。

 

 

 

「お兄さん、どう…ですか?」

「めちゃ可愛い」

 

 

 

「ほんとですかっ!」

「すごく可愛い」

 

 

 

 

 語彙力は置いてきた。奴はここから先の戦いにはついてこられそうもない…。

 ついこちらから抱きしめてしまうと、スズカは尻尾をばっさんばっさん振りながら言った。

 

 

 

「……お兄さんからぎゅーってしてくれるなんて」

「え、そんなに言われるほど…?」

 

 

 

 

 何度かは俺の方からも抱きしめた……ような?

 スズカの目線が心なしか冷たい。

 

 

 

 

「だって、全然お兄さんからはしてくれないですし…」

「……さーて、仕事に戻るか」

 

 

 

 

 コーヒー完成したし運ばないと。

 だって俺からやったら自制できる自信ないし……。

 

 

 

 

「お兄さん、私も運びましょうか?」

「騒ぎになるから止めろ」

 

 

 

 あとメイド服は見せびらかさなくていいから。

 何かいいたげなスズカに、仕方ないので頭を撫でておく。

 

 

 

 

「ライブ楽しみにしてるから。まだ騒ぎにならないように待っててくれ」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 その後、結局メイド服で七色の景色を歌ったスズカで聖蹄祭は例年以上の盛り上がりを見せ。いよいよ毎日王冠を迎える――――。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

『さあ、注目はやはりこの二人でしょう。NHKマイルカップに勝利し、東京優駿で2着、エルコンドルパサー! ジュニア王者にしてNHKマイルカップ2着、東京優駿で3着、グラスワンダー!』

 

『ここまでエルコンドルパサーの後塵を拝する形にはなっていますが、絶対能力ではグラスワンダーも負けてはいません。東京優駿と同じく出遅れなく自分のペースを保てれば十分に勝利を狙えますよ』

 

 

 

 

 

 

 

『GⅡ、毎日王冠――――スタートしました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

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