異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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毎日王冠

 

 

 

 

 

 

――――不思議な感慨があった。

 

 

 

 NHKマイル、日本ダービー。

 レースに出走できた時、ライバルたちと競い合った時――――私は、こうしたかったのだと。正直なところ、怪我予防のためにプールトレーニングを織り交ぜる、というかがっつりと泳がされるのは不満がないでもなかった。

 

 

 私は競泳ではなく、レースで走りたいんです。

 それを言わなかった、言えなかったのは、それで強くなったというスズカさんに全く歯が立たなかったからで。

 

 

 

(今思えば、スズカさんには気づかれていたのかもしれませんね)

 

 

 

 自分もそうだけれど、二人で走った時は練習にしてはかなり本気だった。

 自分のトレーナーを、というかあの人を疑われるのは、テイオーさんの前で会長を疑うようなものでしょうし。けれどそんなことにも気づけないくらいには焦っていた。

 

 歯牙にもかけずに蹴散らされて、トレーナーさんには「最低限ハイペースについていけるか、ロングスパートを掛けられないと展開に頼ることになる」と言われた。……スズカさん並みの超ハイペースでなければ勝てる、というのは言い訳にしかならないのは分かっていましたし。

 

 『展開に頼る』という一見するとおかしくないようで、大分おかしなことを言われたけれど、それで自尊心を綺麗に煽られたのは間違いない。

 普通は展開は左右するのが極めて難しいものだし、上手く乗るべきものである。けれどそれを頼る、甘えだと断じられたのは不思議と共感できた。

 

 

 

 

 

 能動的に“領域”を使う。

 領域が出れば歴史的な名勝負とまで囁かれるそれを自在に操るのはスズカさんや、それこそルドルフ会長のような突き抜けたウマ娘でなければ難しい。けれど、ダービーの激戦を経て最低限は使い物になるようになったと思う。

 

 

 

 

 

(もしかすると、私が怪我で出られなかった未来もあった――――のかもしれません)

 

 

 

 

 実際は出て、そしてエルとスぺちゃんに敗れた。

 その敗北を胸に刻み付けて、けれど調子はこれまでになく良くなった。

 

 エルの先行抜け出しからの飛ぶようなストライド。

 それすら差し切るスぺちゃんの爆発力。

 

 

 ならば、それらすべてを切り払う薙刀になる。

 目指すべき頂――――スズカさんにはまだ届きそうにないけれど。それでも皆に勝って、同じ領域にまで上り詰めて見せる。

 

 

 

 

(まずはエル、貴女に勝たせてもらいます)

 

 

 

 NHKマイルと日本ダービー。二度も後塵を拝した。

 三度目は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

『さあ、注目はやはりこの二人でしょう。NHKマイルカップに勝利し、東京優駿で2着、エルコンドルパサー! ジュニア王者にしてNHKマイルカップ2着、東京優駿で3着、グラスワンダー!』

 

『ここまでエルコンドルパサーの後塵を拝する形にはなっていますが、絶対能力ではグラスワンダーも負けてはいません。東京優駿と同じく出遅れなく自分のペースを保てれば十分に勝利を狙えますよ』

 

 

 

 

 

「グラス……今日も勝たせてもらいマス」

「――――負けませんから」

 

 

 

 

 多くの言葉は要らない。

 互いを最強のライバルと認めているからこそ、後は走りで語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「――――お兄さん」

「やばいな」

 

 

 

 怪我が無ければどれほど強かったのか――――そう言われる名馬は数多くいる。

 その中でも怪我後に復帰し、多くの勝利を挙げた馬の一頭がグラスワンダー。それでもジュニア王者に輝き、マルゼンスキーの再来、怪物二世と言われた圧倒的な力を発揮できていたかというと怪しい。

 

 

 毎日王冠でサイレンススズカに詰め寄るも失速し5着、その後有馬、宝塚、有馬とグランプリ3連覇し、中でも宝塚記念ではスペシャルウィークに3馬身差で圧勝しつつも2着3着の差も7馬身とレベルの違いを見せつけた。

 

 

 

 

 だから、怪我さえなければと思ってはいた。

 ちょっと走りたそうなスズカを落ち着かせるように頭を撫でると、「大丈夫ですよ?」とでも言いたげな顔で身体を寄せてくる。

 

 その甘え方は大分走りたい時じゃないかなスズカ…。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

(――――この空気、やっぱりグラスは最高デスね)

 

 

 

 これでこそ、と思わされる。

 ジュニア王者に輝いた、勝てないのではと思わされた初めての相手――――強さ故の孤独を感じないでもなかったエルコンドルパサーが、初めて格上かもしれないと思ったグラスワンダー。

 

 

 

 戦う相手がいなくなれば世界に挑戦、なんて考えていたのに。

 今は勝つために世界で経験を積む、なんて言葉すら脳裏を過る。

 

 

 

 

 

 

『GⅡ、毎日王冠――――スタートしました!』

 

 

 

 

 

 ゲートが開くその瞬間、領域を感じる。

 だが、これは―――――違う。

 

 

 

 スタートの悪さを補うための、付け焼刃だった前のものとは。

 静かにお茶を点てるグラスが、薙刀を手に茶碗を叩き斬る。普段の穏やかさを切り捨て、全てを闘志に注ぎ込んだ覇気に、知らず知らずのうちに笑みを浮かべる。

 

 

 

 

『―――――いざ、尋常に』

「勝負デース!」

 

 

 

 

 

 

『さあ飛び出したのはエルコンドルパサー、ランナーゲイル! 先行争いはエルコンドルパサーとランナーゲイル。グラスワンダーは中団につけました』

 

 

 

 

 

(このグラスの覇気……並の逃げじゃ捕まりマス)

 

 

 

 

 悠々とハナを奪えた。

 ならスローペースに持ち込む? けれど、猛烈な違和感がそれを妨げる。

 

 

 

(何で――――スローでも捕まる…?)

 

 

 

 

 これまで戦ってきた経験が、背筋に感じる刃を当てられたような寒気が、その選択が誤りだと告げている。ハイペースにしてしまえばより後方に控えたグラスが有利になる、そのはずなのに。

 

 

 

(それ、なら―――ッ!)

 

 

 

 

 ギアを一段上げる。

 対サイレンススズカを想定した超ハイペースの消耗戦へ。いっそ、この戦いでこの走りを“領域”にまで昇華させるくらいの気持ちで。

 

 

 

 

『行った! エルコンドルパサー掛かってしまったのか!? エルコンドルパサーが二番手のランナーゲイルを大きく離して先頭! だが後続もサイレンススズカと戦ってきた猛者たちです、即座にペースを上げた!』

 

 

 

(勘が良いですね、エル)

 

 

 

 

 

 末脚、そしてロングスパート。

 徹底的に磨かれた長所は夏を越えて肉体と合致し、違和感なく振るえるようになり。スローだろうと末脚の勝負になればエルが相手でも勝ち切れると確信していた。

 

 打たれて一番嫌な手は、サイレンススズカの大逃げ。

 一般的な対サイレンススズカ戦術とはつまりハイペースで先行しつつ脚を溜めることなので、サイレンススズカがいなくとも実行できるだけのセンスと根性があれば疑似的な逃げ差しが可能。そんなこと、実際にできるのは知る限りではエルくらいだろうけれど。

 

 

 

 

 

(ですが――――逃がしません)

 

 

 

 

『グラスワンダーもスパートを掛けた!? いや、これは―――捲って上がっていく! 残り1000m! エルコンドルパサー先頭、リード5バ身! グラスワンダーが早くも2番手!』

 

 

 

 

(――――グラスッ!)

(どれほど高く飛ぼうとも――――全て切り払うッ!)

 

 

 

 

 

 

 

『前半1000mはなんと58秒台で通過! エルコンドルパサー先頭、グラスワンダーが詰め寄ってくる! ここから千切るのかグラスワンダー! 逃げ切れるのかエルコンドルパサー!』

 

 

 

 

 

 

 

 高く、何処までも飛んでいくコンドル。

 自らに与えられた名の如く飛翔するエルコンドルパサーに、

 

 

 

―――――『El Condor Pasa』

 

 

 

 

 

 焔のような闘志を刃に変え、薙刀を振るう。

 長く、そして鋭い切れ味。

 

 グラスワンダーの本当の走りを示すのにこれ以上はない得物。たとえどれだけコンドルが高く飛べるとしても、飛ぶ前に切り捨ててしまえばいいと。

 

 

 

 

 

 

―――――不撓不屈

 

 

 

 

 

 

 

(―――――くっ!? まだだぁー――ッ!)

立つ(絶つ)のはその――――頂!)

 

 

 

 

 

『逃げるエルコンドルパサー! 外から! 外からグラスワンダー!  エルコンドルパサー粘る! リード4バ身! だがグラスワンダー、ここでスパート!』

 

 

 

『後方はもう喘いでいる感じ! 先頭二人の争いになった! 残り400を切ってエルコンドルパサー先頭! 粘る粘る! だがグラスワンダーの脚色が良い!』

 

 

 

 

 

(――――振り切れないっ!? なら!)

(流石ですね、エル…!)

 

 

 

 

―――――『プランチャ☆ガナドール』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ、ここから――――!)

 

(ですが―――――この勝負は、私の勝ちです!)

 

 

 

 

 

 

 鬼気迫るグラスワンダーの領域が、展開されかけたエルコンドルパサーのそれを切り捨てる。霧散した領域に愕然とする間に、一気に並びかけられる。

 

 

 

 

 

『グラスワンダー並んだ! ――――いや、並ばない! あっという間に交わした! グラスワンダー先頭! グラスワンダー先頭で今、ゴールイン!』

 

 

 

 

『二着エルコンドルパサーは僅差でしたが、三着との差は5バ身くらいありました! これがジュニア王者、怪物二世が再びその力を見せつけました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「トレーナーさん。勝って参りました」

「ああ、流石だなグラス」

 

 

 

 久々の勝利、けれど慢心は不要。

 エルなら確実に、次までに勝てるように仕上げてくるという確信がある。

 

 けれど。

 

 

 

 

「グラスらしい、良い走りだった」

「いえ、トレーナーさんのお陰です」

 

 

 

 

 きっと、自分だけではエルに勝てなかった。

 良い走りだった、とは言うものの。何故かその走りを具体的なイメージとして持っていて、そのためのメニューを組んでいたと思われるこの人は……。

 

 

 

 

 

「……色々とお聞きしてみたい気はしますが。今は――――ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 エルに勝った以上、次に目指すはスぺちゃんとセイちゃん、キングちゃん。そして、

 

 

 

 

 

「………(すりすり)」

 

 

 

 トレーナーさんに凭れ掛かって、頭をぴったり付けながら夢見心地な栗毛の先輩。

 世界最強……(のはず)のウマ娘、スズカ先輩。

 とはいえ引退を明言しているので、有マ記念に出る以外に勝負を挑む方法はない。

 

 

 

 人気投票による選出となる有マ記念に出るのであれば、今回のエルへの勝利に加えてできればGⅠの勝利も欲しい。

 

 

 

「有マなら、多分出れるぞ。勝ち方が強すぎるからな」

「……そうでしょうか?」

 

 

 

 どちらかというとその根拠より、心を読んだようなタイミングと内容の方が気になるけれど。

 

 

 

 

「それでも出たいなら……マイルCS、秋天は……あんまり好きじゃないんだよなぁ」

 

 

 

 

 マイルCSはタイキシャトル先輩がBCマイルで不在。秋の天皇賞はサニーブライアン先輩くらい。ジャパンカップはスぺちゃん、エルが出走。

 JC、有マと激戦を繰り広げて全力を出せるかは正直怪しい。去年までなら、一も二も無くJC、有マを走っていただろうけれど、今は。

 

 

 

 

「そうですね、ではマイルCSでしょうか――――あの、そんなに意外ですか?」

 

 

 

 見るからに驚いているトレーナーさんと、あとスズカ先輩。

 

 

 

「だってグラスならライバルと戦ってスズカとも戦いたいって言うと思ってたし…」

「思ってました」

 

 

 

 

 

「どれだけ好戦的だと思われてるんですか…」

 

「戦闘民族…?」

「(こくり)」

 

 

 

 

 すごく不服だけれど、正直去年なら言っていたと思う。

 けれど落ち着いて考えれば万全な態勢でなければスズカさんには勝てそうにない。

 

 

 

 

「ですが――――勝ちに行かせてもらいますから」

「……負けませんよ?」

 

 

 

 

 ちょっぴり嬉しそうなスズカさんからして、きっと彼女にも競う相手として見て貰えたのだろう。

 

 

 

 

「いいなー、ねぇトレーナー。ボクのデビューは!?」

「まだ」

 

 

 

「いっつもそればっかりじゃんかー!?」

「トレーナーさんはいつもそうですが、ようやく私も一理ある……そう思えるようになりました」

 

 

 

 

 少なくとも意味なくウマ娘のやりたいという想いを邪魔する人ではない。……そんなこと、スズカ先輩を見ればすぐにわかることではあるのだけれど。スズカ先輩がチョロいからと言って言葉を尽くさないのはこの人の欠点だとは思う。

 

 

 

「なので、トレーナーさんはスズカ先輩みたいに何でも撫でておけばいいと思わずもう少し説明してください」

「そうだそうだー!」

 

「えっ、ごめん……」

 

 

 

 

 と、スズカ先輩はちょっと不満そうに顔を上げた。

 

 

 

 

「撫でるだけじゃなくてチューも下さい」

「……後でな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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