(日本馬は微妙に名前を変えてたり変えてなかったりします)
「――――スズカ」
「はい」
「――――タイキ」
「ハーイ!」
BCまで約2週間。
今年のBCはケンタッキー州チャールズダウンズレース場で行われる(BCは開催場所が毎年変わる)。温暖湿潤気候で芝が多いらしいので、スズカも喜ぶだろう。
とはいえこの時期の日本はやはり寒いので、前にあげた緑色のニットの上着と白いスカート、あといつものタイツ姿のスズカである。
「というわけでアメリカに出発するわけだが……忘れ物とか無いよな?」
「お兄さん」
「どうしたスズカ」
「朝のチューがまだです」
そういえば今日は準備のために俺が先に起きたからな。でもタイキの前でそれは普通にダメだと思うので色ボケスズカにチョップを食らわせ、気を取り直してからタイキに向かって言う。
「タイキ、忘れ物はないよな」
「OKデース!」
「(ひしっ)」
「いやスズカ……」
無言の抱き着き。
面倒なのでそのまま移動しようとするが、器用に背中側に回るとそのまま背中に張り付いてくる。
「スズカ、それ後ろからパンツ見えるぞ」
「……お兄さん、スカート抑えてください」
「えー。降りればいいだろ……」
「じゃあチューして下さい」
コイツ……仕方ないのでスカートを抑えてやり、おんぶの体勢。
よく恥ずかしくないな、と思わないでもないが。密着するのが好きだからなワキちゃんは…。
ぴったり密着されるので、心臓の音さえも感じる気がする。
と、温かくて柔らかいものが首筋に触れて、僅かに音を立てた。
「………ちゃんと、見えないところにしておきますね?」
「…………」
キスマークつけやがったな。スズカのご満悦な笑みが見えないのに目に浮かぶようである。なんでコイツこんななのに、そっち方面の知識無いの…?
「……ぇへへ……チュー…」
うああああ、降りろぉぉぉ!
支えていた手を離して振りほどこうとするが、スズカは暴れ馬に跨るジョッキーのように無駄にスタイリッシュに、こちらの腹に回した脚の力と抱き着く腕で上手いこと背中をキープ。
お前それレジェンドジョッキーをインストールしてないだろうな…。
「……タイキ、こいつをなんとかしてくれ」
「トレーナーさん、キスやハグのコミュニケーションは大事デース!」
……スズカの味方だった!? 感性がアメリカ人じゃねーか!
くっ、感性が日本人のグラスなら助けてくれそうなのに。
「あ。スズカ、手つないで歩きたいな」
「――――はいっ!」
チョロい……驚きのチョロさ。
即座に降りたスズカは機嫌よく手を繋ぎ。なんか納得顔で頷いているタイキはさておき出発せねば。
「さて、車運転するから手離して」
「…!?」
そのためにわざわざ空港までのレンタカーを借りてきたのだ。
まさか走っていかせるわけにもいかないし、耳が良いウマ娘に満員電車はちょっとまずい。
――――――――――――――――
BCクラシック――――アメリカでのレース振興のために開催されたものであり、ウマ娘世界においてはURAファイナルズと少し性質が似ているだろうか。
その中でもダート中心のアメリカではダート2000mのBCクラシックこそが最強決定戦であり。そこに殴り込みをかけてきた凱旋門賞ウマ娘、芝世界最強のサイレンススズカに対する注目度は割と高い。
飛行機に乗りながら眺めるアメリカのレース雑誌からでもそれは割とよく分かった。
「『凱旋門賞で勝利できるくらいのパワーがあるのであれば、ある程度は善戦するのではないだろうか』『芝であれば間違いなく世界最強』かぁ……」
なんというか、適性が疑問視されている…。
こうして考えると、史実のサイレンススズカは米国二冠にしてBCクラシック覇者の父サンデーサイレンスを持つことで更にアメリカで注目されていたのかもしれない。
あと凱旋門賞の重バ場、相性の悪い欧州の走りでスズカの実力を低く見積られるのは正直残念だ。
怪我さえなければスズカは負けない………まあ相手がフランケルとかなら覚悟はするし、ハイペースで凄まじい末脚のジャスタウェイとかは相性悪そうだが。
「お。『影さえ踏ませぬレコードブレイカーがダートでも暴れるのか』……『日本が生んだ芝のリトル・レッドがBCクラシックに挑戦』」
まあ適性については疑問視されているが、能力は認められている。
特にリトル・レッドなんてのはアメリカのビッグ・レッドこと三冠ウマ娘、セクレタリアトの愛称だ。リトルだとビッグに負けてるみたいなのが若干癪だが、まあ確かにスズカは小さいし…。
後の問題は……本来なら例の日曜日がある月のレースということか。来週は例の秋天があるし、BCはその次の週。距離も同じ2000mだし左回り。
……正直、気にしすぎだとは思う。
けれど、もし万が一があるのなら――――何もせずにいたことを嘆くより、杞憂だったと胸をなでおろしたい。
ヒントはやはりアプリ版の、想いの力で怪我を回避したスズカだろうか。あるいは史実での「調子が良すぎた」という説も考える必要があるのかもしれないが……。
もしかすると、領域の連続展開がサイレンススズカの脚の限界を超える原因になるかもしれない(凱旋門賞は芝の状態からして領域を使っても速度は出なかったし)。
簡単な方法はスズカに手加減させることだが……その場合、スズカの先頭の景色が見たいという夢を真っ向から邪魔する形になる。大逃げ以外の手法を取るなら、そもそも俺なんて不要なわけで。
スズカなら頼めばやってくれるだろうが、それで負けて―――否、勝ったとしても俺はきっとスズカに真っ直ぐに好きだと言えなくなる気がする。もちろん、俺の拘りがどうなろうとスズカが無事なら全く問題はないわけなのだが。
どうしたものか――――考えても答えは出なかった。
―――――――――――――――――――
『――――さあ、いよいよ始まります。天皇賞秋、注目は1枠1番、1番人気―――サニーブライアン! 二番人気メジロブライト、三番人気はシルクジャスト』
『本日は11月1日、ここまで1が並ぶと運命的な何かを感じますね』
『皐月賞、日本ダービー、有マ記念、宝塚記念と惜しくも2着に敗れてきた無冠の王者サニーブライアンですが、その実力は疑いようもありません。遂にその手に栄冠を掴めるのか!』
『――――今、スタートです!』
「………おにぃさん?」
「スズカ、寝てていいぞ?」
深夜1時過ぎ。
こっそり起き出してテレビを点けたところで、ものすごく眠そうなスズカが目元を擦りながらよろよろと近づいてくる。
「………ふぁ………レースですか?」
「そうだな、秋天」
「んぅ……」
もぞもぞと人の隣に座り凭れ掛かってくる。
そのまま眠るのかと思いきや、やっぱりレースは気になるのか勝手に膝を枕にして観戦するための体勢に。
『ハナを奪っていたのはサニーブライアン! 競りかけていくサイレントハント! 激しい競り合い! 次いでオフサイドトラック、ステイゴールド――――メジロブライトは中団に控えました。シルクジャストは後方4番手くらいです』
『さあ最初のコーナーを回ってサイレントハントが先頭に立った! 二番手サニーブライアンだがまだ競り合いは続いている!』
「―――――……お兄さん、寒いです」
「……はいはい」
まさか大欅と同じタイミングでスズカに何かある―――とは思いたくないが。
なんならそのタイミングでスズカの傍にいようかと思っていたので正直この状況は少し助かる。姿勢を変えてスズカと抱き合うような体勢になり、手を伸ばして布団を被る。
『さあサイレントハントが先頭で大欅の向こう側――――四コーナーを回って直線に入る! ここでサニーブライアン先頭! サニーブライアンが先頭に立った! 後方からオフサイドトラックが詰め寄ってくるが先頭はサニーブライアン!』
「……スズカ、何ともないか?」
「………? なんとなくですけど、秋の天皇賞も走りたかったなぁって……」
やめて。
ほんとに止めて……。
とはいえ秋天の一番人気が予後不良になるわけではなくて安心半分、スズカのBCへの不安半分だろうか。
『サニーブライアンだ! サニーブライアン一着! 怪我を越え、距離に苦しみ、そしてこの秋の天皇賞で遂に栄冠を掴みました! 二着オフサイドトラック、三着ステイゴールド』
「……大丈夫ですよ、お兄さん」
「スズカ…?」
布団からひょっこり顔を出し、けれども抱き着くのは止めずにスズカは言う。
「――――お兄さんの夢、私たちの夢……必ず叶えましょう」
スズカの夢は、最高の景色を見ること。
俺の、夢は―――…。
サイレンススズカの走りを超えたい……いや、本当は見たかったんだ。元気に走り続けるスズカを。途切れてしまった夢の果てに、何があったのかを。
日本最強馬になり、アメリカに、世界に羽ばたく姿を。
あるいは種牡馬として、その血を受け継いだ子が走り続けてくれることを。
でも、今は。
気の抜けた顔で、こんなに無防備で。でも走りに関しては誰よりも妥協しなくて、誰よりも走ることが好きで、ちょっと信じられないくらいの寂しがり屋のコイツがいてくれることの方が、大切に思えてしまっていた。
行かないでくれ、そう言えばきっと止まってくれる。
俺は―――――…。
※この先ではアンケート結果により展開が何度か分岐します
どうする?
-
スズカの背中を押す
-
引き留める