異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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BCクラシック

 

 

 

 

 

 

 

 レース当日。

 控え室で、当然のように例のウエディングドレスのスズカのじゃれつきに応えながら、テレビに映るダホス―――2年前のBCマイルの優勝馬のウマ娘であり、史実においては2年の故障休養明けで(一応一叩きはしたらしいが)復活勝利を果たした奇跡の馬だった―――と熾烈な勝負を繰り広げるタイキを見た。

 

 

 

 

『最終直線に入ってダホスが先頭! 2年越しの復活なるのかダホス! だが内からタイキシャトル追走! そして外からは先ほどまで最後方にいたホークスリーヒル!』

 

 

 

 

『ホークスリーヒルの脚色がいい! タイキシャトルがダホスを抜いて先頭! だがダホス粘っている! ダホス引き離されない! ホークスリーヒルが迫ってきたがダホスが粘っている!』

 

 

 

 

『先頭わずかにタイキシャトル! だがダホス差し返すか!? ホークスリーヒルは届かないのか! ゴール前最後の攻防!』

 

 

 

 

『タイキシャトルか、ダホスか―――――日本の最強マイラーか、奇跡の復活なるかダホス! ―――――今、ゴール!』

 

 

 

 

『これは――――写真判定です!』

 

 

 

 

 

 タイキなら勝てると思っていたのだが、凄まじい粘り。流石はアメリカにおける奇跡の復活の代名詞。とはいえスズカは特に気にした様子もなく、靴の具合をもう一度確認していた。

 

 

 

『――――タイキシャトルです! 一着タイキシャトル! ダホス僅かに及ばず敗れました!』

 

 

 

「勝ったみたいですね、タイキ」

「そうだな」

 

 

 

 

 笑みを浮かべているスズカを見ていると、俺の方が無駄に緊張している気がする。

 なんとかスズカが無事に帰ってこられるように、ありったけの想いを込めるつもりだが……足りてるだろうか。

 

 

 

 

「……スズカ、ちょっとこっち来て」

「…? はい」

 

 

 

「ちょっと脚貸して」

「??? はい」

 

 

 

 靴を脱いだスズカの左足を借りて、念入りに触診する。

 ……熱感、なし。腫脹も疼痛も…なさそう。

 

 打診しても別に変な音とかしないし……。

 

 

 

 

「………お兄さん、くすぐったいですよ?」

「一応確認させてくれ…」

 

 

 

 

 

 スズカに頼んでタイツを脱いでもらうが別に異常はない。

 

 

 

 

 

「……足の痛みとか、無いよな?」

「あったら言いますよ?」

 

 

 

 

 そうかな……スズカだしなぁ…。

 でも大丈夫なようなので、後は信じるしかない。

 

 ぽわぽわした顔で寛いでるのを見ると不安でしかないんだが。……スズカってもうちょっと凛々しさなかったっけ? ワキちゃんになって甘えん坊に全振りしたのか。

 

 

 

 

「……スズカ、キスしていい?」

「――――キスしたいんですかっ!」

 

 

 

 なんでそんな嬉しそうなんだお前…。

 と訝し気な目で見ると、スズカも察したのかちょっと拗ねた顔で言った。

 

 

 

「……だって、お兄さんはチューしたいって言ってくれないですし。私だけがお兄さんを大好きみたいで……」

「ああ……」

 

 

 

 

 だって仮にもトレーナーが生徒に言ってたら問題だし…。

 今は、婚約者だし大事なレースの前なので許してほしいけど。

 

 

 

「……キスしたいし、もっと色々やりたいことは一杯あるよ」

「いっぱい…! ……何がありますか?」

 

 

 

 

 えっ。そりゃあ……そうだなぁ。

 

 

 

 

「……休みを作って、二人きりで世界中の綺麗な景色を巡ってみるとか?」

「はい、行きましょう。……でもやっぱりお兄さん、ずるいです」

 

 

 

 

 

 なんで?

 と思いつつも、早くキスしてとせっつくようにハグしてきたスズカの要望に応えるのだった。

 

 キスすると、甘えるように舌を絡めてくるスズカ。……こういうところにも性格出るのだろうか、と益体も無いことを考えてみたり。

 

 

 

 

「………はふ。……お兄さん、今度のご褒美………朝から夜まで、ずぅーっとチューしてたいです」

「口疲れるだろ……」

 

 

 

「………むぅ。でもお兄さん、チューしてると幸せじゃないですか?」

「まぁな。………そんな嬉しそうな顔するな。俺には羞恥心があるんだぞ」

 

 

 

 

 キラッキラした目で見つめてくるスズカは、まあキスしてると幸せなのが自分だけじゃなくて安心したとかそういう感じなのだろうか。

 ……コイツの自己評価の低さって、俺の塩対応のせい?

 

 

 

 

「とりあえずスズカよ。お前は相当な美少女な自覚を持ちなさい」

「………………あの、お兄さん。熱でもあるんですか?」

 

 

 

 ピタリ、と額を合わせてくるスズカ。仕草があざとい…。

 

 

 

「うそでしょ……熱、ないですね」

「そりゃそうでしょ」

 

 

 

 あったら困る。

 スズカに移さないように自主隔離されるところだ。レース前に感冒症状とかシャレにならないし。

 

 

 

 

「スズカが俺を好きなくらいには好きだぞ」

「………? 一緒にお風呂にも入ってくれないのに…?」

 

 

 

「参りました」

 

 

 

 そんなピュアな目で見られるととても辛い。

 一緒にお風呂なんて入ったら自制心が爆ぜる。俺はスズカと比べたら純粋に好きというより、独占欲とか肉欲とかの不純物が多すぎるようだ。

 

 

 

 さて。

 そろそろレース場に向かわないといけないわけだが……。

 

 やり残しはないだろうか。

 スズカの調子は極めて良い。万全と言っていい。

 

 

 

 戦略はいつも通りの大逃げ。

 やはりスプリンターのラビットを用意はしてきたようだが、欧州芝から解放されたスズカを止められるものなら止めてみろ、というものである。

 

 

 

 

 

「――――スズカ。勝って、必ず帰ってこい」

「じゃあお兄さん、いつものお願いします」

 

 

 

 

 いつもの……いや別にいつものじゃないが、スズカが満足するまでたっぷりチューしてから指輪を嵌める。……左手を出されたのをスルーして、右手にだが。

 

 

 

「……お兄さん」

「スズカ、結婚式楽しみだな。日本に帰ったらドレス選びに行こうな」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 チョロい…。

 満面の笑みでドレスに思いを馳せるスズカを強く抱きしめて、二人で歩き出す。

 関係者の立ち入れるギリギリまで一緒に並んで、そこから先はスズカの背中が見えなくなるまでは立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「必ず、貴方のところに帰ってきますから」

「……楽しんで来い、スズカ」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『さあ1枠1番、サイレンススズカ。アメリカでのレースは初になりますが既に12戦して12勝、GⅠを8勝し、凱旋門賞にすら勝利。かのセクレタリアトのビッグ・レッドになぞらえてリトル・レッドとも言われ出している芝の世界王者が、ダートの本場アメリカの最強決定戦に挑みます! 二番人気です。』

 

『タイキシャトルと共に、まさしく日本の誇りと言っていいウマ娘だと思います。芝とダートで無敗の世界最強ともなれば、それこそ世界でもセクレタリアトのような歴史的名ウマ娘に匹敵すると言っていいでしょう』

 

 

 

『2枠、Swain。去年、今年とヨーロッパの中距離において重要な位置づけであるキングジョージⅣ&QEDSを連覇し、更に愛チャンピオンSとGⅠを連勝中のヨーロッパ最強ウマ娘です。本日は5番人気』

『彼女が5番人気であることが、今回のレースの層の厚さを物語っていますね。BC史上最高のメンバーとも言われています』

 

 

 

『3枠はAwesome Again、今期はここまで5戦5勝の負け知らずです』

『素晴らしい調子の良さです。展開によってはかなり怖いウマ娘ですよ。今年Silver Charm、Tail Of The Catを破って無敗というのはかなりの実績です。C(カップリング)4番人気、です。アメリカでは同チームからの出走の場合はこのような表記になります』

 

 

 

『4枠Coronado’s Quest、Awesome Again、Touch Goldと同チームであり、ラビット役と言ってもいいでしょう。ですがなんとハスケル招待H、トラヴァースSと今年重賞を5連勝、GⅠも2連勝しシニア級最強と言われていました。ウッドワードSではSkip Awayに敗れましたが、それでもこのウマ娘をラビットとして出してくるというはかなり本気と言えますね。同じくC4番人気です』

『そうですね、アメリカの威信にかけても負けられないという気迫を感じます』

 

 

 

『5枠Arch、前走GⅢでTouch Goldを破りました。ここまで6戦5勝、シニア級の上りウマ娘です。6番人気』

『彼女が6番人気というのは本当に今回のBCくらいでしょうね』

 

 

 

『6枠Skip Away、今年のBCは彼女こそが主役と言われています。今回3位以内に入りますとシガ―を抜いて彼女が歴代の賞金王に輝くとのことです。堂々の1番人気』

『やはり貫禄がありますね。調子もかなり良さそうです。サイレンススズカが勝利できるかどうか、そこにも大きく関わってくるかもしれません』

 

 

 

『7枠Grand Slam、彼女は本来であればBCスプリントに出走予定でしたが急遽こちらに出走になりました。とはいえ1800での重賞勝利経験もあり、ただのラビットと侮ることはできません。7番人気です』

『果たして誰がハナを奪うのか、注目ですよ』

 

 

 

『8枠Silver Charm、ドバイワールドカップで勝利し、その後は疲れが出て調子を崩していましたがグッドウッドハンディキャップを圧勝し、見事な復活を果たしています。3番人気です』

『例年なら1番人気でもおかしくないポテンシャルです。注目のウマ娘ですよ』

 

 

『9枠Touch Gold。今シーズンは一般戦を1つ勝った後は2つ負けています。C4番人気です』

『チーム出走ですからね、決して無視できるウマ娘ではありません』

 

 

 

 

 

 

 ゲート入り前。

 やっぱり欧州と同じでアウェーな空気は感じる。やっぱりお兄さんがいないのは寂しいな、と思いながらも指輪を撫でて心を落ち着かせる。

 

 

 ……うん、大丈夫。

 まだ、チューしてもらった熱があるような、身体が温かいような感覚がある。

 

 

 

 

『ヘイ、リトルガール。小学校はこっちじゃあないぞ』

『見た目が小さいだけで小学生ではないですよ?』

 

 

 

 皆さん大きいので誤解しますよね、と笑顔で返すとなんだか微妙な顔をされたけれど。

 実は挑発に来たのかもしれない。

 

 

 お兄さんはレースを楽しんで来いと言ってくれるので、とりあえずレースは楽しんでこよう。

 気分を入れ替えて、ゲートイン。

 

 

 

 

『さあ9人体勢が整いました――――BCクラシック、今スタートです!』

 

 

 

 

 

 

 

(先頭の景色も、お兄さんの一番も―――――譲らない!)

 

 

 

 

 

 “領域”を展開―――私の好きな景色、一面の雪景色と、見守ってくれる(お兄さん)。目指すべきものであり、いつでも傍にいてくれる人であるそれを目掛けて駆け抜けるイメージ。

 

 

 

 

『横一線綺麗なスタート! しかしサイレンススズカが真っ先に抜け出した! 競りかけていくのはCoronado’s Quest、Grand Slam! 熾烈な先頭争いですが――――サイレンススズカが徐々に差を開く! 二人が必死に追いますが差が開いていく! 葦毛のSkip Awayは内を行って現在3番手から4番手! その外の葦毛がSilver Charmです。』

 

 

 

 

 結局のところ、大逃げは付け焼き刃でなんとかなるものでもない。スタートの時に極限まで加速するための技術であったり、その加速を維持し続けるためのスタミナだったり、そもそもの走り方だったり。

 

 お兄さんと追いかけ続けた夢の果てが、そんなに簡単に追いつけるとは思わないでほしい。

 

 

 

 

(もっと速く、もっと前に! もっと、もっと――――!)

 

 

 

 

 極限の集中を示すかのようにほぼ白黒の雪景色。

 更に深度を増したそれは、徐々に星空を狭めて暗闇に変えていく。

 

 

 

 

『―――最初のコーナーを回ってサイレンススズカ先頭! ぐんぐん加速して後続を離していく! Coronado’s Questはペースを落とした! Grand Slamまだ粘っているが差が2バ身近いか!?』

 

 

 足音が遠くなる。

 誰も追いつけない景色で、二人で目指したものだけを追いかける。それはとても楽しくて、身体も軽くて。今なら何処まででも駆けていけると思った。

 

 

 

 

『1000mの通過が――――56秒1!? なんというハイペース! だがサイレンススズカの後方3馬身くらいにじりじりっと離されるGrand Slam! その更に後方からCoronado’s Quest、その後方内からSkip Away、外からSilver Charm! 隊列は大きく縦長になっている!』 

 

 

 それでも、お兄さんとの走りを忘れたりはしない。

 わずかにペースを落としてコーナーで息を入れ、息も入れずに並びかけようとしてくる後ろのウマ娘を引き離そうと――――。

 

 

 

 

 

 

(―――――…? あれ?)

 

 

 

 

 

 いつの間にか、銀世界は消えて。

 真っ暗な闇の中に私は一人で立っていた。

 領域、でもない。

 でもレースの景色とも思えない、そんな不思議な場所で。それでも前に進もうとしたところで、左足が動かないことに気づいた。

 

 

 

 

(……なんで…っ!? 動かない………)

 

 

 

 

 左足が、何かに掴まれているかのように地面に張り付いて動きそうにもない。

 お兄さんのところに、行かないといけないのに。

 顔を上げて、星も見えなくなっているのに気づく。

 

 

 

 

(嫌……なんで…っ!? 暗い………怖い……っ)

 

 

 

 

 

(……お兄さんっ)

 

 

 

 声も出ない。

 寒い。

 

 左足の先から、凍えるような寒さがあった。

 その寒さに吞み込まれるように、足先から黒い闇に染まっていく。

 

 

 こんな時でも思い出すのはお兄さんのことで――――初めて会った時、公園で見つけてくれた時のことを思い出す。

 

 二人で見た星空、春は桜と、夏は海で、秋は山で、冬は雪の中。

 そんな思い出が浮かんでは、黒く塗りつぶされていく。

 

 

 

 

 

(私は――――……わたし、は……)

 

 

 

 

 もう、何も動かない。

 

 

 

 

 脚も、手も。

 心でさえも、暗い闇に呑まれて――――。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

――――――ずっと、スズカを見ていた。

 

 

 

 

 とんでもない寂しがり屋で、だけどその分甘え上手で。

 走ることにはものすごく頑固で、でも誰より一途で。

 

 なんでもこなせるくせに男女のことは知らなくて。

 幼いと思っていたのに、いつの間にか少しだけ大人になっていて。

 

 

 

 

 誰よりもスズカを知っているから、その領域もたぶんはっきりと見えていた。

 限界を超えて、黒く染まっていくその果ても。

 

 

 

 

 

 

―――――――どうすればいい?

 

 

 

 

 

 自分にできることなんて、殆どない。

 けれど、それがもし、彼女の助けになれるのなら―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

※分岐の影響が大きい選択肢の得票率が10%以上ある場合、IFルートとして一部書きます(予定)


  

スズカのためにできること

  • 名前を呼ぶ
  • 目を背ける
  • 愛を叫ぶ
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