異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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君と見る景色

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――――スズカ)

 

 

 

 

 闇に呑まれた身体に、熱が点る。

 何も見えない闇の中で、何かが光っていた。

 

 右手の薬指で光る、優しい緑の光。

 

 

 

 

(聞こえているか? 返事はしなくていい。聞いていてくれれば)

 

 

 

 

(なあスズカ、覚えてるか? 初めて出会った日のこと)

 

 

 

 小さな栗毛の女の子が、入院したお母さんを待ってずっと公園で待っていた。

 最初は走ってみたり、景色を眺めたりしていたけれど――――誰もいなくなって、お母さんも来てくれなくて。それでも帰ったらもう会えないような気がして、泣きながら待っていた。

 

 それを、お兄さんがみつけてくれて―――――。

 

 

 

 

 

(本当はさ、諦めようと思ってたんだ。トレーナーを)

 

 

 

 ………え?

 

 

 

(あの時の俺はまだ義務教育の学生だったけど。トレーナーになる難しさを知って、諦めて他の道を進んだ方がいいんじゃないかと悩んでた。ただの一人のファンでいた方がいいんじゃないかって)

 

 

 

 

 テストの難しさ、ではきっと無い。

 悩んで、苦しんではいたけれど。それでも夢のために進むお兄さんは楽しそうだった。

 

 

 

 

(トレーナーになれても、そこに夢なんて無い。生まれ持った才能を覆すだけの力なんて俺には無い。夢破れるウマ娘を支えながら、一つでも勝利を得るために歯を食いしばって上を見続ける――――それに、耐えられる自信が無かったんだ)

 

 

 

 

 

 それは……でもそれは、きっとお兄さんが優しいからで。

 

 

 

 

 

(なかったんだよ。夢なんて……楽して生きていたかった。レースに人生を懸けるなんて、本当の意味では理解してなかった。あのままトレーナーになれても、ウマ娘を支えることなんてできなかった)

 

 

 

 知らなかった。

 私にとってお兄さんはいつだって余裕そうで、楽しそうで。なんでもできる凄い人だった。そんな風に悩んでいたなんて、知りもしなかったのに――――。

 

 

 

 

 

 

(………だから、お前のお陰なんだよ)

 

 

 

 

 ………お兄さん?

 

 

 

(最初は、寂しそうなワキちゃんを放っておけなかっただけだった。でも、楽しそうに……本当に楽しそうに走る君を見て、思ったんだ)

 

 

 

 

 

(………この子がどこまで走っていけるのか、見たいと思ったんだ)

 

 

 

 

 

 それは、でも……。

 

 

 

 

(スズカは、俺が夢を支えてくれていると思っているのかもしれない。一緒に同じ夢を見てると思っているかもしれない)

 

 

 

 

(けど、違う。―――――それは、違うんだ)

 

 

(―――――お前が……ワキちゃんが……スズカが、俺の夢なんだ)

 

 

 

 

 わたし、は……私は……。

 

 

 

 

(だから俺は、お前と出会ってからずっと楽しかったんだ。今までずっと、楽しんで来れた。お前と、駆け抜けてこれた。あの日お前に感じた夢と――――お前と、いつだって一緒だったから)

 

 

 

(……お前が走ってくれることが、お前と一緒にいるのが……スズカと一緒に歩んでいくのが、俺の夢なんだ)

 

 

 

 

 

(スズカ、あの時……指輪を渡したとき、ちゃんと伝えてなかったよな。きっとこれからも、言葉足らずで、お前を寂しがらせるかもしれないけれど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカァ―――――ッ! 好きだ―――ッ!」

 

 

 

 

「俺と、結婚してくれ――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、闇は消えていて。

 真っ黒だったものが分かれて七色の光に変わる。同じ光を放つ指輪をそっと胸に抱きしめてから、一歩踏み出す。

 

 その光に照らされた銀世界に、一歩、また一歩と蹄跡を刻む。

 返事はもちろん、決まっていて。

 

 

 

 

 

「―――――はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 黒い“領域”を越えて、その“先”の七色の輝き――――オーロラの中を駆け抜けて。大切なあの人が待つゴールに向けて、地面を踏みしめ。身体を突き動かす“熱”と鋭敏になった感覚に身を任せて、この景色を、夢を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

『―――――サイレンススズカがスパート! サイレンススズカが大きくリードを5バ身くらい開いて第四コーナーを回り直線コースに入ってくる! 速い速い、最早独走状態!』

 

 

 

 

 

 

 身体が軽い、熱い、気持ちいい。

 ゴールで叫ぶお兄さんの顔が見えて、脚の疲れも、重さも、全て吹き飛ばす喜び……大好きな気持ちで最高の走りを。

 

 

 

 

 

 

『さあ拍手と歓声に迎えられてサイレンススズカが先頭! リードを7バ身くらい取ってサイレンススズカ! 二番手Coronado’s Questは伸びが苦しい! 後方Skip Awayも喘いでいる感じ! Silver Charmが二番手に上がってくるがサイレンススズカが更にリードを開いていく!』

 

 

 

 

 

 もっと……もっと、もっと速く!

 お兄さんに、伝えたいことがいっぱいある。してほしいことも、してあげたいことも。諦めかけたことは謝りたいし、まだ言ってくれてないことがないか聞いておきたい。

 

 

 

 

 それに、私がお兄さんの夢なら――――…やっぱり誰よりも速い、世界で一番の私を見て欲しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――サイレンススズカだ! サイレンススズカ! 脚色は衰えないどころか更に加速している! 内から一気にAwesome Againがやってくるがこれは届きそうにありません! サイレンススズカ無敵の13連勝! 重賞は12連勝! 今、大差でゴール! 無敗の9冠にして、芝とダートの世界王者に君臨しましたッ!』

 

 

 

 

 

 

 だから、お兄さん。

 これが私の気持ち――――誰にも負けない、お兄さんへの“好き”を籠めた走りです。

 

 

 

 

 

 

 

『タイムが……1分57秒7! レコードタイムです! これは……ワールドレコードでしょうか! 一瞬静まり返った観客席が歓声で爆発しています!』

『ダート2000mの世界記録が1分57秒8でしたので、そうなりますね……』

 

 

 

 

 

『まさに異次元の逃亡劇! そのままトラックも抜け出してトレーナーと喜びを分かち合っています!』

『何やら場内がざわついていますが――――おおっとこれは』

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お兄さんっ!」

 

 

 

 

 

 外ラチを飛び越えて、お兄さんのところへ。

 そのまま力いっぱいに抱きしめられて、いつもは手加減してくれていたことを知る。

 

 疲れて息も切れているのに、捻じ込まれるような情熱的なチュー。

 少しでも酸素が欲しくて、すごく苦しいのに。お兄さんがそれだけ想ってくれているのが伝わってきて。

 

 

 

 ちょっと意識がどこかに飛びそうになったところで、ようやく離れて。名残惜しさを感じつつもヘロヘロになった私を、お兄さんは抱き留めつつ言った。

 

 

 

 

「………おかえり、スズカ」

「ただいま、お兄さんっ」

 

 

 

 

 と、お兄さんは私がちゃんと立てるようになるのを見計らうと、跪いて私の手を……右手に付けていた指輪を取った。

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ、好きだよ。……お前と一緒に見る未来の景色が、俺の夢だ――――結婚しよう」

「………はいっ」

 

 

 

 

 

 左手の薬指に、今度こそ指輪が嵌めなおされる。

 自然と流れてきた涙が、お兄さんに飛びついた勢いでどこかに消えていく。

 

 受け止めようとしたお兄さんがバランスを崩して空いていた席に半ば倒れるように座り込み。それにも構わず十数年分の想いをぶつけるようにチューして、抱き着いて、頭を擦り付けた。

 

 

 

 

「―――――好き……大好きですっ!」

「スズカ――――ちょっ、待て落ち着――――むぐっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

【サイレンススズカとトレーナー、電撃告白によりBCクラシック制覇】

 

 『かねてより婚約を発表していたサイレンススズカとトレーナーだが、BCクラシックのレース中にトレーナーが想いを叫び、それに応えるようにサイレンススズカが加速する様子が一般の観客によりSNSに投稿された。

 

 世界レコードでの勝利後、熱烈なキスの後でトレーナーが改めて求婚する様子は全世界に放送され、祝福の声が関係各所から上がった。

 

 

 

『以前から病気がちな私に代わって、彼が子供の頃から娘の面倒を見てくれていた。娘を託すのなら彼しかいないと思っていた』(サイレンススズカの母)

 

『大人しくて手が掛からない、面倒見のいい子だった。けどいつかやるんじゃないかと思っていてもまったくやらないので、待ちくたびれていた』(トレーナーの母)

 

 

『比翼連理、やはり世界に羽ばたくには掛け替えのない存在が必要不可欠ということでしょう。彼らが今後も支え合って勇往邁進してくれることを祈ります』(シンボリルドルフ / トレセン学園生徒会長)

 

 

『まだ結婚しないのかな、と思っていました。トレセン学園の皆で祝福したいと話しています』(トレセン学園生徒)

 

 

 

 

 結婚式は有マ記念の後に関係者のみで実施されるとのこと。

 また子どもについて質問されると、

 

 

『たとえ婚約者であっても、トレーナーとして彼女が社会人になるまではそういったことはありません』(トレーナー)

『一緒にレースができるくらい欲しいです』(サイレンススズカ)

 

 

 と語ったとのこと(アメリカ〇〇ニュースより)

 またインタビュー中も密着して離れないなど熱愛ぶりを見せつけており――――』

 

 

 

 

 

 

「うわああああ、もう外出歩けねぇ!?」

 

 

 

 テレビをつければBCのスズカの最高の走りと一緒に、レース後のついカッとなってしたキスと告白が大写しになる始末。しかも明らかに俺の方からキスしてるし。

 更にSNSに無許可投稿しやがった現地民により、ご丁寧に字幕までつけられてレース中の告白した瞬間と、スズカの嬉しそうな顔、変態的な加速が取り上げられると、真面目なレース解説者まで「これは……愛ですね」と解説を明後日の方向にぶん投げる始末。

 

 そしてもうその映像を見るたびに思い出してチューしたくなるのか何なのか、熱烈なチューをかましてくるスズカもいるし。

 

 

 

 

「……すきぃ………お兄さんっ、もっと………ちゅー」

 

 

 

 

 

 

 ……つ、辛い…っ。

 自重をぶん投げ、トイレもお風呂も一緒に入れと大暴れするスズカを止めるのは無理なので、仕方なく一緒に入ればチューしながら身体洗ってくるし……なんで俺襲わなかったんだろう? もうなんか空腹を我慢しすぎて分からなくなったような心持ちである。

 

 

 

 さりげなく胸に手を当ててみると、ふにゃけた顔でキスを催促してくる。

 ………うおおおこんなところに居られるか! 俺は日本に帰るぞ!

 

 

 

 

「………お兄さん」

「何かな、スズカ」

 

 

 

「触られるの、はずかしいので……かわりにチューしてくれなきゃ嫌です」

「はい」

 

 

 

 

 唇が……ふやける…っ! 舌の筋肉が筋肉痛になりそう。なんでウマ娘はこんなに丈夫なんだ……ステイヤーだから? 誰だサイレンススズカをステイヤーにした変態は!? 俺だよ!

 

 

 もう動けないくらいチューさせられたのだが、無抵抗になったのをいいことに、あとついでにご褒美の約束を印籠か何かのように掲げて好き放題チューしてくる暴れウマ娘……。

 

 

 

 

 

「……チューしてないと、寂しいです」

 

 

 

 

 ちょっと心配そうな上目遣いの可愛い顔でそんなことを言ってくるが、言ってる内容は可愛くない。朝起きて、顔洗う間以外チュー。ご飯作ってる間はキスマークを量産され、食べ終わったらチュー。むしろ口移しで食べさせろと言いかねない勢いだった。

 

 やっぱりあの黒い“領域”で怖かったんだろうな、と受け入れたのがまずかった。

 ついにこっちからの愛情に確信を持ってしまったスズカはもう俺にも止められない。

 

 

 

 

 

「……頼む、スズカ……休ませて……つらい」

「……………あっ。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 止まった。

 

 ウソでしょ……頼めばよかったのか……。

 膝枕をしてご満悦だったり、抱きしめられて頬擦りされるくらいならまあ………大人しいか? 大人しいと思うしかねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして色々あって見れなかった、菊花賞のレース映像をスマホで見ることに。

 

 

 

 

 

 レースは先頭に立つセイウンスカイがスローペースに持ち込もうとするが、恐らくは対スズカ用の戦術なのだろう先行策を取るスペシャルウィークがプレッシャーをかけ続け。熾烈なデッドヒートの末、写真判定に。

 

 僅差でなんとか凌いだセイウンスカイが二冠目を取った。

 恐らくスペシャルウィークの敗因は、セイウンスカイの背後で2番手になったことで追い抜ける相手がいなくなり、領域をしっかりと発動できなかったことだろう。それでも僅差だったあたり、末恐ろしいものを感じるが。

 

 

 

 

 

「……スぺちゃん、ちょっと太った…?」

「うっ」

 

 

 

 容赦ねぇ……。

 本人がいなくて良かったと思うスズカの率直すぎる言葉に、とりあえずスぺちゃんを擁護しておく。

 

 

 

 

「多分スズカがいなくて寂しかったんだよ……」

「なら仕方ないですね」

 

 

 

 

 と、そのままチューしようとして踏みとどまり。

 耳を萎れさせながら断念したスズカを、こちらから抱きしめる。

 

 

 

 

「……結婚式の予定、詰めよっか」

「はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっとまだまだ、俺たちの道は、景色は続いていくけれど。

 それでもスズカと一緒に歩んでいけるのなら、きっと辛い時も、苦しいときでも楽しんでいける。

 

 

 

 

 異次元レベルでの寂しがり屋なのは、色々と辛すぎるけれど。

 それでも、二人なら。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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