異次元の寂しがり屋   作:アマシロ

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帰国

 

 

 

 

 

 

「おーい、スズカー」

「…………はい」

 

 

 

 朝起きると、昨日はチューしろチューしろとあれほどはしゃいでいたスズカが、げっそりした顔で伸し掛かってきていた。

 心なしか毛艶も悪いし……ガレ*1てる? もしかしなくてもエグい走りをしたせいで消耗しすぎたのだろうか。

 

 

 

「お兄さん……身体が重くて………どうしましょう」

「食欲は?」

 

 

 

「その……あまり」

「ちょっと待ってろ。ほら、一回離して」

 

 

 

「ぅぅー……」

 

 

 

 こんな時なのに―――だからこそ? 寝間着を掴んで離さないスズカの手をやんわり解いて、とりあえずこんなこともあろうかと持ち込んでおいた高級バナナを……。

 

 

 

「ほらスズカ、バナナだぞー」

「………食べさせてください」

 

 

 

 

 もくもく。

 小っさい口でどこぞの深窓の令嬢みたいに食べるスズカ。乙女かな?

 

 

 

「ぁーぅー……おにぃさん、くちがつかれましたー」

「キスしすぎなんだよお前は……」

 

 

「かめませんー…」

 

 

 

 食欲無いのは本当らしく、バナナのさきっちょだけ食べたところで拒否の構え。

 ……ミキサーとか無かっただろうか。

 

 とりあえず手で小さく潰したのを差し出すと、またちびちびと食べて……そのまま指を甘噛みしてきた。

 

 

 

「……くすぐったいんだけど。スズカ、顎の疲れはどうした」

「…………んー」

 

 

 

 お兄さんは別腹です、とでも言いたげなゆるい顔でかぷかぷと噛んだり、カタチを確かめるように指先を舐めたりしてくるので口にバナナを押し込む。

 

 

 

「おら食え、栄養たっぷりだぞ」

「………んぅ~~ぅー」

 

 

 

 指は吸いついて離さないくせに断固食べる気がなさそうなスズカは仕方なく放置。自分の朝の支度を済まして帰国に備えなくては。飛行機までが……あと4時間くらい。

 

 

 

「お兄さん………おにぃさぁーん」

「ワキちゃん……」

 

 

 

 幼児退行、もとい小学生くらいまで退行してるじゃないか。

 動けないので駄々こねモードに入ったのか、尻尾だけバタバタと動かしてアピールしている。

 

 が、無視してとりあえず歯を磨き。

 パンを焼いてバターをつけ、ベーコン焼いて食べたところでスズカの機嫌が斜めになってきた。

 

 

 

「………お兄さんー…?」

「食べる?」

 

 

 

「食べないので構って下さい」

「いや俺も腹減ったし」

 

 

 

「……構ってー……お兄さん、かまってー」

「食べ終わったら構ってあげるから」

 

 

 

 

 くっ、面倒な。でも甘えた声は正直可愛い。

 バナナを口に突っ込んで黙らせるが、咥えただけで食べる気配のないスズカは置いておいて食事を終え。

 

 頑張って手動で潰したバナナをスポーツドリンクと混ぜてみる。

 

 

 

「ほら飲め、栄養取らないと治らないぞ」

「…………」

 

 

 

 ちびちびと飲んで、「もういいですか?」という顔でこっちを見てくるスズカ。

 中身は1割も減っていないのである。

 

 

 

「スズカ、お前それ飲まないならチュー無しだからな」

「そんな!? 横暴です!」

 

 

 

 

 すごい不服そうに飲んでるスズカだが、やっぱり減らない。

 ……仕方ない。このままガレてるとスズカの健康への悪影響も心配だし……何かないか。あっ、そうだ。ちょっとアホな方法だけど可能性としてはあるか。

 

 

 

「ぅぅ……もう飲めません」

「じゃあそれ貸して」

 

 

 

 

 とりあえずジョッキは置いて、まずバナナを口に含んで。

 軽く解したところで口移しでバナナを食べさせてやると、気分は雛鳥に餌をやる親鳥……? いや雛鳥はこんなにねっとり舌を絡めてこないが。

 

 そんな内心はさておき、うっとりした顔でバナナを飲み込むスズカはすこぶる幸せそうな顔で息を吐いた。

 

 

 

「はふ……………お兄さん、もっと……」

「このバナナ食ったらもう一回な―――はやっ」

 

 

 

 シュレッダーにかけた紙のように、スルスルとスズカにバナナが飲み込まれていく。

 お前やる気ないだけで食えるじゃねぇか!?

 

 

 

「ぇへへ……ちゅー」

 

 

 

 

 とりあえずスズカはバナナを一房は完食。

 ウマ娘としては小食だが……まあ食べないよりはいい。

 

 その後は動く気のないスズカを着替えさせ、背負って空港に向かうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アメリカから日本までは半日ほど。

 ファーストクラスでCAさんにチラ見されながら口移しじゃないと食べないと駄々をこねるスズカを宥めすかして*2ご飯を与えつつ、二人で寝たりなんだりして、いつの間にか日本へ。

 

 

 

 やっと自分の脚で立つ気になってくれたスズカに抱き着かれながら、空港の待合に出たところで盛大な歓声と無数のカメラに出迎えられた。……流石にフラッシュ焚く人はあんまりいなかったが。

 

 

 

 

『さあ、劇的な告白とともにBCクラシックを制覇したサイレンススズカさんとそのトレーナーが今帰国しました! 腕に抱き着いています!』

 

 

 

 劇的なのはBCクラシック勝利の方で、告白ではないはず…。

 あとなんでさらっと腕に抱き着いてるのかなスズカ。フラッシュが嫌だから顔を隠したいのは分かるけど、それ全身で密着しなくてもいいよね?

 

 

 

『有マ記念出走についてはどうですか!?』

『既に人気投票で圧倒的な一位が予想されていますが!』

『体調は万全なんでしょうか!?』

 

 

 

「今回のレースの疲労が大きいので、体調を確認してから慎重に判断する予定です」

「(こくこく)」

 

 

 

『BCクラシックでダート2000の世界レコードを出したお気持ちは!?』

「……えっと、お兄さんにとって最高のウマ娘になりたい一心だったので…」

 

 

 

 

 なんでお前そんな燃料投下するの?!

 女性の悲鳴、囃し立てる声や末永く爆発しろとか祝福?されつつ、今度はこちらにマイクを向けられる。

 

 

 

『とのことですが、トレーナーさんからも一言!』

「芝でもダートでも最高のウマ娘だと言っていいと思います」

 

 

『なぜレース中に告白を!?』

「彼女の場合は、その方が最高の走りになると思ったからです。結果はご覧頂いた通りです」

 

 

『サイレンススズカさんを好きになった切っ掛けは!?』

「切っ掛けと言うか……子どもの頃から一緒にいるのが当然だったので、切っ掛けというほどのものはないですね」

 

 

 

『トレーナーさんを好きになった切っ掛けはありますか!?』

「えっと……迷子になっていた私を助けてくれたこともそうなんですが、寂しい時は傍にいてくれて、私の夢のためにいつも全力で助けてくれて、あと本当は優しいところが…」

 

 

 

 

 そのまま無限に語りそうなスズカの手を引いて取材陣から逃れる。

 同じく囲まれているタイキに頼んで蹴散らしてもらう。

 

 

 

「OKデス! すみません、また後程の記者会見でお願いしマース!」

 

 

 

 

 流石の存在感。このあたり普段のスズカには無いものなので、その後ろに続いて上手いこと人混みを割って脱出。

 

 そのまま迎えに来てくれたおハナさん……もいるが、沖野先輩の運転する車で学園に向かう。やっぱりこの二人どういう関係なんだ…?

 

 

 

「よぅ、おめでとさん後輩」

「ありがとうございます先輩」

 

 

「それにしても勝てるかもとは思っていたけれど、流石ね、貴女達」

「ヴィクトリー! おハナさんのお陰デース!」

「はい」

 

 

 助手席に座るおハナさんがスズカとタイキを褒めるが、ぐいぐいと俺の膝の上に座ろうと格闘するスズカを見て溜息を一つ。

 

 

 

「お兄さんの上がいいです」

「事故ったら困るからシートベルトはしなさい」

 

 

 

「私の上からしてください」

「そんなことしたら二人で頭ぶつけあって死ぬから。俺が怪我してもいいのか」

 

 

 

「むぅ……」

 

 

 

 手を恋人繋ぎにしてやるとご満悦のスズカを隣に座らせ、その更に横にタイキ。

 おハナさんは運転しないので暇なのか、こんなことを言いだした。

 

 

 

「それで、結婚式は呼んでくれるのかしら?」

「いや、そりゃ呼ばせていただきますよ。おハナさんはスズカを担当させてくれた恩人ですし」

 

 

「貴方達の場合、そうでもないと退学しかねなかったしね…」

 

 

 

 いや俺は辞めないけど。

 スズカは別の担当とか嫌がりそう、というか寂しさで左旋回して練習にならなそうである。

 

 

 

「俺は?」

「沖野先輩は……スピーチ頼んでいいですか?」

「ちょっと、この男は止めておきなさい」

 

 

 

 

 いやでもこの人盛りあげ上手だし……一番スピーチさせちゃいけない俺の母親という特大の爆弾に比べたら優しいもんである。

 

 

 

「任せときな、最高の盛り上がりにしてやるよ」

「滑ったらゴルシ差し向けますね」

 

 

「待て、早まるな。最近アイツ真面目に走ってたりでちょっとマジで怖いんだからな」

 

 

 

 

 某厩務員さんらしき人のサインの効果よ…。

 今後はもういいから、と言ってサインの恩を一括返済してもらえば多分沖野先輩は死ぬ。何故かマグロ漁船に拉致られる先輩の姿が脳裏に…。

 

 

 

「立派なマグロを釣ってきて下さいね」

「怖えよ!? というかなんで急にマグロ!?」

「オゥ、エキサイティン! 楽しみデスね!」

 

「唐突にゴールドシップみたいなこと言うわね」

 

 

 

 えっ、似てるかな…。

 ちらりとスズカに目をやると、時差ボケで若干眠そうなスズカは少し悩んでから言った。

 

 

 

 

「……実は優しいところは、少し? でもどちらかというと、お兄さんって不思議とウマ娘への理解度が高いですよね。グラスとか、テイオーとか、スぺちゃんとか。ゴールドシップ先輩の考えを予測してるんですか?」

 

 

 

 ぷくーっと頬を膨らませるスズカは不満げである。

 何その「私以外のウマ娘も良く見てるんですね」みたいな顔は。お前そんな嫉妬深い性格じゃないだろうに…。寂しいだけか?

 

 

 

「スズカのお陰で(変わった)ウマ娘の相手は慣れてるからですかねー…」

 

 

 

 負けん気が強いあたりはグラスともテイオーとも似てるし、オーバーワークしがちなところもそっくり。ゴルシほどじゃないが突拍子もないのはスズカも同じだし……人の寝具を奪っていくどころか交換するあたりゴルシでもしないんじゃないのかそんなの。

 

 

 

 

「「ああ……」」

「ハートトゥハート、ですね!」

「じゃあお兄さん、私が今なにを考えているか分かりますか?」

 

 

 

 えー。

 スズカの顔を見る。ガレてるせいか元気はないが、今朝がた……時差のせいであれだがともかく半日前よりは良さそう。耳の動きからして機嫌も悪くない、ということは。

 

 

 

「調子が戻ってきたから軽く走りに行きたいな?」

「……正解です。流石ですね、お兄さん」

 

 

 

 何故か得意げなスズカはさておき、走りに行くならカロリーが足りない。

 

 

 

 

「先輩、どこかこの辺に軽めのご飯食べられるところとかあります?」

「んー、トレセンの近くの和食とかどうだ? 久々だろ?」

「私の行きつけに電話するから、そこにしましょう」

 

「あの……お腹は空いてないんですが」

 

 

 

「「「食べなさい」」」

「……ぅぅ」

「楽しみデース!」

 

 

 

 

 そういうわけでお高いお店にお祝いも兼ねて食事に。

 食べられないとゴネる(というか口移ししてほしそうな)スズカは箸の「あーん」で黙らせ。

 

 

 

「あー、こんな料理が作れるお嫁さんがほしいなー」

「……!? タイキ、そこの和え物もらうわね。ありがとう」

「オゥ……ユアウェルカム」

 

 

「………お醤油がこれくらい……白だし……甘酢?」

 

 

 

 真剣な顔で味付けを考察し始めた。ちょろい。

 代わりに、先輩たちに「うわあ」という顔で見られたが。

 

 

 

「罪な男だなお前も……」

「いや、だって俺もスズカに似たようなことはしてますし…」

 

 

 

 お互いに全力で甘やかすことで酷いレベルでバランスが取れている…?

 こちとらスズカのために添い寝して、朝ごはん作って、ランニングに付き合い、メニューの負荷量を調整し、どこそこの景色が見たいと言われれば出かける準備をして車を運転し、勝手に走り出したらメニューを組みなおし、仕事もして、マッサージもして、買い物は荷物持ちをし、チューを強請られ、お風呂に入れろと駄々こねるスズカと格闘し、一緒に寝ることまでしているのだ。

 

 

 

「お前スズカのこと好きすぎじゃね…?」

「まあ可愛いですからね。手のかかる子ほど可愛い…?」

 

 

「……っ!? お、お兄さんっ、もう一回お願いします!」

 

 

 

 お前ガレてなかったっけ…?

 心からキラッキラした目で抱き着いてくるスズカである。

 

 

 

「手が掛かる子?」

「その前です…!」

 

 

 

「スズカ大好き」

「………っ!? わ、わたしも………その……だいすき

 

 

 

 許容量を超えたのか、もじもじしながら俺の背中側に隠れるスズカ。ぴったり身体を寄せてくるので喜んでいるのは間違いない。……やっぱりチョロい?

 

 

 

 

「ほどほどにしときなさいよ。いつか刺されるから」

「まあそろそろスカウトの時期が近付いてきたからなー」

 

「え。まだ早くないです?」

 

 

 

 

 スカウトは春先、なのでまだ4カ月くらいはあるはずなのだが。

 

 

 

「有望株には声を掛けとくものなのよ。リギルはまあ、選抜レースに出てくれないと採用しないけど、それはそれとして。声を掛けないと自分からはこない変わり者も多いし」

 

 

 

 スズカとかね、と言いたげなおハナさんである。まあ確かに…。

 つまり先に目星はつけておく、と。

 

 

 

「まあ貴方の場合はこれだって子がいればスカウト、リギルの名前で仮内定くらいは出してもいいわ」

「うお、太っ腹だねおハナさん」

 

 

 

「スズカのことも、テイオーのこともあるしね。見る目は間違いなくありそうなのよね」

 

 

 

 それにしてもスぺちゃんの一つ下の世代……つまり覇王世代か。

 テイエムオペラオーは既にリギルに入っているので他、メイショウドトウ、ナリタトップロード、そして――――アドマイヤベガ。

 

 ダービーを勝利するも菊花賞ではナリタトップロードに敗退。その後繫靭帯炎を発症して引退して種牡馬入りするが、胃破裂で若くして亡くなる。

 

 

 

「アドマイヤベガ――――」

「………お兄さん?」

 

 

 

 はっ!?

 振り返るとかつてなく表情の抜け落ちたスズカが、限界まで耳を絞っていた。

 

 

 

「ど、どうしたスズカ。顔が怖いぞ、ほら笑って」

「…………(にこり)」

 

 

 

 目が笑ってない。

 というかハイライトが消えた目ってこういうのを言うのかな…。

 

 

 

「ま、まあ待てスズカ。あくまでレース、走りでスカウトするならアドマイヤベガかなって……胸ならメイショウドトウとか選ぶって!」

 

「……でもお兄さん、純粋に、本当に速さだけで選ぶなら……?」

 

 

 

「えっ? オペラオーかな…?」

「…………(スッ)」

 

 

 

 いやあの、無言で表情消さないで…。

 だってオペラオーはリギルにいるからスカウトできないよ…?

 

 というか、史実通りだと不幸な結末だからアドマイヤベガを見たいってなかなか意味不明なことを言ってる自覚はあるし…。ライスシャワーはお兄さまがいるからなんとかしてくれそうだけど。

 

 

 

 

 

「………お兄さん、何か隠してますね」

 

 

 

 ……まあ、なんとなくバレてるからこうして怒ってるんだろうな、とは思う。

 

 

 

「どうしてアドマイヤベガさんなんですか?」

「……俺が見た方が良い、と思ったからかな」

 

 

 

 

 ジトーっとしたスズカの目と見つめ合うこと数秒、スズカは凄く拗ねた顔で言った。

 

 

 

「……お兄さん、寂しいのは嫌ですよ?」

「担当が増えても、俺の愛バはお前だよ」

 

 

 

「じゃあ、毎日お風呂もいっしょですよ?」

「いやあの、スズカ? おハナさんと先輩もいるから……」

 

 

 

「……あら」

 

 

 

 あらじゃないが。

 というかそもそも、都合よくアドマイヤベガをスカウトできるとも思えないしな。

 

 まずはグラスのマイルCS、スズカとグラスの直接対決になる有マ記念に集中しないと。

 

 

 

 

「ま、やることはちゃんとしなさいよ」

「ちゃんと付けるとかな」

 

 

 

 

 

 先輩はともかく、やるべきことはしっかりやらなくては。

 というかこの二人やっぱり仲良いよな? スズカに目線を向けると、スズカも軽く頷いて。

 

 

 

 

 ともかくしっかりスズカに食事をとらせることに成功したところで、全員でトレセン学園に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*1
疲労や食欲低下などで体重が落ちた状態

*2
あんなの繰り返してたら理性が持たない

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