さて。
スズカが全てをぶっちぎる加速とスプリンターばりの快速を、並のステイヤー以上のスタミナと息の入れ方の上手さでゴリ押しする異次元の先頭民族であるのに対して。グラスワンダーの強さはマークの上手さとロングスパート、そしてとんでもない切れ味の末脚である。
なのだが……練習のためスローペースで末脚を溜めさせたスズカと併走させていたら、そんな場合でも捲って上がってきてそのまま(普通のウマ娘なら)撫で斬りにするヒットマンが生まれてしまった。追いつかれそうになるとスズカのストレスがマッハな(+断固抜かされまいとして消耗する)のであまりたくさんはやってないが。
まだ本格化してないテイオーは、そんなヤベー怪物二人に挟まれて先行策。位置取りと仕掛けのタイミングは芸術的なのだが、いかんせん本格化してないので勝負にならない。
「ゥアアア~、もう、やんなっちゃうよね!」
とかなんとか言ってる割に目がギラギラしているあたり、不屈の帝王の片鱗を感じる。もしかしてヤベー奴にヤベー練習させてる? 走りが更に洗練されてる気すらするのだが、コイツまだ上があるの? ボコられるとパワーアップするとか、お前は戦闘民族なのか?
しかしスズカはワキちゃん時代に全盛期のサイレンススズカを目指させてステイヤーもできるスタミナとスプリンターを引きはがすパワーが増設されたが、大逃げが特殊すぎてイマイチ比較ができない。けどもしかしてワキちゃん、全盛期のサイレンススズカより強い?
グラスは元々怪物二世だったので、身体をしっかりつくらせたことで怪我無く本来の領域に到達できただけだがそれが大分頭おかしい。
テイオーは最初から叩かれまくって不屈モードに入ったせいでなんか風格が出てきた気がする。無敵のテイオー様じゃなく、緻密な戦略で勝利を目指す不屈にして絶対の帝王……あれ強そう。
「……で、ウチの子が妙にご機嫌だったんだけど心当たりは?」
「無いですね」
訪ねてきてくれたカフェトレことトレーナー掲示板のキリマンジャロの嵐、嵐山さん。女性の先輩なのだが、結婚して引退を考えているのだとか。いつぞやはカフェに下着相談されて他の男トレーナーの流れに乗って真顔で淡々と返事をするというボケをかます(女性同士なんだから普通に相談に乗ってあげてください)などの天然ぶりでなんやかんや担当からは愛されている模様。
「………うわぁ、相変わらずのクソボケぶりね」
「あっ、嫌いな奴が来なくなってせいせいした……ということですか? 流石にそれはちょっとショックなんですが」
……うっ!?
頭に何か当たった!? ゴムボール的なもの! 背後を振り返ると『お友だち』が中指立てていた。……マジで嫌われてね?
「で、私が引退したらカフェのことよろしくね?」
「………いやあの、今でもお腹いっぱいなんですが」
まずスズカに拘束される時間がアホほどに長いので、ある程度自主トレできるかスズカと一緒に練習できないと厳しい。何故かカフェはスズカといるのを嫌がるので、無理だと思うのだが。
「でもスズカちゃん引退でしょ?」
「……ど、ドリームトロフィーリーグありますし……」
「多分、デビューは再来年くらいになると思うのよね。私も来年までは残るつもりだから……」
「いやあの、話聞いてください。スズカと一緒にいると負担があるみたいなので、カフェのためにならないんじゃないかな、と……」
結局、どちらか優先しろと言われたらスズカしか選べないし。
なんとも言えない顔をしている嵐山さんは、しかし小さく首を振った。
「ううん。『お友だち』の件もあるからね。私はカフェを信じてるけど、それでも見えないのは同じこと。どうしても本当の意味での理解者にはなってあげられない。あなたも、本当の意味でカフェは支えられないかもだけれど、理解者にはなれるでしょ?」
「いや、でも……」
「利益と不利益を秤にかけて、それでもカフェのためになると思うんだ。あと、アオハル杯の噂、聞いてるよね?」
「……マジでやるんです?」
アオハル杯の復活――――短距離や長距離、ダートの振興のために掲げられたそれは、アプリのそれとはひと味違う。初回お試しでドリームトロフィーリーグとトゥインクルシリーズが入り混じった上で行うとのこと。ハンデとして、ドリームトロフィーリーグの面々は普段と違う距離などを走らされるみたいだが。
長距離(3000とか)のオグリキャップとか、マイルのシンボリルドルフとか、芝のスマートファルコンとか。ファンとしては面白そうだが、トレーナーとしては頭を抱える案件である。
――――まあマイルを一度も走ってないサイレンススズカという最終兵器がいるんだけどね! うわー、いっかいもはしってないなんて、てきせいがしんぱいだー。
しかし本来の最適距離であり、実際イジメである。でも体つきがステイヤーとか言われてるスズカは泣いていい。
「運営側に移るからこその特権ね。ハナちゃんも多分知らないから」
「でも別に俺がやらなくても―――」
普通にリギルにスズカ、テイオー、グラスを合流させればいい気がするのだが。
「リギル一強だと盛り上がらないから絶対やめて。ちょうど理子ちゃんが誰かさんのせいで悪化した風紀を締めなおそうとしてるし、貴方は別チームとして出てもらうから。で、理子ちゃんが勝ったら使えなくなりそうな空き教室を引き続き使うためにカフェも出場するはずだし」
「えぇ……」
上手いこと扱われてるな、カフェ…。
でもそうしたところでダート(マイル):サイレンススズカ、マイル:グラスワンダー、中距離:トウカイテイオー、長距離:マンハッタンカフェで普通に足りないのだが。お友だちをダートで借りていいですか? スズカならスプリントでも、サクラバクシンオーとかの超一流以外には負けないだろうし。
「貴方ならいるでしょ、短距離の子の心当たり」
「いやいませんが」
「未デビューでいいのよ?」
「……えぇ~」
担当がいなそうな短距離というと、ミホノブルボンとアストンマーチャンくらいでは? そもそもスズカしか見てない俺とマーチャンの相性は最悪で、ブルボンはスプリンターじゃなくて三冠を目指しているわけで。……龍王とかどこかにいないだろうか?
ドリームトロフィーリーグの面々はトレーナーもすでにいるし、長距離バクシンオーとか仲間にしても普通に辛いし…。
一応、勝った相手のメンバーを吸収していい(相手が賛同してくれれば)みたいだがそれでも誰かしらは出さないと話にならないし。モブウマ娘を鍛えるのはちょっと片手間にやるにはハードルが高い……ワキちゃん育成とか人生懸けてたからなぁ。
短距離、短距離ねぇ。
本格化の問題もあるし、二年あれば多分2期が始まる?ので、オペラオー世代かシャカール世代、またはテイオー世代でスプリンター……本格化してなくてもアオハル杯に調整すれば走れなくもないらしいが、まあ覚えておこう。流石に不利に変わりはないだろうし。
「最悪、スプリンター志望を捕まえてスズカにスタートを教え込ませて徹底的にスタミナを鍛えます。スパートかけ続ける根性があれば勝てるでしょう」
「………そんなサイレンススズカみたいな子そうそういないと思うけど」
こちとら本物のサイレンススズカがいるので、多分スズカならなんとかできる。
でも短距離といえば巨乳、どこかに巨乳はいないのか…。
……貧乳しかいなくね?
「トレーナー、何処見てるの」
「トレーナーさんもストレッチ、されていきますか?」
すみませんでした。
でもグラスはアレだし、テイオーも体型ガキンチョだし、スズカはワキちゃんだし。カフェも胸ナーフされてステイヤー体型だし。
……アヤベさんにトレーナーいなかったら来てもらおうかな。
いや、現状の方が目に優しいんだけど。タイキが遊びに来たときとか体操服に目が引き付けられるし。
―――――――――――――――――――
というわけで、マイルチャンピオンシップ。
本来は確かタイキシャトルが勝っていたはずだが、アメリカ遠征していた関係で回避。代わりにグラスが出走するということで、シーキングザパールの1番人気に次ぐ2番人気。
とはいえマイルの絶対王者の不在ということで、サイレンススズカ、タイキシャトルと並んで海外遠征成功者として名前が売れているパール、エルコンドルパサーに勝利したグラス以外は混戦模様のようだ。
ちなみに場所は京都だが、当然のようにくっついてきているスズカである。もう何人でも同じことなので、(あとグラスが気まずくならないように)テイオーも勉強がてら連れてきている。まあスズカがちゃんと空気を読んで大人しくしてたので、むしろ怪訝そうにされてたが。
「お兄さん、私だってレースの邪魔をしないくらいの常識はありますよ…?」
「……そっかあ」
言いながら尻尾を俺の腕に巻きつけて、胸元に頬擦りしてきてなければ説得力あったかもな…。いやグラスの邪魔はしてないんだけどね。
「あとスズカ、普通に撮られてるからね? ピースじゃなくて」
撮られてると聞いてにっこり笑顔でピースするスズカだが、そうじゃない。
めちゃめちゃ恥ずかしいんだよ!
「指輪も一緒にお願いします!」
「はい」
はいじゃないが。
仕方ないのでスズカを盾にすると、身長差的に屈む必要があり。その姿勢に何を思ったのかほっぺにチューをかましてきたスズカのせいで歓声(と悲鳴)が上がる。
「いや。あのな、スズカ。恥ずかしいからやめよう、な?」
「はい。………すみません、写真は終わりでお願いします」
いちゃつくのは続けるんですね…。
「あ」
「どうした、スズカ」
「お兄さん、トイレ行きましょう」
「行きましょうじゃないが」
男を連れションに誘うんじゃありません。
こんなこともあろうかと、というわけでテイオーシールド発動。「ああもう、レース始まる前に行くよ!」とスズカを引きずっていくテイオーの方が年上にしか見えない…。
「うそでしょ。お兄さ~~ん……」
「トレーナーは絶対さっさと責任取るべきだよね」
もう取ってるはずなんだが!?
そんなわけで退場したスズカ。
嵐が過ぎ去ったような感覚を受けつつ、近くにいたウマ娘と目が合った。
「あら」
「………んんん?」
低い位置で二つに束ねた鹿毛の長い髪、額の丸い流星。
落ち着いた雰囲気の私服は、トレーナーなりたての頃に何度か出会った覚えがあった。こんなに胸デカくなかったけど。………ごくわずかにしか大きくなってないワキちゃん…。
「………お久しぶりですね、凱風な方。まさかこのような場所でお会いするとは……八重の潮風でしょうか」
つまり、こんなところで会うなんて意外でした、という意味…なのか?
「そうかもな。そっちもマイルCSを見に来たのか?」
「ええ。私にとっての初風、あるいは暁風であるかもしれませんので」
………うん? まあ意味不明なことをいうゴルシと違って分かりにくいだけっぽいし、風の意味をスマホで調べればまあ…。
つまり初めて吹いた風、走る切っ掛けということだろうか。
「そうか、それでわざわざ観戦に?」
「ええ。いつか私もあの時のような風に、と。あとテイオーさんにも誘われました」
へぇー。仲いいのか…。
でも風ワードが前より減った気がする。コミュニケーションに支障があるくらいは風塗れだった気がするのだが。
「そういえば初めて会った時より風が抑えめだな」
「………あなじのようなところもあるのですね」
海で航行を妨げるような風、と。
つまり意地悪と言いたいのだろうか。……スズカにもよく言われるんだよなぁ。
「全部風に巻こうとする君も大概じゃないか?」
「……なるほど、それが貴方らしさであると。凱風かと思えば、舞い風のような方でしたか」
ちょっと怒って…いや、拗ねてるか。
まあスズカの走り癖も、グラスのなんか微妙に違う大和撫子も、とやかく言われたら嫌だろうしな。
「谷風もあれば東風もある、ということでどうだろうか」
「……どちらも同じ風ですが、いい意味にも悪い意味にもなる。ご忠告は、ありがたく受け取っておきます」
つまるところ『良薬は口に苦し』『風は風として、コミュニケーションはちゃんと取れ』というようなことを伝えたいわけなのだが。
「……おや、そろそろ始まるようですね」
「ウチのグラスワンダーも出るからな、注目してくれていいぞ」
「それは恵風でしょうか。ならば風待ちをせねば、ですね」
「恵風というよりは、大嵐な感じもするが……」
ゲート入りで例のお茶飲みから茶碗叩き斬り領域を発動したグラス。なんとなくそのただならぬ気配は察知したらしいウマ娘は、「この風は……」とつぶやいてレースに集中し。
そこでようやくスズカが戻ってきた。
「――――お兄さんっ」
「あら」
飛びつきハグから頬にチューまで決めたスズカに、風のウマ娘は少し驚いたような顔をしたものの。
「天津風のような方ですね」
「……そういえば、身体の調子はどうなんだ?」
「ええ。あなじさんのお陰で順調ですよ」
本当に順調ならそんなにテーピングもしないと思うが。歩き方も若干おかしいし、どこか痛めていると見た。そんなやり取りで何かを察したのか、スズカと、走り出したスズカに置いてかれたらしいテイオーが何かを察した顔になる。
「で、どう。トレーナー?」
「お前……この前の話聞いてたな」
アオハル杯の話から、テイオーなりに短距離の有望株を探してくれたらしい。
この胴体の詰まり具合、体型だけで決まるわけではないが、そこだけならタイキシャトルに匹敵しそうな感じである。
「まあねー。短距離を走れて、僕としても併走したい相手っていうとやっぱりゼファーかなって」
「………飄風ですね」
テイオーに褒められてちょっと嬉しそうな推定ゼファー……ヤマニンゼファー? え、マジ?
『さあ体勢整いました――――GⅠ、マイルチャンピオンシップ。今――――スタートです!』
ハナを奪っていたのは逃げウマ娘二人。そこに3~4バ身離れてシーキングザパール。中団につけたグラスは特段焦る様子もない。
確かタイキシャトルが圧勝したレースなので、他は突き抜けたウマ娘もいない。
ハナの奪い合いがそこそこ苛烈になってペースが上がるが、第四コーナー手前でスルスルと上がっていくグラスワンダーがシーキングザパールに並びかけ。
『――――さあここで上がってきたグラスワンダー! 朝日杯の再現なるか、ここからどこまで千切るんだグラスワンダー!』
「うわぁ」
「鎧袖一触、だねー」
ルドルフの真似なのか真剣な声音で四字熟語など呟いてみるテイオーだが、たしかにそうとしか言いようがない。本当にどこまで千切るのか、という勢いで最終直線入ってすぐ先頭に立ったグラスがあっさりと後続を引き離す。
『これが新世代のマイル覇者か! 怪物再び! グラスワンダー圧勝! NHKマイルでの雪辱を毎日王冠で果たし、世代でのマイル最強を改めてここマイルCSで証明しました!』
『タイキシャトルとのマイル王者対決が実現するのか、気になりますね』
そんなレース結果を無言で眺めていたヤマニンゼファー?にテイオーが声を掛ける。
「そんなわけで、僕たちはリギルに反旗を翻して新世代の帝王になる! わけだけど、ゼファーもどう?」
「いや別に反旗は翻さないが」
強制的に暖簾分けさせられそうになってるだけである。
それもアオハル杯の名義だけで、まだまだリギルで勉強したいことはたくさんあるし。
ゼファーはぼんやりとこちらの顔を眺め。
テイオーとスズカ、そして歓声を浴びて立つグラスを見て。
「かつて私を救ってくれた便風。その求めには応えたくありますが……お断りさせていただきます」