「………あ」
「あ、じゃないが。オーバーワークは止めろって言っただろ―――妹さんが」
夜のトラック。
あまりに無茶な練習っぷりにトレーナーが匙を投げていたらしく、実は担当不在でデビューできていなかったアドマイヤベガ。一応スズカと様子を見に来てみたのだが、まさか本当にいるとは。
露骨に気まずそうに目を逸らす彼女は、妹のことを言われると慌てて否定した。
「ち、違うの。別に走ろうと思ったわけじゃなくて……その、どうしても眠れなかったから……」
「……布団が良くないんじゃ?」
ぽつりと呟いたスズカに、スッとアドマイヤベガの目が見開かれる。
「――――そうなのよ。布団乾燥機が壊れてしまって……」
「……そう、なんですね」
まあ普通は学生ならお小遣い制なわけで。安物で我慢できるならともかく、良いものを買うならせめてメイクデビューくらいは勝たないと金銭的に厳しいだろう。あんまり自分から何々を買いたいからお金が~とか言いそうにないし。
何だか思っていたのと違う? という雰囲気のスズカだが、少し思案した後こんなことを言った。
「――――じゃあ、ウチに来ますか?」
………どんな状況だこれ?
ベッドの上、ネグリジェ姿のスズカと抱き合う俺。タイキ用のお泊りパジャマを着て真顔のアドマイヤベガが俺を挟んでスズカの向かい側。
いや、ウチってスズカの寮じゃなくて俺の家かよ!?
よくよく考えたら結婚してるから俺たちの家だけれども!
スズカに促されるがままに何故か三人で同衾する流れにさせられたアドマイヤベガは、顔を赤くしてあわあわしている。
「――――というわけで、お布団とお兄さんが最高です」
「……で、でもふわふわしてないわよ…?」
「……お兄さんがいれば、気分がふわふわします!」
なんでお前そんな絶妙に危ない発言を…。
じりじりと布団の中で距離を取るアドマイヤベガにプレッシャーを与えないように、とりあえず
「………というわけで、アヤベさんもどうぞ!」
「どうぞじゃないが」
まともな感性の女の子はそう簡単に抱き着いたりしないんだよ! むしろセクハラ扱いになるわ!
との焦りとは裏腹に、背中に触れる温かいぬくもりに心臓が止まりそうになる。
「………その、妹のこと……感謝、してるわ……あんな解決法、貴方しかできなかったと思うし………ありがとう」
………うっ。
これがツンデレ、ないしクーデレの破壊力という奴か……スズカがいなければ即死だった。とりあえずスズカの胸がないようでちょっとある、けどやっぱり無い胸に意識を集中させつつ言った。
「君が妹を、妹が君を想ってたからこそだろ。礼はカフェに言ってくれ」
「……でも、感謝してるのは本当だから」
「……ところでその、偶にでいいから、話せたりとかは……?」
それは……いやまあ気持ちは分かるんだが、カフェと、アヤベさんの妹の気持ちに理解があるウマ娘、つまるところ適格者はカレンチャン―――の協力が必要で。
「カフェ次第かな……俺、蛇蝎の如く嫌われてるし」
「………そう、かしら」
何か後ろから白い目で見られてるような…?
ついでに何故かスズカから首筋をかぷかぷと甘噛みされてるし。
「………優しいお兄さんは好きですが。それはそれとして、譲りませんから」
「でも、そうね……ふわふわほどでは、ないけれど………なんだか……………わるく、ないかも………」
やはり疲れが溜まっていたのか、寝息を立て始めたアドマイヤベガにスズカと二人で目線を合わせて微笑み合う。
「………ところで、お兄さん?」
「どうした」
「…………おっぱい、嬉しそうですね?」
「………………ああ!」
この後、強制的にスズカの胸に顔を埋められた。
何かに目覚めさせられそうになった。アヤベさんがいなければ即死だった。
そしてなぜかアヤベはウチで引き取ることになり。
メイクデビューを快勝、そのままの勢いでホープフルステークスに挑むことになるのだった。
―――――――――――――――――――
――――というわけで、コパノリッキーさん監修で風水的にいい風が入ってくるように調整された東屋がこちらになります。元々は夏場の休憩用なのだが、理事長に話を通したら面白がって許してくれた。
「……そんな、この時期にこれほど心地よい微風だなんて……」
「いやー、トレーナー無駄に顔は広いよね」
「誰の頭がでかいって?」
ハヤヒデジョークを織り交ぜてみたが、まだテイオーは会ってないらしく反応はそれほどでもない。
というわけで、「選抜レースで勝ってから改めてスカウトの話をしてほしい」と言ってくれたヤマニンゼファーを強制的に練習に参加させている。幸いにも短距離から中距離と三階級制覇を目的としているゼファーと、ウチの練習の柱であるスタミナ強化は相性が良い。
「くっ、やはりあなじのような方ですね…」
「よく言われる」
「お兄さんは口だけ悪いですからね…」
そんなことを言いながら人の膝を枕にしてうっとりしているスズカの耳をカリカリしてやって黙らせる。
「………ぁっ、そこ………へふ………」
モフモフしてるから実際触ってる方も気持ちいいのである。
無力化したスズカはさておいて、問題はやはりスズカの引退レースでもある有マ記念だろう。
「え、何か言ったかスズカ~~?」
「……ぉにゅ………ぃじわるぅ……」
それでも指輪に手を出すと死守してくるのだが。
実際のところスズカが本気を出したら蹴散らされるとはいえ、なんとなくこう……征服欲的なものも満たされるので気分はいい。
「それほどの恵風であれば、私も風待ちしてみたいですね」
「………!? ら、らめですっ、お兄さん、私のっ!」
いやそんなに焦らなくても…。
スズカと同じでけっこうポンコツな香りがするゼファー、テイオーとグラスは諦め顔だが。
「片手空いてるが」
「……両手でしてください」
お前それ大丈夫か?
ゼファーは別に気にしてなさそうなので、スズカの両耳をカリカリ……。
「~~~~~…っ!?」
「えっと、大丈夫か…?」
「………だ、いじょうぶれすよ?」
いやどう見ても大丈夫じゃないが。
顔真っ赤にして震えているスズカが、めちゃめちゃだらしない顔をしていたので、スマホで撮影。そして速攻で奪い取られた。
「あっ、こら」
「……だ、駄目ですっ。消しておきますから!」
「えー。ちょうだい?」
「………い、嫌です」
そんなこんなで二人でじゃれ合っているとメールが届く。
……どうやら有マ記念の人気投票についてらしい。
有マ記念ファン投票 最終結果発表!
| 順位 | 名前 | 階級 | チーム名 |
| 1 | サイレンススズカ | シニア級1年目 | リギル |
| 2 | セイウンスカイ | クラシック級 | プロキオン |
| 3 | スペシャルウィーク | クラシック級 | スピカ |
| 4 | グラスワンダー | クラシック級 | リギル |
| 5 | サニーブライアン | シニア級1年目 | ミモザ |
| 6 | エアグルーヴ | シニア級2年目 | リギル |
| 7 | メジロブライト | シニア級1年目 | カペラ |
| 8 | メジロドーベル | シニア級1年目 | カペラ |
| 9 | タイキシャトル | シニア級1年目 | リギル |
やっぱりスズカが一位。とはいえあらかじめ出ないと言っているタイキもさらっと投票されているあたり流石である。
いや、引退レースが国外になってしまったので、もしかすると出る可能性もあるか…?
なんとなくクラシック級が2位から固まってるあたり、スズカに黄金世代が勝てるのか、という点の注目度が高いのかなと思う。
スズカの世代だとマイルでタイキが絶対王者やってる以外は、サニーブライアンくらいしか対抗できるのがいなかったわけだし。
そんなこんなでゼファーを実質的にメンバーに加えて、練習メニューの組みなおしと結婚式の準備で忙しくなった12月は瞬く間に過ぎていき――…。
―――――――――――――――
『――――さあ、遂にこの日がやってきてしまいました。今年も多くのレース、多くの喜びが、涙が、夢がありました。ファンに選ばれたウマ娘たちが、走り抜ける今年の総決算です―――――』
『春、ドバイにて初の海外G1勝利を挙げたタイキシャトル、そしてサイレンススズカ。大阪杯を制したエアグルーヴ、春の天皇賞を駆け抜けたメジロブライト、皐月賞を勝ち上がったセイウンスカイ、ダービーで夢を掴んだスペシャルウィーク。安田記念と宝塚記念で再び世界の走りを見せつけたタイキシャトルとサイレンススズカ』
『秋、天皇賞で遂に栄冠に輝いたサニーブライアン、菊花賞にて見事二冠を戴いたセイウンスカイ。欧州王者を争う凱旋門賞ウィークとアメリカ最強を決めるBCで世界一の称号を得たタイキシャトルとサイレンススズカ。エリザベス女王杯で新たに戴冠したメジロドーベル。マイルチャンピオンシップを圧倒したグラスワンダー』
『優駿たちが一堂に会する夢の舞台――――有馬記念!』
『まずは1枠1番、3番人気! 皐月賞・菊花賞の二冠ウマ娘――――セイウンスカイ!』
『菊花賞で見せた見事な戦略が果たしてまたみられるのか、そして世界最強に通用するのか、注目のウマ娘です』
白い穏やかな雲のような勝負服――――セイウンスカイが手を振りながらゆっくりとパドックに現れる。
(枠順は完璧。後は、勝機があるとすれば――――)
表面上の穏やかさとは反対の荒々しさを秘めた、希代のトリックスターの目線の先に。
『1枠2番、1番人気! 説明不要の現役世界最強ウマ娘――――13戦13勝、驚異のGⅠ9勝! 芝を制し、ダートを制し、最早敵う者なしと無敗のままこの引退レースに臨みます――――無敗の九冠ウマ娘、サイレンススズカ!』
『全てのレースを大逃げで捻じ伏せてきた、異論なく世界最強のウマ娘ですね。左手に指輪を携え、このレース後の結婚式とドリームトロフィーリーグへの移籍が明言されています』
(……結婚式、楽しみね)
凛々しい顔の下で、さっきしてもらった熱烈なチューを思い出しながら笑みを深めたりしているスズカは、軽く右手を振って歓声に応える。
『2枠3番7番人気!――――シニア級2年目、下の最強世代にも負けず存在を示した大阪杯! 女帝エアグルーヴ!』
『エリザベス女王杯ではメジロドーベルに惜しくも敗れましたがその存在感は未だに健在。しかしサイレンススズカと共にドリームトロフィーリーグへの移籍を明言しています』
新女王に冠を譲っても、なお人気で上位に立つのはやはりその覇気と、経験故か。
女帝エアグルーヴもまた、スズカを見据えながらターフに立つ。
(私もこれで引退するが―――タダで負けるつもりはないぞ、スズカ)
『2枠4番、5番人気! 先のマイルチャンピオンシップにて朝日杯以来の冠を戴いた怪物二世! グラスワンダー!』
『夏を越えて覚醒し、未だ底を見せない新世代のマイル王が、ここ中山のグランプリでも躍動するのか。また、急遽出走を決めたマイルの絶対王者タイキシャトルとの直接対決にも注目です』
怪物二世の名に恥じないオーラ。
青く燃えるようなそれを静かに揺らめかせながら、マークすべき異次元の逃亡者を見つめる。
(……今日は、勝たせてもらいます…!)
『3枠5番、12番人気! ここまで勝ちきれないレースが多いですが、その実力は間違いありません。ステイゴールド!』
『人気薄ですが、だからこその大番狂わせもあるかもしれません』
『3枠6番、2番人気! 当初は回避を表明していましたが、引退レースとして急遽出走が決定! ――――サイレンススズカと共に世界を制したマイルの絶対王者、タイキシャトル!』
『中山の2500での実力は未知数ですが、その絶対能力の高さは疑いようもありません。新世代のマイル王グラスワンダー、絶対王者サイレンススズカとの決戦にも注目です』
「ハウディー! さあ、勝負デス!」
王者の風格は、長距離であっても衰えず。
無謀と誰かが言い、それでもこの人気に輝いたのはその実力の高さ故。
『4枠7番、6番人気! 怪我に悩まされながらも秋の天皇賞にて遂に栄冠を手にした不屈の挑戦者、サニーブライアン!』
『前年の有マ記念でもサイレンススズカの二着になっており、今回も期待できますよ』
(………勝ち逃げなんて、させないから…!)
何度となく敗れ、その度に立ち上がった。
去年の、これまでの雪辱を果たすために闘志を燃やす。
『4枠8番、13番人気! シルクジャスト!』
『ここまでなかなか勝ち切れていませんが、この大舞台に上がれるだけの走りは見せてくれています』
『5枠9番、4番人気! 今年のダービーウマ娘、スペシャルウィーク! 昨年サイレンススズカ注目のウマ娘に挙げられ、見事その期待に応えました! この夢の舞台でどのような対決を見せてくれるのか!?』
『菊花賞、ジャパンカップと勝ち切れないレースこそ続いていますが、ダービーで見せた走りはやはり実力の高さを感じさせます』
(スズカさん……やっと、スズカさんと走れるんですね!)
憧れの存在、夢を見せてくれた先輩。
その“景色”に足を踏み入れるために、ダービーに負けないほどの闘志を燃やす。
『5枠10番、8番人気! 春の天皇賞を制した長距離の雄メジロ家から出走のメジロブライト!』
『中山の2500、メジロブライトにはやや短いかもしれませんが、十分に勝利を狙えますよ』
(長距離三冠、メジロ家として……私にできることを…!)
『6枠11番、10番人気! 昨年の菊花賞でサイレンススズカの二着が印象的なマチカネフクキタル!』
『ここまで惜しくも栄冠を逃していますが…あの時の強い走りであれば、と期待させてくれるものがあります』
(スズカさん……私も、今できる最高の走りを…!)
『7枠13番、11番人気! 黄金世代の一員ながら未だ無冠、しかしその実力は間違いなく一流のウマ娘、キングヘイロー!』
『惜しいレースが続いていますが、彼女の実力も光るものがありますよ』
(……負けてたまるものですか…! 私だって……私が、一流ウマ娘なんだから!)
『7枠14番、9番人気! ティアラ2冠にしてエリザベス女王杯で新女王に戴冠したメジロドーベル!』
『エアグルーヴに勝利したその実力がこの大舞台でも発揮できるのか、期待したいですね』
(……っ、私だって、実力を出し切って見せる…!)
『さあ、世界最強のサイレンススズカに挑む15人のウマ娘! サイレンススズカがその実力を見せつけるのか、あるいはマイルの絶対王者がここ中山のグランプリでも頂点に立つのか! 今年の二冠ウマ娘セイウンスカイが、あるいはダービーウマ娘スペシャルウィークが、はたまた怪物二世グラスワンダーが新たな時代を告げるのか!?』
『ゲートに入って、体勢整いました―――――今、スタートです!』