「―――――はぁ。ちょっと、スズカのことどうにかして頂戴……」
「なんですか、おハナさん……スズカ何かやらかしました?」
今日も今日とてリギルの部室で書類仕事をしていると、げっそり疲れた顔のおハナさんがやってきた。
「合宿よ」
「あ、はい」
もうなんか察しがついた。
同じ部屋にしろと騒いだのだろう。ちなみに男と一緒だと危ないとか説得しようとするとワキちゃんが怒る場合がある。いや普通に俺と一緒に寝るのは理性が危ないのでその謎の信頼は捨てて欲しい。
「とりあえず貴方に問題があるなんて言ったらどうなるか分からないから、迷惑がかかるという方向で押してみたんだけど」
「おお」
俺が「迷惑だから来るな」とか言ったら何が起こるか恐ろしすぎるので、正直頼りになる大人から言ってもらえるのは助かる。
「で、なんて言ったと思う?」
「えっ……『お兄さんがいないなら合宿いかない』とか」
「最初に言ってたわね。でも貴方は合宿に来てもらうから」
「『合宿に参加しないけどお兄さんと一緒にいる』とか」
「……そうなのよ」
「駄々っ子か!?」
多分、練習にも参加せず背中に張り付いているつもりなのだろう。コアラかな?
「何とかして頂戴……」
「まあ実際、あいつ一人じゃ眠れないですからね……タイキシャトルに説得してもらうとか」
「何故か三人で寝るって盛り上がってたわ……」
「タイキィ!」
あの胸で同衾は……まずいですよ!
とりあえず一刻も早くワキちゃんを説得せねば。
走ってリギルの使っている練習場まで行くと、何故かサマードレスっぽいものを着たタイキとスズカが並んでいた。
ピンクの服に半ズボンっぽいもので普段より露出の減ったタイキと、薄手のブラウスに薄緑のスカート、いつものタイツだけどなんとなく涼し気なスズカ。
「ハロー、トレーナーさん!」
「あっ、お兄さん」
「なんか可愛い服着てるところ悪いが、夏合宿の件で話がある」
「お兄さんが私の部屋で寝るか、私がお兄さんの部屋で寝るかですね」
「ンー、やはり此処はトレーナーさんの部屋が良いと思いマース!」
コイツら…。
とりあえず話を聞く気がなさそうなので、まず聞く気にさせるしかない。
「スズカはいつも可愛いが、今日は涼し気で健康的だな。綺麗だ」
「……あの、お兄さん?」
ピクピク小刻みに耳が動いている。満更でもなさそうだ。
とりあえずこれで聞く気にはなったはず。
「でも残念だな、スズカのためだけに合宿のメニュー組んだんだけどな……」
「………そ、その。でも、お兄さんと一緒に……」
「やっぱりトレーナーとして信頼されてないのかな……別にスズカ一人でも勝てるしなぁ……」
「そ、そんなことないです!」
「やっぱりトレーナーやめようかなー、自信なくなっちゃったなー」
「ウソでしょ……!? わ、私のトレーナーはお兄さんだけですから…!」
「じゃあタイキと二人で寝て?」
「……ぅぅ~っ!」
すごく睨まれているが、所詮は先頭民族……口でトレーナーに敵うはずもない。
フハハハ、恨むのなら君のチョロさを恨むのだな!
「仕方ありまセン……じゃあスズカ、二人で恋バナしまショウ!」
「こいばな」
「Yes! 意地悪なトレーナーさんをギャフンと言わせちゃいマス!」
「ぎゃふんと。そうね、それもいいかも……」
猛烈に嫌な予感がする。
なんやかんやで駄々っ子の域を出ないスズカだが、妙な知識を仕入れて手に負えなくなったらどうすればいいだろうか。こんなんでも見た目は文句なく美人だし。性格もまあ、寂しがり屋でなければ常識の範囲内だし。
「ま、待てスズカ。ごめん、冗談だ。携帯で寝るまで一緒に話そう。な?」
「……むー。お兄さん、そう言っていつも『時間だから』って切っちゃいますし」
「ちゃんと消灯時間まで話すから……」
「なら、消灯時間まで一緒にいてください」
ぐっ、手ごわい…。
まあ確かに、消灯時間までは出歩くのはルール上問題ない。
つまり、ルールで問題ないことをさもこちらが折れたように見せることで向こうに譲歩させるチャンスということではある。
「分かったよ……消灯時間まで一緒にいるから」
「本当ですか!? ありがとう、タイキ!」
「ユアウェルカム! スズカ、ファイトデス!」
えっ、ちょっと待って。
ウソだろ……なんで普通にスズカと二人きりで消灯時間まで過ごす流れに…!?
お目付け役のタイキシャトルは!?
「お兄さん、一緒にたくさん話しましょうね♪」
「………は、嵌められたっ!?」
「何をしてるのよ全く…」
おハナさんには呆れられたが、一応ルール内なので許された。
―――――――――――
他の子と親しくなると、大体はお兄さんとの関係を知ると皆冷やかしてきたり『どうして好きになったの?』とか『どこが好きなの?』とか聞かれることが多い。
フクキタル以外。
タイキ、ドーベル、サニー、パール、ブライト。
そう言われても、いつ好きになったのかは自分でもよくわからない。
お母さんを待って夜更けの公園で一緒に星を見た初対面のあの時かもしれないし、その少し後の走りを見てもらった時かもしれない。
『楽しそうに走るな。いい走りだ』
『えへへ、すごい!?』
『凄いぞー。俺の一番好きな走りはな、逃げて差す――――自由に走って、誰も近づけないサイレンススズカの走りなんだ』
『???』
なんだかよくわからないけど、わたしの走りが好きだと言われた。
お兄さん、わたしが好きなんだ! そんな単純な思考で、ちょっぴり意識していた幼い日々。
お兄さんは走るのもけっこう(ヒトにしては)速くて、優しくて、トレーニングメニューも考えてくれるし、走りも褒めてくれるし、あんまり話が得意じゃない私の話も嬉しそうに聞いてくれる。
結局のところアレがどういう意味なのかはよく分からなかったけれど、お兄さんが信じてくれるから無謀でも常識外れでも、自分の走りを貫くと決めた。
それで将来はお兄さんのお嫁さん、なんてことを思っていた小学校低学年時代。
お母さんの病状はやっぱり安定しなくて、入退院を繰り返していた一番寂しいころ。
寂しくて、怖くて、心細くて。
そんな時、いつだって傍にいてくれて。本当に困ったときには嫌な顔一つせず優しく頭を撫でてくれるし、抱きしめてもくれる。眠れるまでずっと傍にいてくれた。
お兄さんは絶対に待っていてくれると思えたから、いなくならないと思えたから。誰もいない景色の美しさを、そこで走る楽しさを思い出させてくれた。
だから、お兄さんは私が支えたかった。
お母さんが元気な時には料理を教えて貰ったし、お兄さんの家に通ってお義母さん(お兄さんのお母さん)にも料理を教わった。
お兄さんが勉強している時はお菓子を作ったり、掃除してみたり、お兄さんの背中に張り付いてみたり、脚のマッサージの実験台になったり。
それで「ありがとう」って言ってくれると胸が暖かくなったし、此処にいていいんだなって思うことができた。
お兄さんの好きだと言ってくれた走りはどんどん洗練されて、二人で作った走りは誰も追いつけないものになり。それを嬉しそうに見るお兄さんを見るのが好きだった。
勝って、勝って、勝ち続けて。もっと私とお兄さんだけの景色を見たい。
お兄さんが好きだと言ってくれた、サイレンススズカの走りで。きっといつかまた、好きだと言ってくれると信じて。
――――でも、お兄さん。私、控えるのは苦手なんです。
無敗の、三冠。
シンボリルドルフ以外誰も成しえなかったそれを成し遂げられれば、お兄さんも自分の凄さを実感できる……らしい。
無敗の二冠でも十分に凄いらしいけれど。
まあお兄さんの自己評価が厳しいのは昔からなので、仕方ない。そこは私がカバーするべきところ。
ファルコン先輩とのちょっとした関わりはあることを教えてくれた。
『恋はレースと同じ』『先手必勝』だ。
私らしく、大逃げして、差す。
好きです、って……伝え………つたえ………ちょっと恥ずかしい。
いや、きっとお兄さんが告白してくれるはず。無敗の三冠を取るくらいの、お兄さんが一番好きなサイレンススズカの走りなら。お兄さんが、自分に自信を持ってくれれば。
合宿は、きっとその一歩になる。
必ず強くなると信じてくれたお兄さんは、昔からひたすらに長距離に慣れるためのトレーニングを組んでくれていた。
ここからだ。お兄さんと、私。二人の努力で必ず勝つ。
私たちだけの、長距離を逃げて差す走りで。
―――――――――――――――――
菊花賞で勝った逃げ馬といえば、セイウンスカイを思い浮かべるだろう。で、3馬身以上差をつけたのは確かセイウンスカイとスーパークリーク、ビワハヤヒデ、タイトルホルダー、あと7馬身差をつけたナリタブライアンあたり。
97年の菊花賞は、タイム的には翌年のセイウンスカイより4.5秒くらい遅かったり、1馬身差だったりとそこまで特筆する数値はない。
が、それでも菊花賞のフクキタルが強いことに異論はないのではないだろうか。
純粋に強かった、という言葉を聞いた覚えがある。強烈な加速、大きなストライド。最終直線で力強く抜け出してそのまま勝つ。
そんな強い勝ち方が、着差以上の実力を感じさせるのだろう。
そんなフクキタルに勝つための作戦は――――。
「結局のところ、身体を3000mに慣らすしかないんだよなぁ」
馬と違ってウマ娘は思考する余地があるので、頭バクシンオーじゃなければペースを落とすことができる。頭サイレンススズカなのはかなりの不安要素だが。
いつもよりちょっとスローなマイペースで走って、スタミナを温存して差す。
そんな子どもでも考え付くような簡単な作戦が、逆にサイレンススズカにとっては必勝の策になり得る。
そして朗報というか、大発見があった。
どこぞの沖野トレーナー同様に原付を使用。60kmくらいの速度でスズカと併走する。
すると、頭サイレンススズカなスズカも割とペースを落として走ってくれるのだ。
あのスズカが、ペースを、落としてくれるのである! 頭サイレンススズカなのに!
しかもストレスをためている様子もなく、極めてご機嫌に。
某レジェンドが連れて歩きたい馬だと言っていたらしいが、その気持ちが分かった気になりそうである。
何分マイペースが特殊なだけなので、少し緩めることができれば十分に大逃げすることができる……はず。
サニーブライアンの復帰が何時になるかはかなり影響しそうだが、競合する逃げウマ不在であれば勝率は一気に上がる。
あのスプリンターであるミホノブルボンが菊花賞でライスシャワーの2着になったように。
マイラーとされるサイレンススズカが、菊花賞を走れないとは限らない。
頭サイレンススズカじゃなければ…。
「ご褒美で、釣るか……?」
何なら喜ぶのだろう、そんなことを考えて。
ふと浮かんだのはウマ娘アプリのアレだった。