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――――チームリギル。
無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフを筆頭に現在のドリームリーグとトゥインクルシリーズを牽引する最強チーム。
故に、怪物とも言われるグラスワンダーがその選抜レースに出場するのも自然な流れだった。
一つには、最も自分を高められる環境を手に入れるため。
一つには、純粋にそこに集うであろう世代最強を目指すウマ娘たちと競うために。
そして集められたレース場にいたのは、トレーナーであるおハナさんの他にリギルの中核メンバー。シンボリルドルフを筆頭にエアグルーヴ、ナリタブライアンの生徒会メンバー。そして特に注目を集めたのはシンボリルドルフ以来の無敗の三冠に挑むウマ娘であるサイレンススズカ――――。
「さ、サイレンススズカ先輩! 菊花賞、応援してます!」
「……あっ、はい。ありがとうございます」
独特の雰囲気のある人だった。
走りからは想像できない深窓の令嬢のようで。何故かサブトレーナーらしき男性にべったりくっついていたが。
「流石リギルの入部希望者、粒ぞろいだな」
「トレーナーさん?」
「おお、あそこの栗毛の子とかかなり速そう………」
「お兄さん…?」
と、目が合った。
たおやかに笑って返すが、意味深に笑うそのサブトレーナーになんとなく何かを見透かされたような気分になる。
「スズカと同じ気配だな」
「………私のほうが速いですよ?」
「いや、闘争心的な……」
「そうなんですか」
「スズカ君は相当、痩身とは思えなさそうな闘争心を秘めているからね」
スッと現れたのはシンボリルドルフ。
確かにサイレンススズカの線は細い。その点、短距離屋なウマ娘とは少し違う。
「ルドルフ。生徒会の仕事はもうせんのかい?」
「ああ。私もリギルの、一員だからね。なんとか仕事の波を乗り切るのを、一意専心してなんとか時間を捻出したよ」
「むぅー…」
「俺にできることがあれば相談してくれ。そう段取りが狂うこともないかもしれないが」
「そうだな。だが有難い、君ならば相談なんでもしやすい。そう旦那にでもしたいくらいだ」
「!?」
びっくーん! とサイレンススズカの尻尾が跳ね上がり、更にその場で高速の左旋回を始める。
ハハハ、と楽しそうに笑う二人はそんな様子に気づくこともなく、後日リギルのサブトレーナーはシンボリルドルフとただならぬ仲説が出回ることになるが今はまだ知らない。
「あなたたち……遊んでいないで仕事しなさい」
「え。でもおハナさんが選ぶわけですし。というか余程の……同着でもない限りは勝った子では?」
「生徒として分は弁えていますよ」
しれっとした顔でのたまう二人に、おハナさんは呆れ顔を隠さず言った。
「少なくとも、貴方はサブトレーナーなのだからしっかり見ておきなさい。今は無敗の三冠が掛かっているから仕方ないとしても、落ち着いたらもう一人は持ってもらうわよ」
「うっ」
「えっ…」
愕然とした様子のサイレンススズカの様子からして、新人のサブトレーナーがサイレンススズカの専属として一緒にリギルにスカウトされたという噂は本当だったらしい。
育成経験一人で、その一人が無敗の二冠ウマ娘というのはかなり劇的である。
なんとなく熱い視線がそのサブトレーナーに集中し、しかしそれを気にした様子もなく、おろおろと旋回していたサイレンススズカを落ち着かせるように言った。
「別に担当が増えても一緒にいるから。俺がそんなに薄情に見えるか?」
「お兄さん……」
なんとなく仕事を抱え込んでつぶれちゃいそうな人だな、とは思った。
そんなこんなで、リギルの選抜レースは始まり。見事な差し切り勝ちを決めた私を、おハナさん達が出迎えた。
「とりあえず私が最初は指導に入るけど、菊花賞後からはサブトレーナーにメインで持ってもらうつもりよ」
「はい」
「世代最強のウマ娘の座――――容易くはないけれど、ウチのメンバーと切磋琢磨するのは大きな経験になるでしょう。とりあえずは顔合わせからね」
――――――――――――――――――――――
リギルに入部して少しした頃。
一つ上の先輩であるスズカさん、タイキさんの影響というのはやはり大きいもので。
必然的に、その二人といつもいるサブトレーナーさんとも話す機会は多い。
「結局、スズカのトレーニングで一番気を遣うのは怪我なんだよなぁ」
「怪我ですか…」
「極端な話、脚が速いほど負担も増える。グラスワンダーもそれだけ走れるなら脚の負担は大きいと思っていい」
と、言いながら撮影した動画をスローで再生してコーナリングのところで止めた。
「とりあえずコーナリングとスパートだな。コーナリングはスズカの動画が分かりやすいから後で説明するとして、踵から足部前方へのロッカー機能を活かしつつ脛骨への負担を最小限にするために足部の柔軟性とTA……前脛骨筋の強化。足趾のグリップも鍛えたいから裸足でダート走るか。トモの感じから見ても四頭筋は十分ありそうだし、後はバランスを微調整する」
「……な、なるほど…?」
「後はプールな。なんかスズカと同じでオーバーワークしてそうな気がするし」
「……そう、でしょうか?」
やはり見透かされている気がして、なんとなく抵抗してみるがサブトレーナーさんは生暖かい目で言った。
「だってさ、休養日はともかく、他の娘が練習している時に練習しないでのんびりするのって許せる?」
「……許せません」
「じゃあプールな。大丈夫だ、オーバーワークにならないように体力だけ削ぎ落すから。そのへん俺は慣れてる」
スパルタだった。
延々とプールを泳がされたかと思うと、何故か犬かき(しかも高速)で泳ぐことを要求されたりもした。
意味不明な速度で犬かきするスズカさんはかなり衝撃的だった。
「いいか、今のグラスワンダーには体力休息技術息継ぎ根性スタミナ――――それらで成り立つ継続した速さが足りない!」
「絶対的な能力ではグラスワンダーはつおい……強い! だがオーバーワークで怪我するなんてのは避けられる怪我だ! 怪我予防のトレーニングでは勝てないかもと不安か!? 甘い! 走ることしか頭にないスズカは、そのトレーニングを中心にして無敗の二冠ウマ娘になった! 走らないのは論外だが、脚は消耗品だと思え! 沢山走りたいなら、少しでも脚に負担がかからない場所で走れ!」
「ほらどうした、スズカはもう倍は泳いでるぞ! グラスワンダーはそんなものか!? レースの時とどっちが苦しいか考えてみろ! レースでも止まるのか!?」
なんとなく自主トレというと走るのが中心になっていたからだろうか、慣れないメニューでくたくたになった身体をタイキ先輩にストレッチで引き延ばされる。それもなかなか容赦のない、というか普段伸ばさない場所をしっかり伸ばすストレッチで。
すごい笑顔でサブトレーナーさんにストレッチしてもらっているスズカ先輩が異質な存在にしか見えない。
「で、結局トレーニングを見たわけね」
「どう考えてもオーバーワークだったので……」
部室でも大和撫子の如くありたい、などと取り繕う余裕もなく瀕死のままタイキ先輩に身体を伸ばされていると戻ってきたおハナさんがこめかみに手を当てていた。
「はぁ。まあいいわ、とりあえず今度からオーバーワークしたら罰としてサイレンススズカのメニューに付き合うように。それが嫌ならきちんと休むのね」
「……いえ、是非正式に参加させてください」
なんとか身体を起こし、そう言葉にしたのは完全に意地だった。
サブトレーナーさんに髪を乾かしてもらってご満悦なスズカ先輩を見る。おハナさんは忙しい。それこそ一人当たりに割ける時間というのは多くないのだ。
その点、実績があり時間もあるこの人の指導に興味があった。
(何より、この方も何か隠していそうですし……)
あの人が度々語る「グラスワンダー」という言葉には、何か明確なヴィジョンがあるように思えるのだ。まるで、何故か私が怪我をすると予期しているかのような。
ぐきっ
「ひぃやぁ~!?」
「Oh!? グラス、すみまセーン!?」
―――――――――――――
スペシャルウィークにとって、ウマ娘とは遠い世界の憧れだった。
北海道の、殆ど家もない地域で育ったこと、お母ちゃんが二人目のお母ちゃんだったこと。一応テレビはあるので、トゥインクルシリーズはいつも見ていたが、憧ればかりが募っていく。……ウイニングライブは、現地に行くか有料のケーブルテレビでもないと見られないし。
そんなスペシャルウィークだが、最近のレースでの注目はやはりというかサイレンススズカだった。
圧倒的な速さで先頭を奪い、そのまま加速して誰も寄せ付けない。
まさに異次元の逃亡者に相応しいその走りに、ついに我慢できなくなってトレセン学園への編入が決まったりもした。
「サイレンススズカさん……会ってみたいなぁ」
駅を間違えたのでせっかくだからとレース場に行ったら休みの日で、トレセン学園ではいきなり変な人(いちおうトレーナーらしい)に脚を触られるし、都会の恐ろしさを味わいつつもなんとか這う這うの体で寮にまでたどり着き。
寮長のフジキセキさんには笑われちゃったけど。
なんとか無事に言われた部屋に入ると、小柄な栗毛のウマ娘さんが布団にくるまって枕を抱きしめて鼻を埋めていた。
「こ、こんにちは!? し、失礼しました!?」
「あっ。もしかして、編入してきた…?」
が、そんなちょっと何か声をかけにくい空気感を全く意に介さず、枕から優美(スペシャルウィークにはそう見えた)に顔を離すと、はんなりと微笑んだ。
「サイレンススズカです。これから、よろしくね」
「す、ススススペシャルウィークです!? ―――――さ、サイレンススズカさん!? ど、どうして此処に!? え、同じ部屋ってことですか!?」
「ススススペシャルウィークさん、落ち着いて…」
「あああ違うんですスペシャルウィークです!? すみませんっ!? 言い間違いなんです!?」
「うふふ、ごめんなさい。からかっちゃった」
「………ふわぁ」
や、優しい…。
謎の落ち着きと包容力のある姿に、これが都会のウマ娘さんなのかぁ……と呆然としていると、ふと布団を被って枕を抱きしめているサイレンススズカさんのエキセントリックな姿が気になりだす。
「あ、あのー。ところで、どうして布団を…? もしかして、具合が良くないとか……」
「? あ、ごめんなさい。つい癖で……寂しい時は、枕を抱きしめることにしていて……布団はその、こうしていると抱きしめられているみたいで」
(……か、可愛いっ!? 何かサイレンススズカさんと別の匂いもしますけど、もしかしてご家族さんとか…? 私もお母ちゃんから何か借りてくれば良かったかも…!?)
いやでも流石に恥ずかしいかな、と思ってしまったスペシャルウィークである。が、そんな恥ずかしいことを平然とやってのけているサイレンススズカはその雰囲気からか何故か神秘的に見えるのが不思議である。
「これが皐月賞の、こっちがダービーのお祝いなの」
「あのダービーの時の! テレビで見てました! サニーブライアンさんとの熱い競り合い……サイレンススズカさんの走り! カッコよくて、綺麗で……素敵でした!」
「ありがとう。トレーナーさんと作った走りだから…」
「サイレンススズカさんのトレーナーさん……きっと、素敵な人なんだろうな」
どんな人なんだろう。
そんなことを考えていると、スマホで写真を見せてくれた。
今より少しだけ小さいサイレンススズカさんが、若い男の人に抱き着いていて二人でトロフィーと指を一本掲げている。特段イケメンというわけではないが、清潔感のある人である。地元にはあまりいない、いかにも勉強頑張っている感じの。
「これ……皐月賞ですか!?」
「ええ。ダービーの時は……サニーの怪我もあって、そんな空気じゃなかったから」
「へぇー、優しそうな人ですね……」
「ふふ。ありがとう、スぺちゃん」
スぺちゃん……スぺちゃん!?
これが、ニックネーム!? はっ、こういう時はこちらも何か――――。
「あ、ありがとうございます、スズカさんっ!」
「これからよろしくね」
そうして、憧れのスズカさんとの生活が始まった――――。
スぺちゃんの編入が早まった(2月?→夏前)ので、スズカさんはまだワキちゃんサイズ(初期PV)です