Fate/outsider   作:EUDANA

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 FGOのイベント走りきれてないので水曜まで投稿頻度下がります。無念。


02.バーサーカー召喚/絶対帰還者アイリッシュ

 

 跡奈の到着、そして聖杯戦争開戦から遡ること1週間前の12月17日

 

 

 

 聖杯戦争の舞台となるアルメニアのニザレム。

 その街外れに、一軒の見窄らしくも珍しい英国(イギリス)風の建物があった。

 しかし外観はともかく、わざわざ足を止めてまで見るような場所ではない。

 そんなあまり目立たない一戸建ての建物の扉には、一枚の看板が紐で吊るされていた。

 

 

『クロムハーツ探偵事務所』

『CLOSE』

 

 

 定休日なのか閉まっていたその探偵事務所に、しかし近づく影がひとつ、またひとつ。それから更に気配が増えていく。

 幾つかの影は周囲の人気が無いことを把握すると、迷いなく探偵事務所へと集う。

 

 真っ先に扉の前に立った影は、周囲に集まった他の影にゆっくりと合図をすると、静かに扉を開けた。

 

 

 

 カランカランと響く鈴の音が、静かな部屋に響き渡る。それを合図に僅かに開かれた合間を縫うように、影が部屋へと入り込む。

 

 

 部屋の中は至って普通。

 低めのテーブルを両サイドから挟む、ぶかっとしたソファ。棚の中には法律関連の本や犬語の本など多数の冊子が並べられている。

 厳重に鍵が閉められている棚は、ガラス越しに見る限り依頼人や持ち込まれた依頼内容を纏めたのであろうファイルが溢れかえっていた。

 

 魔術師ならば誰もが拠点に造るであろう工房の気配がまるで感じられない、至って普通の事務所の一室だった。

 

 

 その中で、テーブルの更に奥にはデスクが置かれており、こちらに背を向けて一人の男が座っていた。

 

「……一体なんの依頼で? 生憎、今日から1ヶ月ほど臨時休業にするつもりなんですがね?」

 

 そう独り言ちてからタバコを一服。

 デスクの灰皿に吸い殻を押し付けて、男は椅子ごとクルリと回転。来客たちと目を合わせる。

 

 

 ボサボサで適当なのかと問いたくなるほどの髪。

 年齢以上に老けた印象を見せる頰こけた顔には、寝不足なのか隈が見受けられる。

 

 突然の来訪に、しかし然りとて驚くでもない、探偵は淡々と語る。

 

「ま、依頼が有っても無くても、オタクらみたいな看板も見る気ねぇお客さんにはさっさと帰って欲しいんですが」

「依頼では無い。時計塔からの伝達だ」

 

 老人のような厳格な様子で、しかし首を絞めたような耳をつんざく声で喋るのは、少々大振りなカラス。

 さらに脇にはネズミなども控えており、それらが当たり前のように探偵と対話する。

 

 これらは魔術師たちが用いる『使い魔』と呼ばれる存在で、その生き物の視点を別の場所から確認し、時に自身の声を相手に伝える術である。

 

 

「貴殿の力を借りたいのだ、絶対帰還者(アン・パーフェクション)──アイリッシュ・クロムハーツ」

 

 

 そんな使い魔たち──それを通じて話しかける魔術師たちの声を、しかし探偵──アイリッシュは鼻で笑う。

 

「ハッ。誰の推薦だ、先生か? 勘弁してくれ。俺はもうお前さんら時計塔とは縁を切ったんだ、残念だが他所をあたってくれ。なんなら他の魔術師でも紹介してやろうか?」

 

 ケラケラと笑いながらアイリッシュは、魔術師たちの要求を突っぱねる。

 そう答えるのには、彼の抱く魔術の世界への呆れとは別に、もう一つ存在していた。

 

「だいたいなんで俺がこんな場所に事務所構えたのか、わかんでしょ? そうでなきゃ、わざわざ使い魔なんざ寄こさず直々に攻め込んでくるでしょうしね」

 

 そう言ってアイリッシュは、背後の壁に立て掛けてあった大きな十字架を親指で指差しながら続ける。

 

「ここは彼の宗教では伝説が始まったとされ、そしてその宗教を国教として初めて認めた国だ。……まぁカトリックがどうとかいう話を抜きにしちまえば、聖堂教会(せいどうきょうかい)にとってローマが総本山なら、ここアルメニアは奴らのお膝元とかお隣さんみたいな場所って訳ですね。誰が好き好んでンな仕事やるんです?」

 

 

 

 彼の言う通り、アルメニアは彼の宗教の起点が始まった生誕の地であるともされている。

 さらにはある偉人がこの場所に辿り着き、そして多くの種を守り抜いたという伝説さえある。

 

 現在のアルメニアで守られている宗教は所謂アルメニア式であり、カトリック系と別物ではある。

 

 しかしそれでも尚、彼の教えを主として信じている『聖堂教会』と呼ばれる組織の影響力は当然大きく、つい最近の聖杯戦争の噂が流れるまでは、魔術師たちもおいそれと足を踏み入れるのを躊躇った国なのだ。

 

 

 

 そこまで言うと、新しく取り出した煙草に火を点ける。

 煙を吐き出して、椅子の背もたれに寄り掛かって天井を眺めながらアイリッシュは続ける。

 

「かつて聖杯戦争で君主(ロード)を失ったこともあるアンタらだ。時計塔(ソッチ)の方でも誰をこんな死地に踏み入れさせて真偽を探るかって会議でもしてたんでしょうがね」

「……」

「ま、今回の聖杯戦争モドキからは手を引いたほうがいい。そもそもどっかの悪趣味な奴が適当に作った、ほら話でしょうしね」

「本当に貴殿はそう思うかね?」

 

 ここまで口を閉ざしていた使い魔たちの中で、リーダー格と思しきカラス越しの老魔術師が喋る。

 

「当たり前でしょ? そもそも聖杯戦争なんぞが本当に冬木以外で起こりうるのかって話ですよ? 間桐や遠坂はともかく、アインツベルンなんて絶対黙ってないでしょうし」

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 本来、聖杯戦争という魔術儀式が冬木で行われていたのは、その土地と主催となる者たちの意向である。

 

 

 聖杯の鋳造と聖杯戦争のシステムを生み出した アインツベルン

 

 サーヴァント、令呪のシステムを組み込んだ 間桐(マキリ)

 

 聖杯に魔力を貯める霊地を提供した管理者(セカンドオーナー) 遠坂

 

 

 これら御三家と呼ばれる者たちが、それぞれの技術を持ち合わせて始めたのが聖杯戦争である。

 彼の宗教の隠れ信者でもあった遠坂家の縁で聖堂教会からも監督役が送り込まれているが、それは最初期の頃の聖杯戦争がルール的に第三者を伴わなかったために、本来の目的と程遠い結末を迎え続けていたためであった。

 

 今回開催予定とされるアルメニアは上述の通り聖堂教会の領土内と言え、聖堂教会の目を避けて開催された冬木の聖杯戦争とは完全に矛盾している。

 

 

 場所の問題を除外しても、およそ聖杯戦争において最も重要な問題点が残っている。

 

 聖杯には『第三魔法』と呼ばれる、魔術と隔絶した特殊な力が及んでおり、そうでなくとも解析することは限りなく不可能に近いブラックボックスと化しているのだ。

 

 その技術は門外不出である。

 聖杯を鋳造したアインツベルン家や関わりの強い他の御三家の魔術師であるならばまだしも、他所者にその技術が流れ出ることなど有り得ない──ハズなのである。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

「つまり、今回の聖杯戦争は碌でもない目的をもった誰かさんが、大量の魔術師たちを呼び寄せる目的で言い広めた嘘。それ以外考えられませんよ」

 

 そう決めつけて、アイリッシュは伸びの姿勢をしてリラックスするようにくつろぐ。

 

「まぁ、その真相を確かめる為に年末年始に無駄に気を張って動き回らなきゃならないアンタら魔術師には同情しますがね」

 

 言うべきことは言い終えたので、とっとと出てってもらおう。そう決めて口を開こうとして──

 

 

 

 

 

「──神樹(かみき) 士郎(シロウ)であってもか?」

 

 

 

 瞬間、部屋の中がゾワリと動く感触が広がる。何をした訳でも、物理的に起こった訳でもなく。

 

 空気が変わった、と。使い魔越しとはいえ、誰もがその変化を感じ取ることができた。

 

 

「──こりゃあまた、随分懐かしい名前を出してきましたね」

 

 それまで飄々と、そして何よりどうやってこちらの言葉を取り下げるか考えていたであろう男の態度が、その名を聞いた途端に冷え込んだかのように鋭くなる。

 

「今回聖杯戦争の開催を宣言し、ニザレムで暗躍している男の名前だ」

「……時計塔はまだ、今回の話の犯人が誰か不明だと判断しているって、聴きましたがね?」

 

 立場が逆転したかのように、老魔術師は饒舌になり、対してアイリッシュは無言となり魔術師の言葉に耳を傾けざるを得なくなる。

 

「ふん、それは表向きの話だ。さてアイリッシュ・クロムハーツ。この名に当然、聞き覚えはあるだろう?」

「…………」

 

 鼻を鳴らしながらそう問う老魔術師に返答することはなく、アイリッシュは無言で煙草を吹かせる。

 そんな彼の態度を見て、老魔術師はある事実を突き付ける。

 

 それはアイリッシュからすれば、これ以上無いほどに聖杯戦争への参加を決意させるに足る事実であった。

 

 

 

「なにせ、時計塔で講師を務めていた頃に、君が最も目を掛けていた生徒なのだからな」

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

「先生。俺が今まで見てきた魔術師の中で、貴方は初めて見た人間でしたよ。魔術師の世界で先生のような人が失われるのは、正直勿体ないですね」

「ハッ、よく言うよ。お前からすれば、俺や他の連中との出会いや別れなんてのは、とっくに終わった出来事でしかなかったろ?」

 

 

 今から10年以上前。時計塔を出ていく直前に教え子──神樹シロウと交わした別れ。

 時計塔の直ぐ側の川に掛かる橋にそれぞれ寄りかかり、逆の川を見ながら言葉を交わす。

 

「そうですね。だが既に視た光景と、実際に起こり見た光景は厳密には違うものです」

 

 腕時計をチラと確認して飛行機の時刻が迫っているのが見えた。

 

「そうかよ。……さと、と。そろそろ時間だな。ま、せいぜい俺の教え子として胸張って生活してくれ」

 

 寄り掛かっていた橋から立ち上がると、アイリッシュは手をひらひらさせて別れを告げる。

 

 そうして橋から降りたところで、背後からシロウに声をかけられる。

 

「先生、最後に質問いいですか」

「ん? 手短にな」

 

 振り返って、シロウに視線を向ける。

 その白黒(モノクロ)の虹で構成された両眼を此方に向けながら、シロウは口を開く。

 

「もし近い将来、世界が終わると云われたら先生はどうしますか?」

「おっと。結構めんど……いや、難しい質問してきやがったなこの野郎」

 

 突然の、そして理解しかねる質問をされたアイリッシュは、そうだなと口にして少し思案する。

 

 

 彼は世界をどうこうする力など無く、人々を動かすカリスマなども持ち合わせていない。

 そんな自分にできることなど、残念ながら有りはしないだろう。

 

 

「俺は探偵でも始めようとは思ってる。だが生憎、正義のヒーローごっこは主義じゃねぇんだわ。まぁ、限りある余生をゆっくり楽しむとするさね」

「──そうですか、やはり勿体ない……ですが、最後のご教授、ありがとうございました」

 

 こちらの答えを受けたシロウは、顎に手を当てて考え込むと、改めて礼を述べた。

 

「おう、じゃあな」

「ええ。では先生、また遭う日まで」

 

 

 

 『また遭う日まで』

 

 

 

 今思えば、彼はあの時から今日までの──そしてこれからの光景が視えていたのだろう。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 教え子との最後の会話を思い出して、アイリッシュは苦笑いしながら一服。吐き捨てるように、自らが選ばれた理由を口にする。

 

「はっ、流石は国際政治にも目聡い法政科(ほうせいか)様だ。そこまで調べ上げてたとはな。となれば、俺を推薦したのもそこか」

「話が早くて助かるぞ。此度の聖杯戦争には、時計塔のマスターが優先されるとのことだ。貴殿に参加する意志があるならば、すぐさま令呪が宿りマスターに選抜されるだろう」

 

 

 

 ここに来て老魔術師は、事前に時計塔によって調べ付いていた情報を開示する。

 

 一服し終えて灰皿に押し付けて、深く──それはもう深く溜息をひとつ。

 

 

 

「──条件がある」

「ほう。名前を出しただけであっさり協力するとは」

 

 分かりきっていたことを敢えて口にするような様子の老魔術師にいい性格してると内心零しつつ、アイリッシュは心変わりの理由を告げる。

 

「アイツが何を企んでるかは分かりませんが最悪の場合は……まぁー、なんです? 道を踏み外した教え子に引導を渡してやるのも、師の務めってやつでしょう」

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 ニザラムを見渡せる荒れ地の丘に、人影が疎らに見受けられた。

 

 

 

「本当に名前1つ出しただけで了承しましたね」

「ああ。よほど神樹シロウのことを理解しているのだろう」

 

 

 

 アイリッシュとの接触を終えて、カラスを使い魔として利用していた老魔術師にそう問いかけるのは、この中で最も若手の魔術師だった。

 話題に上がるのは、やはり先程のことだろう。

 

 

 

 結局あの後、アイリッシュは条件を提示し、それを了承したことで改めて契約成立と相成った。

 

 1つは前金に30万ドル。成功報酬に70万ドル。

 

 2つは聖杯戦争終了次第、魔術協会側からのアイリッシュへの接触を絶つ──即ち正真正銘魔術の世界から手を引くのを認めること。

 

 

 この条件を以て、アイリッシュ・クロムハーツは時計塔側のマスターとして聖杯戦争に参加することとなった。

 

 

 

「それにしても、本当にあの男で良かったのですか?」

 

 彼から見れば、魔術師という存在そのものを嫌悪しているアイリッシュを相手に、自分たちの面子を預けるかのような今回の選択に不服を抱くのは当然のことだろう。

 

 その感情に理解を示しつつも、しかし老魔術師はたしなめるように語る。

 

「仕方あるまい。なにせ今回奴を指名したのは、他でもない法政科(ほうせいか)なのだからな」

 

 

 

 法政科──創立者にして時計塔の誇る3大貴族の1つ、バルトメロイ家の名を冠する13番目の学科。

 

 根源への到達ではなく、魔術師としての規律を重んじ、帝王学の受講、さらには表の世界から裏の世界の様々な仕事を行う学科──というよりもはや、時計塔内の1つの組織である。

 

 

 そんな時計塔内部でも発言権の強い彼らが選択したのならば、末端の魔術師でしかない自分たちはただ従うのみである。

 

「しかし、本当にあの男ってそんなに凄いんですか? 資料には時計塔の生徒から講師になって、しばらくしたら辞めたくらいしか書いてませんでしたけど」

「そうだな。あの法政科が調べてコレ、という不審な点を除けばな。しかし──」

 

 ──そうでも無ければ絶対帰還者(アン・パーフェクション)などという大層な名で呼ばれてなどおらん、と。そう付け加えて。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 アイリッシュ・クロムハーツ

 彼のその経歴の大半は謎に包まれている。

 

 

 

 今からおよそ20年前のある日、彼は突然時計塔の門を叩いてやって来た。

 

 何処の家系、国の出身なのか

 なぜ魔術を知っているのか

 時計塔のことをどこで知ったのか

 

 それら一切が不明のまま、そして本人もまた一切語ることなく、大金を払って時計塔の生徒となった。

 

 そのような不透明な経歴に加えて、彼は魔術刻印も継承していなかった。

 そのようなこともあり、同じ時期に通っていた生徒たちからはかなり見下されていた。

 

 

 しかしその実、彼自身の魔術の才能はかなりのものであった。

 

 魔術回路の量、そして質は類稀なものであり、質に関しては同期の生徒も斯くやというレベルであったと言う。

 

 

 ある魔術師をして、『アイツが本当に魔術師ではない一般的な家系の出だと言うのなら、もはや世も末』と語っている。

 

 

 

 彼の二つ名として挙げられる『絶対帰還者』は、幾つかあるがその中でも、時計塔が正式に確認している三つの出来事から取られている。

 

 

 1つ目は生徒の頃。

 ──しかしこの話は、彼を知る魔術師たちの中でも話題にしては成らぬと忌避される出来事であるため割愛する。

 

 

 2つ目は講師の頃。

 何を思ったのか、彼は時計塔地下に存在するダンジョン 『霊墓アルビオン』に足を踏み入れた。

 その数週間後、地上に帰還したことで彼は生還者(サバイバー)の称号を得た。

 

 

 3つ目は講師を辞めてしばらくした頃。

 踏み入っては成らぬ禁断の領域に訳合って入ることとなり、その際に現在の君主の1人と協同し、事態の解決に貢献したとされる。

 

 

 

 3つ目に関しては魔術師ではなくなった後の話であり、他の魔術師たちからすれば真偽が不透明でかつ認め難い話である。

 

 しかし一流の魔術師でも10回は死んでいると称されるその生涯を受けて、誰かが『絶対帰還者(アン・パーフェクション)』と呼び始め、そして定着し今に至るのだった。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 そして話は、今回の首謀者たる男 神樹シロウへと移る。

 

「噂では聞いてますが、本当なんですかね? その……」

「神樹シロウの件か? 流石にどうだろうな。私も眉唾ものだ。……だが、奴をよく知るアイリッシュ・クロムハーツがあそこまで警戒するならば、それに近しい力を持っている可能性はある──ということだ」

 

 神樹シロウに纏わるとある噂。

 多くの魔術師たちが「そんな馬鹿な」と鼻で笑うその話は、今回の一件で信憑性を帯び始めていた。

 

 しかし、だからといってこちらの行動が変わるわけでもないのだ。

 

 

 

 魔術師たちは誰に気付かれることもなく帰路へ着く。

 聖堂教会の者たちの領土から逃げるように。

 そして神樹シロウの暗躍する街並みから脱出するように。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 それから4日後の夜。日付は聖杯戦争が開幕する3日前の21日まで遡ることとなる。

 

 探偵事務所の地下に存在する、だだっ広い空間。

 土の壁が剥き出しになっているその広場の中心では、アイリッシュがサーヴァントの魔力陣を描いていた。

 

 そしてその手の甲には、牙を模した紋章──令呪が浮かんでいた。

 

「まぁこんなもんだろ」

 

 

 

 アイリッシュはこの数日間、なんの英霊を召喚するか悩んでいた。

 

 元々参加する気もない聖杯戦争に駆り出されたのだから、当然目当ての英霊を手繰り寄せる触媒など持ち合わせていない。

 講師時代ならば或いはと言ったところだったが、魔術師を辞めたときにその手の物は全て売り払ってしまっていた。

 

 ツテも無いわけではないが、とてもではないが数日の間に間に合うとは思えなかった。

 

 

 

 次に、ならばこのアルメニアの中でも観光地に選出される場所で召喚すればどうだろうか、と言う考えに至った。

 

 ここアルメニアには様々な伝説や聖遺物とされる物がある。実際の話などを抜きにしても、その英霊との縁はかなり深いはずである。

 

 

 

 磔にされた彼の聖人の生死を確認するために槍を突き刺し、後に自身もまた彼の信奉者となった『聖ロンギヌス』

 

 かつて様々な生物を乗せた方舟を造り、元々アルメニアの領土であったアララト山に辿り着いたとされる『救世主ノア』

 

 

 

 ──と世界的知名度もかなり高い、中々のビッグネームも揃っている。

 

 

 

 しかし、アイリッシュはそれを良しとはしなかった。

 

 同じことを考えた他のマスターたち、最悪の場合、聖堂教会の所属者に鉢合わせる可能性があるためである。

 

 そうなれば、聖杯戦争前に他勢力とのいざこざは避けられない。

 

 ただでさえ不本意ながらの参戦であるアイリッシュからすれば、それ以外のタイミングでの戦闘など言語道断だ。

 

 

 

 結果的にアイリッシュは、自らの探偵事務所の地下にいざという時に備えて作った空洞に足を運んだ。

 ここで土地の縁と自らの相性に任せて召喚するという選択をしたのだ。

 

 サーヴァントの召喚は、基本的に触媒を用意して目当てのサーヴァントを引き当てることが常識である。

 

 しかし、触媒が無くとも召喚そのものは一応可能ではある。

 その場合、土地に縁のあるサーヴァント。または召喚するマスター自身と相性の合うサーヴァントのどちらかが選抜されて召喚される。

 

 

 

「頼むからまともな英霊来てくれよホント……」

 

 

 まるで神頼みでもするかの様に手を合わせて祈願してから、アイリッシュは立ち上がって手を陣の前へと翳す。

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 手の甲に描かれていた令呪が強く、そして鮮烈に発光し魔力の奔流を生み出す。

 

 

閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 

 召喚陣から迸る蒼白い光は、洞窟内を明るく照らし出す。

 

 脳裏に浮かぶのは、この戦いで立ちはだかるであろう教え子、そして──。

 

 

「──告げる、汝の身は我が下に我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

 目的こそ不明だが、あの時交わした言葉が全てならば、彼が行おうとするのは人類史に少なからず影響を与えるのかもしれない。

 

 それが悪行であったならば、阻止するのはきっと自分の役目であろう。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───」

 

 

 陣に一際強い閃光が迸る。手の甲の令呪に僅かに刺激が走る。

 そして自身の眼前に現れるのは───。

 

 

 

 

 

「──っと……」

 

  眩い光が消えて、アイリッシュは視線を戻す。

 視界の先、召喚陣の中心に1つの影。

 

 

 そこに佇んでいたのは、2mを有に超えている巨体のサーヴァントだった。

 

 全身を覆う紅と黄金の鎧

 背負うは巨体に見合う、巨大な斧

 兜からは灰色(グレー)の毛が後ろだけでなく前からもはみ出ており、まるで雄々しい髭のように映る。

 

 

 

 聖杯に選ばれたマスターは、サーヴァントを視認するとそのサーヴァントのクラスや大まかなステータスやスキルを確認できるようになる。

 

 召喚したサーヴァントのクラスを見たアイリッシュは、内心触媒を使わないというこの選択は間違いだったかもしれないと後悔し始めた。

 

(一番乗りでどんなサーヴァントが来るかと思ったが……バーサーカーとはな)

 

 

 

 

 バーサーカーはその名の通り、狂戦士のクラスのサーヴァント。

 狂い猛る伝説や逸話を持った英霊が適正を持つ。

 

 また他のクラスとは異なり、詠唱の仕方によっては任意でバーサーカーのクラスでの召喚が可能となる。

 

 また、狂化のスキルはステータスに上昇効果があるため、近代の英霊のような、神代の英霊と比べると力が不足している英霊をこのクラスで召喚して補うのが主な利用法である。

 

 しかし、バーサーカーは狂化によって理性を失うという最大の欠点が存在する。

 これは意思疎通や一部宝具の封印などだけでなく、魔力もマスターの意志を無視して利用し続けることを表しており、バーサーカーのマスターは自身のサーヴァントへの魔力不足に苦しむこととなる。

 この欠点から付いた別名は「マスター殺しのクラス」である。

 

 

 

 

 

 そんな心配をしながら大男のような巨体を見上げていると、サーヴァント──バーサーカーは声が上げた。

 

 

「▇▇▇、▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇」

 

 

 甲冑の中で、かなりの大きな声がくぐもって聞こえる。

 狂化故に意思疎通できないのかと心配したが、単に反響しすぎて何を言っているのかわからないと気付く。

 

「あーすまん。何言ってるのか全然聞こえん」

「────。」

 

 アイリッシュの返答から少し間をおいて、バーサーカーは頭の甲冑に手を掛けて外し、身に纏っていた鎧も光とともに霧散して体躯が顕になる。

 

「──と。これなら文句あるまい。では改めて問おう、貴様が我がマスターか?」

 

 このでかい図体から、一体どのようなゴツい大男が素顔を表すのかと考えていたアイリッシュ。

 

 しかし彼の考えに反し、甲冑の下から覗かせたのは、並の女性も裸足で逃げ出すと言っても過言ではないプロポーションをした美女だった。

 

「おぉ、女か。わりぃなバーサーカー、てっきり男かと」

「気にすることはない。かつての時代よりよく言われている──何、バーサーカーだと? ……そうか」

 

 男と間違われたことよりもバーサーカーとして召喚されたことに不満なのか、少しムスッとした様子で腕を組む。

 

 

 腰まで届く灰色の長髪

 全身至るところに一切の無駄なく付いた筋肉

 大腿四頭筋(だいたいしとうきん)が発達した丸太のような太腿は、蹴りの一撃で大木を砕くと言われても頷ける

 

 

 組んだ腕によって、ただでさえ大きく出た乳房がさらに押し上げられ、男なら目を奪われるか、或いは目のやりどころに困る光景を醸し出す。

 

「で、アンタ真名は?」

 

 そんな光景を凄いもんだと内心思いつつ、アイリッシュは即座に真名を聞きだす。

 何せ土地の縁と相性だけに任せた召喚なのだ。どこのサーヴァントなのかまるで想像もつかない。

 

「我か? 知ってて喚んだのではないのか。まぁいい。我が真名は──」

 

 名を問われたバーサーカーは疑問を置きつつ、一旦区切って自身の真名を盛大に溜めて眼の前のマスターに聴かせてみせる。

 

 

「『ベルゼブブ』だ」

 

 

 その名を聴いて、アイリッシュは戸惑う。

 何故ならばその名は──。

 

蠅の王(ベルゼブブ)? 彼の宗教で伝えられる、地獄を司る悪魔の内の一体のか?」

 

 

 蠅の王。確かにそれはこの地にも伝えられし悪魔の名である。

 地獄に於ける主たる大悪魔サタン。彼に遣える、或いは同格の大悪魔と称される存在──それこそがベルゼブブである。

 

 しかし──。

 

 

「? ベルゼブブだと? 私をあのような金の亡者が生み出した下賤な悪魔と一緒くたにするな! 『ベルゼブブ』だと言っているだろう!!」

 

(……何がなんだかわからん)

 

 

 ベルゼブブではないと宣告し、しかしその名を問われればベルゼブブと答える。

 その明らかな矛盾を抱えたバーサーカーに、アイリッシュは仮説を立てる。

 

 

「なるほど……狂化の影響で意思疎通がうまく行えてないのか。バーサーカーらしい欠点か」

「貴様、さっきからなんの話をしている……?」

 

 1人で納得するアイリッシュに対し、一切理解の及ばないバーサーカーは疑問符を浮かべる。

 

 

 さてどうしたもんかなと頭を掻きながら、アイリッシュは自らのサーヴァントに現状の話をするべく彼女を自らの事務所に案内するのだった。

 

 

 





No.7 バーサーカー
クラス︰???
真名︰???
性別:女性
身長:204cm
体重:128kg
出典:???
地域:???
属性:秩序・善・地

ステータス
筋力EX 耐久A 敏捷B 魔力EX 幸運B 宝具EX

クラススキル
狂化:E
騎乗:A
対魔力:B+

保有スキル
???:EX→B
???:A++
???:EX
???:C
無辜の怪物の派生スキル。
特定の地に足を踏み入れた場合に常時発動する。ステータスの低下、スキルと宝具の一部を封印する。
また、自身の真名に関する認識障害が発生し、意思疎通が困難になる。
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