───それは、彼女に課せられた使命であった。
魔術師達の中には、表向きの権力者や他の魔術師を疎ましく思う者もいる。
そのような者は、時計塔所属の魔術師、或いはフリーランスの魔術師を雇用することがある。所謂権力者お抱えの
そんな暗殺者の中には、魔術師達にも恐れられている者がいる。
純粋な暗殺者ではないが、代表的な人物として挙げるならば十数年前に他界したフリーランスの狩人 『魔術師殺し』と呼ばれた人物であろう。
起源弾という特殊な弾丸を使うことが知られており、命中した相手の魔術回路を切断して破壊、無茶苦茶な形に結合を行うことで、魔術師として再起不能に追いやると噂されていた。
『彼』が亡くなった現在でも、やはり魔術師を恐れさせる暗殺者たちは存在する。
では最も恐ろしいのは誰かと聞かれたとき、一部の者たちから挙げられる人物がいる。
『
名前は勿論、性別や素性、手口、その他諸々一切不明。
噂こそ絶えないが、殺しを依頼する方法も不明。知っていると思われる魔術師も何人かは居るが、それらも刺客として自身へ向けられることを避けるためか、皆一様に口を閉ざしている。
さらにどのような
ただ分かっていることは、
『幻惑なる透明色なる魔術師は実在している』
『その手広さ、殺しまでの期間の短さから表向きにそれなりの地位を得た人物をバックに持つ』
この2点だけである。
後ろに居るのは財界にその名を轟かせる有権者か、はたまた中東などに見られる石油王か。
今も謎に包まれている幻惑の透明色は、今もこの地上の何処かで仕事を行っているのだろう。と、魔術師たちにもそう認識されている。
だが、誰も知る由も無いだろう。
幻惑の透明色は既に、聖杯戦争の幕が上がるアルメニアの新興都市 ニザラムに潜伏している、など。
✴ ✴
聖杯戦争開戦前日 12月24日
ニザラム国際医療病院
この都市の中心地点に程近い場所にその建物はあった。
空も真っ暗な深夜であるが、病棟はある程度の灯りが点いており、院内では幾人かのドクターやナースが静かに移動している。
新都に建造された巨大な病院ということもあってか、今現在でも多くの患者が搬送されており、逆に近くの病院は廃業に追い込まれるなど、街全体に少なくない変化を与えた場所である。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を───」
そんな病院の中、酷い血生臭さがこびり付いた一室。どのようにして入り込んだのか、幻惑の透明色はそこにいた。
床に播かれた赤黒い血液は魔力陣を描き出し、近くには何らかの破片と、白い鳥の羽が置かれている。
彼ないし彼女は、ある目標の為に聖杯戦争への参加を決意した。当然、街中の魔術師たちにさえ気付かれることも無かった。
聖杯戦争が始まるという噂が流れると同時にこの地へ訪れており、潜伏して既に3ヶ月が経過し今日に至る。
そして開戦まで秒読みという状況になったこのタイミングで、病院の一室にてサーヴァントの召喚を行おうとしていたのだ。
✴ ✴
幻惑の透明色には必勝の作戦があった。
今まさに行われようとしているのは、英霊を超えた存在───即ち『
神霊とは各地方の創世神話にて語られた、文字通り神である。
この星の自然に結び付けられた超常の存在である神霊。その霊基は、並の英霊とは比較にならないとされる。
さらに一部の神霊は、『
現代の魔術師たちの使う魔術は、『○○という理論だから効果を発揮する』と理屈、法則を以て成立する。
それに対して権能は、『自分は○○の力を持つ。だから出来る』といった具合に、理屈や法則の一切を踏み倒して成立させることが可能なのだ。
そんな強大な存在たる神霊は、しかし聖杯戦争にて呼び出される存在ではない。その理由の一つとして、世界に異常が発生したときにそれを排除するために働く『
神霊は神秘が色濃く残っていた太古の昔の時代 『
神代は、神が世界の中心として存在していた時代である。その頃の魔術師たちは根源ではなく、神から派生した力を振るっていた。それ故に、現代の魔術師よりも遥かに強大であったと語られる。
しかし、現在はその時代は終わりを迎えている。
自らに流れる神の血を否定し人の世を良しとした
『英雄王 ギルガメッシュ』
人による人のための
『神祖 ロムルス』
神より授かった魔術を司る十の指輪を天へと還した
『魔術王 ソロモン』
そして、神秘が色濃く残った島国の一つ、ブリテン島の歴史を形どうあれ終わらせた最後の王
『騎士王 アーサー・ペンドラゴン』
他にも原因こそあれど、ソレら人の活動によって、神代は古き
そのため根源から遠退き、当時と比較して神秘が薄れた現代に於ける神霊の降臨や権能の行使は、世界の理を乱すものとして認識され、それこそ抑止力によって斥候される事態となるのだ。
そして、抑止力の問題などをスルーしてソレらを聖杯で召喚できる術があるのならば、元より聖杯など使わずとも根源に辿り着ける───そもそも聖杯戦争に参加する必要などない。
よって聖杯戦争に於ける神霊は、まだ神に至ってない、もしくは神ではなくなった頃がなんとか召喚可能なラインである。
また或いは、何らの
そうでもない限り、彼らを聖杯戦争に呼び出すことなど基本的には不可能なのだ。
✴ ✴
「
繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する───」
しかし、幻惑なる透明色はその前提をスルーしようと試みた。
それはこの聖杯戦争がアルメニアという国で行われ、更に現在では彼の宗教が信奉されている───それ以前に信奉されていた古き神への信仰心が忘れ去られていることから出来る抜け道であった。
無論、純粋な神霊とは往かないだろうが、それでも聖杯で呼び出されるギリギリのレベルにまで落とし込めば不可能ではないハズ。そう判断しての選定だった。
「───汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
部屋の中で蒼白い光が強く輝き、辺りを膨大な魔力が包み込む。
魔力陣に強く射し込んだ光は、やがて薄れ収束する。輝きを失った陣の中心、そこには一人の少年が立っていた。
「───」
権限したのは、この国に伝わる英雄。
───そして古き神々の父。ある神話の主神。
全体に少しはねた灰色の髪
程よく日焼けしたような肌に纏う白銀の鎧
刃が無く、なんの用途に使うかわからない槍のような形状をした武器
そして何よりも、見るものを魅了し惑わせるような、美しく整っている顔立ち
少年は目を開くと僅かに細め、眼の前に立っている幻惑なる透明色に視線を向けた。
「───問おう。君が俺のマスターかい?」
マスターに対する、神霊サーヴァントの確認。
想像を超えていたとさえ錯覚してしまうほどの美しさ。ソレが来るとわかり切っていたことであるが、それでもなお魅了されて目を奪われていた。
しかし自分にそんな趣味は無いと言い聞かせ、この暗示に近いこの力を振り切ると、すぐさま我に返る。
そして自らが召喚したサーヴァントの言葉を肯定しようとして───。
「その前に、一つのお伺いしてもよろしいですか、ラステア・レスカトラ───いえ、幻惑なる透明色様?」
「!?」
突然、幻惑なる透明色───白衣を着た男、ラステアの背後から声が聞こえた。
慌てて振り返る彼の視線の先。いつの間にか空いていた扉の向こうには、一つ分の人影が立っていた。
「い、一体なんの話をしているのかな? それにここは関係者以外立入禁止───」
「そうですね、だから貴方はここを召喚の場所に選んだのでしょう? 三ヶ月前、このニザレム国際医療病院に赴任された天才外科医……病院関係者である貴方だから」
カツンカツンと音を立てて、人影は部屋へと入り込んでラステアへと近付くと、その姿を露わにした。
「───けれどそれは表向きの姿。本当の貴方は、魔術と化学双方の技術で作った毒となる特殊な血液を投与し、全身と魔術回路に拒絶反応を引き起こさせて毒殺する。魔術師たちをも恐れさせる無色の暗殺者……そうですよね?」
「…………」
部屋の中に姿を見せたのは、一人の少女だった。
先端だけ結っている茶色の長髪
手に握られたお祓い棒のようなもの
そして何より、白いと赤のニ色の着物の様な形状───まさに巫女そのものな格好
「お前は───」
無言で押し黙るライダーとは対象的に、ラステアはその少女に見覚えがあった。この街にやって来た時に挨拶をしに訪れた、とある場所に住む者たち。
この聖杯戦争開催の地 ニザラムの土地の保有者、即ち───。
「誰かと思えば、高山家の巫女───そう、
「でしたら、何故私がこの場に居るのかご理解していただけますね?」
「さあ、一体何のことやら……」
互いに牽制し合うラステアと少女───蓮華。その二人を見比べながら、ここまで返事を貰えぬまま黙って聞いていたサーヴァントが口を開く。
「失礼。つまり君がこの聖杯戦争を運営する者の一人、ということでいいのかな?」
「そうですね……我々は真の運営とは無関係です。しかし、土地故にこちらも自由に動いている……と言ったところです」
「なるほど」
何か納得したのか、サーヴァントはうんうんと頷く。
自分を差し置いて勝手に他人と話し始めるサーヴァントの様子に苛立ちを込めた視線を一瞥しながらも、ラステアは改めて目の前に現れた少女に向き直る。
「それで要件は? 自分としては正体を知る君を生かしておく道理は無いのだがね……そもそも何故幻惑なる透明色だと知っている? 自分は表向きには外科医、裏ではうだつの上がらない辺境の二流魔術師、という触れ込みにしていた筈だが」
自身が魔術師なのは、裏の人間に隠している訳ではないし、ここでこうしてマスターとしてサーヴァントを呼び出しているのがバレても、別に疑問と言うほどではない。
そうなればラステアが気にするとすれば、やはりその一点だ。
もし彼の正体が幻惑なる透明色であると誰もが知っているのならば、今頃自分は他の魔術師たちが放った追手に追われてこのような場所にも来れやしないだろう。
ましてや自分の正体が露見するようなヘマをした覚えもない。
───そこまで考えて、ラステアは一つの可能性に辿り着く。
「なるほど。それが噂に聞く高山家の神託、とやらか」
「御明察です。私が貴方を知ったのは今述べられた通り、神託によるものです。貴方が幻惑の透明色であるとわかったのなら、後は逆算するだけでしたから」
「では聖杯を手に入れ、自分が何をしようとするのかも筒抜け、と言う訳かな?」
そう言葉を交わしながら、ラステアは目の前の娘をどのように始末するかだけを考えていた。
当然のことだろう。正体を誰にも掴ませていないことが幻惑なる透明色としての最大のアドバンテージだったのだ、それを覆しかねないイレギュラーという芽はなるべく摘んでおきたい。
ラステアの暗殺は蓮華が述べた様に、実にシンプルだ。
相手の
レスカトラ家は一族代々、自らの血液を弄り続けており、家系が使う魔術を極限まで強化する強みがある。
しかしそれは他の魔術と拒絶を引き起こし、使用すると魔術回路や刻印をズタズタに傷付けてしまうという欠点を生み出してしまったのだ。
故に他の魔術の使用を禁止していたレスカトア家であったが、ラステアはその欠点を逆に利用し、自らの血液を相手の血液と非常に精巧に同一化させて、相手に無理矢理この欠点を発動させる殺し方を生み出したのだ。
蓮華の言う通り、ある意味一種の毒殺であると言えよう。
そうして誕生したこの暗殺方法は、科学的には不審死を、そして魔術的には魔術回路や刻印を破壊されて暗殺されたという結果だけを残す代物となった。
しかし、すべての人間が手軽にこの方法で暗殺出来るわけではない。相手の血液などのDNA情報を入手し、それを元に作らなければならないのだ。
かつてその弱点を克服するための術を得ようとしていたのだが、ある事情から失敗してしまった。
「───だからこそ貴方は、その術を得る為に聖杯戦争に参加した。このニザラムの大地に宿る霊脈に自分の血液から造った魔力を流し込んで、土地や一般人ごと魔術師たちを殺して一網打尽にしてでも。……違いますか?」
「いや、正解だよ。全く厄介だ」
勿論、目の前の少女への暗殺条件は成立させていない。さらに言えば、高山家もまたこの手の実戦には趣き慣れていることだろう。
そうなると通常、彼に残された手は純粋な魔術戦となる───。
だがこの場において、彼は通常の魔術師ではない。
「───ライダー、早速だが君の力を自分に見せてもらいたい」
そう、今の彼はサーヴァントを従えるマスター。魔術師同士の戦いに律儀に付き合う必要はないのだ。
言うが早いか、ラステアは左手の袖を巻くって腕を見せつける。そこには朱く刻まれた令呪が施されていた。
彼のその言葉を合図に、腕に宿った令呪に朱色の光が差し込み輝く。
「ただの小娘相手に切り札たる令呪を切るのは愚の骨頂……だが管理者となれば話は別だ。他の者に悟られることなく、序盤から優勢に動くことも出来る……。あぁそうだ、非常に強い霊脈を持つ君たちの所有地を頂く、というのもアリかな?」
馬鹿な娘だ、と。ラステアは感じるざるを得なかった。
確かに高山家はその特異性からそれなりに名の知れた一族ではある。しかし戦闘特化の武闘派集団というわけでもない。ましてや部下も引き連れず、当主ないしその候補の娘一人だけなのだから。
いい加減頃合いだろう。少女を活かす必要も、迫る聖杯戦争開戦の刻限も。
───否、むしろ既に他の陣営のサーヴァントが動いてこちらを見つけに来るかも知れない。
では望み通りサーヴァントの力を以て排除するとしよう。そう判断して、ラステアは己がサーヴァントに命令を下そう令呪を輝かせる。
───この時点で既に、ラステアは致命的なミスを犯していた。圧倒的に有利な状況、かつ強力な手駒を手に入れたという油断から来たといえる。
それは、『サーヴァントは使い魔であるが、彼ら自身の意志も当たり前のように存在している』ということだ。
ラステア自身それを理解していたが故に彼女の始末にわざわざ令呪を切ろうとしたのだが、サーヴァントがマスターの命令を拒絶する際に取る行動にまで気が回っていなかった。
───詰まる所、彼が開口一番最初に下すべき命令は、『自身の方針に賛同せよ』という内容だったのだ。
「では令呪を以て我がサーヴァント、ライダーに命ずる。この娘を───」
始末せよ、と。そう続けようとして───。
直後、自分の中でライダーとの魔力のパスが切断されたのが感じられた。
「……あ?」
消滅したのか? 刹那の時間に感じた違和感からそう誤解した頃には、自身の左腕の感覚が根本から無くなっているのが把握できた。
恐る恐る視線を向けてみれば、左腕は肩から先が綺麗に切断されていた。
「───ッ!? ゴアァッ!?」
断面から吹き上がる血飛沫を抑えながら床に倒れ込むと、視界の隅に見慣れた腕がごろんと転がっていた。自分の腕だ、見間違えることはない。
未だに朱色の痣を持ち続けているそれを、直ぐ側まで歩いてきたライダーがひょいと拾い上げた。
ゾクリ、と。目の前のサーヴァントが携えるオーラが変わっていたのが肌身で感じ取れた。
英霊をも超えた存在、神霊。そのプレッシャーが、他でもない自分へと向けられているのが直感で理解できた。
「……残念だマスター───いや、元マスター。この国と市民を無差別に巻き込むというのなら君に協力は出来ない。……ましてや毒だと?」
「ま、待て───」
「では、さらばだ」
つい今しがたまでマスターだった男に有無を言わせず、頭上で槍のような武器を高らかに構えるライダー。だが、そんな彼の制裁を止める者が居た。
「待ってくださいライダー」
「……!」
それは、今まさに乱入し自身とライダーの決裂を決定付けた蓮華本人だった。
彼女の静止を受けて、とりあえずは槍を下ろすライダー。彼の動きから了承と受け取った蓮華は倒れたラステアに駆け寄る。
「私が今この場に来たのは他でもありません。ラステア・レスカトラ、今この瞬間を以て、貴方はマスターではありません。ですのでどうか、この聖杯戦争から辞退して下さい。そうすれば───殺されませんから」
「……殺される!? 私が、お前やそこのサーヴァントにでもか!?」
「いいえ、そういうわけではありません。ですが───」
そこまで言って、蓮華の視線がほんの少し揺れる。申し訳無さと、後ろめたさ。
だがラステアにはその一瞬で十分だった。
「……誰が信じるかッ!」
瞬間、ラステアは残っていた右腕を使い、懐から取り出した何かを投げつける。
「……ッ」
「!」
───直後、部屋の中をライダーを召喚した時とはまた違う光が包み飲む。
ラステアが投げたのは閃光弾の一種。魔術を組み込んで作ったものであるため、例え魔術師であっても目眩ましには十分な代物だった。
「うっ……!」
「大丈夫か?」
使うと理解していたものの、このタイミングとは予期していなかったのか、僅かに反応が遅れた蓮華であったが、彼女に立ちはだかるようにライダーが立って庇っていた。
閃光弾自体に殺傷能力は無かったためか、丸腰に近い形で晒されたライダーにダメージは無かった。
「あ、ありがとうございました」
「気にする必要はない。それより、何故彼を生かそうと?」
「それは───」
至極当然の疑問。自らの命を奪おうとした男をわざわざ生かし、更には忠告まで行うのだから。
そのライダーの問いに、僅かに躊躇ってから蓮華は語り始める。
「───未来を、ほんの少しでも変えたかったんです……」
✴ ✴
───それは、彼女に課せられた使命であった。
日本の陰陽師の家系である高山家。
その子孫として誕生した高山蓮華は、生まれながらにこう告げられていた。
『我々の目的は根源ではない。世の平穏である』───と。
元々高山家は日本で活動している、魔術協会に直接属さない陰陽道の一族の一つである。
高山家はその中でも未来予知───神託がずば抜けており、古くからこの力で上手く立ち回ってきた家系だ。
数百年以上前のかつては西洋の魔術師たちと同じ様に根源への到達を目的としていたらしいのだが、数代ほど前の先祖が方向転換した経歴を持つ。
曰く、『やがて地球が未来を閉ざす。誰かが私欲を捨ててでも、世を存続させねばならない』と宣言したのだ。
以降、根源への到達を放棄した高山家は、地球環境の維持に努めている。
表立っては環境問題に取り組む古い名家として、そしてその裏では魔術師たちの戦闘や問題の隠匿のため、時に独自に、時に魔術協会や聖堂教会と協力する一族となった。
しかし此度の聖杯戦争参加は、神秘の隠匿、延いては星を守るためでもあるが、もう一つ理由が存在する。
話は少し遡り今から数十年ほど前、高山家は自身の陰陽道による神託である天啓を得ていた。
それは『一族の血筋の中から根源に到達する者が現れる。しかしそれは世界に大きな厄災を引き起こさんとする』と言うものであった。
昨今噂されている、ニザラムの擬似聖杯戦争。
そしてその裏で暗躍しているとされている男 神樹シロウ。彼の家系である神樹家は、元々高山家から派生した一族、所謂分家と呼ばれる存在だった。
それは当時、一族の転換を決め根源を諦めた高山家の中から反発者が生まれたことで、それらが自立、独立して生まれたものだ。
現在ではその一族の殆どが死亡。十数年ほど前に当代であった神樹シロウの両親が死亡したことで、神樹家は実質的に瓦解したと言える。
しかしその僅かな生き残りである神樹シロウは、このアルメニアの地に新たなる都市ニザラムを設立。暗躍を続けていた。
根源接続者たる神樹シロウは当然のように未来を見据えており、その力はあくまで断片的なモノしか見ることができない高山家の神託を遥かに上回っている。
正面からはとてもではないが太刀打ちできない立場にあった高山家は、逆に神樹シロウの懐に入り込むこととした。
即ち、このニザラムの地の管理者となり、事が始まったときにすぐさま対応出来るように先手を打ったのだ。とはいえ神樹シロウがそれに気付かない訳がないので、まさに一か八かの賭けに近かった。
幸い、神樹シロウはこの高山家の動きを脅威として見ておらず、その動きを織り込んだ上で黙認した。
こうして、魔術師たちの歴史の陰に埋もれていた高山家は、聖杯戦争の管理者と言う大きな役割とともに行動を起こす。
未来を見続けてきた家系 高山家は未来を変えるために、この聖杯戦争を以て観測し続けた未来を捨てる。
全ては血の清算。一族から生まれた魔を絶つ、その責務の為に───。
✴ ✴
蓮華がライダーに己の家系を語る最中、ラステアは院内を逃走していた。
先の閃光弾の衝撃で騒ぎが起こっているらしく、至る所で喧騒が聞こえてきた。
(失敗した……いや、迂闊だった! あの英霊の側面を持つ
腕の断面から重力に従って流れ落ちる血液を抑えながら、這う這うの体で部屋から遠ざかる。
己の失敗を反復しながら後悔するも、既に後の祭り。今はどのようにしてこの場から離脱するか……。
既にマスターとして脱落しているラステア、しかし彼にはまだチャンスが残っていた。
聖杯戦争でマスターが命を落とすのはそう珍しいことではない。
マスターは基本的にサーヴァントを失った時点で契約が終了し、聖杯戦争から脱落してしまう。しかしマスターを喪った他のサーヴァントと再契約することができる。
さらに言えば、サーヴァントに対してマスターが不足した場合、聖杯によって令呪の再配布が行われるのだが、その場合サーヴァントを失い脱落したマスターに優先的に配布されるようになっている。
故に聖杯戦争では相手のマスターが再び参加できぬ様に殺害しておくのがセオリーなのだ。
そのため令呪こそ奪われてしまったものの、ラステアはマスターの居ないサーヴァントと遭遇できれば、再びマスターとして再起することが不可能ではないのだ。
最も、そういう意味では自身もいつ殺されてもおかしくはないだろう。
何処で、何時まで身を隠すか。
新たなるチャンスのために、今は身を潜める。幸い、彼にとってそれは難しいことではない。高山家の神託も完全ではない。撒いてしまえば後はどうとでもなる。
そうして地下の駐車場まで逃げ込んだラステアは、出てきた裏口や頭上の院内から追手が来ていないことを確認すると、自らの愛車に駆け寄る。
残った右手をポケットに突っ込み、車のキーを取り出してドアを開ける。
ライトが点いて入り口が開かれると、勢い良く扉を閉めるとキーを挿してギアを入れる。
一刻も早くこの病院から抜け出すために、アクセルを全開に踏み込もうとして───。
「ヒドい娘ね蓮華も。素直に邪魔されて死んじゃうって教えてあげれば良かったのに」
声が聞こえた。
からころと、イタズラを考える幼い子どもの笑い声のそれは、明らかにさきほどの少女とは違う声だった。
そしてそれは、明確な殺意と共に放たれた。
「───ッ!?」
日々を殺しと共に生きていたラステアだからこそ反応できた、と言ってもいいだろう。
視界に映る、後部座席のミラー。その中にはいつの間に乗り込んだのか、一人の少女が座っていた。
そしてその姿を視認した直後、自身の身体がワイヤーの様な物で、それも凄まじい力でシートに貼り付けにされるのが感じられた。
「がぁっ……!?」
「あら、ちゃんとワタシに気付けたんだ。……やっぱりシロウの言う通り、慣れないことはするものじゃないわね」
今にも全身がバラバラにされる痛みに襲われながらも、ラステアは新たな乱入者を観察する。
その相手はそれこそ先に現れた巫女の蓮華以上にこの場に似つかわしくない風貌だった。
全身を覆う様な黒い服。
周囲を蛇のように漂うワイヤー。
黒い髪に反して白い肌
血のように輝く真紅の瞳
だがそれ以上に目を引くのは、やはり背丈や顔立ち。10を超えているかどうか疑問が湧く、幼い少女のそれだった。
だれがどう見ても、とても先程の攻撃を放った人物の様には見えないだろう。
ステータスなどが見えないため、サーヴァントというわけでもない。───最も、令呪を失った以上、既にラステアはマスターではないのだが。
そんな場違いにも程がある下手人の正体に困惑しつつ、少女の独り言同然の言葉に意識を向けたラステアは振り絞るように声を上げる。
「ッ……シロウ……神樹シロウのことか……!?」
「あはっ、正解! ワタシは彼の代わりに来たってこと」
「何故ッ、直々に……邪魔立てしに……!?」
「ルールに則る分には問題無いの。でもあなたのやろうとしてること、ちょっと迷惑だから……だってさ」
クスクスと嗤う少女は、漂うワイヤーの内の一本に指を掛ける。
ツツツとワイヤーを手繰り寄せれば、ラステアの全身を拘束する力が何倍にもなる。
そして動けない人形のようなラステアを見て一通り愉しむと、少女はえいっとワイヤーを思い切り引っ張った。
ゴギバキと鈍く不快な音を立てて、ラステアだった物が崩れ落ちる。
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、少女は何事も無かったかのように車から飛び降りる。
「安心して、身体までバラバラにしたら汚れちゃうもの。遺してて上げる……もう意味ないけどね♪」
てとてとと車から離れて行く少女だったが、ふと足を止めると、それまでの緩やかな動きからは想像できないような瞬発力でその場から跳躍する。
直後、少女の立っていた場所に白い影で形成された2~3mほどの巨人が拳を振り下ろしていた。
駐車場の床に小さなクレーターも斯くやな穴を開けた巨人。その向こう側、少女を睨む蓮華の姿がそこにはあった。
「……ルシエ」
「あら、名前で呼んでくれるんだ。なんならお
「……ッ! 結構です! それより何故ラステア・レスカトラの命を奪ったのですか!」
「あら、聖杯戦争に参加する以上は当たり前のことでしょ? それにどっちにしろ彼、長くなかったわよ。だってあれ以上生きていても、まず真っ先に動いてたのはライダーでしょうし」
そう反論しながら、蓮華にルシエと呼ばれた少女は、懐からペットボトルを取り出した。
「逃がす訳には……!」
「でも、こんなところでワタシは捕まえられないって、知ってるでしょ?」
蓮華は先にルシエを襲わせた白い影───式神に指令を送る。巨人の式神は蓮華のイメージ通りにその巨大な腕をルシエへと一直線に伸ばす。
「アハッ! 捕まえれるものなら捕まえてごらん!」
自らを握り潰すかのように迫る巨人の腕を、まるで縄跳びの縄を避けるように、そしてはしゃぎながらルシエは回避する。
外見に似合わずバク転まで披露してさらに距離を於いて着地すると、ルシエはペットボトルに入っていた水を床にまき散らす。
「じゃーねー♪」
「くっ……!」
直後、水に濡れた床を踏み抜くと同時にルシエの身体は硬いコンクリートの地面に潜り込む。そして水は一瞬のうちに乾き、後には蓮華、そして車の中に置き去りにされたラステアだったものだけが残された。
✴ ✴
その後、標的を逃した蓮華は高山家の人間たちに連絡した。そして10分と掛からずに院内の戦闘現場は修復された。
ラステアの遺体は令呪を保有したまま切断された左腕以外は綺麗に整えられたが、死因までは変えられない。あと数刻もすれば謎の圧死を遂げた片腕のない遺体として発見されることだろう。
裏世界の魔術師たちを震撼させた殺し屋『幻惑なる透明色』は、こうして誰からも認識されることなくただの死体として処理されることとなったのだ。
先に家の者たちを上がらせた蓮華には、最後の仕上げが残っていた。
騒然となっている病院の屋上、パトカーのサイレン音と喧騒が耳に入りこむ中で、蓮華は屋上の縁に座る人影に近寄る。
それは他でもない、先程自身を助けた後マスターを失い消滅一歩手前の状態となっているライダーだ。
「まだ居たのか」
「ええ。管理者として、マスターを喪ったサーヴァントを放ってはおけませんから」
管理者たる蓮華の言葉に耳を傾けながら、ライダーは思い切り屋上に倒れ込んで空を見上げてふと零す。
「懐かしいな……生前は、終ぞこの地に帰ってこれないままだったから」
「……でしょうね。感慨深いですか?」
「……そうだな。今はアルメニアだったか? 住んでいる民も流れてきた者たちが大勢いるらしいが、それでも僕の愛したウラルトゥであることに変わりはないから」
既に体から魔力の粒子が零れ落ち、今にも消えそうなライダー。そんな彼に近付くと、蓮華はあるモノを取り出した。
特殊なケースに入れられたモノ───それは先程ライダーの手によって切断された、令呪を宿したラステアの左腕だ。
「今この国は───いえ、この星は存亡の危機に立たされています。……そして、貴方には3つの選択肢があります。このまま消滅するか、この腕を持って他の魔術師と接触してマスターとするか。そして───」
思うところがあったのか、蓮華もまたライダーと同じように一度空を仰ぐ。無数に煌めく夜空の星々を見上げながら、蓮華は3つ目の選択肢を口にする。
「───私と契約するか、この3つです」
「 ……それも君が神託で見た光景かい?」
「私が見た光景では、既にラステアは亡くなっているはずでした。なので少し形は違いますが」
「そうか」
そう独り言ちて、ライダーは起き上がる。
世界のため───など言われては断る義理はないだろう。ましてや形が違えど、自らが愛したこの国に滅びが迫ろうと言うのなら尚更だ。
「……そうだね、いいよ」
そしてライダーは、新たなマスターを得る。
やり方からして賛同できない者から、真に同意出来るだけの戦いへと身を捧げんとする少女へと。
「───告げる、汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄辺に従い、この意、この理に従うのならば我に従え。この命運、汝が剣に預けよう」
「ライダーの名に懸け誓いを受ける、貴女を我が主として認めよう」
時刻は12月24日。23時30分。
開戦まで、残り30分。
ここに誓いは成った。
全てのサーヴァントが揃った。
全▇騎のサーヴァントによる、偽造された聖杯戦争が幕を開ける───。
✴ ✴
波に打たれ、小舟が揺れる。
たった一人の少年を乗せ、ギシギシと音を立てて小舟は海を行く。
「───」
小舟に乗せられた少年は、まるで産まれたての子鹿のように力なく藻掻いていた。
精一杯の力を振り絞って小舟の縁を掴み、全身の体重を持ち上げ外を見る。
小舟は陸から離れる。霧に包まれた中、陸には一つ分の人影があった。
人影はこちらをしばらく見つめると、何処かへと去っていった。
少年は、直前にその人影に掛けられた言葉の意味も───否、言葉そのものさえ理解できなかった。
全てに疑問しかなく、疑問というものさえ理解できぬまま、しかし少年はたった一つだけ分かったことがあった。
『自分は、あの地に生きる全てのものに否定されたのだ』と。
───その目には、憎悪が宿っていた。
No.4 ライダー
クラス︰ライダー
真名︰???
性別:男性
身長:167cm
体重:58kg
出典:アルメニア/???
地域:アルメニア
属性:秩序・善・地
ステータス
筋力D 耐久C+ 敏捷C 魔力A+ 幸運A 宝具A
クラススキル
騎乗:C
対魔力:A
保有スキル
神性:A+
???:C
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ライダーのビジュアルは一言で表すと「アーチャーの再臨ぽい衛宮士郎」です。