Fate/outsider   作:EUDANA

8 / 12

 stay night原作発売日の30日に合わせて公開したかったんですけど、年末年始でリアルとかでバタバタしてたり、ナウイ・ミクトラン前半とかやってた結果、無理でした。
 これから後半やるので次は2月後半以降かもしれないです。


07.セイバー再召喚

 

 ニザラム外れの廃屋

 

 結界が張られ、一種の魔術工房と化したその廃屋の中では、ランサーのマスター リカルドが腕時計をチラチラと見ては、部屋の中を行ったり来たりでぐるぐる回っていた。

 そんな明確な目的もないマスターの行動に、心底ため息をつきながらランサーは毒づく。

 

「ちったぁ落ち着けよマスター。正式な開始まで、まだ時間はあるんだろ?」

「それはそうなんだけどさぁ……けど、やっぱ落ち着かないんだよ」

「ハァ。……しかしまぁ、お前みたいな戦いの素人にゃ無理もないわな」

 

 そう独り言ちて、ランサーは廃屋の窓から空を眺める。

 時刻は夜の11時を回っており、聖杯戦争開戦まで既に30分を切っている。この時間を超えたその時、いよいよ歴戦の英雄たちとそのマスターによる殺し合いの火蓋が切って落とされる。

 

 日々を戦いや血生臭い殺し合いの中で過ごして来たランサーはともかく、自分たちの領域から一歩も外へ出たことのないマスターでは、やはり慣れないものであろう。

 

 そう納得すると、ランサーはマスターのクールダウンも兼ねて、この聖杯戦争での彼の基本方針をもう一度確認する。

 

「で、先ずは斥候でいいんだよな?」

「あ、ああ。今回の相手マスター候補は確認出来るだけでもみんな精鋭揃い。情報無しに正面からじゃ死にに行くようなものだし」

「戦場じゃ基本だわな」

 

 リカルドが立てた計画は実にシンプル。相手サーヴァント同士の戦闘を遠くから観察。それが不可能そうであれば接触しつつも逃げ遂せ、戦闘時の相手の情報から真名を推察する。

 

 特にサーヴァントの真名を知っている知らないでは、戦闘にしても情報面にしても大きな優位性(アドバンテージ)が生まれると言って過言ではない。

 戦闘を行うならそのサーヴァントの弱点を探るヒントに、そうでなくとも真名の情報をチラつかせて交渉の材料にする。

 

「本当ならそういうのはアサシンの得意分野なんだろうがな」

「けどアサシンは直接戦闘が不向き、発見されてしまったら元も子もない。そういう面では、堅牢な防御を誇るアンタに部がある……だろ?」

「ハッ、俺は一番槍……いや、今風に言うなら鉄砲玉かよ……」

 

 マスターの方針に不服ではないが、『死なないだろうから死地に行って来い』、は中々酷いな、と。そう思いながらも特に異論はない。

 個人の能力、出来るか出来ないかで役割を割り振って決める『適材適所』の概念は、ランサー自身も賛同なのだ。

 

「で、次の確認。相手マスターの情報は?」

「ええっとだな……」

 

 ランサーが他のマスターに関する話題を切り出すと、リカルドはボロボロのまま放置されていた机の用意していた紙を床に並べて、そこに書かれた情報を読み上げる。

 

「正式に確認出来たのは3人。けど、多分4人目の候補として堅いだろうって奴はいる」

「ほー」

 

 この聖杯戦争におけるマスターの候補たちは、それこそこの街を訪れているだろう魔術師たち全員。

 無論、誰がマスターに選ばれたのかは知る由もない。これだけの人数の中から、しかしリカルドは凡その当たりを付けた。

 

「……なんだ、写真はともかく随分ちゃんと調べてるじゃねぇか。どうやって調べた?」

 

 昨日今日でこれだけの情報を調べ上げた己のマスターを、ランサーは多少見直すこととした。

 

「それはホラ、企業秘密ってヤツだよ。それにこういうのはフィールドワークと同じだよ。現地で見て、調べ尽くす。割と得意なんだぞ俺」

「へいへい、そーかい」

 

 自信満々に答えるリカルド。そんな様子を白い目で見たランサーは、取り敢えずあまり褒めて付け上がらせるのはやめておこうと心に誓う。

 

 そんな心の内をマスターに悟らせぬまま、頭の裏で両腕を組んだまま壁にもたれかかっていたランサーは、床に撒かれた手書き且つ一部が不鮮明なままの写真が貼られた資料に目を通す。

 

 

 まず最初にリカルドが手に取ってランサーに手渡したのは、男女2人組を記した2枚の資料。

 

 1枚目は上等なスーツとコートを身に纏った、金髪の神経質そうな男。

 2枚目はそれとは逆に何考えてるのか分かりづらい、脳天気な表情を浮かべる黒い髪の女だ。

 

「まず時計塔の鉱石科の一流講師の『ロイド・リーゼンブルム』と『サキ・リーゼンブルム』夫婦。特に旦那の方は何十年も前から聖杯戦争に固執してたらしいからまず間違いない。俺とちょうど同じくらいのタイミングで現地入りしてる」

「なるほどな───いやおい、嫁の方は?」

 

 双方の資料に軽く目を通してから、ランサーは渡された2枚目の資料を軽く叩く。

 というのも、サキ・リーゼンブルムの方の資料には日本出身である点と、時計塔内で過ごしている点の2つしか記入されておらず、詳細な情報が殆ど記載されていないのだ。

 

「あーいやえっと、悪い。彼女の情報だけはどれだけ調べても出なかったんだ。時計塔の中から調査したら少しはわかるかもしれないんだけど……出身の家とか調べても、古い名家ってだけで魔術的にもウチみたいに大した家でもないし」

「んだよ、自信満々に言っといてよぉ」

「し、仕方ないだろ! 時計塔に身を置く奴の情報なんて、なんの準備もなしに見れないっての!」

 

 自信満々に語った割に肝心なところでおざなりなマスターに落胆するランサー。しばらく頭を抱えてからその2枚を傍らに置くと、次の資料を手に取った。

 

 咥えタバコに赤黒いボサボサの髪。隈も見られるような、随分と老け顔な男の資料だ。

 

「次が時計塔の元講師『アイリッシュ・クロムハーツ』。なんでも時計塔から参戦の要請が来たんだとか……このニザラムに何年も居たらしいから、土地勘なんかも強い方だな」

 

 再び経歴に目を通せば、やはりその半生には不明点が相次いでいた。

 

「……コイツも過去の経歴は不明か」

「アイリッシュ・クロムハーツの時計塔に所属する前の過去はホントに不明なんだよ。俺もそんな噂を小耳に挟んだことあるし───で、確定してるのはこの3人」

 

 図星を突かれたものの、完全に不明な情報は調べようがない。バツが悪いような表情を浮かべながら、リカルドはランサーからアイリッシュの資料を取り上げて4枚目、最後の資料を渡す。

 

 巫女のような姿をした、一人の少女の写真が貼られた資料だ。

 ───どうでもいいことが、隠し撮りされた他のマスター候補たちの物と違って、彼女の物はどう見ても神社か何処かの宣材写真のそれだ。

 

「で、多分出てくるだろうって奴が……このニザラムの管理者(セカンドオーナー)高山(たかやま)蓮華(れんか)』。つい最近当主になったんだとか」

 

 ランサーは一度、自身のマスターを見てから写真に映る相手を確認する。

 リカルドとてまだ若い部類だ。だがこの写真に映った少女は、パッと見てもリカルドよりも年下だろうことは明白だ。

 

「まだガキじゃねぇかよ」

「…………そうだな」

 

 ランサーの率直な感想を受けると、苦虫を噛み潰すような表情のまま、リカルドは大袈裟なくらいに資料から目を逸らす。

 

 そんな己のマスターの様子をチラとだけ確認してから、ランサーは1つの質問を───マスターとしての覚悟を問う。

 

「戦士だろうと従者だろうと、そして女でも子供でも、戦場に首を突っ込んでくる以上関係ない」

「…………」

「然るべき対応をして───いいんだな?」

 

 

 

 わかり切っていたことだろう。

 自らの願いを、目標を叶えるということは。誰かの願いを、そして命を踏みにじるに等しいのだと。

 

 日陰で頭を垂れて、地を這いずり回りながら。───それでも尚、この身は真なる自由を求め続けたのだから。

 

 

 

「民間人に目撃されたとかなら、最低でも気絶に留めてくれ。こっちで暗示でも掛けるから」

「『民間人』……ってコトはつまり───」

 

 そこまで問われて、リカルドは一度空を見上げる。

 今視界に映るのは廃屋のボロボロな天井。だが彼の記憶に映るのは、初めてニザラムに着いた夜に見上げた満天の星々が輝く大空だ。

 

 深く息を吐いて、リカルドは声を振り絞る。

 

「魔術師なら……そしてマスターなら───頼む」

「───了解した。この身は一筋の影槍、お前に立ち塞がる尽くを穿いてやろう」

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 一方、ニザラムの街の外れに居を構えるクロムハーツ探偵事務所

 

 デスクに頬杖したままタバコを吹かすのは、この事務所の主人たるアイリッシュ。

 彼のすぐ目の前には、自身を見下ろすようにしてサーヴァント───バーサーカーが立っていた。

 

 さらにそのデスクの上には6枚の資料が並べられており、その内の4枚は確認が終わったのか隅に寄せられて、残る2枚を広げていた。

 

 最初に手に取った資料の1枚には、メガネを掛けた白衣の男が映った写真が貼られていた。

 

「次にこいつ……『クリムス・サーディアル』。聖堂教会の葬儀屋(アンダーテイカー)所長らしいが、コイツに関して言えばマスターとして参加しているのは息のかかった部下とかだろう。……しかしどうあれ、この男が居るのは正直意外だな」

「意外? 何故だ?」

 

 自らのマスターたるアイリッシュがポロっと漏らした一言に、バーサーカーは疑問を投げる。

 最もな質問だと零すと、アイリッシュは灰皿にタバコを押し付けながらその理由を語る。

 

「葬儀屋の連中は、代行者みたいな表立って動く奴らの武器や防具を作ってる、まぁ所謂裏方の人間だ。立場的に、こんな表舞台には元々出て来ないんだよ。……武器を作る職人が、自分から足を運んで戦場に来ていると思えば、変なもんだろ?」

「うーむ……」

 

 我ながらわかりやすい例えが出来たと思ったアイリッシュだが、一方でバーサーカーの方はというと、どうにもピンと来ていないのか首を傾げて唸っていた。

 

「どした?」

「いや。肯定しようにも、私の時代ではそれほど変ではなかったことなんだが」

「なるほど、現代と神代の差か。……これも一種の、ジェネレーションギャップってやつかね」

 

 そう独り言ちて、アイリッシュはそれが彼女の時代では然程変ではなかったのだと理解すると、頭の中で当時の歴史の考察を修正することにした。

 

 

 

 結局アイリッシュは今日に至るまで、自らのサーヴァントたるバーサーカーと真名の擦り合わせが出来ていなかった。

 彼女にどのような形で真名や情報を聞き出しても、やはり『ベルゼブブ』やそれに準ずる答えを述べるままであったからだ。

 

 だがここは彼の宗教と伝承が広まった地。その答えに限りなく近い選択は、既にその偽りの名と共に提示されているも同然であった。

 

(ま。無難に考えるなら、やっぱ『バアル』なんだろうけどな……)

 

 

 バアル。それは古代カナンにて信奉された豊穣を司る神であり、またメソポタミアのアダド神やエジプトのセト神とも同一視される、王たる神の名である。

 

 彼の宗教が信奉される地にも流れ着いた神の逸話は、しかしその地の者たちには受け入れられなかった。

 既に信奉されていた神とその教えに反する外部の神は、その地に都合が悪いものであったのだ。

 

 その為バアルは自身の異名『崇高なる王(バアル・ゼブル)』を皮肉られ、『糞溜の王(バアル・ゼブブ)』という蔑称を宛行われた。そこからさらに崩して語り継がれることとなったのが『蝿の王(ベルゼブブ)』なのだ。

 

 

(だがなんかこう……しっくり来ねぇんだよなぁ)

 

 しかしこの考察は、一つの疑問点を抱えたままである。そのためアイリッシュは、彼女をバアルとは認識していなかった。

 

 それというのも、確かにバアルは神としての根塊を歪められて伝来された経緯がある。英霊は後年の人々のイメージを強く受けるが、それは人々に信仰されることで存在が成り立つ神霊には特に強い影響を与える要素だ。

 

 だがそれと同時に、バアルは彼の教えにて地獄の支配者たる君主、大悪魔としても伝えられている。

 

 また、聖書にもその名が語られるイスラエルの賢王 魔術王ソロモン。彼が成した偉業の一つとして『ソロモン72柱の悪魔』が存在している。

 そしてその第一位としての地位を与えられた悪魔こそがバアルゼブブを基とした悪魔『バアル』である。

 

 

 もし仮にバーサーカーの真名がベルゼブブ───即ち『バアル・ゼブル(バアル)』ならば。

 この地にて信奉されるイメージを強く受け付けるのならば。

 そこには、強大なる大悪魔としての側面が付与されているサーヴァントが召喚される筈なのだ。

 

 悪魔にも複数の種類が存在している。

 純粋種たる真性悪魔と呼称されるタイプと、バアルのような言い伝えによって誕生したタイプだ。

 尤も、前者はそれこそ彼の宗教における救世主が生誕したことによって、この惑星への降臨はあり得ないものであると断じられているが。

 

 

 しかし、今の彼女はベルゼブブと名乗りこそすれ、前者は勿論、他者のような人に取り憑く性質を持った悪魔としての側面をまるで感じられないのだ。

 

 

(となりゃ消去法で、バーサーカーはもう一方の神ってコトになるんだが……)

 

 

 もしアイリッシュの推測が正しければ、バーサーカーは『バアルと同じ名を冠して伝来された、赤の他人』ということになる。

 

 事実、彼の宗教が伝わる地ではバアルと同じ起原と意味(名前)を持つ、『ベール』と呼称されて伝来した神が存在している。

 

 そうなれば、なるほど確かに。彼女の言う通りバアル(ベール)であってもバアルではないと言えるだろう。

 ……バアル以上の完全なる風評被害ではあるが、もとより神とはそういうモノなのだ。

 

 

 

 そこまで考えて。アイリッシュは首を振りながら、まだ吸いかけだったタバコを灰皿に押し付ける。

 

(───いやいや。バアルかベール(どっち)にしても、俺は他所の地方の神……それも()()()()()()()()()()()()()()ってコトになるじゃねぇかよ)

 

 冗談じゃねぇ、と心中で呟きながら思考を打ち切る。それにどれだけ考えても仮説は仮説。結論など出はしないだろう。

 ましてや、この聖杯戦争は冬木で行われ続けていたこれまでのものと同じであるとは限らないのだ。

 

 

 

 シロウなら全て知っているのだろうな、と。そう思いながら、アイリッシュは最後の資料をバーサーカーに見せる。

 

 金掛かった茶髪に蒼眼の、しかし何処かアジア圏出身を連想する東洋寄りの顔立ちの青年が、隠し撮りであろう写真で貼り付けられている。

 

「最後に『リカルド・ルーカス』。聖杯戦争にも縁のあるルーカス家の次期当主。ルーカス家は元々北欧方面で活動してた魔術師の家系だったんだが、親戚同士の抗争に敗北。さらにそこで活動してたこれまた別の親戚に領土をぶん捕られた。で、今は一族郎党追いに追われて、アルゼンチンの山間で引き籠もって活動しているらしい」

「そんなともすれば田舎の日陰者がわざわざやってきたのか。となれば、やはり聖杯戦争目的だろうな」

「だろうな。あと田舎とか言ってやるな」

 

 アイリッシュはバーサーカーの意見を肯定しつつ、余計な一言にツッコミを入れる。

 一方でそのバーサーカーはと言うと、今の話で出たある点について腕を組みながら考え込む。

 

「しかし気の毒だな。他の者達の潰し合いに乗じて乗っ取るとは……そういえば、聖杯から得た知識に生き物の名を冠した評価があったな。あれは確か───」

「ま。現状目をかけるべきマスター候補たちはこんなもんだろう」

 

 聖杯から送られた知識を思い出そうとするバーサーカーを尻目に、アイリッシュは資料を集めてトントンとまとめながら話を打ち切った。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 マスターとしての覚悟を問われ、またランサーもその覚悟に応えようと返事を行ったおよそ数秒後

 

 

「───へっくし!」

「お、なんだ風邪か。雰囲気ぶち壊すなら早く言えよ」

「そんな訳ないだろ……」

 

 いつもの調子に戻ったランサーの弄りを鼻を擦って否定しつつ、そうだと思い出したリカルドは街に広がっている『ある噂』を口にする。

 

「それとまだ未確認の話だけど、セイバーはもう脱落したらしい」

 

 そんな重大な情報を耳にして、しかしランサーは訝しむように眉を上げるだけだ。

 

「───あぁ? んだそりゃ。セイバーつったら、聖杯戦争の中でも最優のサーヴァントのハズだろ? もう敗退したってのかよ」

「なんでも召喚されてすぐに消滅したんだとか。魔術師の連中も、大きな何かを感じ取ったけど、すぐに反応が消えたって話してた」

 

 非常に懐疑的な視線をリカルドに向けるランサーだったが、彼は困惑しながらもその裏付けとした話を語る。

 

「だがそれじゃ信憑性には欠けるだろ。それにそいつのマスターは? 消滅を目視した奴は?」

 

 情報の出処もわからないその情報を、果たして信用していいものかどうか。

 追求するランサーの言葉を受けるたびに、リカルドは自信をなくしたのかバツが悪そうに目を逸らす。

 

「いや……それはまだわかってないけど。ウチの魔術柄、土地の霊脈の状態とか把握出来るんだけど、サーヴァントが出揃ってないにしては結構活性化してたからさ……まぁここの土地の霊脈自体、ちょっと変で違和感あったから、あんまり当てにならないかもだけど」

「───なるほど」

 

 

 引っ掛かるものを感じながらも、マスターが誤った情報を仕入れているという訳でもない。

 ランサーは取り敢えず、セイバーの一件を頭の中に仕舞っておくことにした。戦闘中にセイバーが乱入してくる可能性もゼロではないのだから。

 

(───しかし、流石に新しくサーヴァントが召喚される……なんて事はないだろうがな)

 

 そう心の中で断じて、ランサーは目を閉じると再び壁にもたれようとして───。

 

 突如、その動きを中断して目を開く。

 

「ハッ───もう動くか、せっかちな野郎だな」

「え、おいランサーそれって……!」

 

 自身のサーヴァントが口にしたその言葉を聞いて、リカルドは困惑混じりでランサーへ視線を移す。そこではランサーが影のような漆黒の槍を手に取っているところだった。

 

「始まるぞマスター、聖杯戦争が……!」

 

 焦りと呆れ、それらの感情から苦笑しつつも、ランサーは獰猛に嗤ってみせる。

 

 これより始まる、命を賭けた戦いへと赴くために。

 他者の命を奪ってでも望む願いを、その手に掴み取るために───。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 純粋な高度経済成長か、或いは何者かによる裏からの根回しか、かつて以上に経済国へと進歩を遂げていたアルメニアの新興都市ニザラム。

 

 街を一望できる程の巨大な建設中の建物のタワークレーンの上で、何者かが屯していた。

 

「…………」

 

 鎧を身につけていた女性はタワークレーンの先端に腰掛けている。しばらくそうして何かを待っていると、背後からこちらへ歩み寄ってくる気配を感じ取った。

 

「よぉ、こんな時間にデートの待ち合わせか?」

 

 カツンカツンと音を立てて、青黒く肌に纏い着くような装束を纏った青年が女性へと接近する。

 

「……私が誰かを待っているようにでも見えたか、槍兵(ランサー)

「ああ。まるで舞踏会で運命の相手を待つ素敵な貴婦人のようにな。まぁ、生憎現れたのは俺な訳だが───折角だ。一曲踊って貰おうか、弓兵(レディ)?」

 

 ヘラヘラとした表情を浮かべつつ、青年───ランサーは手にしていた漆黒の槍の切っ尖を、目の前の女性へと向ける。

 

「申し訳ないが、私は既に運命の相手を見つけているんでな。遠慮させてもらおうか」

 

 そう言って女性───アーチャーが立ち上がると、粒子に包まれながら背丈ほどの大きさを持つ弓がその手に現れる。

 

 

 

 一拍間をおいて発射された矢を槍で素早く払い落としてランサーが駆け出した。

 逆にアーチャーは二の矢を撃つこともなく、後ろの方へと重心を傾けて距離を取ると、クレーンから飛び降りてビルの壁を滑る。

 

 ランサーもまた躊躇することはなく、槍を構えて駆けたままクレーンから落下、重力に身を任せる。

 

 先に落ちているアーチャーはその姿勢のまま弓をランサーへと向けると、新たな矢を発射する。

 重力に逆らい迫る矢を、ランサーは身体を動かして掻い潜って回避する。

 

 そこから二本、三本と。矢を幾重も発射しながら、アーチャーは飛び降りた高層ビルの壁を蹴る。

 破裂するガラス片が地面へと落ちていくのとは違い、アーチャーは横に動く勢いでそのまま向かいに立つ建物の塀に着地する。

 

 一方のランサーは駆け出すビルの壁面を乱暴に踏み抜きながら跳躍し、アーチャーに迫る。

 

 

 自身の頭上から飛び込んでくるランサーへ再び矢を発射しながら、アーチャーは塀を飛んで建物の屋上目掛けて移動する。

 

 ランサーはアーチャーが放った矢の軌道を槍捌きで強引に逸らすと、彼女のいた塀に着地。跳躍せずに、壁を地面のように走り始めた。

 

「……っと」

 

 ランサーは壁を登り終える最後の一歩で跳躍し、そのままアーチャーが待つ屋上に入り込んだ。

 

 着地した態勢のまま視線を上げてみれば、そこでは待っていましたとばかりに、アーチャーが弓の弦を引いて攻撃準備を完了させていた。

 

「おーっと、こりゃちとやべぇか?」

「ならそのまま受けるがいい」

 

 多大な魔力を込めていたのか、眩い輝きを伴ってアーチャーの手を離れた矢が、驚きつつも軽い態度を崩さないランサーへと放たれる。

 

「───ハッ!」

 

 殺意と魔力を載せて放たれる渾身の一射は、高い敏捷を持つランサー自身でも回避は不可能と判断した。

 そうして寸分違わず放たれる矢を、しかしランサーはさも慌てるでもなく、ゆっくりと立ち上がったままで迎え入れた。

 

「何……!?」

 

 予想外の行動に戸惑うアーチャーの目前にて、やがて完全に無防備となったランサーに矢が命中する。

 その一射に込められた力が着弾と同時に開放され、空に轟音が響き渡る。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 こうして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 人々も寝静まる夜の街は、本日を持って戦場となる。

 

 街を歩く、雑踏の中に疎らに映る人々は、先のアーチャーの一撃による轟音に驚くこそすれ、その多くが異変だと気付くことなく日常へと戻っていく。

 ───否、認識出来ぬまま現実へと戻される。

 ましてや、僅か数十メートル上空で戦いが起こっているなど微塵にも思っていないだろう。

 

 だがその中にはこの戦いを認識し、実際に見ている者も混ざっていた。

 

 ある者は、一人で遠視で確認して。

 またある者は、他の者と集まって誰が戦っているかと噂して。

 またある者たちは、使い魔を走らせて安全な場所で観戦して。

 またある者たちは、もしかしたらやって来るかも知れない漁夫を狙って待機して。

 

 

 無論彼らもまた、先のアーチャーの一射とそれをモロに喰らったランサーの様子を見ていた。

 一部の者からはアーチャーの圧勝では無いかと困惑や落胆の声がチラホラと見受けられた。所詮は使い魔か、と。

 

 

 

「いよいよ始まりか。楽しみだなぁ!」

 

 

 さてそんな中で、異彩を放つ人影がひとつ。

 大きく独り言を呟く人物を、この戦いを知らぬ者たちは不審な目を、知っている者たちもまた、訝しむ目を向ける。

 

 人影は黒くも美しい長髪の女性のようで、顔立ちにおいても特段違和感があるわけではない。

 

 しかしその出で立ちは、奇妙の一言。

 上半身の右側と下半身の左側は男性の。

 逆に上半身の左側と下半身の右側は女性の喪服であった。

 特に女性らしい服装の方に至ってはドレス調となっているのだから、尚のことアンバランスさを醸し出している。

 

 そんなこの場に似つかわしくない服装で、これまた似つかわしくないポップコーンを片手に貪りながら、女性は脇に挟んでいた古ぼけた紙切れを取り出して空を眺める。

 

 紙切れには何らかの文字列が並んで書かれていた。それは当人が書き留めたのであろう手製のパンフレット。

 びっしりと書かれたそれは、この戦いに参加するマスターとサーヴァントのリストだろうか。

 

「あれはランサーと……アーチャーか。さてさてどんな戦いになるのやら」

 

 

 終わりを迎えたと感じられる初戦を眺めながら、しかし女性は口にする。まだ戦いは始まったばかりだと。

 

 

 

 実際、先のアーチャーの一撃は、しかしランサーには決定打とは成り得なかった。

 

 頭部に直撃を受けたにも関わらず、まるでダメージを負った様子のないランサー。

 再び槍を構えて自身へと突撃する彼に、アーチャーもまた距離を取るために後退する。

 

 静かな動きとともに跳躍するアーチャーが、幾つもの建物の屋上を疾走しては、屋上を乱雑に踏み抜きながら、ランサーがそれを荒々しく追い立てる。まるで獲物を追い詰める狩人のように。

 

 

「ハハ。そうさ、そうこなくっちゃね!」

 

 

 ───ソレは第三者。

 ───ソレは傍観者。

 

 この聖杯戦争においてソレは、マスターや監督役でなければ、ましてや主催側の人間でも管理者(セカンドオーナー)でもない。

 

「───ま、頑張ってボクを愉しませてね?」

 

 無邪気に健気に邪悪に笑うソレは、この聖杯戦争という名の舞台をただ楽しむだけの観客でしかない存在。

 

 

 

 ───そう、今の所は。

 

 

 

 

 

    ✴          ✴

 

 

 

 

 

 ニザラムは栄えた都市だが、それでも急ピッチで開発が進められた場所。幾つかの区切られたブロックとそこを結ぶ道は栄えているものの、すこし都会の喧騒の輪から外れれば、途端に寂しさを感じさせる静かな道に出る。

 

 

 時計塔の魔術師 藤宮跡奈は、そんな静かな路地裏に足を踏み入れていた。

 

 彼女が昼のうちに予約したホテルはこの先にある。あまり目立たない場所にある民宿なため、休息中の襲撃もされ難いだろうという計画だ。

 

 ───そして何より、さして裕福とは言えない彼女の懐事情にも優しいという理由が一番なのだが。

 

 

 一方で、そんな少し残念な理由で見つけたホテルに向かうのとは裏腹に、彼女の中には一抹の不安があった。

 

(まだ大丈夫……だよね?)

 

 既に街には確認出来るだけでも数十名以上の魔術師が屯していた。中には時計塔内でも噂を聞くほどの魔術師の姿もチラホラと見受けられた。

 もしかしたら、彼らの中にマスターが───或いはサーヴァントも居たのかもしれない。

 

 果たして今、この街に何騎のサーヴァントが揃ったのだろうか。まだ席は残っているのだろうか。

 そんな不安に駆られながらも、しかし跡奈は心の中でその可能性を否定する。

 

 

 彼女は知っているのだ。自身は必ずこの聖杯戦争に参加出来るようになっているのだと。自らの手の甲に浮かんだ令呪こそが、その何よりの証だ。

 

 

 跡奈は身に付けていた腕時計をチラと確認する。時刻は23時50分を指しており、もう間もなく翌日の25日に移行する。

 ───それは即ち、聖杯戦争の幕が上がることを意味していた。

 

「今日はもうホテルで休んで、明日改めて……」

 

 ロンドンからこの街に来てからというもの、ホテルのチェックイン(と言っても民宿なため、それほど大層なものでもないが)、周辺の調査などに時間を割いており、まともな休息さえ取れていないのだ。

 

 一先ずの休息を考えた跡奈は、その歩みを早くする。

 泊まる民宿が見える路地に辿り着き、玄関口まであと数十メートル程まで近付いて───。

 

 

 

 ───突如、その頭上を何かが風を切って走り去ったのを感じ取った。

 

 

 

「───ッ!?」

 

 不意に越えた何か。その存在を感じた跡奈は飛んで行った何かを見上げる。

 

 一つは女性。

 何処か古い衣装を身に纏いながらも、その上から武将が纏うような鎧を装着していた。

 

 もう一つは男性。

 全身に着込んだ戦闘スーツの様な物を纏ったそれは、空を翔ける女性の後を追う様に建物の縁や天井を跳びながら駆け巡る。

 

 

 人間離れした、しかし魔術師とも違うその存在を見て、跡奈は確信した。

 初めて見るが、アレこそがこのニザラムの街で始まる聖杯戦争にて呼び出された英雄たちの影法師。即ち───

 

「───サーヴァント……!」

 

 

 彼女の脚は、既にその場から駆け出していた。気付けばサーヴァントたちを追っていたのだ。

 

 疲れが溜まっていると自覚が有った筈なのに。

 サーヴァントに迂闊に近付けばどうなるかなどわかっていた筈なのに。

 

 そして何より、自身はまだサーヴァントを召喚もしていない筈なのに。

 

 

 

 

 

  ✴          ✴

 

 

 

 

 

 結局のところ、事ここに至るまでに起こった跡奈の命の危機は、言ってしまえば彼女自身の不注意が大きいところである。

 

 両者の戦いの最中、自身のミスで存在を感知されると、ランサーに追い回される羽目になったのだ。不幸中の幸いは、戦況的に不利となっていたアーチャーが退却したことだろう。

 

 通常であればそれは、ランサーの注意がそちらに向かなくなったことを意味しており、まさに最悪の事態と言える筈だった。

 

 

 だがそこで彼女の運命は終わらなかった。否、終わることを良しとしなかった。

 

 何故ならば、今の彼女には戦うための力が───最優のサーヴァント(セイバー)がいるのだから。

 

 

「ガッ……セイバーだと……!? マスター、やっぱセイバーは脱落なんざしてねぇぞ。いやそれどころか、召喚すらされてなかったんじゃねぇか……!」

 

 セイバー。複数の部屋を跨いで吹き飛ばされたランサーの耳にもその名は届いていた。

 しかしランサーが抱いたのは、不意を付かれてセイバーに蹴り飛ばされたことやマスターの不甲斐なさから来る怒り───ではなく、新たに召喚されたという事実への衝撃だった。

 

 

 

「───問おう。君が僕の、マスターか?」

 

  突然のことに呆然とする跡奈の目の前で、蒼紫の騎士は問いかける。

 

「───」

「あれ?」

 

 返事が無く見上げたままの跡奈に疑問でも持ったのか、騎士は首を傾げながらも近付くと、その手を差し伸べる。

 

 そんなセイバーの様子を見てハッと我に返った跡奈は、最低限の礼儀と言わんばかりに服の埃を払ってから、その手を取り立ち上がる。

 このままでは巻き込まれた部外者だと思われ兼ねないと判断して、跡奈はここでようやく口を開く。

 

「え、ええそう。私が貴方のマスター。よろしくセイバー」

「そうか。……あぁ、とりあえず君に聞いておきたい事があるんだけど」

「何かしら? 今の状況なら見ての通りなんだけど───」

 

 跡奈はマスターにとってのサーヴァントとは、使い魔というよりもビジネスパートナーに近いものだと認識している。

 そんな中で早速不甲斐ない姿を見せてしまったのだ。余裕も示しておかなくては、このサーヴァントに何を思われるか分かったものではない。

 

 そんなことを考えながら体裁を整えて対応する跡奈に対し、セイバーは早速質問をぶつけることにした。

 

 

 

「えーと。僕今、『セイバー』とか『マスター』って言ってたと思うんだけど」

「ええ」

 

 

 

 その発言が、一体どれだけの重みを持つのかを知らぬまま───。

 

「それって何?」

「───へ?」

 

 気の抜けた少女の呟きが、静まり返った廃墟に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。