Fate/outsider   作:EUDANA

9 / 12
割と久しぶりな戦闘描写とイベント、ついでに花粉症でかなり遅れました。

追記 必要性があるかわからないのが現状なのでアンチ・ヘイトタグを外しました。
また、サーヴァントのステータスを調整したので修正します。


08.セイバーVSランサー

 

 ポタリポタリと水滴が地面に落ちては広がり、生まれた水面に波紋を描き出す。

 

 

 

 そこは確かにニザラムに存在し、しかし誰にも知られていない場所。

 

 

 薄暗い闇の中に、ほんのりと辺りを照らす光が一つ。

 光の正体は、水面から生える水晶のような形状をした氷。円状に並ぶその表面はまるでディスプレイのように、こことは違う場所の光景を映し出していた。

 

 それは使い魔の視点をリアルタイムで同調させたもの。今まさに、廃病院にて行われていたセイバー召喚の瞬間を捉えていたのだ。

 

「アハッ! なにこれ、予定と全然違うじゃない!」

 

 氷に映るその景色を見ながら意地悪く言うのは、白毛のポンポンが付いた黒いファーで全身を包んだ幼い少女 ルシエ。

 

 彼女は面白いものを見ているかのように、氷の画面越しにて展開する様子に目を奪われていた。

 

 そんな彼女の背後から近づく者が1人。

 それに気付いて意地の悪い笑みを浮かべれば、ルシエは後方へと語りかける。

 

「どーするのシロウ? 開幕早々、アナタの目論見破綻してな〜い?」

 

 椅子に座って足をバタつかせ、彼女はにんまりと笑ったままの顔を反らして背後から来る人物へ視線を向けた。

 

「……灯りは点けておけと言ってるだろう」

 

 視線のその先、挑発のような言葉を投げかけられたのは、同じく黒いコートに身を包んだ男。

 

 この聖杯戦争を仕組んだ主催者 神樹シロウは、火の灯っている蝋燭を持ち運んでいた。

 

 暗い場所で明るいものを見る少女とそれを咎める青年。そのやり取りや年格好からして、傍から見ればまるで親と子か、或いは歳の離れた兄妹のように見受けられるだろう。

 

 

 ルシエの視線を向けられているシロウは白黒(モノクロ)の瞳で一瞥すると、彼女の背後に立ち止まって蝋燭を添えてやり、改めて彼女が指差す氷の映像を視認する。

 

「別にセイバーが▇▇▇▇▇で無ければならない訳ではないが……。ああだが、『計画通りではない』、という点においては返す言葉もないな」

「ふーん、そうなんだ。それにしては落ち着いてるのね、つまんないの」

 

 特徴的な目を伏せつつルシエの問いに答える。口元こそ襟で見えないが、表情からしてあまり急くことでもないと判断したのだろう。

 そんな彼の様子を面白くないと感じて、ルシエはバタつかせる足の動きを早くしながら顔をふくらませる。

 

「アナタの観る未来は蓮華たちの神託なんかと違って、確定となる事象なんでしょ。ならもう少し慌ててもいいんじゃないの? ワタシ、シロウのそんな人間らしいトコ見てみたいなー」

「俺のモノは、正しくは『結末を直接観測する』タイプだ。……それに例えどんな理由で過程に変化があったとしても、誰も結末までは変えられないさ」

 

 

 ──普通なら、な。

 

 そう付け加え、しかし思うところがあったのか、シロウは自嘲気味に薄く笑う。

 

「しかし、これではスノーフィールドの二ノ舞だ。俺もプレラーティのことは笑えないな」

 

 そんな彼を珍しいと感じながらも、やはり不服そうに頬を膨らませてルシエは否定する。

 

「そんな簡単に笑ったりなんてしないでしょ、アナタは。……それとスノーフィールドってなに?」

「俺も人なんだ、笑うさ。だがしかし、これは俺にとっても興味深い事態だ」

 

 俺のことをなんだと思っている。と、まるで心外かのような目線を送ってから、シロウはルシエの質問をスルーした。

 

「興味ね……まぁそれに、いざとなったら()()()()()に出てもらえばいいものね」

「アイツを出すのはまだ早計だ。それにせっかくの客人だ、すぐに還すのは勿体ない……。しばらくは各マスターたちの好きにやらせよう」

 

 そうこうしているうちに、映像に動きが見られた。慌てて視聴に戻るルシエに呆れるように首を振ると、シロウは踵を返しその場から立ち去る。

 

 

 一人暗闇の中を歩きながら、それに。と、そう付け加えて。シロウは思案するように天を仰ぐ。

 まるで、今後の計画を練り直すように。

 まるで、先に待つ未来を見定めるように。

 

「───あのサーヴァントの存在。俺たちにとっての絶望という壁となるか、或いは希望となり得るのか……最後まで見届けるに越したことはない」

 

 闇に溶け込み見えなくなったシロウの背を怪訝な目で見送りながら、ルシエはポツリと指摘する。

 

「……見届けるって言うくらいなら、直接見ていけばいいのに」

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 場面変わって数分前の廃病院。

 そこでは、尚もセイバーが己がマスターに質問を───それも、サーヴァントならば知っていて当たり前のことを聞き出そうとしていた。

 

「いやだから、その……マスターとかセイバーって何かなーと」

「は───いや、え?」

「頭の中でそう言わないといけない気がしたから咄嗟に出たんだけど、よく知らないからさ」

 

 セイバーによる、あまりにも突拍子のない発言のオンパレードに思わず言葉を詰まらせる。

 それは跡奈からすれば───否、どんな魔術師であっても頭を抱えてしまう程に、あまりに突然な、それも想定外の事態であった。

 

 

 そもそもサーヴァントとは、聖杯戦争に呼び出された英霊の影法師である。しかし歴史に名を遺した、或いは果ての未来からやって来た英霊であっても、無差別に召喚が可能な訳では無い。

 

 英霊自身がマスターと同じく聖杯に叶えたい願いがあるのならば、それに応じる形で召喚が成り立つのだ。

 生前の未練を完全になくした者や、使用される聖杯自体を否定する者───これは主に本物を知っているないし、存在を確信している聖者に辺る人物が多いが───などは、何らかの特別な(人の世の理が揺らぐような)事態でも無ければ呼び出すことすら叶わない。

 

 そうして可能な英霊を集め、サーヴァントとして召喚するのが聖杯戦争だ。

 更に言うならば、サーヴァントは召喚されると聖杯から現世の知識が与えられる。故に聖杯戦争の仕組みやルールなども、召喚された時点でサーヴァント自身に流布されているはずなのだ。

 

 

 しかし現に今、跡奈の前に立つサーヴァントはそれらを全く理解していない。

 

 

 

 

(やっぱり召喚が不完全だったの……!?)

 

 僅かな時間に起こった長考。その中で跡奈が至った結論は、『召喚の不備によって発生したサーヴァントのエラー』だった。

 

 実際過去にも、召喚が何らかの理由によって不完全になった場合、サーヴァント自身にエラーが発生して記憶が曖昧な状態になってしまう事例が存在していたらしい。

 先のセイバー召喚も、本来なら魔力陣を崩された時点で不可能になっていた。ならばその例に当て嵌まるのも、そうおかしなことではないハズ。

 

 故に跡奈は、この場に於いてはサーヴァントの召喚に不備があったのだと己を納得させることにした。

 

 

 出だしから既にクラリとしそうな光景に思わず頭を抑えたくなる跡奈。だが状況は、そんな彼女に現実から逃げたくなる感情を抱くことすら許さない。

 

 

「───ッ、ハハハハ!」

 

 

 静寂を突き破るように放たれる笑い声。声の主は考えるまでもないだろう。

 

「はぁー……こりゃあ傑作だな。土壇場に呼び出せたサーヴァントに知識が入ってないなんてな。お嬢ちゃん、なんか悪いことでもしちまったのか?」

「……ッ!」

 

 ガラガラと音を立てコンクリート片が崩れる。粉砕された壁の破片を踏み越えて、吹き飛ばされていたランサーが戻って来たのだ。

 

 土煙を被った髪をぐしゃっと握るランサーは、ガリガリと漆黒の槍を引き摺って再び部屋へ足を踏み入れる。

 

 ランサーの挑発的な発言に思うところでも有ったのか、跡奈は思わず苦虫を噛み潰したような顔で彼から目線を逸らす。

 

 

「よォセイバー。いきなり蹴りとは随分なご挨拶だったな。剣士のクラスの癖して人を足蹴にしてくれやがって、痛ェじゃねえかよ」

「それはどうも。女の子を襲おうとしてる奴に遠慮なんていらないだろ? それに、痛いって言う割には手応え無かったけど?」

 

 嫌味には嫌味を。軽口でそう返すセイバーに、ランサーは握った髪を苛立っているようにぐしゃぐしゃと掻きむしる。

 

「言ってくれるじゃねぇか。なら───遠慮はいらねえよな」

 

 ピタリと動きを止めて───刹那、懐に一瞬で飛び込んだランサーは、その手に握られた影のような槍をセイバーの顔面目掛けて突き立てる。

 

 ほんの一時、ランサーの動きに驚いたかと思えば、セイバーもまたその一撃に反応する。

 両手に構えた薄緑色のラインが走る両手剣を斬り上げて、急所に迫る一撃を防いでみせる。

 

 弾かれた動作のまま足を軸に回転しながらほんの数歩分の間合いを取ると、ランサーは再びがら空きとなったセイバーの胴体へと槍を伸ばす。

 斬り上げたままの両手剣を振り下ろして、セイバーは己に迫る槍を叩き潰すように止めてみせる。

 

 ランサーが槍を引こうにも、セイバーが振り下ろした両手剣に押さえ付けられてそれを許さない。

 

「いい反応だ。むしろこの程度で死んでくれなくて安心したぜ」

「そりゃどうも……!」

 

 しかしランサーの胆力も相当の物。かなりの質量を持った両手剣で力強く抑え込んでいるはずのセイバーの両腕に起こる僅かな震えと、ギリギリと立ち続ける不協和音がそれを物語る。

 

 

 瞬間、両者は同時に武器を振り上げて一線。甲高い、幾度かの金属音を奏でながら、互いに再び数歩分の距離を取る。

 

 間髪入れず、ランサーが跳躍。上空から獲物を持って迫る敵影に、セイバーは両手剣を上段に構えてガード。ぶつかり合ったと同時に弾き返す。

 

 弾かれた勢いのまま、空中で身体を捻ってセイバーの背後に着地。地面スレスレの低姿勢のまま急接近してセイバーに追い縋る。

 

 振り返って下薙ぎに斬りつけようとセイバーが振り被れば、それをいち早く捉えたランサーはギリギリのタイミングで後退。

 それを追うように一歩踏み込んで胴目掛けて横に払えば、再び跳躍してセイバーの背後に回る。

 

 その背へ向けて繰り出される連続の刺突を、セイバーは後ろに後退しつつ最低限の動きで避けながらも両手剣で防ぐ。

 攻撃から攻撃に繋がる際の僅かな隙。それを捉えれば、刺突の合間を縫って逆に踏み込む。今度はセイバーがランサーの懐へ入り込む番だ。

 

「……!」

 

 下から上へと斬り上げられる両手剣の一閃が目前に迫る中、しかし刺突の勢いが乗っていたままのランサーは回避を行えない。

 高速で動くランサーの動きに、カウンターの要領で一撃を加えんとするセイバー。

 

 

 

 次元が違うサーヴァント同士の戦い。それを間近で見ていても尚目で追うのがやっとな跡奈でも認識出来た。アレは完全に捉えた、と。

 

 サーヴァントでありながら、聖杯戦争の一切を認識していない。正直言えば、そんなセイバーを召喚してしまって一時はどうなることかと思っていた。

 しかしサーヴァントとして喚び出されるだけあって、彼自身の腕は確かなようだ。

 目の前で繰り広げられるランサーとの攻防で、それを理解できたのは幸いであった。

 

 

 

 そしてセイバーの一撃はランサーの頭部へ吸い込まれるように流れ───

 

 直後、ランサーの全身から一瞬だけ光が放たれたかと思えば、その頭部を断つかのように放たれたセイバーの一撃が何事も無いかのように受け止められた。

 

「!」

「またアレ……!」

 

 先の召喚の折に跡奈の放った攻撃を止められたのと同じように、セイバーの攻撃もまたランサーに無効化されていた。

 単に自身ではダメージを与えられなかっただけ、同じサーヴァントならば。と、そんな願いに似た考えも持ってはいたが、その彼でさえも動きを止められた。

 

 ならばやはり、あの防御の正体は一つ───。

 

「アレが……宝具……!」

 

 

 

 セイバーの両手剣へ手を伸ばし、ランサーは自らの頭部にて受け止めた両手剣の刀身を強く握って押し返す。

 

「くっ……!」

 

 先の槍との拮抗は───影のような槍自体に質量があるのか疑問を持ちこそするが───まだ理解できる。

 しかし今はただの腕に押し戻され、挙げ句両腕で押し込んでいるのにも関わらず指一本斬り落とすことさえできないでいる。

 

「どういう皮膚してるのさ、巨人だってここまで硬くはないよ」

「そうじゃねぇと意味がないからな」

 

 先とは反対に嫌味を返されて、セイバーは剣を掴んだ腕を振り払う。チラと跡奈の居場所を確認し、彼女の目の前まで後退りのように後退する。

 

「ねえマスター……でいいのかな? 彼はどういう身体してるんだ?」

 

 斜め後ろに控えるマスターへ視線を向けて、ランサーの能力が何なのか問う。

 彼からすれば、己がマスターは自分よりも先にランサーに接触してる。そう判断した故の疑問だ。

 

「さぁ……?」

「さ、さぁって……」

 

 だがセイバーは知る由もない。彼女とてランサーとはつい先程接敵したばかり。その能力の正体など知る由もないのだ。

 勿論、何故そのような能力が発揮されるのかと言う理由は、マスターとして参加している以上理解しているが。

 

「アイツはアナタと同じにサーヴァントと言って、過去の時代に名を遺した英雄なの。で、サーヴァントってのはその伝説を再現する『宝具』って言うのを発動することができるの。実際に出来たかに限らずね」

「……えーと?」

「つまりあのランサーって男は、生前一切の怪我をしなかったとか、とんでもなく硬い防御を誇ったとか、そんな逸話を持ってるってこと!」

 

 そう言うと跡奈は目の前に立ち塞がる敵へと視線を戻す。ランサーはこちらの様子を窺っているのか、動きは見られなかった。

 

(けど何処の英雄? ……傷を追わなかった逸話といえば……)

 

 槍を持つ、無敵の英雄。

 ここまでの情報から、ランサーの真名に対する考察を巡らせる。

 

(『本多忠勝』は流石に違う。どう見ても日本人じゃないし……。悪竜狩りの英雄『ジークフリート』……なら魔剣と云われるバルムンク担いでるハズだしセイバーよね。となると───トロイア戦争の大英雄『アキレウス』……?)

 

 堅牢な防御に槍。それらを考慮した候補として挙がったのは、ヘラクレスと並んでギリシャ神話における最高の大英雄とまで称されるアキレウス。

 それっぽいかと個人的に思いながらも、しかし次に跡奈が推察したのは防御の発動の有無だ。

 

(彼なら槍を持っていてもおかしくはないハズ。けど肉体への祝福が宝具として昇華した防御にしては、発動させないパターンもあった……)

 

 ランサーの絶対防御の宝具───と思われるモノ───は自らの意志で、それも詠唱無しで発動出来る。

 だが、常に発動しておけば良いにも拘わらず、何故かランサーは防御を行わないことがあった。

 脳裏に過るのは、召喚された直後のセイバーに蹴り飛ばされた瞬間。あの時確かにランサーはなんでもないただの蹴りを普通に喰らっていた。

 

 先に挙げたアキレウスは傷一つ負うことがない不死身の肉体の持ち主であったが、それは女神である母から受けた祝福によって得たモノだ。

 宝具による再現がどの程度行われるものなのかは不明であるが、そのような代物をそう簡単に解除できるとは思えない。

 

(───となると、コイツ本当に何処の英雄? あと防御を誇る、それでいてランサーとして喚ばれそうな、名を遺した英雄……!)

 

 跡奈は前進するセイバーに反して後方へと下がる。眼前に映る敵への考察を続けながら。

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 戦況を見守りながらもランサーに関する真名を探り思考の海へ潜る跡奈の一方で、サーヴァント側はその集中力を全て相手と相対することへ回していた。

 

 

 駆けるセイバーの首を狙った繊細な一撃を屈むことで回避し、お返しとばかりにランサーが体勢を崩そうと槍で足を払う。

 

「オォラァッ!」

「くっ!」

 

 当たるほんの一瞬、尋常ではない神経で反応したセイバーは直ぐ様後退。先程まで足を踏みしめていた場所が漆黒の影で薙ぎ払われる。

 

 薙ぎ払ったままのランサーへ、セイバーが剣を突き立てる。腹部に突き刺す軌道のそれは本来ならば回避可能であっても、姿勢を低くしたままのランサーではそのまま受け止めざるを得ない一撃となる。

 

 迫る刺突に焦るでもなく、ランサーは回避でなく宝具による防御を選択する。先程貰ったカウンターをやり返してやろうという腹積もりなのだろう。

 

 再び身体からほんの僅かな光が漏れ出せば、吸い寄せられるように放たれた刺突の一撃を無傷に抑えた。

 

(───ここか!)

 

 一撃を防がれたセイバーの両手剣は、頑丈極まる防御となった腹部にぶつかり合ったことで、反動から弾かれる。

 だがその刀身をなぞる残像の様に、何もなかった空間から水が湧き上がる。

 

「これは宝具───いや、魔力放出か!」

 

 踏み込んでいた左足から右足へと軸足を変えて、弾かれた勢いのまま反対方向へ回転する。

 面食らうランサーのカウンターは、右側面に回り込まれたことで空を切って回避される。

 

 セイバーはそのまま、返し刃でその脇腹へと攻撃を食らわせんとする。

 直撃した一撃も当然、これまで同様一切の手応えを感じさせないように防がれてしまう。

 

 だが、両手剣から再び放出された水の魔力がランサーを押し返す。

 

「チッ、鬱陶しい!」

 

 攻撃を無効にしても、自身へと押し寄せる水の勢いまでは無効にはできない。

 

 槍を振るい強引に魔力の水を切り裂けば、その向こうでは逆方向へ水の魔力を噴射したのであろうセイバーが、此方へ向かってかっ飛んで来るではないか。

 

「はぁあ!」

 

 水を纏わせた両手剣を強く握りしめながら、セイバーは真正面からランサー目掛けて強く叩きつけんとする。

 槍を構え、対空にて迎撃せんとするランサーだったが、振り下ろされた両手剣が槍とぶつかり合うかというまさにその直前、水の軌道が変化し、視界からセイバーの姿が消えた。

 

「なっ───」

 

 何処へ消えたと探そうとするも、その答えは間を置くこともなく示された。

 

 セイバーは上空から接近することでランサーの視界を上へと誘導していた。

 その上で水の魔力の出力調整によって、直ぐ真下───ランサーの下に潜り込んでいたのだ。

 

 揺らぐ地面に視線を向ければ、床に大規模なヒビを生み出しながら両手剣を振り上げるセイバーの姿があった。

 

「───!」

 

 奇襲はランサーの顎へと命中。下へと向けた顔は再び天井を見上げるようにかち上げられた。

 無論、この攻撃もランサーに有効打とはなり得ない。すぐさま後方へとバク転し、セイバーとの距離を開ける。

 

 だがこれで良いのだ、と。短い戦いの中でセイバーはそう直感していた。こうして繰り返し続けることに意味があるのだと。

 

 

 

 ランサーは常に防御の宝具を発動することがない。それは二つの事実を表している。

 

 

 その一つは、『あの防御は魔力を通すことで発動されるものである』こと。

 

 彼は既に自身の身に着けている装備ないし肉体自身で宝具の発動条件を満たしており、そこに魔力を通すことで防御が発生、自身の意志でオンオフを切り替えられる。

 セイバーは知る由もないことだが、それは現代の魔術師で言う一工程(シングルアクション)と呼ばれているモノと同じだ。

 

 

 そして二つは『発動条件にランサー自身───ひいては彼のマスターの魔力を消費する』こと。

 

 恐らくこれこそがこの宝具の欠点だろう。

 これもまたセイバー自身は考えてもいないが、サーヴァントが戦闘を行う度にマスターもそれ相応の魔力を消費する。

 

 セイバーの攻撃を複数回受け止めている時点で、魔力の消費量はその効果に反比例して驚くほど少ないのだろう。

 だが、それも積み重ねれば決して馬鹿にできない量となる。

 攻撃を確実に当てて宝具を発動させ続けるこのヒットアンドアウェイの戦術は、ランサー陣営を消耗させることが出来ると確信していた。

 

(ランサーの奴も、()()()みたいに魔力が無尽蔵にあるわけじゃないハズだ)

 

 

 

 平静を装いつつも、幾らかの余裕は取り戻したセイバー。そんな彼に目を細めながらランサーは内心で舌打ちしていた。

 

(野郎、コッチの欠点に気付きやがったか)

 

 当然のことではあるが、ランサーもこのことは理解している。

 魔力放出で強引に軌道を変えることで、予測不能の軌道とタイミングによる攻撃を行うセイバーに着実に消耗させられている。

 ランサー陣営にとって、この状況は実に好ましくない。

 

 だがどれだけセイバーが小細工を行ったとしても、あの魔力放出を止めるだけの出力をぶつけてしまえば関係ない。

 そう判断したのか、ランサーは離れた場所にいる己のマスターへと念話を飛ばす。

 

(なあよマスター。そろそろ切るべきなんじゃねぇか?)

(き、切るって……お前まさか!)

 

 焦るリカルドの言葉を肯定するように、ランサーは静かに顔を上げてセイバーを見据える。

 

 何故七騎出揃ったとされていたはずのサーヴァントが新たに召喚されたのか。

 ならば先に召喚されたというセイバーはなんなのか。

 

 不確定要素を潰すためにも、何としてでも掴まねばならぬ真相であるのが正直なところだ。だが今この瞬間、ランサーはその全てをどうでもいいことだと判断する。

 この、聖杯戦争に突如として現れた八騎目のサーヴァント(イレギュラー)を確実に排除するには───。

 

(───攻撃用の宝具をよォ……!)

 

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 奇襲を受けて部屋の外まで後退したランサーへ視線を向けたまま、セイバーは己がマスターに痺れを切らせたのか、壁の裏に隠れ考察したまま硬直する跡奈へ声をかける。

 

「ねぇ、なにかわかった!?」

 

 なんとか迎え撃つ術を考え付いたものの、打開策があるのならそれに越したことはない。あのランサーにずっと長期戦を挑み続けるのも、本来ならば得策ではないだろうから。

 そう判断してマスターに問うたセイバーに対し───。

 

「あぁーもう、詮索中止! 結局倒しちゃえば同じだもの! というわけでそのまま倒してセイバー!」

 

 ───が、考えに考え抜いたのであろう跡奈の判断は、セイバーの想像とはかけ離れたものだった。

 思わずマスターへと振り返り、セイバーはツッコむ。

 

「ええなんで!?」

「だって考えてもわかんないんだもの! それはもうメジャーな英霊じゃないランサーの方が悪いわ!」

 

 真名が思い至らないランサー側へ責任を転嫁し、跡奈は半ばキレ気味にそう返した。

 

「うわ酷い! というか、初対面なのに人使い荒いなァ!!」

 

 しかし彼女の発言は正直不味いなと思い、セイバーはつい跡奈へと向けていた視線をランサーへと戻す。

 

 

 部屋の外にてリカルドと念話していたランサーにもその会話は聞こえていたようだ。

 地味な英霊、と。事実であると感じながらも遠回しにそう侮辱されたことで、ランサーはこめかみを引くつかせながら吠える。

 

「ハッ、結局ゴリ押しかよ! 同情するぜセイバー! マスター運に恵まれなかった手前(テメェ)の運を恨めよ!」

 

 ───ああ、やっぱりだいぶ怒ってるなぁ、アレ。

 

 そう感じ取りながら、セイバーもまたランサーに聞こえるだろう音量で返す。

 

「だろうね! でも僕も死にたくはないからさ!」

「死にたくないだぁ……? 馬鹿が、サーヴァントは所詮影法師。俺もお前も死人だろうがよ!」

 

 サーヴァントの分際で、今更死を恐れるのか。そう苛立ち混じりに叫ぶランサー。

 手にした槍をこれまで以上に強く握り締めれば、身体を捻ってなにかの体勢に入る。

 

 

 

(違う攻撃を試みている───いやまさか……!)

 

 先程までとは違う構えを見せるランサーに、跡奈の本能は危険だと警鐘を鳴らす。

 自身の考えが正しければ、恐らくランサーは宝具を───それも、今まで使用していた防御のものではない攻撃用の宝具を発動しようとしているのでは、と。

 

 ならばここは迂闊に迎え撃つよりも撤退したほうがいいかもしれない。

 

「セイバー! ここは退いたほうがいいかもしれな───」

 

 効果はなにか、射程はどの程度のものなのか。その全てが不明であるが、迅速な行動が生死を分ける。

 そう思いセイバーに声をかける跡奈だったが……。

 

「───」

「セ、セイバー何してるの!? 早く動いて!」

 

 見ればセイバーは、何故か一切の動きを見せなかった。立ち竦んだまま、何かを思案しているかのように映った。

 まさかここまで有利に戦えたことで、逃すのを惜しく感じているのか……。

 

 困惑する跡奈の視線の先で、セイバーは僅かに口を開いて呟いた。

 

「死んでいる───僕が? ああそうか……ならあの時本当に───」

「セイバーさっきから何を……!?」

 

 セイバーが何を言っているのか理解できないが、部屋の向こうから魔力の渦のような物が感じ取られた。

 視認せずとも、それはランサーの宝具発動が刻一刻と迫っているのだと理解できた。

 

 このままではやられる───。

 

 跡奈の脳裏に、手の甲に刻まれた令呪がチラつく。

 

 聖杯戦争が始まって初日、それもこんなことで使用するのに躊躇いを感じるものの、言ってる場合ではない。

 そして、右手の甲に左手を添えて令呪を発動しようとして───。

 

 ───廃病院にランサーの怒声が響き渡った。

 

 

 

「あぁ!? ここまで来て撤退だと!?」

 

 念話でリカルドに宝具の発動を制限していたランサーであった。だが使用するまさにその瞬間、リカルドはその行動に待ったをかけた。

 

(どういうつもりだこの腰抜け! 俺のこの宝具は真名解放は必要ねぇと言ったハズだ)

(こんな所でこれ以上の宝具発動なんて中止するべきだ。幸いこっちには仕切り直しのスキルがある、簡単に切り抜けられるハズさ)

 

 戦闘離脱の能力である『仕切り直し』。これがあるランサーならば、消極的なセイバー陣営から振り切るのも容易だ。

 マスターであるリカルドのそんな判断に苛立ちを爆発させていたランサーは、一つの懸念を浮かべる。

 事前に確認していた、彼自身の宣言が揺らいだのではないかと……。

 

(お前まさか、今更他人を殺すのに躊躇いが出来たと言うんじゃ───)

(そんなことはない! でもマスターの観点として、まだその時じゃないって判断しただけだ!)

 

 自身の覚悟を疑われ、心外とばかりにムキに反論するリカルド。

 

 彼は現在廃病院から少し離れた建物の屋上にて、使い魔越しに戦況を確認していた。

 セイバーの力量も中々のものだが、マスターとの連携は全くと言っていいレベルに取れておらず、足並みも揃っていない。

 

 素人目でもわかる程に統率が皆無な敵陣営は、初陣としてはもってこいだろう。だがこの攻撃で仕留められなければ、不利になるのは間違いなくこちらだ。

 向こうはこちらの真名が分からず四苦八苦しているのだろうが、それはこちらも同じこと。

 

 幸いなことに、セイバー陣営も撤退を一考している。ならばこの隙にこちらも退くべきだ。その判断の元、リカルドは撤退を推奨した。

 

(ならいいがな……だがここで逃がす手もないだろうが)

(けど───)

 

 不服を抱くランサーをなんとか合意させるべく説得をしようとして───。

 

 使い魔の視点を一時中断し、リカルドはある一点に視線が釘付けになった。

 そしてその状況をランサーに伝えると、静かに、そして足早にその場から駆け出した。

 

 視界のその先にいた、廃病院を観察する者───手足に付けられた枷とボロボロの服を纏い、漆黒の片翼を生やした少女の目から逃れるように。

 

 

 

 

   ✴          ✴

 

 

 

 

 

 突如として魔力の渦が止み、ランサーはその動きを止めていた。

 思考に気を取られていたセイバーも、流石にその動きに疑問を感じたの意識を持ち直して警戒する。

 

「な、なんだ……!?」

「相手がマスターと念話してるのよ……つまり頭の中で会話してるってこと」

 

 背後から掛けられた声に振り返れば、すぐそばまで跡奈が近付いて来ていた。

 恐らく呆然としていた自分に声を掛けるために危険を犯してでも駆け寄ったのだろう。

 

「なら、なんで君はしないのさ」

 

 それが出来るのならば頭の中で叫べば良いのにと思うセイバー。そんな彼の素朴な疑問に、苛ついたように目を細めて言い聞かせる。

 

「だってさっきやったのにアナタ反応しなかったでしょ」

「え、そうなの?」

 

 そこまで自分は考えることに耽っていたのだろうか。

 自重しなくてはと己に律するセイバーと跡奈。両者の前でランサーが動きを見せた。

 

「チッ、命拾いしたなセイバー」

 

 どうやらランサーはこの場から撤退するようだ。槍を霧散させると、セイバーたちから距離を取った。

 

「逃げるのか」

「ハッ……月並みなセリフってヤツだが言っておくか。『俺の方がお前を逃してやる』……ってな」

 

 嫌味を返して、ランサーは影となっている場所に立って二人の方へ振り返る。

 

「あばよセイバーとお嬢ちゃん。()()()()()()()()また会おうぜ」

 

 そう言い残すと、ランサーの身体が影に飲まれるように沈んでいく。

 最後の瞬間まで気を抜かずにランサーに警戒心を向けたままの二人。だがそのままランサーの姿も気配も完全に途絶えたのだった。

 

 

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