遥か南西のリンガ泊地。
その桟橋にて真っ昼間から艦娘としての訓練時間であるにも関わらず、海に釣り竿を垂らしている存在がいた。
背丈はそこそこで、ダークオートミールのショートの髪を持っているその娘は、夕雲型15番艦の岸波。
彼女はこの泊地で一番の「怠惰艦」と揶揄される位には、訓練を真面目に行おうとせず、ひたすら趣味のF作業………釣りに没頭していた。
そこに、肌や顔に白粉を塗った黒髪の、同じ黒色の陸軍の制服を着た艦娘がやってくる。
リンガ泊地の秘書艦であり、揚陸艦であるあきつ丸だ。
「………また、訓練をさぼってF作業を行っているのでありますか?」
「あら、あきつ丸。また私を独房に放り込みに来たの?」
「それでその性根が治るのならば、とっくに放り込んでいるであります。」
「だったら放っておいて頂戴。それに、私がいない方が、夕雲や朝霜はやりやすいわよ。」
「………そうやって何時まで姉妹とすら距離を置いているのでありますか。」
いつもの問答を繰り返した所であきつ丸は溜息を付き、別の言葉を投げかける。
「提督殿が呼んでいるであります。執務室に来い………と。」
「提督が………?左遷かしら?」
「そこは転籍………と言うであります。」
「ここからお払い箱になるのは事実なのね。」
「詳細は提督殿から聞くでありますよ。」
釣り竿を回収した岸波は、あきつ丸に連れられてリンガ泊地の提督の元へと向かった。
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執務室といっても、僻地の泊地だけにそんな大きな庁舎では無い為、すぐに辿り着いた。
これでも以前に比べれば改修工事がなされて拡張された方なのだが、それでも狭かった。
あきつ丸に連れられた岸波は、リンガ泊地の提督に軽く挨拶をする。
「来たか岸波。相変わらず投げ槍だな。」
「………で、何処に左遷になったのですか?」
「あきつ丸が既に言ったと思うが転籍という言葉を使え。それに、移るのは鎮守府だ。」
「鎮守府?私が?」
意外な言葉に岸波は眉をひそめる。
彼女は如何にも消極的の様に述べているが、艦娘の転籍自体はそこまで珍しい物では無い。
実力のある艦娘を深海棲艦………人類の敵との最前線である泊地に置いたり、逆に最終防衛ラインである鎮守府に置いたりするのは至極当然の事だ。
その中で、その実力のある艦娘が「嚮導艦」として未熟な艦娘を鍛えて戦える状態にしていく取り組みも常に行われている。
だから、駆逐隊等が諸事情で一時的に解体されたり、逆に再結成されたりする事も十分あり得るのだ。
「提督。厄介払いを鎮守府に押し付けるのはどうかと思いますが。」
「生憎、その鎮守府がお前を欲しがっている。しかも、横須賀だ。」
「訳が分かりません。横須賀は一番大きな鎮守府ですよね………。」
「その為の迎えも来ている。そこに並んでいる第六駆逐隊だ。」
「益々意味が分かりません。怠惰艦の為に何故………。」
岸波は壁際に並んでいる4人のひと際小さな駆逐艦娘達を見る。
紺色のロングストレートの髪を持つ少々ませている艦娘。
腰まである銀髪の髪をもつ冷静そうな艦娘。
癖のある茶色のボブヘアーの元気そうな艦娘。
茶色い長髪をアップヘアーにして束ねている大人しそうな艦娘。
それぞれ暁・響・雷・電という熟練の艦娘達で構成された第六駆逐隊の面々であった。
これでも暁は「改二」と呼ばれる艤装の改造を受けているし、響は特殊な改造を受けて実際にはヴェールヌイと呼ばれる実力艦である。
また、雷も改二にこそなっていないが練度がかなり高い艦娘であったし、電に至っては「初期艦」と呼ばれる、最初に艦娘となった面子の1人であった。
正直、リンガ泊地で一番怠惰な艦娘の為に護衛を担うような存在とは思えなかった。
「ま、詳しくはあっちで聞いてみろ。出立は明日早朝だ。今日の内にヘビの肉でも堪能しておけ。」
リンガの提督は頭にクエスチョンマークを浮かべる岸波に対し、ニヤリと笑みを見せた。
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翌日、艤装を付けた岸波は第六駆逐隊の面々が待つ桟橋へと向かっていた。
見送りはリンガの提督とあきつ丸のみ。
本当は、もっと艦娘はいるのだが、誰もこんな怠惰艦に対して名残惜しいと思う娘はいなかった。
むしろ、居なくなって清々するといった所か。
(ま、当然よね。)
妥当だろうと自身で思いながら装備の状態をチェックしながら桟橋へと歩いていった岸波だったが………。
「岸波さん!」
「………夕雲?」
そこに、庁舎の中から緑の長い三つ編みの駆逐艦娘が走ってくる。
岸波と似た制服を着ているその娘は、同じ夕雲型の1番艦夕雲であった。
「良かった………間に合いましたね。」
「怠惰艦との別れにわざわざ来てくれるなんて、夕雲も変わり者ね。」
「「夕姉」とはもう呼んでくれないのですね。」
「………どう呼ぼうとも私の自由でしょ?」
寂しそうな顔をする長女に対し、しかし敢えて岸波は冷たい態度を取る。
その理由を知っている夕雲は申し訳なさそうな顔で言う。
「本当は朝霜さんも連れて来たかったんですけれど、駄々をこねてしまって………。」
「構わないわ。朝霜は私の事、嫌っているから。」
「………お互い、素直にはなれないのですね。」
「夕雲には関係ない話よ。」
岸波はそれだけを言うと、これ以上はもう問答する気は無いと言わんばかりに桟橋へと再び歩き出す。
その後ろから夕雲は声を掛ける。
「私は願ってます!いつか岸波さんの心の氷が溶ける事を!」
「……………。」
岸波は何も言わず、後ろに手を振りながら桟橋まで歩くと抜錨する。
そのまま第六駆逐隊の4人と混じりながら、リンガ泊地を後にした。
「………行ってしまいましたね。提督………本当に、良かったのですか?」
「岸波という艦娘の将来を左右しかねないでありますからな。」
「横須賀のヤツは変な性癖は持っているが優秀だ。アイツの手腕に任せるとしよう。」
夕雲とあきつ丸が問う中、リンガの提督は静かに帽子を取り5人を見送った。
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海へと抜錨した岸波は、第六駆逐隊の面々に対し最低限の挨拶をしていた。
一応は自分の護衛の為に来てくれた艦娘達なのだ。
失礼な事があってはいけない。
「横須賀までの間ですが、艦隊のお世話になります。旗艦は………。」
「それだけれど、岸波がやって。」
「………はい?」
本来の旗艦であるはずの暁の言葉に岸波は首を傾げる。
この中では間違いなく自分が一番未熟であるはずだ。
それなのに、旗艦として4人に指示を出せというのだ。
「失礼ですが、私は先輩達よりも練度は優れては………。」
「私達の連装砲は右肩に付いてるから深海棲艦に接近されると弱いのよ。右手に装着した貴女に先頭で戦って貰った方が、効率がいいわ。」
「しかし………。」
「旗艦の経験あるんでしょ?いいからやって。」
「………分かりました。」
暁の説明に岸波は渋々だが承知する。
確かに暁型の連装砲は右肩に付いており至近距離への砲撃が出来ない。
だが、それに備えた対策や艦隊運動も彼女達ならば十分訓練をしているはずだろう。
岸波は昨日から疑問符を抱く事が多いな………と思いながら艦隊の前に出た。
「単縦陣。」
その言葉で、艦隊が岸波、暁、ヴェールヌイ、雷、電の順番に並ぶ。
岸波は電探やソナーの状態を調べながら周りへの警戒を欠かさないようにする。
「電先輩。」
「電でいいのです。他のみんなも呼び捨てで構いません。」
「じゃあ、電。背後は任せるわ。他のみんなも索敵は厳重に。」
しんがりの電を始め、第六駆逐隊の面々に指示を送りながら岸波は警戒をしていく。
その様子をすぐ後ろの暁はチラリと確認する。
視線を感じたのか、岸波は振り返らずに言う。
「何か付いてますか?暁先輩。」
「私も暁でいいわよ。………怠惰艦と言われている割には隙が無いわね。」
「一応、艦娘として最低限の能力は備えているので………。」
「人を寄せ付けない物言いは貴女なりの防衛術かしら?」
「元からの性格よ。………後、ふざけている暇は無いわ。」
岸波は空を見上げる。
空に羽虫のような攻撃機が飛んできていたからだ。
どうやら敵艦隊がこちらを見つけたらしい。
間もなく岸波達もギリギリだが目視できるようになる。
「重巡リ級2隻、軽巡ツ級2隻、軽空母ヌ級2隻。全部エリート級ね。」
「攻撃機はヌ級の物ね。6機いるけれど、どうするの?」
決して楽とは言えない敵艦隊の構成に、しかし岸波は臆する事無くすぐさま指示を出す。
「道中は長いから魚雷は使わない。輪形陣で増速して敵攻撃機や主砲の狙いを狂わせて、一気に距離を詰める。」
「脳筋だな。だが、悪くない。」
ヴェールヌイが言葉と共に連装砲を上に向け輪形陣の中心へと動く。
前に機銃と連装砲を空に向けた岸波、右に暁、左に雷、後ろに電だ。
「増速のタイミングは?」
「私が指示を出す。」
電探を通して聞こえてきた雷の通信に応えながら岸波は空を見上げる。
そして、羽虫の攻撃機を見る。
その目が鈍く光った瞬間………。
「増速!対空戦闘!」
一斉に空中に狙いを定めながら一気に岸波達5人は主機を唸らせ加速する。
それによって敵の攻撃機が放った魚雷は岸波達の後ろに着弾し狙いが外れる。
そして、すれ違い様に対空砲火が炸裂し、岸波が2機、他4人は1機ずつ撃ち落とす。
「こちらの増速でリ級が照準を見誤っている。次の指示は?」
「単縦陣!面舵!T字有利で先頭の1体に集中砲火!」
そのまま右に舵を切った5人は横に並び、先頭の敵重巡に連装砲を一斉射していく。
慌ててリ級は硬い腕で身を守ろうとしたがその前に次々と砲火が炸裂し悲鳴を上げて沈んでいく。
「このまま速力を活かして後ろに回り込む!ヌ級2隻を沈めろ!」
「急に口調が荒々しくなったのです。」
最後尾の電が素直な感想を述べるが、速度は緩めない。
小形の駆逐艦は敵を翻弄してこそ意味があった。
敵艦隊が混乱している内にあっという間に背後に回ると、攻撃機を発艦させようとしているヌ級のその口に連装砲を叩きこみ纏めて誘爆させる。
これで、軽空母2隻も沈んだ。
「残りは3隻………!」
「2隻よ。リ級が慌てて反転して撃ってツ級1隻を誤射して沈めたわ。何やってるのかしら?」
「ならば、突撃する!ヴェールヌイ、雷、電はツ級を沈めて!」
「暁は?」
「リ級の脚を止めて!私が接近してトドメを刺す!」
「了解なのです。」
限界まで主機を加速させた岸波が突撃する中、ヴェールヌイ達3人は立ちはだかろうとするツ級に対し言われた通りに集中砲火を浴びせて沈める。
暁もリ級の脚と腕を狙い、バランスを崩して左胸をさらけ出すように砲撃をする。
その急所に向けて、零距離まで接近した岸波が連装砲を突き付けた。
「沈め。」
至近距離からの連射により、最後のリ級も悲鳴を上げながら沈んでいく。
その姿を冷ややかな目で見ながら岸波は連装砲を下ろした。
「随分、勇ましい怠惰艦なのね。」
「別に………貴女達が優秀だから私でも色々と楽だっただけよ。」
「そう。」
海戦を終えて暁が感想を述べる中、岸波は淡々と答える。
彼女は敵の沈んだ海面を見つめていた。