「磯風さん!?」
「磯風ちゃんっ!?」
「磯風!?」
「磯風………!?」
「磯風ちゃん!?」
沈みゆく戦艦棲姫の凶弾を腹にまともに受けた磯風は、仰向けに倒れる。
初雪は慌てて手からこぼれ落ちそうになった主砲と機銃を拾い、如月と巻波が支える。
春風は鋼鉄製の日傘を開いて即席の盾にして、電は両腕の装甲板を展開して、それぞれ飛んで来る深海棲艦の砲弾を防ぐ。
「夏雲ちゃん!今すぐ来て!!」
「は、はい!!」
五月雨の通信を聞いた事で、夏雲が第九駆逐隊の面々と共にやって来る。
そのまま応急処置をしようとして………固まる。
「夏………雲………?」
「………………。」
そのままじっと磯風を見ていた夏雲の顔が、見る見るうちに青ざめて行く。
陽炎は、まさか………と思い、彼女に聞く。
「ねえ………磯風は………?」
「………瞳孔が開いています。息もしていないです。」
「で、でも………艤装は無事じゃん!?」
巻波が思わず叫ぶが、夏雲は被りを振るとハッキリと告げる。
「艤装が無事でも………当たり所が悪ければ、艦娘は………人は、死ぬんですよ!」
「そ、それって………つまり………。」
支えていた如月が、震えながら思わず夏雲に聞く。
今、彼女は何を言った?
認めたくない事実が、第二十五駆逐隊を駆け巡る。
春風も、如月も、巻波も、初雪も、電も、事実を受け入れられていない。
だから夏雲は、敢えてもう一度、ハッキリと言った。
「即死です………。磯風さんは、もう………死んでいます!」
第二十五駆逐隊の戦友達は、夏雲の診断に絶望を受けた。
――――――――――――――――――――
暗い暗い闇の中………。
光りの無い空間を、当てもなく磯風は彷徨っていた。
何処に向かって、歩いているのかは分からない。
只、1つだけ分かる事がある。
自分は死んだのだと。
「磯風の物語が………こういう形で締めくくられるとはな………。」
自嘲気味に呟きながら、彼女は進んでいく。
………と言っても、その暗黒の先に何があるのかも分からない。
進んで行った先は、天国か地獄か、はたまた別の何処かであるのか。
だが、もしも望むならば………。
「行きつく先は、沖波の所がいいな………。死んだら、直接彼女に謝りたいと願っていたのだから………。」
「何を勝手な事を言ってるんだよ、お前は。」
「うおっ!?」
しかし、そこで磯風の腹に強烈な膝蹴りが炸裂し、彼女は転がる。
死んだ後に痛みを味わう事になるとは思わなかった………と考えながらも、一体誰が死者に鞭打つ行為をして来ているんだ?と不快に感じながら起き上がると………そこには艦娘がいた。
ショートボブの髪を持つその吹雪型の制服の娘は………。
「深雪………?いや、その顔は………「初代深雪」なのか!?」
今を生きる深雪よりも、少しだけ大人っぽい顔つきの初代深雪………。
佐伯湾泊地の海戦で深海棲艦化した彼女と対峙し、最期は艦娘としての意志を取り戻して、初雪と磯風を庇って轟沈していった存在。
何故、彼女がここにいるのだろうか?
その回答をしようとしたのか、その両脇に、初代白雪と初代磯波も現れる。
「ここは、「死んでも死にきれない者」が彷徨っている空間よ。現世に未練がある者達がいる所と言えば、いいかしら?」
「現世に未練?………まあ、確かにこんな呆気なく死んだら流石に、未練がましいが………。」
「私達は轟沈した後も、初雪ちゃんの事が心配で………眠れなかったの。貴女が支えてくれていたから、少しは安堵していたんだけれど………。」
「………すまない。どうやら、希望には応えられなかったみたいだな。」
磯風は、自身のミスを素直に認め、3人に頭を下げる。
それを見た、初代深雪が嘆息する。
「謝っていたら世話無いぜ。向こうの3人も、似たようなものだしさ。」
「向こう?」
振り向くと、そこには初期艦時雨と初期艦睦月、そして初期艦大潮がいた。
初期艦時雨は、状況を説明する。
「僕達は、轟沈して間もないっていうのもあるけれど………やっぱり電が気に掛かったんだ。僕等が………ずっと傷つけてしまったから。」
「それで、眠れなかったんだな………って、わ!?」
そこで、磯風は驚く。
初期艦睦月が、しがみ付いて来たからだ。
彼女は鼻をすすりながら、涙を流していた。
「お願い………電ちゃんを、助けてよぉ………!折角………折角、電ちゃんも新しい1歩を踏み出せるようになったと思ったのに………!」
懇願してくる初期艦睦月の様子を見て、磯風は思わず困惑する。
即死した自分にしてみれば、今の状況が分からない。
自分の戦友達は、何をしているのだろうか?
そんな磯風の悩みを察したのだろう。
初期艦大潮が、上を指さしながら、告げる。
「今の貴女の亡骸と仲間は………ああいう状況になっています。」
「あれは………?」
磯風がその指を追って上を見上げると、遥か上に、上下反転した状態で、僅かに画面のような物が映っていた。
そこには、死んだ事によって浮力を失いかけている自分の体を、如月と巻波、初雪が一生懸命沈めまいと支えていた。
春風と電は、日傘と装甲板で簡易のシールドを作り、敵艦達のヤケクソの猛攻を防いでいる。
夏雲を始めとした第九駆逐隊は、第二十五駆逐隊の面々の懇願を受け、無理だと分かっていても、応急処置を施して、蘇生を試していた。
そして、戦艦棲姫を沈めた第二十六駆逐隊の面々は、とにかく磯風に近づく敵艦を手当たり次第に沈め、夏雲の妨害を防いでいたのだ。
「みんな………そんな事をしても、無駄なのに………。」
「磯風………君は、あの声を聞いても、まだ同じ事を言えるのかい?」
「声………?」
初期艦時雨の言葉を聞いて、磯風は耳を凝らす。
すると、必死な声が聞こえて来た。
「磯風さん!貴女は、こんな所で終わる人物ではありません!目を覚まして下さい!貴女がいたから、わたくしは自分の道を進み始める事が出来たんですよ!?」
日傘で敵駆逐艦の砲撃を防ぎながら、春風は普段のお淑やかさがウソのように懸命に叫ぶ。
「そうよ!磯風ちゃん!貴女が居なければ、私もあの地下室から出てこられなかった!覚えている!?私の呪われた手!?貴女は即座に受け入れてくれたのよ!?」
磯風の頬を叩く如月は、涙を流しながら、奇跡が起きてくれと言わんばかりに呼びかけていた。
「私のこの機械の左腕だって、磯風は全然気にしていなかったじゃん!?ゾンビでも何でもいいから、早く起きてみんなを安心させてよ!」
如月の反対側から、巻波は磯風を揺すりながら、今すぐに起きて叱って貰えるような冗談を思わず言う。
「磯風………!それは無いよ!生きて罪を償うのが、磯風の生き様だって、ハッキリ私に伝えたよね………!磯波達に庇って貰ったのに、このまま無駄死にに終わっていいの!?」
いつもの寡黙さからは想像も出来ないような大声で、歯ぎしりをしながら初雪は磯風に懇願する。
「思い出して下さい、磯風ちゃん!全ての罪を受け入れてくれて尚、共に前に向かって進む道を作り上げてくれたのは貴女ですよ!?貴女の物語は、ここで終わっていいわけないのです!」
装甲板をボロボロにしながらも、電は決してその場から動かず磯風が蘇生される事を願っている。
「春風………如月………巻波………初雪………電………。」
「貴女の仲間………いえ、戦友達は、まだ貴女の死を受け入れられていません。呼びかければ、貴女は帰って来てくれると願っています。」
戦友達の懸命の言霊を受けて目頭が熱くなった磯風は、初期艦大潮の言葉を受けて、しかし、悲しそうに俯く。
「私は………まだ、誰かに必要とされているのだな。」
最初は、欠番の駆逐隊………第二十五駆逐隊を解放して貰い、沖波や岸波の件に関する贖罪をしたかった。
だが、そのスタートは中々切れず、横須賀で、長波に支えられる形で落ち込んでいた。
しかし、岸波が第二十六駆逐隊としてのスタートを切り、家族を手に入れて行った事から、徐々に磯風の運命も変わっていった。
いつの日か、その想いは希望に繋がり、そして彼女もまた、掛け替えの無い戦友を手に入れる事になったのだ。
その充実した日々を自覚した途端、急に磯風に生きる事への渇望が、再び芽生えてくる。
「………戻りたいなぁ。」
「戻ってよ!お願い、睦月達の為に戻って電ちゃん達を助けて!………睦月の、「魂」使っていいから!!」
「な、何!?」
縋りついて泣く初期艦睦月の言葉を聞いて、磯風は驚く。
今彼女は、魂という言葉を使った。
しかし、磯風にとっては、その意味が分からない。
「魂って………待て待て、命を落とした以上、下手に使ったらその………消滅するんじゃないのか!?」
「確かに今の私達は、魂によって成り立っている以上、それを手放すという事は、今の姿の消滅に繋がるわ。」
「だったら、駄目だろう!?君達は………!?」
「でも、その私達の魂を集めれば………6人分の魂を集めて強く願えば、貴女は戻れるかもしれない。」
「………その間、君達はどうなる?」
「ま………多分、お前が本当の最期を迎えるまで、お前の中で眠る事になるだろうな。」
「……………。」
初代白雪、初代磯波、初代深雪の言葉を受け、磯風は黙り込む。
明らかに責任重大だ。
自分の今後の行動に、文字通り6人分の魂が圧し掛かるのだから。
「私は………。」
「責任は、感じなくてもいいよ。僕達も咎人なんだ。むしろ、罪を償う場所を与えてくれる事に感謝している。」
「大潮達は、許されない身故に、ここにいましたからね。」
「睦月達にも………償いをする道を歩ませて!」
「そうか………。」
初期艦の3人も、また覚悟を決めていた。
最初から、彼女達は磯風を救おうと決めていたのかもしれない。
自分達の大切な仲間を、戦友として受け入れてくれた彼女を。
だからこそ、磯風はもう迷わなかった。
「私はまた、罪を背負う事になるのかもな………。」
「でも、本当は、ここで終わりたくないのよね?」
「ああ。やっと、簡単に死にたくないと思えるようになったんだ。我儘でも傲慢でも………生き延びたいと願える程には………な。」
初代白雪の言葉を受け、磯風は正直に告げて笑みを浮かべる。
そして、一転真剣な顔をすると、頼むと言った。
彼女の前に、初代磯波が立った。
「手を………出して。」
「こうすればいいか?」
磯風は初代磯波の手を取る。
そして、そこに円になった初代白雪、初代深雪、初期艦時雨、初期艦睦月、初期艦大潮の手が重ねられる。
手を重ねた6人が笑みを浮かべると、その姿が輝きだした。
その暖かな光は磯風へと包まれて行き、漆黒の闇の空間を照らしていく。
「磯風は、君達の事を忘れない。君達「艦娘」の事を。だから………生きる為の力を………貸してくれ!!」
やがて、光は漆黒の空間は眩い光に包まれて………全てが真っ白に染まった。
――――――――――――――――――――
「な、何………これ………?」
突如磯風に起こった現象に、巻波は呆然としていた。
いきなり彼女が暖かな光に包まれたかと思ったら、浮力が回復し、貫かれた腹部の傷が癒えて来たからだ。
「呼吸が………呼吸が、聞こえるわ!」
磯風の口元に耳を近づけた如月が、思わず喜びの声を上げる。
即死したはずの彼女が、文字通り復活を遂げようとしているのだ。
「凄い………でも、どうして………?」
「「応急修理女神」………。」
「え?」
その奇跡に疑問を抱いた春風に対し、夏雲が磯風を見ながら呟く。
彼女は説明する。
これは、師匠である明石から聞いた事のある話だが、艦娘が轟沈しそうになった時、何かしらの奇跡が起こり、傷が一瞬で癒される事があるらしい。
だが、その原理は未だ解明されておらず、どういう時にそれが起こるのかは、明石ですら未だ分からないのだ。
「その現象を、師匠は応急修理女神と呼んでいます。実際に、この目で見られるなんて………。でも、本当にどうして………?」
「成程な………女神、か………。」
『うわ!?』
その場にいた艦娘達は、思わずビックリして引く。
それまで眠っていた………というか、死んでいた磯風が、急に目を覚まして起き上がったからだ。
失礼だが、巻波の言葉を借りればゾンビに近かった為、思わず皆、磯風を凝視してしまった。
だが………。
「アレ………?磯風………なんか………。」
「懐かしい気配が………気のせい………なのでしょうか?」
初雪と電が、磯風の中に何かを感じて思わず目を細める。
磯風は、穏やかな笑みを浮かべながら、2人に言う。
「案外、その女神というのは………身近な知り合い………いや、戦友達なのかもしれないな。」
「そ、それって………!?」
「まさか………!?」
2人が何かに気付きかけて思わず目を見開いたが、磯風は軽く両者の肩を叩くと立ち上がり、周りの5人に叫ぶ。
「反撃するぞ!第二十五駆逐隊………改めて出陣だ!!」
『り………了解!!』
その勇ましい声に………死の淵から戻って来た嚮導艦の頼もしい姿に、戦友達は思わず笑顔を見せて、しっかりと応えた。
艦これの作品の中で屈指の謎の装備である「応急修理女神」。
文字通り死の淵から戻ってこれる力を持つ、究極の装備ですよね。
この装備に付いて、どんな力が働いているのか自分なりに考えたのが、今回の話です。
そして、ここまで散々積み重ねて来た、6人の深海棲艦化した艦娘達の存在と生き様。
この話で、伏線を回収する為と言っても、過言ではないですね。
今回のサブタイトルも、ずっと温存して使える日を楽しみにしていました。
艦娘の魂…それは、きっと暖かな物に違いないと感じています。