「………何やっているの、舞風?」
「自己紹介で~す!何せ、第二十六駆逐隊の一員として活動するからね!嚮導艦には挨拶しないと!」
部屋に押しかけてくるなり、陽気に踊りを披露する舞風を見て、岸波は非常に迷惑そうに言葉を紡ぐ。
しかも、彼女はいつの間にか岸波の為に開放して貰った………というか無理やり編成させられる事になった第二十六駆逐隊に転属したと言っているのだ。
「貴女は第四駆逐隊でしょ?同部屋の野分はどうしたのよ?」
「のわっちとはちゃんと話したよ!嵐や萩風とも!それで、曙さんや提督とも話して第二十六駆逐隊に転属させてもらったわけ!」
「何で一応嚮導艦扱いである私の関係ない所で話が進んでいるのよ………。そもそも、貴女がこの艦隊に転属する根拠が無いわ。」
「根拠ならあるよ。」
いかにも五月蠅そうに言う対応する岸波に対し、舞風はハッキリと言うと、踊りを止めて真剣な顔で彼女を見る。
「岸波は、自分の腕を折る事になったのに舞風を助けてくれた。のわっちとの約束があったからかもしれないけど………岸波がいなかったら、本当に沈んでいた。」
「借りは返すのが駆逐艦流だから来たって事?それならば………。」
「それだけじゃないよ。昨日、墓地で私の事泣かせてくれたじゃない。それに、海から逃げてないとも言ってくれた。岸波はやっぱりとても優しい艦娘だった!」
彼女は笑顔を見せると自信満々な顔で自分の胸を叩いた。
「だからね………岸波の傍でならもっと強くなれる気がしたんだ!強くなれば沈む可能性も減るし、何よりみんなを守れるようになるもんね!」
「貴女は………間違っているわ、舞風。」
期待に満ちた舞風の姿を直視できなかった岸波は、少し目を逸らしながら言う。
「洋上での嵐の言葉………アレは全て事実よ。私は貴女達の仲間を殺せるような冷血漢。」
「………嵐が言ってたけれど、そうやって突き放そうとするんだね。」
「突き放すも何も………。」
「萩風に挑む時に言っていたよね、「姉殺し」って。それが関係してるの?」
「……………。」
岸波は黙り込む。
沈黙は肯定と同じであった。
舞風は再び真剣な顔をして覗き込む。
「私は岸波の過去を知らないよ?でも………岸波の今は知っている。どんな過去があっても、岸波が私を………私達の第四駆逐隊を救ってくれた事に変わりは無いよ!」
「………だったらどうだっていうの?貴女は私に何かしてくれるっていうの?放っておいて。」
「ヤダ!」
「即答!?」
頑なに突き放す岸波に、しかし舞風はひるまない。
彼女は再び自分の胸に手を当てて言う。
「嵐を見てたから何となく分かるんだ。そうやって拒んでばかりいたら狂ってしまうって。私は………それを見過ごして間違いを繰り返したくない!」
「それは貴女の事情で………。」
「だから岸波の事情も少しずつでいいから知っていきたい。押しかけ女房みたいなのは謝るけれど、1人より2人の方がいいに決まってる!」
「舞風………。」
「まずはさ………私や萩風、嵐の事で辛かったし痛かったと思うからさ………。」
舞風はそう前置きをすると腕を広げる。
「墓地でのお返し!私の胸に飛び込んできて思いっきり泣いてよ!」
「………はぁ。」
あくまで真っ直ぐな舞風の態度に、岸波はとうとう観念したように嘆息する。
そして、苦笑すると告げる。
「私が言うのも何だけれど………貴女に飛び込めるだけの胸は無いと思うわよ。」
「あ、ひっどーい!結構気にしてるのに!というか、またそうやって突き放して………。」
「眠れないの。膝枕、してくれない?」
「え?うん………。」
舞風は窓辺に進み床に座り込むと、岸波の頭を自分の膝の上に乗せる。
岸波は、後頭部にその柔らかさと温かさを感じながら、静かに呟いた。
「懐かしいわね………。昔、眠れない時も………沖姉………沖波がこうしてくれたわ。」
「沖波っていうのが………お姉さんの名前?」
「ええ………。私と一番近しかった姉の名前………。何処か頼りなかったけれど………私にとっては甘えられる姉さんだったわ………。」
「岸波………。」
「思えば私も………もう一度………甘えられる場所………欲しかったのかもね………。ねえ………また眠れない時………こうしてくれるかしら………?」
「うん、岸波が望むなら………。」
「ありがとう………ふふっ………心の底からお礼を言ったの………いつ以来かしら………。私………は………。」
「……………。」
やがて寝息を立て始める岸波の姿を見ながら、舞風は考える。
多分、沖波と岸波の告げた「姉殺し」という言葉は密接に関係しているのだろう。
だから岸波は他人と距離を取りたがる。
それでも………。
(岸波は命の恩人だから………。だから私も………絶対に見捨てない。)
静かに眠る岸波を見ながら、第二十六駆逐隊の最初の一員となった舞風は、心の中で誓った。
――――――――――――――――――――
数日後、舞風が転属された事で、2人とはいえ第二十六駆逐隊は本格的に始動する事になる。
岸波はその嚮導艦として、とりあえずは舞風と共に訓練を行う事になった。
舞風の練度はある程度は高かったが、岸波に比べるとまだ物足りない部分があり、また第四駆逐隊にいた時に指摘されていた通り、注意力が時たま欠ける事があった。
「まずは根本的な練度向上を目指しましょう。2人だからしばらくはタイマンで模擬戦を行って実戦に適応できる身体を作った方がいいわ。」
「そ、それって毎日決闘を行うようなものじゃん!?」
「踊りが得意ならば回避行動は得意でしょ?それに注意力が養われれば被弾率は大幅に減るわ。私も参考にさせて貰うから、遠慮なく舞って頂戴。」
「き、岸波の鍛え方って脳筋だよ!?」
こうして訓練の度に舞風はペイント弾によってベトベトにさせられる羽目になる。
日によっては岸波自身が練度向上を求める為に、軽巡以上の大型艦に演習をお願いして、文字通り砲弾の雨を回避していくような過酷なメニューも舞風は体験する事になった。
「岸波………こんな滅茶苦茶なメニューを無傷で突破できる艦娘っているの?」
「姉の高波がやってのけたって話を夕雲から聞いた事があるけれど………。」
「どうやって!?」
「彼女、改二になった時に目がかなり良くなって、相手の行動を先読み出来るようになったのよ。私はその際に彼女から色々とコツを教わったわ。」
「あら………その制服を見てもしかして………って思ったけれど、あの子と同じ夕雲型だったのね。」
「高波には最初、同じような訓練をして面食らう羽目になったわ。通りで貴女は被弾が少ないはずよ。」
身体に付いたペイント弾を拭き取っている岸波と舞風の元に、2人の艦娘が近づいてくる。
1人は巨大な砲門を背負った、腰まで在る黒髪ロングの大人びた女性。
もう1人は同じく巨大な砲門を背負った、黒髪がボブカットになっている大人びた女性。
今回の訓練に協力してくれた扶桑型航空戦艦の扶桑と山城である。
何と攻撃力の高い彼女達の十字砲火を一定時間躱し続けるという、鬼のような訓練を岸波から提案してずっと行っていたのだ。
「協力ありがとうございます。高波は、今は何処に………?」
「トラック泊地よ。南東の対深海棲艦の最前線だった時に、新しいショートランド泊地の建設を行う為に、護衛に来てくれたわ。」
「私達もそこに一時的に転籍になった事があったのよ。………でも、姉妹なのに手紙等は送ってないの?」
「すみません、色々とあったもので………。とにかく勉強になりました。」
「私も………もっと精進します~………。」
岸波はまだしも、ペイント弾をほぼ全身に受けてボコボコになった舞風は、次はこうならないようにしようと誓う。
そして、扶桑型姉妹に改めてお礼を言って別れると、岸波達は海水でペイント弾を落とし、的当て等の訓練を引き続き行って、夕食前に反省会を行う。
「そもそも………弾着観測射撃ってどうやって避けるの?1発目の着弾位置を観測機が読み取って2発目を当てて来るんでしょ?逃げられないじゃん!」
「2回目の砲撃直前に、観測機の機首がこちらを向くわ。その瞬間に相手の砲塔の角度や砲口の向きに注意すれば被弾は避けられるはずよ。」
「ええ………それ、その高波に教えて貰った避け方なの?」
「そうよ。あ、深海棲艦の場合は実はもっと楽なのよ。航空機が生物的でしょ?これは攻撃機にも言えるけれど、攻撃や観測直前に目が鈍く光るの。それを合図にすると面白い程避けられるわ。」
「へー………何か岸波といると、今まで知らなかったイロハが学べてためになるなぁ。」
「駆逐艦は限りある武器で敵艦を撃沈する事も大事だけれど、生き残って情報を持ち帰る事も大切な仕事よ。」
持てる限りの知識を舞風に植え込んでいった岸波は、とりあえず彼女のペイント弾の汚れが酷かったので、先に風呂に入れてもらえるようにお願いした方が良いと言う。
それに従った舞風を見送りながら、岸波は1人で第一士官次室(ガンルーム)に向かい、テーブルに座り食事を取り始めた。
「隣………失礼するぜ。」
「どうぞ。」
そんな岸波の隣に、トレーを持った艦娘が1人座って来る。
嵐であった。
彼女は懐から何かを取り出すと、岸波の方を見ずに渡した。
「これは………付箋?いや、チケット?」
「読んでみてくれ。」
「「艦隊決戦支援」………これは何?」
艦隊決戦支援とは、姫クラスや鬼クラスとの決戦を行う際に、駆逐艦が中心となって遊撃隊となり、支援砲撃を行い本隊の援護をする事だ。
只、それは提督の命令で行われる物で、こうして艦娘個人同士で約束する物では無い。
「……………。」
「色々と考えたんだよ。俺がお前にやってしまった事は謝って許される事じゃないってな。」
「別に気にしてないわ。そもそも萩風の事は運が良かっただけだもの。」
「だとしても、何かしらの形で償わなければ俺の気が済まない。勿論、野分や萩風も同じ意見だ。だから、話し合って決めたのがそのチケットだよ。もしもお前や舞風が何かしら危機に陥った時は、第四駆逐隊が命令違反をしてでも駆けつける。………まあ、流石にしばらくは練度向上を待って貰う形になるけれどな。」
「そう………分かったわ。遠慮なく貰っておく。」
岸波はポケットの中にチケットをしまうと嵐に問う。
「そう言えば萩風の適性検査は?」
「何の異常もなかった。しばらくは経過観察が続くけれど、多分艦娘として問題なく復帰できるってさ。」
「良かったわね。………でも、経過観察なんて慎重ね。深海棲艦としての名残は無いんでしょ?」
「実は不味い前例があるんだ。………悪いけど、それは俺の口からは言えない。」
「成程ね………。」
夕食を食べながら岸波は考える。
その不味い事例というのはもしかして………。
「しかし、お前も嚮導艦として振る舞うようになってから交友関係が更に増えたな。初めて俺の部屋に来た時の怠惰ぶりがウソのようだ。」
「別に………嚮導として振る舞う以上、舞風には沈んで貰ったら困るから、色んな艦娘に頼んでいるのよ。」
「有り難い限りだぜ。今度コツを俺達にも教えてくれよ。もう間違えたく無いからな。」
「そうね………。」
そうしている内に岸波は夕食を食べ終わって席を立とうとする。
そこで嵐が問いかける。
「でも、夕雲型姉妹とは関係を持とうとしないんだな。過去に何があったか知らないけど………。」
「今、横須賀には誰もいない以上、関係は持てないでしょ?」
「ん?お前知らないのか?第二十五駆逐隊の事?」
「第二十五駆逐隊………?」
岸波が旗艦の第二十六駆逐隊と同じく欠番の駆逐隊であるはずだ。
そう言えば、最初に横須賀に来た時は特に気にしていなかったが、何故提督が、第二十五駆逐隊を抜かして第二十六駆逐隊を開放したのか、今になって気になりはした。
その答えを嵐は教えてくれる。
「お前がここに来る前に、第二十五駆逐隊が開放されたんだ。一から強くなりたいって志願する艦娘がいて転籍してきてな。嚮導艦が呉から来た陽炎型の磯風。補佐が夕雲型の長波で………。」
「磯風と長波がいるの!?」
「め、珍しくびっくりしてるな………!?ていうか、知らなかったのか?曙さんと決闘して目立っていたし、そうでなくても特に長波はあの髪だから第一士官次室(ガンルーム)とか風呂とかにいたら目立つだろ?」
「今までは他の艦娘との関わりを避けていたから………他に第二十五駆逐隊に配属された艦娘はいるの?」
「今はまだ2人だけのはずだ。部屋も一緒のはずだから風呂の後探してみるといいんじゃないのか?」
「分かったわ、チケットの件も含めてありがとう、嵐。」
岸波はそう言うとトレーを持って片付けて、風呂への支度をしに自室に向かう。
その様子を見ながら嵐は1人呟いた。
「アイツの「ありがとう」って言葉、初めて聞いたな………。」
岸波が来た事で、何か色々な事が少しずつだが好転してきているのだろうか?と嵐は感じた。