それから数週間後であろうか。
岸波は舞風と共に考え付く限りの様々な訓練を行い、練度向上を目指した。
場合によっては、曙の元で嚮導の訓練を受けていた時に紹介された駆逐艦娘達の伝手を使って、様々な艦種の艦娘達の力も借りた。
勿論、流石に一朝一夕では上手くは行かなかったが、それでも繰り返し行う事で確実に上達はしているように思えた。
そんなとある夜の事であった。
ベッドで眠っていた岸波は、何かの物音で目を覚ます。
横目で見れば、舞風が窓際の机に座り、必死にメモを取っていた。
「舞風………早く寝ないと明日に影響するわよ?」
「あ、ゴメン起こした?大丈夫、これを確認したらもう寝るから………。」
「そう………。」
身を起こさず岸波は、ノートの厚みを見てみる。
かなりのページに、メモが書き起こされていた。
それだけ舞風が、真面目に取り組んでいるという事だ。
「そのノート………復習用に書いてるの?」
「うん………嵐や萩風、のわっち達にも伝えられる部分もあるかもしれないし。」
「真面目ね………。」
「真面目じゃないよ。只、轟沈が怖いだけ。もっと生きたいから私、色々と最善を尽くしたいんだ。」
「……………。」
岸波は、ここ最近の舞風の姿を思い起こす。
彼女は岸波の提案した鬼のような訓練をこなす度に、自分に足りない物を見つけようとしていた。
元々は「艦」の轟沈のトラウマを抱えている艦娘だが、海から逃げずこうして向かい合っている。
舞風が第四駆逐隊に所属している時から、岸波はその様子を見て素直に感心したものだ。
「舞風………貴女、私と違って良い艦娘になれるわ………。」
「え?何?ゴメン、よく聞こえなくて………。」
「お休み………明日も頑張りましょ。」
「あ、お休みー。」
岸波は、再び眠る。
磯風に宣言した通り、朝潮に言われた通り、第二十六駆逐隊の舞風は大切に鍛えていこうともう一度考えながら。
――――――――――――――――――――
休暇になると、必ず岸波は岬に隣接してある墓地に向かい、沖波の墓に献花をする。
舞風も時たま黙って付いてくる事があり、今日はその日であった。
2人で墓に祈りを捧げると、墓地の中を進んでいく。
すると………とある場所で、とある人物を見つけた。
「ぼの先輩………。」
「岸波に舞風、元気にしてるみたいね。」
第四駆逐隊の嚮導的役割を果たしている、曙である。
最近は訓練海域の違いから出会う事は少なかったが、彼女もこうして休日は墓参りに訪れている事が多いみたいであった。
そして、今回は彼女にも同伴者がいた。
今の曙と同部屋である、薄雲である。
「先輩達の墓ですか。」
「そう。初代薄雲、天霧、狭霧の墓に献花してたの。」
「薄雲先輩も………ここに来るのですか?」
「ええ。曙ちゃんに連れられてたまに………。あ、私は薄雲でいいわ。初代の方と違って、そんな先輩って程の経歴は無いし。」
「じゃあ、薄雲………改めて宜しく。」
岸波は薄雲に会釈をして………そこで思い出す。
以前、第四駆逐隊が暴走した際に執務室に飛び込んできた時の事を。
あの時は提督達に連絡をしてくれたが、そこで突如変貌して………。
「やっぱり………気になるよね、岸波さん。」
「え、まあ………。」
岸波の表情から何かを察したのか、薄雲は曙を見る。
曙は、そこは薄雲の話せる範囲で話していいとジェスチャーを送ると、彼女は説明を始めた。
「実は私、興奮するとたまにあんな感じで意識が無くなるの………。」
「意識が………無くなる?自分のやっている事が分からなくなるの?」
「うん、我に返っていたら、周りを破壊していてみんなに迷惑を掛けていて………。」
何ともおかしい話だ。
これでは、何かに憑かれたように狂ってしまうという事では無いか。
そもそも艤装を付けてないのに、あり得ないパワーを発揮している時点で尋常ではない。
当たり前だが、岸波達はこんな事例を聞いた事が無かった。
「何か心当たりは無いの?暴走を起こす原因になった事………。」
「………ゴメンなさい。あるけれど………。」
「そう………分かったわ。」
ここら辺、言えない事情があるのだろうと分かった時点で、岸波はそれ以上の詮索を止める。
言えない過去があるのは、岸波も同じである。
無理に、踏み込むべき場面でも無い。
「ぼの先輩は知っているんですよね?」
「ええ。だから同部屋になってるわ。」
「じゃあ、それなら安心ね。」
それだけを言うと岸波は、落ち込む薄雲に対して優しく微笑む。
気にしなくていいという、岸波なりのサインであった。
「ぼの先輩にちゃんと相談すれば安心だから。」
「ありがとう………ふふっ、ぼの先輩………か。可愛いニックネームだね。」
「岸波………アンタ、その呼び名をいつまで続けるの?」
「………そう言われても、ずっと慣れ親しんだ呼び名なので。」
「はぁ………まあいいわ。」
曙は溜息を付くと、薄雲を連れて墓地を後にする。
軽く手を振ってくれた2人に対して手を振り返した岸波は、同じく手を振っていた舞風に、もう1つ寄りたい墓があると言う。
「何処?流石に萩風の墓は撤去されたよ?」
「違うわ。」
気がかりな様子の舞風を、連れたって歩いていった岸波は、ある墓の前で止まる。
それは………第2代宿毛湾泊地提督の墓であった。
「ここって………。」
「最初にぼの先輩に連れられて来た時にここで朧先輩と漣先輩に会ったの。朧先輩はすぐに逃げて行って、漣先輩も軽く挨拶をして追いかけていったから、本当にちょっとしか2人には触れてないけれど………どうしても気になっちゃって。」
「岸波………。」
岸波は舞風と共に、その亡き提督の墓でも手を合わせる。
そして、お祈りを済ませると岸波は喋りだす。
「宿毛湾泊地は深海棲艦の襲撃で破壊されたのよね。今は復興作業が進められているけれど………。」
「うん………。本土の泊地だったから、青天の霹靂だったよ。みんな、深海棲艦に対する恐怖に駆られて………艦娘に対する評価も厳しくなったな………。」
「私はリンガにいたからそこら辺の事情には疎いけれど、かなり大変だったのね。」
「すぐに情報統制が敷かれたから、細かい状況に関しては艦娘である私達も分からず仕舞いだけれどね。曙さんのようにガッツリと秘書艦の経験のある艦娘は、ある程度は分かってるんじゃないのかな………ん?」
話している最中に、舞風は誰かの気配に気づく。
それは岸波も同じで、墓石の影から誰かが花を持ってこちらをうかがっていた。
枯草色のショートボブの右の頬に絆創膏を付けた艦娘は………。
「朧先輩………?」
「貴女は………?」
何処か虚ろな瞳でこちらを見つめる朧に対し、岸波はまだ自己紹介をしていない事に気づき、なるべく穏やかに話し始める。
「初めまして。リンガから転籍してきた夕雲型15番艦の岸波です。ぼの先輩………いえ、曙先輩には、ここに来た時に色々とお世話になりました。」
「そっか………ぼのぼのの………。アタシ、朧。挨拶が遅れてゴメンね。」
何処か足取りが不安定そうな朧を見て、岸波はしっかり栄養を取っているのだろうか?と心配になる。
よくよく見れば朧は目の下にクマを作っており、眠れていないようにも見えた。
同じ事を思ったのだろう………舞風が駆け寄り、つまずき転びそうになった朧を咄嗟に支えてあげて事なきを得る。
そして、朧を提督の墓の前まで運んでくると花を添えるのを手伝ってあげた。
朧は舞風に礼を言うと、静かに祈り始める。
そして、祈りを終えると墓を見たまま問いかけて来る。
「………ねえ、岸波ちゃん。ぼのぼのはアタシに対して怒っていた?」
「いえ………むしろ漣先輩に対し、第七駆逐隊なのに役に立てなくて申し訳ないと言っていました。」
ウソを付く場面でも無かったので、岸波は正直に答える。
朧はその言葉に深く溜息を付くと、立ち上がり岸波に言う。
「アタシね………色々あって、ぼのぼのに一方的に八つ当たりしちゃって………ダメな艦娘だよね。」
「そう………なんですか。」
曙に出会った時に思わず逃げてしまったのは、会わせる顔が無かったからであろうか。
岸波は他にも聞きたかったが、そこで朧がまたふらついたので、慌てて舞風と共に両側から支える事になる。
「………部屋まで送ります。その状態では墓地の中で倒れてしまいますよ。」
「ご、ゴメン………。」
「食事や睡眠はとれてないんですか?」
「ご飯は受け付けなくて………睡眠も取れてなくて………。」
艦娘は、身体が資本だ。
それが上手くいっていないのは、相当重症のように思えた。
「おかゆでもいいから、何か温かい物を食べてよく眠れるようにして下さい。」
「分かった………。ありがとう、色々と気遣ってくれて………。」
「今度からは、必ず同部屋の漣先輩と一緒に墓地に来て下さいよ?」
「う、うん………。漣ちゃんとも………あまりうまくいってないからなぁ………。」
どうやら、見かけによらず相当仲間達とはこじれてしまっているらしい。
岸波は心の中で溜息を付くと、思い切って朧に話しかける。
「分かりました。それでは、これからは休暇の日に朧先輩の部屋に行きますから、一緒に墓参りをしましょう。それでいいですね?」
「え?い、いいの………?」
「というか、潮先輩は横須賀にいないですし、曙先輩や漣先輩と墓参りが出来ないんじゃ、そうするしかないじゃないですか。」
「そ、そう………だよね、多分。ゴメン………何か会ったばかりなのに負担増やしちゃって………。」
「その代わり、しっかりと栄養と睡眠を取って下さい。」
「う、うん………岸波ちゃん、それに舞風ちゃんも、ありがとう………。」
岸波は舞風と共に朧を支えながら墓地を後にすると、ゆっくりとではあるが、駆逐艦寮へと歩いて行く。
このような状態でも何故、宿毛湾泊地の提督の墓に行きたがるのか。
勿論気になりはしたが、岸波達は、今はまだ聞かない事にした。
――――――――――――――――――――
一方その頃、横須賀の庁舎にある提督の執務室に1人の艦娘が入って来て、背筋を伸ばして敬礼をする。
それは、朝潮であった。
「朝潮です。何か御用でしょうか、司令官!靴下の匂いを嗅がせる事以外ならば、何でも聞く覚悟です!」
「ピンポイントで俺の好みを潰すのは艦娘達の間で流行している嫌味なのか………?」
「提督の趣味が悪いからでは無いでしょうか?」
隣に立っていた大淀が、笑顔で毒を吐く。
提督は溜息を付くと、6枚の命令書を朝潮に見せる。
それは、宿毛湾泊地跡を往復する作業船の護衛任務であった。
書かれている名前は、朝潮・島風・望月・山風、そして………。
「御蔵に屋代………?海防艦に実戦をさせるつもりですか、司令官?」
「そろそろ海防艦がどれだけ使えるかデータが欲しいんだ。」
「………司令官の意見では無いですよね、それは。」
真っ直ぐ見つめて来る朝潮に対し、提督は肩をすくめて頷く。
当然ながら、提督の「上」にはより偉い将校達がいる。
その者達が意見をすると、基本的に提督は逆らえないのだ。
「海防艦がどういう任務をこなせるか………上はそこら辺に興味があるみたいでな。現場の意見なんてお構いなしだ。」
「司令官はやはり、まだ早いと思うのですね。」
「早いも何も対潜水艦に特化した艦娘だ。練度は上がって来ているとはいえ、まだ駆逐艦との連携は取りにくいだろう?」
「正直、速力を考えれば、戦艦クラスに庇って貰いながら、潜水艦の露払いをしてもらうのが妥当な運用方法では無いかと思い始めた位です。」
「俺もそういう考え方もあると思って先延ばしにしていたんだが………遂に強制命令だ。」
「……………。」
現場に対して責任を持たない癖に、何かと難癖をつけて来る存在が上にいる。
しかも、彼らは艦娘に情け等は持ってはいない。
所詮は………特に駆逐艦に関しては使い捨ての駒なのだ。
だが、それは艦娘になる時点で、ある程度の覚悟をしておかなければならない事でもある。
朝潮はだからこそ、命令を強いられた提督の言葉に文句を言うつもりはなかった。
「言って下さい、司令官。朝潮………どんな任務も受けて立つ覚悟です。」
「第八駆逐隊………といっても今は大きく編成を変えているが、作業船の護衛任務を命じる。出撃は明日の朝だ、準備をしてくれ。」
「はっ!」
朝潮は力を入れて返事をすると、改めて敬礼をした。