ドォン!ドォンッ!
「……………。」
敵艦から廃船への砲撃や爆撃が続く中、望月は静かに目を閉じて何かを聞き取り始めた。
早くしないと船ごと沈められると思った山風は怪訝な顔をするが、望月はやがて小声で呟きだす。
「睦月型を長くやってるとさ………砲撃音で大体の艦種は読み取れるようになってくるんだ。」
「え………?」
「砲弾の口径は音の大きさに直結するし、敵艦の砲門数はそのまま一度の着弾数を表す。」
「じゃ、じゃあ………敵艦の構成、分かるの?」
驚いた様子の山風に対し、望月はコクリと真面目に頷く。
「若干、勘で当てる部分も出てくるけどね。………例えばほら、今の7発の連続した音。16inch三連装砲と16inch連装砲と12.5inch連装副砲だから………。」
「タ級………?」
「流石にどのタイプかまでは分からないけどね。恐らく敵艦は、空母棲鬼1隻、戦艦タ級2隻、軽巡ト級1隻、後は駆逐艦が2隻。」
「速力に優れた敵艦ばかりですか………。」
「やっぱり怖気づいた?」
肩を落とす山風であったが、一転顔を上げて艤装から何かを取り出すと、手早く組み立てていく。
「勿体ないけど………これ、使う。」
「お?それは………。」
山風の作り出した物を見て、望月は感心する事になった。
――――――――――――――――――――
強力な深海棲艦出現の影響か、洋上では夜になっても雲が広がり雨は止まず、月が見えない状態が続いていた。
廃船の前では、空母棲鬼が僚艦と共に絶え間なく爆撃や砲撃を浴びせ、望月と山風を誘い出そうとしていた。
船は少しずつではあるがヒビが入っており、このままでは一緒に沈むだろう。
その時であった。
ドゴンッ!!
船の影から砲撃が1発飛んで来る。
よくよく見れば、2隻の影が船体から顔を覗かせていた。
「沈メ!」
散々駆逐艦にコケにされた空母棲鬼は、攻撃機を飛ばして廃船ごと影に向かって爆撃の雨を落としていく。
更に僚艦達も、我先に獲物を仕留めようと好き勝手に砲撃をしていく。
やがて、派手な爆撃と砲撃の雨は、影2隻と共に船にもトドメを刺す形になり、廃船は嫌な音を立てながら海中に沈んでいく。
「……………。」
一転静かになった海を見て、空母棲鬼は眉をひそめる形になった。
――――――――――――――――――――
「へー、大発動艇をデコイに使うとは考えたねー。」
「あたしの場合は特型内火艇だけどね………。製造コストが高いから………、提督に知られたら雷が落ちる………。」
「あー、その時はあたしも謝ってあげるって。………ま、生きて帰る事が出来たらの話だけど。」
「だから、必ず連れて帰る。」
「ほんと、頑固だねー。」
その頃、山風は望月の肩を担いで曳航しながら、沈む船の反対側から脱出していた。
大発動艇というのは、簡単に言えば遠征で物資を乗せる為の小型の船である。
この船には、戦車等を乗せて対地攻撃に特化させる事が出来て、その内、「特二式内火艇」と呼ばれる通称「カミ車」を乗せた物を特型内火艇と呼ぶ。
山風は機転を利かせて特型内火艇を2隻即席で作り、それを敢えて深海棲艦が砲撃している側から出す事で、しばらく囮として時間を稼いで貰うという案を取ったのだ。
「それに、油断しないで………。もう特型内火艇は無いし隠れる場所も無い………。主機の航跡波(ウェーキ)が見つかるまでの時間稼ぎにしかならないから………。」
「横須賀から援軍が、こっちに来ている事を願うしかないかねぇ。」
東北東へと進路を取りつつ、ひたすらに進んでいく。
出来るだけ敵から遠くへ。
しかし、望月を曳航している関係で、主機を一杯にしても山風の速力は落ちていた。
「来た………!?」
そんな2人の元に、鬼火のような偵察機が蛇行してこちらを探しながら飛んで来る。
山風は、素早く右手に構えた連装砲を掲げると撃ち落とす。
だが、どちらにしても敵に察知されたのは間違いないだろう。
「攻撃機………、飛んで来るかな………?」
「いや………こっちの状態を考えれば、確実に射程に入るのを待つだろうね。」
「せめてもうちょっと………、横須賀に近づければ………!」
だが、出来る限りの船速で飛ばす2人の後ろに、無情にも敵影が見えてくる。
望月が予想した通り、エリート級戦艦タ級が2隻、フラッグシップ級の軽巡ト級が1隻、エリート級ニ級が2隻、そして………。
「絶対ニ………逃ガスカ!」
こちらを睨みつける空母棲鬼の姿。
敵鬼クラスは、鬼火を模した攻撃機を作り出すと発艦させていく。
「不味いね。」
防御用に廃船の装甲を拝借するという手段も考えたが、重くて更に速力が落ちるので止めていた。
だから、山風の連装砲で迎撃するしか、爆撃を防ぐ手段が存在しない。
ところが、ここで山風が懐から何かを取り出した。
「望月………、これ使える?」
「お!いいもの持ってるじゃーん!」
望月は山風から何かを受け取ると、頭上に迫って来た鬼火の集団に向けて投げつける。
すると、花火のような爆発的な閃光を放ち、鬼火達の照準を狂わせる。
それは本来、この夜空を照らして敵を見えやすくするのが用途であるはずの照明弾であった。
「目くらまし成功!」
「気を抜かないで!砲撃は来るよ!」
射程に入ったのだろう、2隻のタ級がそれぞれ7門の砲塔を全て山風達に向けて砲撃してくる。
山風はジグザグに蛇行しながら回避していくが、周りに上がる派手な水柱に、背筋が凍る物を覚える。
だが、それでもこの自己犠牲精神の強い、本当に迷惑な駆逐艦娘は横須賀に連れて帰らなければならない。
生きて帰って朝潮に2人で頭を下げて謝らなければ、彼女に一生後悔を背負わせてしまうだろう。
「帰る………絶対に………!」
「敵機直上………!」
「次の爆撃が来る!?後、使える物は!?」
「もう無い!連装砲だけ!」
「急降下!!」
空母棲鬼が作り出した鬼火達が、再び山風達の頭上に展開し、爆撃を仕掛ける。
山風は必死に連装砲を撃ちまくるが、改二の彼女の技量を持ってしても、望月に落ちて来る分と合わせて、全てを撃ち落とす事は出来なかった。
落とし損ねた攻撃機から放たれた爆弾が山風の上に落ちて来たので、咄嗟に連装砲を盾にして防ぐが、砲身があらぬ方向に折れ曲がってしまい使えなくなる。
「そんな………!?うあっ!?」
ここで更に追い打ちと言わんばかりに、射程に入ったト級の砲撃が飛んで来る。
山風は身をよじって回避しようとするが、何と眉間に砲弾が掠り、血が噴き出して目に入り、視界が塞がる。
「痛いっ………!痛いっ!?」
「山風!?しっかりしろ!?」
視界を奪われた事で、山風は痛みと共に恐怖に包まれる。
轟沈というトラウマが思い出される。
それでも………。
「もうダメだ!主機が動く内にあたしを置いてけ!」
「ヤダ!」
「沈む前にハチの巣になって死ぬぞ!もう十分だ!置いてけ!!」
「絶対にヤダッ!!」
視界が見えない中でも、望月だけは離さずひたすら主機を動かし逃げる山風。
だが、無情にも更に敵攻撃機が空に展開する音が聞こえる。
「もう無理だ!山………うわ!?」
絶対に、望月にだけは被弾させられない。
そう思った山風は歯を食いしばり、自分よりも更に小柄な望月を抱きしめ庇う。
もうそれしか、思いつく事が無かった。
「沈メ!!」
そんな2人に、爆撃が降り注いでいく。
(ああ………あたし、死ぬんだ………。)
何処か呆然と死ぬ事を考えた山風は………熱波を受けて………意識が飛んだ。
――――――――――――――――――――
「……………え?」
幾ばくか、時が止まっていたように感じた。
しばらくして、山風は意識を取り戻す。
何も防御する手段も無いまま爆撃を受けたはずなのに、自分は轟沈していない。
それどころか、何か温かい物に包まれていた。
「何で、お前が………?」
望月の声も聞こえてくる。
どうやら、彼女も無事であるらしい。
山風は慌てて海水をすくって自分の顔を洗い、視界を確保する。
すると、そこには自分達を抱きしめるようにして抱えていた第三者の姿があった。
ダークオートミールのショートの髪を持っているその艦娘は………。
「岸波………?」
「良かった………。」
岸波の声は心の底からホッとしているようで、抱きしめてくれている身体と同じく温かいものであった。
彼女は呆然としている山風達を見ると、もう一度力強く抱きしめて言う。
「ありがとう………2人共生きていてくれて。」
『……………。』
そこで、山風達は気付く。
岸波は両肩に、ボロボロになった白い装甲版のような物を装備していた。
どうやらそれで、爆撃を防いでくれたらしい。
誘爆を防ぐ為に自身の魚雷や爆雷は破棄していたが、装甲版のお陰で庇った岸波も中破位のダメージで済んでいた。
岸波は顔を上げると、何とか形を保っていた電探で無線を送る。
「ヴェールヌイ、装甲版を貸してくれて助かったわ。お陰で、中破で持ちこたえられた。」
「それは何よりだ。私達も交戦状態に入ったから、2人を連れて下がってくれ。」
山風と望月は、周りを見渡してみる。
タ級2隻に対しては、大潮とヴェールヌイが砲弾の雨の中を小柄な体を活かして突撃しており、ト級に対しては、村雨が左腕に巻き付けた錨付きの鎖を振り回しながら牽制している。
ニ級2隻には、曙が数での不利を物ともせずに魚雷を回避して揺さぶりを掛けている。
そして、空母棲鬼に対しては………。
「本当に任せていいのね、舞風!」
「高角砲を直撃させるのが丁度いい相手だもん!それに、私だって強くなった所を見せるから!任せて、岸波!」
この中では一番練度が低いはずの舞風が、しかし、自信を持って1人で鬼クラスの大将と対峙していた。
「み、みんな………。」
山風達は理解した。
横須賀から援軍が、ちゃんと来てくれたのだと。
そして、自分達はその援軍到着まで持ちこたえられたのだと。
「あ………。」
山風は、思わず力が抜けそうになる。
自然と涙が流れた。
恐怖に支配されても絶対に生きる事を諦めずにいた結果が、この援軍の到着に繋がったのだと。
「良かった………。うう………。」
「まだ本当の海戦は始まったばかりよ。仲間達が勝つ事を望月と信じて、山風。」
「うん………良かったね、望月………。」
「あはは………こりゃ、帰ったら相当高く付きそうだねぇ。」
岸波に支えられながら苦笑いを浮かべる望月に対し、山風は泣きながらも笑顔を見せた。