「ウオオオオオオオオオッ!!」
更なる増援の出現に、空母棲姫は鬼火の攻撃機を発艦させるだけでなく、砲門による砲撃も交えていく。
古鷹の放つ探照灯のお陰か、もはや敵艦の眼中には岸波達の姿は無い。
逆にその分、由良の艦隊が狙われるが、彼女達は魚雷等をここまで消費していなかった。
「複縦陣!先頭から霞・霰、由良・鬼怒、古鷹・加古で!」
『了解!』
主砲の射程に応じて艦列を変えた6人は、一直線に突っ込んでいく。
輪形陣でないので敵の爆撃を回避しにくいのではないかと思ったが、古鷹と加古は主砲から、直上に迫って来た攻撃機に対し、何かの特殊弾頭を放つ。
それは実は対空迎撃用の三式弾であり、空中で爆ぜて一気に攻撃機を纏めて撃ち落としていく。
更に残った攻撃機を、残りの4人が油断せずに主砲や機銃で迎撃して、自由に航空戦をさせない。
「雷撃戦行くよ!よく狙って……てーぇ!」
そのまま敵艦に近づいた6人は、由良の号令で一斉に魚雷による雷撃を玉座に叩きこんでいく。
「ウアアアアアアアアッ!?」
今までで一番凄まじい業火に包まれてしまったからか、空母棲姫は攻撃機を発艦させる余裕もなくなってしまうが、そんなの知った事では無い。
散々、駆逐艦娘達の心と体を痛めつけてくれた敵なのだ。
情けを掛ける義理も無かった。
「T字有利!みんな、この一撃で沈めるよ!砲撃………時間差で開始!!」
トドメと言わんばかりに、由良達は各主砲を玉座の上でのたうち回る鬼女に向ける。
最初に霞と霰が撃ち、動きを止める。
次に由良と鬼怒が撃ち、黒い血を噴かせる。
そして、最後に古鷹と加古が2人合計12門の重巡の砲火を玉座と合わせて叩きこむ。
「バ、カナ………!?ワ、タシハ………!?」
強力な一撃を貰った事で力を失った空母棲姫は、今度こそ玉座の上に倒れ込み、炎に包まれながら沈んでいく。
姫クラスの深海棲艦がいなくなったからなのか、これまで降り続いていた雨が止み、雲が晴れ、月明かりが出て来た事で、艦娘達は長い海戦の終わりを悟った。
――――――――――――――――――――
「お、終わった………?」
「みたいだね~。いや、本当に生き残れるとは………。」
「……………。」
遠くで海戦を見つめていた岸波達の元に舞風達が合流し、更に由良達の艦隊もやってくる。
岸波は、両腕で山風と望月を抱えていたので敬礼する代わりに頭を深々と下げた。
「この度は救援に来て下さりありがとうございます。何てお礼を言えばいいか………。」
「ううん、由良達がスムーズに敵艦を撃沈できたのは、みんなが頑張って空母棲鬼の再生能力を奪って、空母棲姫にまで追い込んだからだよ。それに………。」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
「え!?」
由良はそう言うと、いきなり望月と山風、そして岸波の頭を優しくわしゃわしゃと撫でていく。
驚く3人であったが、由良は構わず纏めて抱擁する。
「大切な仲間達は何があっても絶対に沈めない。………その貴女達の強い想いが、誰も轟沈しない海戦にしたんだよ?」
「……………。」
ポロリ………。
優しい軽巡洋艦の心に染み渡る言葉を受けて、1粒海上に涙が落ちた。
だが、望月や山風の物では無い。
意外にも、涙を流したのは岸波であった。
その姿に、舞風を始めとした他の横須賀の面々は驚かされる。
「き、岸波………!?」
「わ、私………どうしたのかしら………?何で………涙が………?」
拭おうにも、両腕で望月達を支えている為にどうしようもない。
一度溢れた涙は、中々止まらなかった。
「ふふっ、安心したんだね。望月さんと山風さんが無事でいてくれたから。………いいんだよ、今は。貴女は………「今度は」守れたんだから。」
「まさか、由良先輩は………?」
最後だけそっと岸波だけに聞こえるように耳打ちしてきた由良に対し、彼女は驚きの顔を見せる。
「由良、佐世保で秘書艦経験をしていて、その時に提督さんから貴女の話を教えて貰った事があるの。だから………ね?」
「……………。」
この軽巡洋艦娘も、曙のように岸波の過去を知っているのだ。
だからこそ、身体を張ってでも「繰り返さなかった」岸波に対して、素直に良かったと思ってくれたのだろう。
岸波は、ようやく自分が涙を流してしまった理由を悟る事になる。
あの時の………トラウマになっている………沖波のような事にはならなかったのだから。
「私………。」
「さあ、とりあえずみんなで横須賀に行こう!由良達の艦隊で護衛するから、舞風さん達は曳航していってね!」
こうしてみんなで協力して、望月・山風・岸波の3人を連れて横須賀へと進路を取る事になる。
その途中、岸波を曳航していた曙の元に霞と霰がやって来る。
「曙、その子が第二十六駆逐隊嚮導艦の岸波?」
「そうよ。どう?あたしの教育のお陰で、怠惰艦って言われていたのが見違えるようになったでしょ!」
「曙は………見た目に反して、教えるのは上手いから………。」
「なーんで、アンタはトゲのある言葉を使うのかしら?」
「……………。」
「何か付いてる………?岸波………?」
「あ、いえ………。」
無意識の内に霰をじっと見ていた岸波は、思わず指摘されて戸惑う。
色々と迷ったが、彼女は正直に答えた。
昔は、霰が所属していた第十四駆逐隊の、嚮導艦陽炎に憧れていたと。
「へ~、それは初耳ね。じゃあ、あたしの舎弟になったのも何かの縁かしら?」
「それはぼの先輩が決闘してきたからで………。でも、昔だったら手放しで喜んでいたかもしれません。」
「ふーん、ぼの先輩ねー。………ま、アンタにどんな過去があったかはツッコまないけど、命令違反をしてでも仲間を想う姿は、陽炎にそっくりな所があるんじゃないかしら?」
「そうなんですか?霞先輩。」
こう見えて霞は、元々呉で第十八駆逐隊を率いていた艦娘だ。
霰や陽炎、そして不知火という屈強な艦娘達のリーダーでもあるので、彼女達に付いては詳しかった。
「そもそも陽炎は天才ってわけじゃなかったわ。最初は砲撃を、2回に1回は外していたような艦娘だもの。神通さんの元で、鬼のような修業を積んだ事で強くなったのよ。」
「努力の天才………だったんですね。あきつ丸から聞いた話とはまた違っていて新鮮です。」
「陽炎は………、第十四駆逐隊になった後は、色々な所で秘書艦もやっていた………。これも、努力で色々と学んでいった………。」
「夕雲型の姉妹達からある程度は聞いていましたが、秘書艦としても敏腕を振るっていたんですね。凄いです………。」
霞や霰から聞く新しい陽炎の話に、岸波は思わず目を輝かせてしまっていた。
その姿を、ひっそりと微笑ましく見ながら曙は言う。
「アンタもその内、そんな艦娘になれるわよ。………まあその前に、まずは帰ったらお仕置きをこなさないといけないだろうけど。」
「今回ばかりは、なるべく穏便な物にして欲しいです………。」
その後も、岸波は陽炎に関する話を色々と聞かせて貰う事になる。
彼女にとって、この時間は本当に有意義な物となった。
――――――――――――――――――――
横須賀へと帰投した岸波達は、桟橋でずっと待っていたのだろう。
提督に連れられた朝潮や島風、御蔵や屋代。
そして、彼女達を曳航して来た嵐・野分・萩風と再会を果たす事になった。
望月と山風は素直に頭を下げて彼女達に謝ったが、朝潮はそんな事には構わず、大粒の涙を流しながら2人を思いっきり抱きしめ、置いてきてしまった事を、何度も謝罪した。
そしてその後に、岸波達に対して、満面の笑顔で感謝の言葉を述べてくれた。
(これで、朝潮は罪を背負って生きなくて済むわね………。)
丸く収まったという事で、岸波は由良達と共に、順に船渠(ドック)入りをして、高速修復材(バケツ)を使わせて貰う事になる。
そうしている内に長い夜が明けて、艦娘達は清々しい朝を迎える事になった。
――――――――――――――――――――
「……………。」
日が昇り、午前の訓練時間を迎えて、岸波はかなり不機嫌な顔をしていた。
由良達の艦隊はその日の始発列車で呉に帰り、朝潮達は提督と共に今回の空母棲鬼に関する戦闘詳報を纏めている。
その中で、岸波と舞風が所属する第二十六駆逐隊は、秘書艦補佐の愛宕の元、艤装を背負って鎮守府5週の罰を与えられていた。
別に、そこまではいいのだ。
罰を受ける事を前提で命令違反をしたのだから。
只………。
「あの、何で貴女達がいるのですか………?」
「第二十六駆逐隊に………、転属したから………。」
「右に同じく~。」
岸波と舞風の後ろでは、同じように艤装を背負った山風と望月が鎮守府の外周を走っていた。
何でも帰投した後、朝潮や提督達と話し合って、岸波の第二十六駆逐隊に移ったらしい。
いつの間にか部屋も岸波達の隣に移動していた。
「舞風の時もそうでしたが………どうして嚮導艦である私に黙って物事が進むんですか!?」
「まあまあ落ち着いてって。後、あたし達の事呼び捨てでいいよ~?これから苦楽を共にする仲間だし。」
「だからどうして私の所に!?」
「岸波に救って貰った命だし………、だったら岸波の元で戦うのも有りかなって思ったの………。」
「こういう時に、必ず借りは返すっていう駆逐艦の流儀にとらわれなくても………。」
飄々と答える望月と気怠そうに答える山風に対し、思わず頭を押さえる岸波。
どうやら頑としても第二十六駆逐隊としてこれからやっていくつもりであるらしい。
「全く、何で………。」
「まだ………ちゃんとした理由はあるよ?」
「え?」
真面目になった山風の言葉に、岸波は振り向く。
望月と共に真剣な顔で2人は岸波を見つめていた。
「岸波は………あたし達を庇ってくれた時………心から安堵してくれた。生きている事を………喜んでくれた。」
「だから、ここに居れば沈まないと思ったわけ?でも、私は………。」
「何か後悔を背負っているみたいだね~。………だから、あたし達は思ったんだ。岸波がもう、そんな想いをしないような手伝いが出来ないかって。」
「そう言われても………。」
岸波は思わず立ち止まり、言いよどむ。
そう思ってくれる事自体は有り難い事だ。
だが、岸波の頭に、過去に自分がやってしまった事が思い起こされ、自信を喪失してしまう。
果たして嚮導艦として、3人も引っ張っていけるのかと。
その手を山風と望月がそっと握った。
「多分ね………岸波はこれからも誰かを助けたくなると思うんだ………。でも、その時に都合よく大潮達がいるとは限らない………。だから、第二十六駆逐隊として、あたし達はその助けになりたい………。岸波の心を守る手伝いを………したい。」
「山風………。」
「人助けなんて柄じゃないけどさ~、只でさえ刹那的に生きる駆逐艦なのに、岸波のような艦娘が1人でいたら危ないじゃん。そういう時は、あたし達を頼ってくれればいいよ。」
「望月………もう、貴女達が言っても説得力無いわよ。」
『中破してまで庇いに来た駆逐艦に言われたく無いよ。』
「そうね………ふふっ。」
「あ、岸波笑った!」
思わず笑みを見せる岸波に、それまで様子を見ていた舞風が笑顔で手を叩く。
岸波はその言葉に、そう言えばここ最近、自然に笑った事がほとんど無い事に気づかされる。
もしかしたら本当に変わってきているのだろうか?
こんな「罪深い」艦娘でも………。
「………最初に言っておくわ。私は確かに今回みたいな行動を起こして、みんなを危険に晒すかもしれない。それでも………付いて来てくれる?」
岸波の言葉に、舞風も望月も山風も優しく頷く。
1人より2人、2人より4人。
その包んでくれる艦娘達の想いの力を噛みしめながら岸波は笑顔を見せた。
「ありがとう。これから宜しくね、舞風、望月、山風!」
――――――――――――――――――――
「全く………まだ鎮守府5週の罰の途中なのに………でも、いい笑顔ね。」
「はい………。」
その遥か先の建物の影で、愛宕は何処か満足したよう笑みを浮かべていた。
傍には、訓練中に偶然通りかかった磯風が座っていた。
「「あの事件」が起きた後で、岸波の満足そうな笑顔を見たのは初めてです。磯風も………変われるでしょうか?」
「変われるわよ。磯風ちゃんが、変わろうと思えばきっと………ね。」
「そうですね………きっと。」
愛宕に言われて磯風は立ち上がる。
彼女は何か振り切ろうと首を振ると、しっかりと前を見つめた。