「ねえ~………。岸波が脳筋なのは今に始まった事じゃないけどさ~………。」
「何?訓練内容に問題でもある?」
「文句も何も………。」
梅雨に入り、じめじめとした暑さが出て来たある日の事。
舞風は岸波の提案した訓練内容にゲンナリとしていた。
彼女だけでは無い、望月や山風もそうだ。
というのも、岸波が本日行っている訓練というのは………。
「駆逐艦同士でチャンバラを行うのは訓練なの!?」
思わず舞風が叫ぶ中、望月と山風もそうだそうだと頷く。
「チャンバラ」というのは、主砲に弾を込めずに打突武器として敵艦を叩く訓練であり、岸波曰く、これは弾や魚雷を失った際の、肉薄した零距離での言わば最終手段であるとの事。
「いつも主砲や魚雷に十分な装弾数があるとは限らないわ。何もかも失った時に頼りになるのは深海棲艦相手でも肉弾戦なのよ。」
「その考えを持ってるのは岸波だけだよね~。まあ………だから、あたし達も岸波流を叩きこまれているんだろうけれど。」
「だからって………今日の臨時コーチに………叢雲を連れてくるのは反則………。」
「あら?だったらアンタ達も私と同じようにマストのような槍を使ってもいいわよ?」
そう答えるのは、腰まである毛先の切りそろえられたモイストシルバーの長髪を持つ艦娘。
吹雪型5番艦である叢雲で、彼女もまた電や吹雪等と同じ「初期艦」の仲間だ。
こう見えて艦娘としての経歴は長く、秘書艦としての経験もあるらしい。
只、今問題なのは、叢雲自身が近接武装として、マスト状の槍を携えて対応しているという点だ。
これではリーチ等を含め、挑むこちらが不利なのは目に見えている。
「大丈夫よ、主砲は思った以上に頑丈に作られているから。握って殴りつければ相手を怯ませる事だって普通に可能よ!」
「舞風は両手持ちの高角砲なんだけど!?どうやって殴ればいいの!?」
「何の為の左右のアームなのよ。遠心力で右の高角砲や左の魚雷発射管で殴れば敵艦は吹っ飛ぶわよ。」
「だから、そんな考えを持てるのは岸波だけだよ~!?」
「ホラホラ、口を動かす暇があるならば手を動かしなさい!私は容赦しないわよ!」
こうして、第二十六駆逐隊の艦娘達は、朝から昼までの間、叢雲に散々蹴散らされる事になる。
初期艦である上に改二艦である叢雲の力量は高く、今の岸波達では4人がかりでも中々敵う相手では無かった。
「はい、終了。アンタ達、何だかんだ言って結構タフね。」
昼休憩を迎える頃には何度も転覆させられてしまい、第二十六駆逐隊の面々は水浸しになる。
そして、整列すると、付き合ってくれた叢雲にお礼を述べる事になった。
「訓練ありがとうございます、叢雲先輩。練度向上の為に、また役に立つと思います。」
「思いますじゃなくて役に立てて貰わなければ困るわ。私の手を煩わせたもの。………でも、リンガで怠惰艦をやっていたって聞いてたけど、見違えたわね。あきつ丸も喜んでいたわ。」
「そう言えば………叢雲先輩って、あきつ丸と知り合いなんでしたっけ………。」
「そうよ?第十四駆逐隊のみんなにも世話になったわ。」
岸波は、今更ながらにあきつ丸の語っていた武勇伝を思い出す。
叢雲は昔、まだリンガ泊地が拡張される前で小さかった頃、あきつ丸と2人でリンガ泊地に在籍していたという事を。
その時彼女は、長年苦楽を共にしてきた定年間近の老提督と共に、第十四駆逐隊とも関わりを持った事があった。
「元リンガ泊地の老提督は?」
「まだまだ元気よ、呉で畑仕事をやっているわ。出張した時はなるべく寄るようにしている。」
「人との繋がりを大事にする叢雲先輩は、人間が出来ていますね。」
「あら?その言葉だと、自分はもう遅いと思ってるんじゃないのかしら?」
「私は………向こうでは本当に怠惰艦で嫌われていたので………。」
目を背ける岸波に対し、叢雲は肩をポンと叩く。
若干長身の艦娘を見上げてみると、彼女は笑みを見せながら言った。
「アンタの過去は知らないけど、怠惰艦になるまでの経緯を知っている人達ばかりなんでしょ?横須賀での奮闘ぶりは届いているだろうし………ダメ元で手紙、送ってみたら?」
「ですが………。」
「駆逐艦として生きているんだから、やらないで後悔するより、やって後悔しなさい。ちょっとでも前に進もうと思うんならば艦隊の仲間に手本を見せるのが嚮導艦………違う?」
「そう………ですよね。」
もしかしたら、叢雲もあきつ丸からそこはかとなく岸波の事情を聞いているのかもしれない。
だから、先輩として背中を後押ししてくれているのかもしれないのだ。
言葉の端々にその力を感じた岸波は、思い切って踏み出してみようと思った。
「分かりました。今夜、リンガのみんなに手紙を書いてみます。結果がどうなるかは分かりませんが………。」
そしてその夜、岸波はリンガにいる一人一人に手紙を送る事になる。
提督、あきつ丸、夕雲………そして朝霜に。
――――――――――――――――――――
「そうなんだ。手紙か………。岸波ちゃんも心の中では怖いと思うのに、偉いね。」
手紙を書いて1週間後の休暇の日。
岸波の部屋では、穏やかな話し声が聞こえていた。
声の主は朧。
何らかの事情で人間関係かこじれて体調不良に陥っていた彼女は、岸波や舞風達が一緒に墓参りに付きそうようになってから持ち直していた。
流石にまだ漣や曙とは、上手くコミュニケーションを取れてはいないが、こうしてたまに岸波の部屋に遊びに来てくれるようになっていたのだ。
今日も彼女は、実は密かに育てていたアジサイを持って来てくれて、その際にリンガへの手紙の話題が出た。
「本格的に嚮導艦になった以上は、いつまでも後ろを向いていたらいけないですからね………。正直、まだ過去を清算する事は出来ませんが………出来る事はやってみようかなと。」
そのアジサイの鉢植えに水をやりながら、岸波は答えていく。
本当は手紙を送った所で、返って来る自信は1つも無い。
特に朝霜に至っては過去の出来事からかなりこじれてしまっているのだ。
手紙を即破り捨てられていてもおかしくはないだろう。
「ねえ、聞いていい?岸波ちゃんは………仲直りできるならば、みんなと仲直りしたいの?」
「……………。」
しばらく沈黙が続いた。
岸波は朧の方を見ると、躊躇いがちに頷いた。
「したいです。みんながどう思っているかは分からないですが、私は、嫌いなわけでは無いですから………。」
「そっか………そういう所はアタシと同じだね。」
朧はそう言うと顔を上げて何かを思い出そうとする。
「多分、岸波ちゃんはリンガで、凄く楽しくて大切な時間を送っていたんだと思うんだ。でも、突如それを理不尽に壊されて………。だから、急に周りと関わるのが怖くなっちゃったんだと思う。」
「朧先輩………どうしてそれを………?」
朧の言葉に岸波は衝撃を受ける。
彼女の言葉は、岸波の過去を的確に表していたからだ。
すると、朧は寂しそうに笑いながら言った。
「一応、先輩としての勘………かな?私も色々と経験あるから………さ。」
「……………。」
岸波の脳裏に、第2代宿毛湾提督の墓が思い起こされる。
薄々そういう気がしていたが、朧は………。
「あの、朧先輩はもしかして………。」
「岸波、リンガから手紙来たよーーーっ!!」
そこで舞風が封筒を持って部屋に飛び込んで来る。
岸波は思わず言いそびれたと思いながらも、舞風から封筒を受け取り開いてみる。
入っていた手紙は1通であった。
だが………。
「宛名は………朝霜!?」
「朝霜さんって………岸波が、一番関係がこじれているって言っていた艦娘じゃなかったっけ?」
「ええ………怨嗟の文章でも書いてあるのかしら?」
「読んでみたら?」
朧に言われて、岸波は手紙を開いてみる。
そこにはこう書いてあった。
第二十六駆逐隊嚮導艦の岸波へ
よう。
………って手紙ってどう書けばいいか分からないから、拝啓とか敬具とかは使わないでおくぜ。
本当は夕雲が書く予定だったんだけど、どうしてもあたいに書いて欲しいって泣きだしたから仕方なく書いている。
いいか、本当に仕方なくだぞ。
まあ、前置きはこの位でいいか。
まず、最初に言っておく。
あたいは「あの日」の事を許していないし、これからも許す気は無い。
岸波がその事実から目を逸らして怠惰艦なんかになったのもな。
でも………横須賀で自分の駆逐隊を結成して、沈みそうになった仲間を助ける為に、鬼や姫に立ち向かっていったって話は、耳に入ってる。
どうしていきなり、そんなに行動的になったのかは分からねえ………いや、絶対に沖波の事が頭に入ってるのは確かなんだろうな。
だから、そこだけはあたいも認めなければならねぇ。
………一度しか言わねえぞ。
第二十六駆逐隊の嚮導艦への就任、おめでとう。
だが、これが罪滅ぼしだから………とか言ったら横須賀まで行ってぶっ飛ばす。
岸波、もう絶対に「繰り返す」なよ。
お前の大切な仲間達の為に、その力を振るい続けてくれ。
じゃ、こんな所で締めさせてもらうぜ。
追伸:横須賀にいる長波や磯風にも宜しくな。
リンガ泊地を代表して朝霜より
「朝………ちゃん………。」
「一歩踏み出して良かったね………岸波。」
舞風が優しい顔で微笑んでくる。
岸波はコクリと頷くと、目頭が熱くなるのを感じた。
和解………とまではいかなくても、朝霜はちゃんと自分の功績や意志を感じ取り認めてくれていた。
叢雲の言う通り、踏み出した事で岸波は朝霜の心の内を知る事が出来たのだ。
「良かった………。私、いいのかしら?こんなに幸せで………。」
「少しずつだけれど踏み出しているのは岸波ちゃんだよ。幸せを破壊された後でも、もう一度踏み出そうと思ったから、新しい幸せを見つけられているんだよ。」
「朧先輩………ありがとうございます!」
笑みを浮かべてくれた朧の言葉に、岸波はお礼を言う。
だが、その朧の顔が少しだけ寂しそうな顔をしているのを岸波は逃さなかった。
ここまで他人を褒められるのに、彼女は、岸波と違って新しい幸せを見つけられないのだろうか?
「じゃあ、叢雲ちゃんにも報告に行こう。お礼、言わないと!」
「あ、はい!そうですね!」
朧の提案に岸波はまた、聞きそびれてしまう。
彼女の心に根深く支配している悲しみを………。
――――――――――――――――――――
「失礼します。提督、今度は性懲りもなくあたしの靴下の匂いを求めに来たんでしょうか?」
「………だとしたらどうする?」
「「クソ提督」と叫んで、セクハラとして訴えざるを得ません。」
「はあ………ここの艦娘達は愛想が悪い。」
一方、横須賀の庁舎の執務室では、大淀を伴った提督が曙を呼んでいた。
彼女は適当に提督の面倒な性癖を受け流すと、要件を聞いてくる。
「………で、何があったのでしょうか?」
「お前宛に電話が掛かっている。直接聞いてくれ。」
「電話………?」
曙は机の上の電話の受話器を取ると、何処かからっとした口調の艦娘の声が聞こえてくる。
「お、曙!元気してる?」
「その声は大湊秘書艦の涼風?一体、あたしに何の………?」
「ちょっと悪い知らせがあってね。………アレから薄雲の様子はどうだい?」
「間が悪い時に暴走して、提督に襲い掛かろうとしたわ。」
「やっぱりか………。」
「?」
真剣に考え込む電話の主………ここから北の大湊警備府で秘書艦をやっている涼風の声に、曙は嫌な予感を覚える。
薄雲の暴走を真っ先に聞いて来たという事は………。
「まさかと思うけれど………。」
「さっき出撃してきてね。出たんだよ………「深海千島棲姫」が。」
「そんな!?アイツは………!?先輩の魂はあたし達が眠らせたのに!?」
涼風からの報告を聞いた曙は、嘗てない程の衝撃を受ける事になった。