艦隊これくしょん ~受け継がれる想い~   作:擬態人形P

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第23話 ~奥底に沈む記憶~

「それにしても………岸波~、薄雲ってこんな思い切りのいい艦娘だったっけ?あたしの知る限りだと、大人しいイメージがあるんだけど。」

 

約1時間後、海上を北東の大湊方面に進みながら、岸波達第二十六駆逐隊は薄雲を捜索していた。

その最中に、望月はふとした疑問を投げかけてくる。

どうやら睦月型である彼女は、こういう所でも情報通であるらしい。

 

「佐世保から出張して来ている割には、横須賀の事情にも詳しいのね。」

「「艦」が横須賀の近くの浦賀出身なんだよ。つまり、岸波と同郷。だから、横須賀の事もちょーっと調べていてね。」

「望月ってぐーたらしなければ………補佐として優秀なのに………。」

「別にいいだろー?仕事する時に仕事していればー。なー、岸波!」

 

肩をすくめる山風の言葉に、ブーブー文句を返す望月。

実は、第二十六駆逐隊に正式に配属された艦娘が4人になった事で、岸波は一番知識量が多い望月を補佐に据えていた。

朝潮から聞いた話だと、自身が混乱した際も、艦隊に対し的確な指示を送ってくれたらしい。

それが、自己犠牲ともいえる行動に繋がり、山風の怒りを買ったともいえるが………。

 

「望月はやっぱり、今回の薄雲の行動に違和感を覚えているのね。」

「曙が話さない部分もあるからだと思うけど、薄雲の過去って案外意味不明じゃん。朧は何か知ってるの?」

「ううん………。多分、アタシが関係をこじらせた後の出来事だと思うから………。」

「舞風は?曙の下にいたんだろ?」

「私を含めて横須賀のみんなも詳細までは………。」

「とにかく、何か重大な命令違反を犯してでも、大湊に行きたかった理由がある。そういう事に………。」

「あ、岸波!あそこ!」

 

岸波の付けていた探照灯の光を見て、2列目の舞風が叫ぶ。

海上に、気を失った艦娘が浮かんでいた。

それが薄雲だと気づいた岸波達は、速力を徐々に緩め微速まで遅くすると、慎重にその周りを囲む。

少女は気を失っており、海面を浮かんでいた。

魚雷を失っている所と深海棲艦の黒い返り血を浴びている所を見ると、海戦があったのだろう。

かなりの無茶をしたのだと思った岸波は、残りの4人に四方を警戒して貰うようにお願いすると、薄雲の頬を何度か叩き、彼女の覚醒を促す。

 

「あ………れ………岸波………さん………?」

「意識はあるみたいね。とにかく、まず生きていて良かったわ。」

「そっか………。私、二十六駆逐隊の名義で身勝手な事しちゃったから、みんなの手を煩わせる事になっちゃったんだね。ゴメンなさい………。」

「謝るよりも、先に言わなければならない事があるでしょ?」

 

探照灯を切った岸波は、薄雲の身体を起こし、座り込んだ自分の顔に向けると、静かに問う。

 

「教えて。貴女がここまで暴走してでも大湊に向かいたかった理由を。」

「そうだね。でも、何から説明すればいいのかな………。」

「ゆっくりでいいわ。全部教えて。」

 

岸波の言葉に、薄雲は自分の肩に耐水性のカバンが掛けられている事を確認すると、その中から注意深く紙を取り出す。

それは、薄雲自身がすり替えた曙の出撃命令書であった。

 

「「深海千島棲姫」討伐任務?聞いた事のない深海棲艦ね。貴女は知っているの?」

「信じられないかもしれないけれど………その深海棲艦は、轟沈した初代薄雲さんなんだ。」

「ええっ!?」

 

思わず驚きの声を上げたのは朧。

初代薄雲は、初代天霧と初代狭霧と共に、曙達第七駆逐隊の教育に携わっていたと聞いている。

 

「朧、貴女はその深海棲艦に心当たりは無いの?」

「繰り返すけど、その頃はアタシ、ぼのぼの達とは関係がこじれていたから………。でも、後から先輩の魂は、ぼのぼのが責任を持って眠らせたって漣ちゃんから聞いたよ?」

 

朧の言葉と最初に墓地に連れられた時の曙の言葉、そして萩風が深海棲艦化した駆逐水鬼の事例と照らし合わせ、岸波は情報を整理する。

恐らく船団護衛任務で轟沈した初代薄雲は、その後、深海千島棲姫となって人類に牙をむいたのだろう。

曙は、その先輩が変貌した深海棲艦を撃沈した。

その結果、艤装の新たなる適合者が見つかる事になり、今ここにいる2代目薄雲が存在している。

ところがその先輩………深海千島棲姫はまだ生きており、討伐任務が曙に下される事になった。

 

「大体その深海棲艦に付いては理解して来たけれど………猶更貴女が、ぼの先輩の任務を横取りしてまで大湊に向かおうとした理由が分からないわ。」

「私ね………「薄雲」の艤装と適合する事は出来たけれど、中途半端なんだ。」

「どういうこと?」

「艤装を装着して海に出ると、猛烈な頭痛と吐き気に襲われて思うように航行出来ないの。」

「つまり………艤装を付けて実戦が出来ないって事じゃない。」

 

そう言えば、薄雲が出撃している所を見た事は無かったな………と今更ながらに岸波は気付く。

仮に訓練が出来ても実戦が無理であるのならば、今回の暴走はより危険な物であると言える。

 

「益々大湊に向かいたい理由が分からないわね………。」

「この症状が出たのは、最初に近海警備の任務に出撃しようと抜錨した時なの。急に自分の知らない記憶がよみがえってきて………。」

「知らない記憶………?」

「そう………初代薄雲が轟沈する時の記憶と、深海千島棲姫が曙ちゃんに撃沈される時の記憶だよ。」

『!?』

 

一瞬、空気が固まる。

どういう原理かは分からないが、2代目薄雲の頭に初代薄雲に関係した記憶が降り注いできたというのだ。

 

「それ以降、艤装を外していても悪夢として見る事が多くて………。私はね、何かしらの原因によって初代薄雲と未だに艤装を通して繋がっているから、こんな現象が起こるんだって考えている。」

「まさかとは思うけれど、貴女が興奮すると自我を失って暴れそうになるのは………。」

「深海棲艦である初代薄雲の意識に乗っ取られるのかもしれない………。」

 

嘗て艤装を付けた曙を殴り飛ばした薄雲の姿を思い出し、岸波は何か尋常でない物に支配されていたのかと納得してしまう。

よく考えれば、あの時は濁った眼で横須賀の提督を襲おうとしていたし、それは深海棲艦としての初代薄雲の本能であったと考えれば不思議と辻褄が合った。

 

「………その2つの記憶、どういう物か聞いてもいい?」

「うん………。1つ目の記憶はあまり気分のいい物じゃないけれど………。」

 

薄雲は説明を始める。

船団護衛をしていた初代薄雲は、主機と艤装の缶をやられて海上で動けなくなってしまった。

深海棲艦達は、そんな無防備になった艦娘の手足を食い千切り、絶望と恐怖と激痛を与えながら沈めていったのだと。

 

「そ、それ………酷過ぎる………。」

「悪夢で見るんだろ?大丈夫なのか?」

「慣れたから平気。勿論、全身をバラバラにされるような感覚はあるけれど………。」

 

山風と望月が思わず身震いする中で、薄雲は少し荒く息を吐きながら答える。

想像を絶するような痛みを、眠る度に味わう危険性があるというのだ。

無論、好んで見たい夢ではない。

 

「もう1つの深海棲艦としての記憶は………?」

「よく分からないけれど、苦しみ悶えながら戦っているんだ。目の前には曙ちゃんや、多分、潮ちゃんかな?そんな艦娘達が動揺していて………。」

 

気付けば、深海棲艦である自分に、徹底的に砲撃等が注がれていた。

最後は物凄く辛そうな顔をした曙が魚雷を叩き込んで来て、熱波に包まれて燃え上がり、激痛にのたうち回りながら沈んでいった。

 

「し、深海棲艦の立場とはいえ、見たくない夢だね………。曙さんはその事を知ってるの?」

「知ってるよ。最初、海上に出た時に一緒にいたから、真っ先に説明しないといけなかったもの。」

「………という事は、提督や大淀先輩も知っているって事ね。」

 

岸波は成程………と思った。

曙が薄雲を同部屋にしていたり、妙に彼女に対して過保護な傾向があったりしたのは、そういう事情があったからなのだろう。

墓地で大潮とかが知っていたのは、どうすればいいのか彼女達に相談をしていたからだと言える。

そんな岸波の顔を見て、薄雲は更に説明をする。

 

「ここからは、曙ちゃん達も知らない事。実は、今日3つ目の悪夢を見たの。」

「3つ目………?」

「うん………また、深海棲艦になって襲っている夢なんだけど、相手が違うの。潮ちゃんはいるんだけれど、曙ちゃんはいなくて………代わりに大湊の秘書艦である涼風ちゃんがいたんだ。」

「つまり………深海千島棲姫が復活した事が予測できたって事?だから、ぼのぼのが大湊に行くって聞いて、反射的に決着を付けに行こうとしたって分かったんだ………。」

「はい………それで、曙ちゃんの出撃命令書を見て、居てもたってもいられなくて………。」

「無茶をするわね、本当に………。」

 

岸波はそう嘆息すると、ここまでかかった時間と横須賀から大湊までに必要とする予測時間を頭の中で計算してみる。

大体、半分位の距離であるはずだ。

つまり、ここから引き返すのも、逆に大湊に向かうのも、同じ位の時間を要する。

 

「ねえ、岸波………もしかして………。」

 

岸波が考えている事を悟った舞風が、思わず聞いてくる。

彼女は薄雲の顔を見ると、自分達の任務内容を告げる。

 

「当たり前だけれど、私達は貴女を横須賀に連れ戻す任務を受けて出撃してきたわ。こんな身勝手な事、許されないもの。」

「そうだね………、でも、私は………この任務だけは私の手で決着を付けたい。初代薄雲とのねじれた繋がりは………私の手で絶たないと。」

「ぼの先輩に聞かれたら、殴り飛ばされるわよ?」

「元々その覚悟だよ。でも………曙ちゃん達だけに辛い真似をさせたくない。私は………私の手で過去の因果を絶ち切る!」

「……………。」

 

力強く答えた薄雲の顔を………その真剣な瞳をしばらくじっと見ていた岸波は、深く溜息を付くと電探を弄り出す。

この距離では、横須賀と無線で会話する事は出来ない。

だが、長距離通信を飛ばす事は辛うじて可能であった。

 

「岸波………さん?」

「1つ約束して。どんな理由であれ、貴女は第二十六駆逐隊に正式に転属した。だとしたら、因果は貴女の手で絶ち切る物じゃないわ。」

「それって………。」

「貴女だけでなく、私達の………第二十六駆逐隊の手で絶ち切る。それが、艦隊として………駆逐艦娘としての決まりじゃない?」

 

岸波はそう言いながら、長距離通信を送っていく。

薄雲を………大湊に連れて行くと。

 

「岸波~、今度は艤装を背負って鎮守府何週するつもり?」

「10週位は必要じゃないかしら?だから、強制はしないわ。」

「うーん、この時期、横須賀はじめじめして暑いんだよね~。過ごすなら涼しい場所がいいかな~?山風は?」

「夜の暗い中………横須賀まで1人で帰るのは怖いから岸波にくっついていくしかない………。」

「もー、望月も山風も素直じゃないなー!ここは、仲間だから付いていく!って素直に言えばいいのに。」

「え?え?」

 

マイペースに艤装のチェックを始める望月・山風・舞風の3人の第二十六駆逐隊の艦娘達を見て、薄雲は驚く。

臨時で加入していた朧は、その様子を見ながら笑みを浮かべた。

 

「何だかんだ言って、みんな薄雲ちゃんの覚悟と岸波ちゃんのお人好しに付き合う気満々なんだよ。それがきっと、第二十六駆逐隊なんだから。」

「お、朧さんは………?」

「アタシも、今は第二十六駆逐隊。それに、一応第七駆逐隊の一員だよ?今の話を聞いて、薄雲ちゃんと同じ気持ちは持ったよ。」

「……………。」

 

思わず固まった薄雲に対し、岸波は立ち上がると手を伸ばし、しっかり掴む。

それにつられて立ち上がった艦娘を見ながら、第二十六駆逐隊の嚮導艦は言った。

 

「じゃあ改めて………ようこそ、第二十六駆逐隊へ。歓迎するわよ、共に行きましょう………大湊へ!」

「………はい!」

 

満面の笑みで応える薄雲の声を聞き、岸波達は進路を北に取る。

大湊へ………過去との因縁に決着を付けようとする艦娘の姿をその目に焼き付けながら。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「随分、アグレッシブになったねぇ………曙の舎弟も。」

「アグレッシブになり過ぎよ………とはいえ、半分は隠し事をしていたこっちの責任だけども。」

 

その頃、岸波の長距離通信を執務室で受け取っていた曙は、提督の許可を貰って大湊の涼風へと電話をしていた。

なるべくならば、薄雲を巻き込みたくは無かったが、こうなった以上は仕方がない。

 

「あたし達も準備してそっちに向かうわ。まずは出迎え宜しくね。」

「任せなって。こっちには潮もいるからね。朧と共に積もる話もあるだろ?」

「折角だし、漣も連れてくわよ。美味しいコロッケを待ってるわ。」

 

そう言うと、曙は肩を鳴らして新たに用意された命令書と許可書を秘書艦の大淀から受け取る。

提督が、若干ニヤニヤしながら語りかけて来た。

 

「どうだ?岸波の成長っぷりは?」

「色々と教えていたつもりが、教えられる立場になりました。………全く、誰があんな影響を与えたんだか。」

「面白いジョークだ。」

「今度はパワハラで訴えますよ?」

 

曙は提督に軽く牽制しておくと、大淀と共に執務室を後にした。


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